書庫『宛先のない手紙』

人とのつながりは、空まわりしながら深まっていく。

「ねえ、『子犬のワルツ』ってどんな曲だっけ？」
「子犬のワルツ？　ショパンの？」
「そう」
「それはね、いくよ。らららら、らららら、ららららららー」
「どんな曲？」
「今、口ずさんだけど」
「え、今の曲だったの？」
「もう一度いくよ。らららら」


彼女は僕の口ずさむ曲が戯言たわごとだと思ったらしく、「サビの部分教えて」と善意を踏み台に次のリクエストを出してきた。
（今のがサビのところだったんだけど・・・。そう言いかけたけど、やめた。歌の才能を疑わるとイヤになるから）


「じゃあ、ここは？　ら、らーら、ら、らーら」

「ねえ、私の質問、聞いてる？」
僕は歌っていた。

でも、子犬のワルツのメロディを口ずさんで伝えるのは、テキストで曲を表現するくらい、容易ではなかった。


主旋律が単純なら、クラシックの曲でも歌うことでメロディを伝えられる自信はある。『アルルの女』や『展覧会の絵』だったら、僕は彼女の要望に答えられただろう。

でも『子犬のワルツ』は違った。僕にはハードルが高すぎたみたいだ。


主旋律がないのではない。口ずさむにはあまりにもメロディが複雑なのだ。


「わかった。ありがとう。ネットで調べてみる」

「・・・」

なら、最初からそうすればよかったのに。