巫女てんてこまい

けろよん

文字の大きさ
上 下
46 / 53
第二章 漆黒の悪霊王

第46話 決戦の前に

しおりを挟む
 神社に帰って、今日はもう遅いのでみんなには泊まっていってもらうことにした。
 有栖は舞火や天子が怪我をしていないか心配になっていたが、二人とも神社に帰る頃にはすっかり元気になっていて、次の朝にはすっかり回復していた。
 朝食の席で舞火と天子は宣言していた。

「あいつ、今度会った時にはきっちり絞めてやらないとね」
「戦い方も掴めてきたわ。あの光る糸にさえ気を付ければ何とかなるかもしれない」
「それでも、霊力を乗せないと中級悪霊にはたいしたダメージは見込めないかもしれません」

 有栖は慎重だった。舞火と天子もそれには同意見のようで口を噤んでしまった。
 あの戦いには手を出さなかったエイミーが口を挟んできた。

「中級悪霊ってそんなに強いんですか?」
「はい、レベルが違うとは聞いていたんですが……文字通り、桁違いの強さでした」
「でも、有栖ちゃんなら追い返せたのよね?」
「はい、霊力を乗せて打ち込みましたから」
「霊力か……」

 みんなは考えてしまう。舞火がやがて言葉を口にした。

「それの使い方、わたし達にも教えてくれる?」
「もちろんです」

 断る理由は無かった。
 朝食を終えて、みんなで境内に出ることにした。


 青空の広がる良い天気だ。昨日の不安など何も感じさせない。
 朝の日が刺す境内で、有栖はみんなを前にして話を始めた。

「今日は学校のある日ですけど、みんなは大丈夫ですか?」

 今日は平日だ。本当ならみんなも学校に行かないといけない時間だが。
 舞火はやれやれと息を吐いた。

「あんな凶暴な悪霊が野放しになっているのに、のんびり行ってもいられないでしょ」
「そうですね」

 有栖自身も今日は中級悪霊への対策を立てるつもりでいた。学校へは大事な家の仕事があるので休むと連絡を入れていた。
 みんなもそうなのだろう。ならば、今することはみんなの思いに答えて、仕事に取り組むことだ。
 有栖は手に持っていたお祓い棒を舞火に渡した。舞火は不思議そうにそれを見つめた。

「これは有栖ちゃんの使っていた……?」
「そうです。これを霊力を込めて振ってみてください」
「分かったわ。期待に答えてみせるから見てて」

 舞火はみんなの見ている前でそれを振った。良い風切り音が鳴って、舞火は目線を棒の先から有栖の顔へと移した。

「どう?」
「うーん、霊力はあまり出ていないみたいです」
「そうよね」

 有栖はいつも普通の箒で戦っている舞火なら、ちゃんとした道具を使えばもっと上手くいくのではと思っていたのだが、どうも上手くいかないようだ。
 その不満は舞火自身も感じているようだった。

「有栖ちゃんっていつもこんな使いにくい道具を使っているの?」
「いえ、別に使いにくくは無いんですけど……」

 有栖は今度はお札の束を天子に渡した。

「天子さんはこれを投げてみてください。霊力を込めて真っ直ぐに」
「最初にちょっとやってた特訓ね。やってみるわ」

 天子はお札の一枚を取って、霊力を込めるかのように目を瞑って集中して……投げた。

「ああっ」

 お札はすぐに風に吹かれて横に流れていった。
 舞火がため息を吐いて、有栖もついつられてため息を吐いてしまった。

「ミーが拾います!」

 エイミーがすぐに拾いに走っていった。
 これは時間が掛かりそうだ。

「有栖ちゃん、わたし達しばらく頑張ってみるから」
「はい、よろしくお願いします」

 舞火がそう言ってくれたので有栖は練習をそれぞれに任せることにして、自分の仕事をするために神社に戻っていった。


 
 薄暗い部屋に炎を灯し、有栖はムササビンガーの行方を占うことにした。
 前に巫女さんキラーの行方を探した時と同じ儀式を行う。
 みんなは外で修業をしている。有栖も自分の霊力を高めるよう意識しながら祈祷を行った。
 そうして、いくつかの時間が経った頃。
 部屋に入ってきた人がいた。有栖は祈祷の手を止めて振り返った。
 黒い服を着て銀色の髪をした彼女はジーネスだ。
 最初は悪霊王として彼女に注意していた有栖だったが、今ではもっと注意しなければならない悪霊がいた。
 時間が惜しいので、短く質問する。

「どうかしたの? ネッチー」
「わらわに何か手伝えることはないか?」
「悪いけど……」

 今のジーネスには悪霊としても巫女としても力が無かった。喧嘩をしても舞火にも軽く捻られるだろう。有栖はそう思っていたのだが、ジーネスは引き下がらなかった。
 彼女は足を前に踏み出してきた。その顔を炎が赤く照らし出していた。
 一緒に暮らして見慣れているはずなのに幻想さを感じさせるその姿に、有栖は少し息を呑んでしまった。
 ジーネスは言う。特に何を感じさせることもない口調でさりげなく。

「わらわは知っておるのじゃぞ。お前がわらわの力を持っていることを」
「え……?」

 有栖は思わず懐に隠し持っていた封印石の入った袋を握り締めていた。その手が動く前にジーネスの瞳はそこを見つめていた。
 有栖はゆっくりとそこから手を離した。

「知っていて……?」
「風呂に入った時にな。後でエイミー先輩が丁寧に教えてくれた」
「エイミー……」

 エイミーの行動を責めることは出来ないだろう。彼女は先輩として可愛い後輩の質問に答えただけなのだ。責められるとしたらそれは何も話さなかった有栖の方だろう。
 父が帰ってくれば全てが上手くいく。そう思っていた。だが、その前に事態はすでに色々な方面で動いていた。
 ジーネスの瞳が有栖を見る。その赤く揺れる瞳は凶暴な力を求める悪霊王のものではなく、少し寂し気な少女のものだった。
 そうと気づき、有栖は強張っていた肩の力を抜いた。

「怯えないでくれ。わらわは今の生活が好きだ。昔のみんなとの生活も好きじゃった。悪霊と呼ばれてショックだったな。お前に守りたい物があるなら、わらわも守りたいと思っている」
「ネッチー……」

 有栖は考えた。今目の前にいるのは何も知らない悪霊王ではない。ともに神社で暮らしてきた友達だ。
 ジーネスは決して人を騙すような悪い悪霊ではない。父の話にもどこか間違いがあるのだろう。
 力の一部分だけでも渡せればきっとジーネスは力になってくれる。
 だが……
 有栖にはもう交わした約束があった。父が帰ってくるまで、この封印石を守ると約束した。その約束を違える気は有栖には無かった。
 だから、考えるまでもなく、答えはもう決まっていた。

「これは父さんから預かっている大事なものだから……」
「そうか……お前がそう思うのならそれでいい」

 ジーネスは無理に奪ってくることはしなかった。ただ踵を返して言った。

「だが、お前がわらわに助けを求めるならば、わらわにはいつでも答える用意がある。そのことだけは覚えておいてくれ」

 ジーネスが立ち去っていく。心細そうな背中をして、

「もう誰もいなくなるのは……寂しいからな」

 最後にそう言い残して、ジーネスは部屋を出ていった。
 有栖は炎の揺れる部屋で考えた。

「ネッチー……気持ちは嬉しいけど、きっとわたし達で何とかしてみせるから!」

 そして、決意を新たにして祈祷を再開した。
 精神を集中して研ぎ澄ませ、町に漂う霊気を探って辿っていき、やがてムササビンガーの居場所が掴めた。

「え? この場所って……」

 有栖が疑問の声を上げてしまったのも無理は無かった。
 その結果が前に占った時と同じ場所を示していたからだ。
 つまり、巫女さんキラーを見つけたのと同じ場所。

「悪霊王ヴァムズダーのいた遊園地に? なぜ?」

 分からないが、行き先が出たのなら確かめに向かえばいいだけだ。
 有栖はすぐに部屋を出て、境内にいるみんなのところへ向かった。
 有栖が姿を見せると、みんなの視線がすぐに集中した。

「有栖ちゃん、だいぶ霊力を使うコツが掴めてきたわよ。でも、わたしにはやっぱりこっちの方がまだ使いやすいみたい」
「そうですか」

 有栖は舞火からお祓い棒を受け取った。舞火自身は再び箒を手に取っていた。
 戦い慣れした舞火がそう言うのなら、有栖から特に反対意見を言うことは無かった。
 続けて、天子が声を掛けてくる。

「有栖の方でも何か掴めたみたいね」
「はい、ムササビンガーは今、悪霊王ヴァムズダーのいた遊園地にいます」
「あそこか」
「大方、自分こそが次の王様だと宣言するつもりでいるのね」
「ミーも知っている場所です」

 有栖は頷き、言葉を続けた。

「中級悪霊は強敵です。無理に挑まずに父さんが帰ってくるまで待つのも手だと思います。ですが……」

 有栖の言いよどんだ言葉を、舞火が引き継いで言った。

「そんな情けない真似は出来ないわね。そのお父さんからこの町と有栖ちゃんを任されている身としては耐えらないわね」
「あたしのお兄ちゃんも強いんだけど、喧嘩に負けたからってお兄ちゃんを呼んでくるような奴って、めちゃくちゃ恥ずかしい奴だと思うわ」
「ミーはゴンゾーに良い所を見せたいです」

 有栖は頷き、決意を告げた。

「わたしも同じ気持ちです。わたしも父さんから任された仕事をここにいるみんなで達成したいと思っています」

 それはもう有栖個人の仕事ではなく、ここにいるみんなの仕事だから。
 だから、みんなでやり遂げたいと有栖は願っていた。決意を確認して頷き合う。

「では、行きましょう。悪霊を祓いに。ネッチーは神社の方をお願いします」
「うむ、お前達が帰ってくるのを待つとしよう」

 頷くジーネスに舞火が近づいていく。ジーネスは僅かに身を引いた。

「な……なに?」
「留守番も大事なお務めよ、ネッチー。もし、わたし達のいない留守中に神社が悪霊に襲われていたりしたら、デコピンするからね」
「わ……分かっておる」
「なら、よろしい」

 舞火は少しいたずら好きなお姉さんの態度でジーネスの頭をわしゃわしゃと撫でた。
 みんなは微笑ましく見守った。

「では、行きましょう」
「お土産楽しみにしているですよー」

 エイミーが手を振って、みんなは目的地へ出発する。
 見送って、ジーネスは深く息を吐いて無事を祈った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

秘伝賜ります

紫南
キャラ文芸
『陰陽道』と『武道』を極めた先祖を持つ大学生の高耶《タカヤ》は その先祖の教えを受け『陰陽武道』を継承している。 失いつつある武道のそれぞれの奥義、秘伝を預かり 継承者が見つかるまで一族で受け継ぎ守っていくのが使命だ。 その過程で、陰陽道も極めてしまった先祖のせいで妖絡みの問題も解決しているのだが…… ◆◇◆◇◆ 《おヌシ! まさか、オレが負けたと思っておるのか!? 陰陽武道は最強! 勝ったに決まっとるだろ!》 (ならどうしたよ。あ、まさかまたぼっちが嫌でとかじゃねぇよな? わざわざ霊界の門まで開けてやったのに、そんな理由で帰って来ねえよな?) 《ぐぅっ》……これが日常? ◆◇◆ 現代では恐らく最強! けれど地味で平凡な生活がしたい青年の非日常をご覧あれ! 【毎週水曜日0時頃投稿予定】

どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。

kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。 前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。 やばい!やばい!やばい! 確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。 だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。 前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね! うんうん! 要らない!要らない! さっさと婚約解消して2人を応援するよ! だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。 ※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

あの世で働き幾星霜~自由な次元の魔女~

蒼華 スー
ファンタジー
17歳で死んだ女子高生があの世で働きポイントを稼いでいたらいつの間にかポイント上限突破!!! 神様から”転生しろ!!!”と言われ転生する事にしたが、この仕事は何気に気に入っていたから少しショック。 でも、まいっかと気持ちを切り替え稼いだポイントで転生特典を付けたりしたがまだまだポイントは余っている。 余っているならもったいないとノリであれこれ特典付けて転生したらハイスペックになっちゃった。 自重?何でそんなの必要? 舐められるのは嫌なので思いっきり自重せず、いろんな次元や世界を行ったり来たりする話。 時に乙女ゲームの世界、時にRPGの世界、時にあの世……。等色んな世界を旅する予定です。 まぁ、嫌な世界だったらすぐに別の世界へとんだり……。 時に、神様からの依頼を受けてまたポイントを稼いだりも……。

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

処理中です...