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28.そう言えばこの格好を見るのも久しぶり。
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乾いた音が、廊下に響く。
行き過ぎる兵士達は、一瞬ぎょっとした顔で立ち止まり、そこを通る人物の肩と襟に視線を飛ばす。黒の星二つ。軍警中佐だ。
だがその姿は。
強烈な赤。刈り込んではいないが、伸ばしてもいない程度の髪は、赤と緋を足して二で割ったような色合い。
くゆらす煙草の匂いはきつい、この惑星上には無いもの。
ちら、と視線に気付いたのか、見返す瞳は金色。
腕まくりをして、一つ二つ三つ開いた前ボタン。赤いラインの入った裾を持ち上げるようにして、ズボンのポケットに手を突っ込み、鼻歌混じりで、彼は目的の部屋へと近づいていた。
コルネル中佐は、その夜、当地の正規軍司令部に居た。
この惑星に上陸した時点から、当局とは頻繁に通信は行っている。だが、直接出向くのはこの時が初めてだった。
彼はこの人々に強烈な印象を与える姿が、「味方」に知られることによって、行動の自由を制限されることを知っていた。
それでも直接出向くことが必要な事項については、やはりこの都市に駐留しているソングスペイとグラーシュコに任せていた。
グラーシュコはこの日、司令部に居た。固い、淡い色の髪を時々かき回しながら、岩のような印象を与える少尉は、敬愛なる中佐に報告した。
「……おっしゃった通りです」
続けろ、とコルネル中佐は自分の前に立つ一回り大きな体の部下を見上げる。
「大学付属病院の医師アントーン・シミョーンは、確かにこちらの政府と癒着しています。いや政府、というよりは、司政官個人ですね」
「個人か?」
はい、と言ってグラーシュコ少尉は彼の手の中で奇妙に小さく見える報告書のページをめくった。
「およそ、十年位前からですか」
「となると、前の一斉検挙が行われた時期あたりだな」
コルネル中佐は吸っていた煙草を灰皿にひねり潰す。
「となると、司政官個人が、奴を反体制派として飼っていたという可能性はあるな」
「考えられます。ソングスペイ少尉もそれは同じ考えでした」
「グラーシュコ少尉、そもそもその疑いは、貴官が出したものか?」
「いいえ。ソングスペイ少尉です。自分はこの都市に彼ほど詳しくはありません。彼は妙に詳しいから以前、何故かと聞いたことがあるのですが」
「昔住んでいたとか言ったか?」
「そうなのですか?」
ん? と中佐は反射的に喉から声を出す。
「違うのか?」
「……いえそんなことは言っていませんでした。ただ昔この辺境の惑星に興味があって調べたことがある、と言っただけで」
「士官学校もそんなことを調べさせる程暇ができたもんだ」
中佐は肩をすくめる。
「自分にはそんなことは彼は言いませんでしたが、そうなのですか?」
「さあな。奴が言うなら本当だし、言わないんならガセだろう?」
中佐は目を細めると、胸ポケットから二本目の煙草を取り出した。
幾つかの出来事が、次第に形になっていく。きまり悪そうに立っているグラーシュコ少尉を下がらせると、脚を組み直し、煙草に火をつけた。
さて。
彼は考える。司政官自身は、果たして帝国に忠実な側の人間なのか。
司政官自体が、帝国に忠実な公僕、それなら話は早いのだ。司政官を悪人に仕立て上げて、様々な今までの生活の拘束を掲げて蜂起させればいい。
現在の周囲の州は、その知らせを受け取った瞬間、「反体制派」を支持し、立てられた新しい代表と手を結ぶだろう。反体制派は反帝国派となり、とりあえず彼の裏の仕事は成立する。
表は…… そもそも、彼はこの事態は末期だと考えていた。どう軍が介入しようと、ある点を越えてしまった流れは、止まる訳ではないのだ。
彼が軍警の司令部から命じられていたのは、「起こりうる反乱の鎮圧」ではなかった。この起こりうる反乱を利用して、内部の反帝国派をあぶり出すことだったのだ。
彼らは確かに、鎮圧のような任務を帯びることも多いが、そもそもは軍警なのである。軍内部の監察が基本だ。
だが考えてみればおかしなものだ、と彼は苦笑する。
軍内部の反帝国派。その最たる者が、巨大な反帝国組織「MM」の幹部構成員たる彼だというのに、彼に関しては、決してそう見られることがない。
無論それは、彼という銃の持ち主である盟主の表の顔が作用しているのは重々承知している。
その意味で言えば、当の昔に、彼の表の仕事は片づきかかっていることになる。彼はそれを判別することができないが、キムはそれが可能だった。
ソングスペイは、軍内部の反帝国派である。信号が、証明している。
だが、シミョーンと結びついている場合、果たしてどちらが司政官の本当の顔であるのか、なかなか断定がしにくい。司政官自体が、反帝国派である可能性があるのだ。
ただ、反帝国派だからと言って、彼ら「MM」と同盟関係にあるとも断定はできない。
はて、と彼は首を一回しする。と、ドアをノックする音が響いた。
入れ、と彼は声をかける。思った通り、入ってきたのは、長い髪を無造作に編んだ奴だった。
そう言えば、この格好を見るのも久しぶりだな、と中佐は何となくおかしくなる。
行き過ぎる兵士達は、一瞬ぎょっとした顔で立ち止まり、そこを通る人物の肩と襟に視線を飛ばす。黒の星二つ。軍警中佐だ。
だがその姿は。
強烈な赤。刈り込んではいないが、伸ばしてもいない程度の髪は、赤と緋を足して二で割ったような色合い。
くゆらす煙草の匂いはきつい、この惑星上には無いもの。
ちら、と視線に気付いたのか、見返す瞳は金色。
腕まくりをして、一つ二つ三つ開いた前ボタン。赤いラインの入った裾を持ち上げるようにして、ズボンのポケットに手を突っ込み、鼻歌混じりで、彼は目的の部屋へと近づいていた。
コルネル中佐は、その夜、当地の正規軍司令部に居た。
この惑星に上陸した時点から、当局とは頻繁に通信は行っている。だが、直接出向くのはこの時が初めてだった。
彼はこの人々に強烈な印象を与える姿が、「味方」に知られることによって、行動の自由を制限されることを知っていた。
それでも直接出向くことが必要な事項については、やはりこの都市に駐留しているソングスペイとグラーシュコに任せていた。
グラーシュコはこの日、司令部に居た。固い、淡い色の髪を時々かき回しながら、岩のような印象を与える少尉は、敬愛なる中佐に報告した。
「……おっしゃった通りです」
続けろ、とコルネル中佐は自分の前に立つ一回り大きな体の部下を見上げる。
「大学付属病院の医師アントーン・シミョーンは、確かにこちらの政府と癒着しています。いや政府、というよりは、司政官個人ですね」
「個人か?」
はい、と言ってグラーシュコ少尉は彼の手の中で奇妙に小さく見える報告書のページをめくった。
「およそ、十年位前からですか」
「となると、前の一斉検挙が行われた時期あたりだな」
コルネル中佐は吸っていた煙草を灰皿にひねり潰す。
「となると、司政官個人が、奴を反体制派として飼っていたという可能性はあるな」
「考えられます。ソングスペイ少尉もそれは同じ考えでした」
「グラーシュコ少尉、そもそもその疑いは、貴官が出したものか?」
「いいえ。ソングスペイ少尉です。自分はこの都市に彼ほど詳しくはありません。彼は妙に詳しいから以前、何故かと聞いたことがあるのですが」
「昔住んでいたとか言ったか?」
「そうなのですか?」
ん? と中佐は反射的に喉から声を出す。
「違うのか?」
「……いえそんなことは言っていませんでした。ただ昔この辺境の惑星に興味があって調べたことがある、と言っただけで」
「士官学校もそんなことを調べさせる程暇ができたもんだ」
中佐は肩をすくめる。
「自分にはそんなことは彼は言いませんでしたが、そうなのですか?」
「さあな。奴が言うなら本当だし、言わないんならガセだろう?」
中佐は目を細めると、胸ポケットから二本目の煙草を取り出した。
幾つかの出来事が、次第に形になっていく。きまり悪そうに立っているグラーシュコ少尉を下がらせると、脚を組み直し、煙草に火をつけた。
さて。
彼は考える。司政官自身は、果たして帝国に忠実な側の人間なのか。
司政官自体が、帝国に忠実な公僕、それなら話は早いのだ。司政官を悪人に仕立て上げて、様々な今までの生活の拘束を掲げて蜂起させればいい。
現在の周囲の州は、その知らせを受け取った瞬間、「反体制派」を支持し、立てられた新しい代表と手を結ぶだろう。反体制派は反帝国派となり、とりあえず彼の裏の仕事は成立する。
表は…… そもそも、彼はこの事態は末期だと考えていた。どう軍が介入しようと、ある点を越えてしまった流れは、止まる訳ではないのだ。
彼が軍警の司令部から命じられていたのは、「起こりうる反乱の鎮圧」ではなかった。この起こりうる反乱を利用して、内部の反帝国派をあぶり出すことだったのだ。
彼らは確かに、鎮圧のような任務を帯びることも多いが、そもそもは軍警なのである。軍内部の監察が基本だ。
だが考えてみればおかしなものだ、と彼は苦笑する。
軍内部の反帝国派。その最たる者が、巨大な反帝国組織「MM」の幹部構成員たる彼だというのに、彼に関しては、決してそう見られることがない。
無論それは、彼という銃の持ち主である盟主の表の顔が作用しているのは重々承知している。
その意味で言えば、当の昔に、彼の表の仕事は片づきかかっていることになる。彼はそれを判別することができないが、キムはそれが可能だった。
ソングスペイは、軍内部の反帝国派である。信号が、証明している。
だが、シミョーンと結びついている場合、果たしてどちらが司政官の本当の顔であるのか、なかなか断定がしにくい。司政官自体が、反帝国派である可能性があるのだ。
ただ、反帝国派だからと言って、彼ら「MM」と同盟関係にあるとも断定はできない。
はて、と彼は首を一回しする。と、ドアをノックする音が響いた。
入れ、と彼は声をかける。思った通り、入ってきたのは、長い髪を無造作に編んだ奴だった。
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