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第十話
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しばらく待っていると、先ほどまで来ていた鎧を脱いで私服に戻ったセシリアがお茶セットを持って応接室にやってきた。
「お待たせしました。お茶請けになるようなものがあまりなくて、申し訳ありません」
紅茶の入ったティーポット、ティーカップ、クッキーが何枚か、それをテーブルに並べていく。
「いやいや、気にしないで下さい。――それよりも良ければ事情を聞かせてもらえますか?」
もてなしはそこそこに、リツは本題に入っていく。
「あの数の魔物が明確にこの街を狙っていました。そして、セシリアさんはその理由を話すのをためらっています。更に言えば、街の人たちはあなたに敵意の視線を向けていました……なにがあるんですか?」
前置きをしても仕方ないと、リツは突っ込んだ質問を最初に持ってきた。
一瞬、困ったような表情になるセシリアだったが、命の恩人であり、街の救い主であるリツにこれ以上隠し立てするのは申し訳ないと、真実を話す覚悟を決める。
「順を追って話していきます……私の両親は貴族でした。この屋敷を見てもらえばわかるとは思いますが、当時はそれなりの地位を築き、この街でも有力者として見られていました」
(過去形、ということは……まあ、そういうことか)
あえて口には出さないが、恐らくその両親は亡くなっているであろうことはリツも予想している。
「――リツ様はこの大陸の、東に魔王の城があるのをご存知でしょうか?」
悲しげな表情をしたセシリアの問いかけに、リツが頷く。
場所だけはライトからもらった地図を見て知っていた。
「その魔王が……えっと、あの、私に、……き、求婚してきまして……」
(きゅうこん……球根じゃないよな? じゃあ、あれ? 結婚とかの求婚か! あー……)
言い淀みながらもそう語るセシリアの言葉を聞いて、大きく目を見開いたリツは色々と納得がいく。
彼女が話したがらず、両親がいない屋敷、街の人たちの敵意に満ちた視線の理由――それら全てに合点がいっていた。
「この大陸の魔王は操魔王といって、ありとあらゆる魔物たちを操ることができます。そして、過去にも花嫁を迎えたことがあるのですが、全て魔物たちの慰み者になったと……だから、私はそうなるのは嫌で、悩みましたがなんとか両親にそのことを伝えました」
それは当然のことだろうと、リツは頷いて返す。
(下世話な魔王がいたものだ。少なくとも俺が倒した魔王は、もっと誇り高かったはずだが……)
そんな魔王を相手に大事な娘を嫁として送り出すことを許容しないのは、親としては当然の判断である。
「ですがそれが悲劇の始まりでした。まずは使者を出して、魔王に断りの文を出しましたが、魔王を相手に直接来ないのは無礼だと使者が殺されました。次に父と母が直接断りを告げに行くと、今度は断ることに怒りを覚えた魔王が二人を……こ、殺した、そう、です……っ!」
ぐっとこらえるように胸に手を当てたセシリアの目から大粒の涙が次々と零れ落ちていく。
自分が嫁ぐのを嫌だといったために、大切な両親をはじめとする人たちを殺してしまったと心を痛めていた。
「なるほど、そのあとはセシリアさんを嫁に娶れない怒りから、この街を襲ったということですね。今更何を言っても街を襲うのには変わらないから、セシリアさんは責任をとって魔物たちと戦って死ねとでも言われたのでしょう。一緒にいた騎士たちは、ご両親に忠誠を誓っていた方々ですかね」
すらすらと状況を推測してリツが話していくと、いつしかセシリアの涙は止まり目を丸くして驚いている。
(お、面白い反応)
恐らくセシリアに死ねと命令したのは、この街の権力者。
もし彼女の両親が元々一番の力を持っていたとしたら、今はそいつが成り代わって一番の権力者になる。
「命令したやつにとっては都合のいい話だったでしょうね。セシリアさんの両親がいなくなって、セシリアさんの始末もつけられる。万々歳、晴れて名実ともにナンバーワンになることができますからね」
ふっと薄い笑みを浮かべたリツが語るそれは全て事実であるため、セシリアは悔しそうに頷きながらギリッと歯を噛みしめる。
「そこに俺が現れて、報酬をくれなんて言い出して魔物を倒しだした、って感じですかね。あー……でも、そうなると街の人たちの予想と違う展開になりましたね。セシリアさんは生き残って、街は守られた……さて、そいつは、街はどう動くのか? というのが現在の置かれた状況ですね」
つまり、魔物を倒したにもかかわらず、あまり良い状況ではないというのがセシリアの現状であった。
だからこそ、魔物たちを倒してくれたことには感謝すれど、表情が晴れやかでないのはそれが原因だったのだ。
「全て、おっしゃるとおりです……」
それ以上に語れることはないと、セシリアは項垂れてしまう。
そんな彼女を見て、リツは励ますようにニコッと笑う。
「なるほど、それでは……」
そこでリツが口を開いて言おうとしたところで、誰かが屋敷に入ってきたことに二人が気づく。
「だ、誰でしょうか……?」
ノックも声掛けもなくずかずかと乱暴に屋敷へと入ってくる足音。
セシリアの反応を見る限り、この状況はおかしいのだと判断できる。
しかも、その足音は複数であり、セシリアは突然のことに困惑して立ち上がる。
(これは、例のやつが動いたってことか……)
セシリアに戦うことを命令した相手、もしくはその部下が尋ねてきたとリツは予想して身構える。
「失礼する」
応接室の扉を勢いよく開けて部屋に入って来たのは、鋭い目つきの青い髪をオールバックにした一見して貴族とわかる服装の男性だった。
年齢は三十代後半に見える。
彼は数人の護衛を引き連れていた。
全員、無表情で貴族の男を守るように配置している。
「ベ、ベイク様……」
青ざめた顔のセシリアの怯えた表情から、彼が彼女に戦うことを強いた人物であることがわかる。
「やあやあ、まさかあの魔物たちを討伐するとは思ってもいなかった……そちらが、戦いに協力してくれた旅の方かな?」
ベイクはニコニコと笑っているが、目の奥には怒りをたたえているのが丸わかりだった。
リツを見定めるように冷ややかな眼差しを向けつつ、明らかに敵視しているのが伝わってくる。
(なるほど、予定を崩されるとイライラするタイプか。とりあえず俺のペースにさせてもらおうかな)
「はい、俺はリツと言います。あれだけの魔物がいるのを見て、見過ごすわけにはいきませんから……協力、というか、俺一人で大半の魔物を倒しました。あれだけの軍勢を退けたのです、この街の救世主といっても大げさではないと思いますが――ベイク様、いかがでしょうか?」
勇者時代にもこういった手合いの者とは幾度もやりあってきたリツからすれば、どうすれば相手を挑発できるかは手に取るようにわかっていた。
笑顔は絶やさないが、リツは相手に恩を売るために、あえてこんな言い方をしている。
ベイクと呼ばれた貴族の男の頬が一瞬ヒクついたのをリツは見逃さない。
(俺を無下に扱えないのはわかるよね)
リツは勇者時代に様々な人物と出会っている。
それこそ、顔には出さずとも腹のうちに色々とあくどい思いを抱えているような貴族などもいた。
貴族以上の地位の者ともかかわりを持ったことのあるリツからすれば、ベイクの相手は苦でもない。
「そ、それは確かに……協力などという言い方は失礼でした。我が街を救っていただき、ありがとうございます」
あの戦いを密かに見張っていたベイクはリツがあの魔物の軍勢を相手取ったこともわかっており、本人を目の前にして動揺しながらも感謝の言葉をベイクは口にする。
(さて、ここでさっきの約束が効いてくるな)
リツは心の中でニヤリと笑う。
これで、街の代表という立場をとるベイクはリツに対して下手なことを口にできないからだ。
「お待たせしました。お茶請けになるようなものがあまりなくて、申し訳ありません」
紅茶の入ったティーポット、ティーカップ、クッキーが何枚か、それをテーブルに並べていく。
「いやいや、気にしないで下さい。――それよりも良ければ事情を聞かせてもらえますか?」
もてなしはそこそこに、リツは本題に入っていく。
「あの数の魔物が明確にこの街を狙っていました。そして、セシリアさんはその理由を話すのをためらっています。更に言えば、街の人たちはあなたに敵意の視線を向けていました……なにがあるんですか?」
前置きをしても仕方ないと、リツは突っ込んだ質問を最初に持ってきた。
一瞬、困ったような表情になるセシリアだったが、命の恩人であり、街の救い主であるリツにこれ以上隠し立てするのは申し訳ないと、真実を話す覚悟を決める。
「順を追って話していきます……私の両親は貴族でした。この屋敷を見てもらえばわかるとは思いますが、当時はそれなりの地位を築き、この街でも有力者として見られていました」
(過去形、ということは……まあ、そういうことか)
あえて口には出さないが、恐らくその両親は亡くなっているであろうことはリツも予想している。
「――リツ様はこの大陸の、東に魔王の城があるのをご存知でしょうか?」
悲しげな表情をしたセシリアの問いかけに、リツが頷く。
場所だけはライトからもらった地図を見て知っていた。
「その魔王が……えっと、あの、私に、……き、求婚してきまして……」
(きゅうこん……球根じゃないよな? じゃあ、あれ? 結婚とかの求婚か! あー……)
言い淀みながらもそう語るセシリアの言葉を聞いて、大きく目を見開いたリツは色々と納得がいく。
彼女が話したがらず、両親がいない屋敷、街の人たちの敵意に満ちた視線の理由――それら全てに合点がいっていた。
「この大陸の魔王は操魔王といって、ありとあらゆる魔物たちを操ることができます。そして、過去にも花嫁を迎えたことがあるのですが、全て魔物たちの慰み者になったと……だから、私はそうなるのは嫌で、悩みましたがなんとか両親にそのことを伝えました」
それは当然のことだろうと、リツは頷いて返す。
(下世話な魔王がいたものだ。少なくとも俺が倒した魔王は、もっと誇り高かったはずだが……)
そんな魔王を相手に大事な娘を嫁として送り出すことを許容しないのは、親としては当然の判断である。
「ですがそれが悲劇の始まりでした。まずは使者を出して、魔王に断りの文を出しましたが、魔王を相手に直接来ないのは無礼だと使者が殺されました。次に父と母が直接断りを告げに行くと、今度は断ることに怒りを覚えた魔王が二人を……こ、殺した、そう、です……っ!」
ぐっとこらえるように胸に手を当てたセシリアの目から大粒の涙が次々と零れ落ちていく。
自分が嫁ぐのを嫌だといったために、大切な両親をはじめとする人たちを殺してしまったと心を痛めていた。
「なるほど、そのあとはセシリアさんを嫁に娶れない怒りから、この街を襲ったということですね。今更何を言っても街を襲うのには変わらないから、セシリアさんは責任をとって魔物たちと戦って死ねとでも言われたのでしょう。一緒にいた騎士たちは、ご両親に忠誠を誓っていた方々ですかね」
すらすらと状況を推測してリツが話していくと、いつしかセシリアの涙は止まり目を丸くして驚いている。
(お、面白い反応)
恐らくセシリアに死ねと命令したのは、この街の権力者。
もし彼女の両親が元々一番の力を持っていたとしたら、今はそいつが成り代わって一番の権力者になる。
「命令したやつにとっては都合のいい話だったでしょうね。セシリアさんの両親がいなくなって、セシリアさんの始末もつけられる。万々歳、晴れて名実ともにナンバーワンになることができますからね」
ふっと薄い笑みを浮かべたリツが語るそれは全て事実であるため、セシリアは悔しそうに頷きながらギリッと歯を噛みしめる。
「そこに俺が現れて、報酬をくれなんて言い出して魔物を倒しだした、って感じですかね。あー……でも、そうなると街の人たちの予想と違う展開になりましたね。セシリアさんは生き残って、街は守られた……さて、そいつは、街はどう動くのか? というのが現在の置かれた状況ですね」
つまり、魔物を倒したにもかかわらず、あまり良い状況ではないというのがセシリアの現状であった。
だからこそ、魔物たちを倒してくれたことには感謝すれど、表情が晴れやかでないのはそれが原因だったのだ。
「全て、おっしゃるとおりです……」
それ以上に語れることはないと、セシリアは項垂れてしまう。
そんな彼女を見て、リツは励ますようにニコッと笑う。
「なるほど、それでは……」
そこでリツが口を開いて言おうとしたところで、誰かが屋敷に入ってきたことに二人が気づく。
「だ、誰でしょうか……?」
ノックも声掛けもなくずかずかと乱暴に屋敷へと入ってくる足音。
セシリアの反応を見る限り、この状況はおかしいのだと判断できる。
しかも、その足音は複数であり、セシリアは突然のことに困惑して立ち上がる。
(これは、例のやつが動いたってことか……)
セシリアに戦うことを命令した相手、もしくはその部下が尋ねてきたとリツは予想して身構える。
「失礼する」
応接室の扉を勢いよく開けて部屋に入って来たのは、鋭い目つきの青い髪をオールバックにした一見して貴族とわかる服装の男性だった。
年齢は三十代後半に見える。
彼は数人の護衛を引き連れていた。
全員、無表情で貴族の男を守るように配置している。
「ベ、ベイク様……」
青ざめた顔のセシリアの怯えた表情から、彼が彼女に戦うことを強いた人物であることがわかる。
「やあやあ、まさかあの魔物たちを討伐するとは思ってもいなかった……そちらが、戦いに協力してくれた旅の方かな?」
ベイクはニコニコと笑っているが、目の奥には怒りをたたえているのが丸わかりだった。
リツを見定めるように冷ややかな眼差しを向けつつ、明らかに敵視しているのが伝わってくる。
(なるほど、予定を崩されるとイライラするタイプか。とりあえず俺のペースにさせてもらおうかな)
「はい、俺はリツと言います。あれだけの魔物がいるのを見て、見過ごすわけにはいきませんから……協力、というか、俺一人で大半の魔物を倒しました。あれだけの軍勢を退けたのです、この街の救世主といっても大げさではないと思いますが――ベイク様、いかがでしょうか?」
勇者時代にもこういった手合いの者とは幾度もやりあってきたリツからすれば、どうすれば相手を挑発できるかは手に取るようにわかっていた。
笑顔は絶やさないが、リツは相手に恩を売るために、あえてこんな言い方をしている。
ベイクと呼ばれた貴族の男の頬が一瞬ヒクついたのをリツは見逃さない。
(俺を無下に扱えないのはわかるよね)
リツは勇者時代に様々な人物と出会っている。
それこそ、顔には出さずとも腹のうちに色々とあくどい思いを抱えているような貴族などもいた。
貴族以上の地位の者ともかかわりを持ったことのあるリツからすれば、ベイクの相手は苦でもない。
「そ、それは確かに……協力などという言い方は失礼でした。我が街を救っていただき、ありがとうございます」
あの戦いを密かに見張っていたベイクはリツがあの魔物の軍勢を相手取ったこともわかっており、本人を目の前にして動揺しながらも感謝の言葉をベイクは口にする。
(さて、ここでさっきの約束が効いてくるな)
リツは心の中でニヤリと笑う。
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