上 下
10 / 49

第十話

しおりを挟む
 しばらく待っていると、先ほどまで来ていた鎧を脱いで私服に戻ったセシリアがお茶セットを持って応接室にやってきた。

「お待たせしました。お茶請けになるようなものがあまりなくて、申し訳ありません」
 紅茶の入ったティーポット、ティーカップ、クッキーが何枚か、それをテーブルに並べていく。

「いやいや、気にしないで下さい。――それよりも良ければ事情を聞かせてもらえますか?」
 もてなしはそこそこに、リツは本題に入っていく。

「あの数の魔物が明確にこの街を狙っていました。そして、セシリアさんはその理由を話すのをためらっています。更に言えば、街の人たちはあなたに敵意の視線を向けていました……なにがあるんですか?」
 前置きをしても仕方ないと、リツは突っ込んだ質問を最初に持ってきた。

 一瞬、困ったような表情になるセシリアだったが、命の恩人であり、街の救い主であるリツにこれ以上隠し立てするのは申し訳ないと、真実を話す覚悟を決める。

「順を追って話していきます……私の両親は貴族でした。この屋敷を見てもらえばわかるとは思いますが、当時はそれなりの地位を築き、この街でも有力者として見られていました」
(過去形、ということは……まあ、そういうことか)
 あえて口には出さないが、恐らくその両親は亡くなっているであろうことはリツも予想している。

「――リツ様はこの大陸の、東に魔王の城があるのをご存知でしょうか?」
 悲しげな表情をしたセシリアの問いかけに、リツが頷く。
 場所だけはライトからもらった地図を見て知っていた。

「その魔王が……えっと、あの、私に、……き、求婚してきまして……」
(きゅうこん……球根じゃないよな? じゃあ、あれ? 結婚とかの求婚か! あー……)
 言い淀みながらもそう語るセシリアの言葉を聞いて、大きく目を見開いたリツは色々と納得がいく。

 彼女が話したがらず、両親がいない屋敷、街の人たちの敵意に満ちた視線の理由――それら全てに合点がいっていた。

「この大陸の魔王は操魔王といって、ありとあらゆる魔物たちを操ることができます。そして、過去にも花嫁を迎えたことがあるのですが、全て魔物たちの慰み者になったと……だから、私はそうなるのは嫌で、悩みましたがなんとか両親にそのことを伝えました」
 それは当然のことだろうと、リツは頷いて返す。

(下世話な魔王がいたものだ。少なくとも俺が倒した魔王は、もっと誇り高かったはずだが……)
 そんな魔王を相手に大事な娘を嫁として送り出すことを許容しないのは、親としては当然の判断である。

「ですがそれが悲劇の始まりでした。まずは使者を出して、魔王に断りの文を出しましたが、魔王を相手に直接来ないのは無礼だと使者が殺されました。次に父と母が直接断りを告げに行くと、今度は断ることに怒りを覚えた魔王が二人を……こ、殺した、そう、です……っ!」
 ぐっとこらえるように胸に手を当てたセシリアの目から大粒の涙が次々と零れ落ちていく。
 自分が嫁ぐのを嫌だといったために、大切な両親をはじめとする人たちを殺してしまったと心を痛めていた。

「なるほど、そのあとはセシリアさんを嫁に娶れない怒りから、この街を襲ったということですね。今更何を言っても街を襲うのには変わらないから、セシリアさんは責任をとって魔物たちと戦って死ねとでも言われたのでしょう。一緒にいた騎士たちは、ご両親に忠誠を誓っていた方々ですかね」
 すらすらと状況を推測してリツが話していくと、いつしかセシリアの涙は止まり目を丸くして驚いている。

(お、面白い反応)
 恐らくセシリアに死ねと命令したのは、この街の権力者。
 もし彼女の両親が元々一番の力を持っていたとしたら、今はそいつが成り代わって一番の権力者になる。

「命令したやつにとっては都合のいい話だったでしょうね。セシリアさんの両親がいなくなって、セシリアさんの始末もつけられる。万々歳、晴れて名実ともにナンバーワンになることができますからね」
 ふっと薄い笑みを浮かべたリツが語るそれは全て事実であるため、セシリアは悔しそうに頷きながらギリッと歯を噛みしめる。

「そこに俺が現れて、報酬をくれなんて言い出して魔物を倒しだした、って感じですかね。あー……でも、そうなると街の人たちの予想と違う展開になりましたね。セシリアさんは生き残って、街は守られた……さて、そいつは、街はどう動くのか? というのが現在の置かれた状況ですね」
 つまり、魔物を倒したにもかかわらず、あまり良い状況ではないというのがセシリアの現状であった。
 だからこそ、魔物たちを倒してくれたことには感謝すれど、表情が晴れやかでないのはそれが原因だったのだ。

「全て、おっしゃるとおりです……」
 それ以上に語れることはないと、セシリアは項垂れてしまう。

 そんな彼女を見て、リツは励ますようにニコッと笑う。

「なるほど、それでは……」
 そこでリツが口を開いて言おうとしたところで、誰かが屋敷に入ってきたことに二人が気づく。

「だ、誰でしょうか……?」
 ノックも声掛けもなくずかずかと乱暴に屋敷へと入ってくる足音。
 セシリアの反応を見る限り、この状況はおかしいのだと判断できる。
 しかも、その足音は複数であり、セシリアは突然のことに困惑して立ち上がる。

(これは、例のやつが動いたってことか……)
 セシリアに戦うことを命令した相手、もしくはその部下が尋ねてきたとリツは予想して身構える。

「失礼する」
 応接室の扉を勢いよく開けて部屋に入って来たのは、鋭い目つきの青い髪をオールバックにした一見して貴族とわかる服装の男性だった。
 年齢は三十代後半に見える。

 彼は数人の護衛を引き連れていた。
 全員、無表情で貴族の男を守るように配置している。

「ベ、ベイク様……」
 青ざめた顔のセシリアの怯えた表情から、彼が彼女に戦うことを強いた人物であることがわかる。

「やあやあ、まさかあの魔物たちを討伐するとは思ってもいなかった……そちらが、戦いに協力してくれた旅の方かな?」
 ベイクはニコニコと笑っているが、目の奥には怒りをたたえているのが丸わかりだった。
 リツを見定めるように冷ややかな眼差しを向けつつ、明らかに敵視しているのが伝わってくる。

(なるほど、予定を崩されるとイライラするタイプか。とりあえず俺のペースにさせてもらおうかな)

「はい、俺はリツと言います。あれだけの魔物がいるのを見て、見過ごすわけにはいきませんから……協力、というか、俺一人で大半の魔物を倒しました。あれだけの軍勢を退けたのです、この街の救世主といっても大げさではないと思いますが――ベイク様、いかがでしょうか?」
 勇者時代にもこういった手合いの者とは幾度もやりあってきたリツからすれば、どうすれば相手を挑発できるかは手に取るようにわかっていた。
 笑顔は絶やさないが、リツは相手に恩を売るために、あえてこんな言い方をしている。

 ベイクと呼ばれた貴族の男の頬が一瞬ヒクついたのをリツは見逃さない。

(俺を無下に扱えないのはわかるよね)
 リツは勇者時代に様々な人物と出会っている。
 それこそ、顔には出さずとも腹のうちに色々とあくどい思いを抱えているような貴族などもいた。
 貴族以上の地位の者ともかかわりを持ったことのあるリツからすれば、ベイクの相手は苦でもない。

「そ、それは確かに……協力などという言い方は失礼でした。我が街を救っていただき、ありがとうございます」
 あの戦いを密かに見張っていたベイクはリツがあの魔物の軍勢を相手取ったこともわかっており、本人を目の前にして動揺しながらも感謝の言葉をベイクは口にする。

(さて、ここでさっきの約束が効いてくるな)

 リツは心の中でニヤリと笑う。
 これで、街の代表という立場をとるベイクはリツに対して下手なことを口にできないからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

闇属性転移者の冒険録

三日月新
ファンタジー
異世界に召喚された影山武(タケル)は、素敵な冒険が始まる予感がしていた。 ところが、闇属性だからと強制転移されてしまう。 頼れる者がいない異世界で、タケルは元冒険者に助けられる。生き方と戦い方を教わると、ついに彼の冒険が始まる。 強力な魔物や冒険者と死闘を繰り広げながら、タケルはSランク冒険者を目指す。

異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました

璃音
ファンタジー
 主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。 果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?  これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。  

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。 けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。 けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。

処理中です...