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第3章 私はただ静かに研究したいだけなのに!

5 相殺と媒体

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 部屋と服を整えたことでやっと本格的に空を飛ぶ研究を始めることができるようになった。

 今までは聴講生として理術の基礎的な講義を受けたり、図書館で書物を読むなどして知識を蓄えていた。
 それらの知識を元にして、これからは本格的に空を飛ぶ実験を開始できる。

 これまでは理術で飛んでみようと思っても、人目の無い場所を見つけられず、スカート姿では学園内で飛ぶことができなかった。

 ライラの部屋は使用人部屋で狭くて天井もそれほど高くはなかったので部屋で理術を使うことは遠慮していたし、最低限の掃除だけした研究所で孤児院の自分の部屋でやっていたような理術を使って天井まで飛んで長時間浮かぶという訓練だけしかできなかった。

 学園に来て、認定理術師となったのに、知識を詰め込むことだけしかここ数ヵ月の間はできていなかった。
 だが、それは時間を無駄に浪費していたというわけではない。
 その知識は村の孤児院にいる頃、喉から手が出るほどに欲しかったものだ。
 それを自分が望むだけ手に入れられる環境は天国としか言いようがない。ここにある知識の全ては私にとっては宝石よりも価値のある素晴らしいものだ。

 これまでは理力も理術のことも何一つ知らず、たった一人で手探りで試行錯誤しながら、寝る間も惜しんで飛ぶ練習を自分の体を使ってやっていた。
 何度も失敗して、何度も命の危険があった。
 そうして少しずつ少しずつ理力と理術について自分なりに理解を深めて知識を蓄えていったが、亀の歩みのようにゆっくりとしか進めなかった。時間も基礎知識も何もかもが足りていなかった。

 ここでは既に先人が調べたこと、知ったこと、研究したこと、開発したことなどを知ることができる。
 知りたいことがいっぱいあった。知らないこともいっぱいあった。それらを知って吸収することができた。
 
 おかげで既に周知の事実であることや研究結果などを検証したり、躓いたり、ぶつかったり、遠回りしなくてすむようになり、効率良く研究をすることができるようになった。
 幾年にも渡り幾人もが積み上げてきた先人の知恵、知識は本当に素晴らしい。計り知れない程の価値がある。
 これまでの亀の歩みから一気にスピードをあげて研究を進めることができる。
 
 私が知った事実で一番衝撃を受けたことは、理力と理力、理力と理術は相殺されるということだった。それは学園では、少しでも理術を使える人間にとっては当たり前の一般常識だ。

 自分の中の理力を理術として体外で行使する。そのとき、体の中にある理力と体の外の理術が反発しあって理術の威力が相殺されてしまう。
 
 生き物は全て理力を有している。人間だけでなく、動物も植物も昆虫なども全て理力を持っている。
 理力を有していても、ことわりを理解して理力を使って理術を行使することができるのは人間だけだ。
 理力と理力は互いに反発する。理術を直接他人にかけることはできない。
 水を温める理術を他人にかけて、他人を直接温めようとしても、その理術は相手の理力に消されてしまう。
 人間だけでなく、動物や植物にも直接理術をかけることはできない。

 私はそのことを知らなかったから、ジョシュアに直接理術をかけて一緒に飛ぼうとしても飛べなかった。

 直接でなければ理術を他人に使うことはできる。
 それでも、相手の理力に消されて理術の威力がかなり落ちてしまうことになる。
 私が自分の周囲に理術をかけてジョシュアを背負って上に飛ぼうとしたときに飛べなかったのはそのせいだった。

 自分自身の理力で自分に理術をかけるのは別だ。
 それができなければ私は空を飛ぶことはできない。
 しかし、自分自身であっても理力と理術で相殺が起こってしまう。そのせいで理術の威力が2分の1から10分の1に落ちてしまう。自分の中の理力の量が多いほど、理術が相殺されて威力が落ちる。

 私は私を中心にして、私自身に理術をかけて飛んでいる。
 それでは威力がかなり落ちてしまっていたことになる。そんなことは全く知らなかった。

 学園に来ないで、村で一人でずっと飛ぼうとしていたら永遠にこの事実に気づかないままだったかもしれない。
 やっぱり知識って本当に大切で価値があるものだ。
 知っているのと知らないのとでは雲泥の差だ。

 この理力と理術の相殺を解消するために、媒体を使って理術を行使する。
 この媒体というのは魔法使いの杖のようなものだ。
 理術を自分の内側で完成させて、外へ放出するのではなく、理力の状態で媒体を通して媒体で理術を構築して完成させ、媒体から理術を解き放って理術を行使する。
 自分の中で理術を構築して、完成したものを外へ解き放って理術を行使するよりも、媒体を利用して行使した理術の方が自身や他者の理力の影響を受けにくい。ほとんど相殺されずにそのままの100%の威力で理術を行使できるようになる。

 媒体には理力を有さない物を使用する。相性などもあり、何でもいいわけではない。耐久性などの問題もある。その物の耐性や容量以上に理力を込めたり、理術を行使しようとしたら壊れて二度と使えなくなる。

 基本的に鉱物を使うことが多い。鉱物は生き物ではないから理力を含んでいない。生き物の死体も理力はほとんど残ってはいないから媒体として使おうと思えば使える。

 しかし、媒体を使っての理術の行使は難易度が格段に上がる。
 自分の中だけで完結していた術の構築を、自分の外側で積み上げていくのはかなりの集中力と細かい繊細な作業が必要とされる。
 自分の中で理術を構築するのは、紙に筆で理力を直接塗って絵を描く要領でできるが、外側で理術を構築するのは理力という糸を紡ぎだしてそれを刺繍して絵を描いていくような作業をするようなものだ。
 全く同じ絵を描くのに、行程や方法や手間や材料が全く変わってしまう。
 
 それだけでなく、媒体の質の問題もある。
 あまりにも質の悪い媒体を使うと、理力を込めることができず、理術の威力が落ちてしまう。
 下手をすると、媒体を使わずに理術を行使して相殺された方がまだ強い威力の理術を使えるということにもなりかねない。
 媒体に10の理力しか込められず、それだけの威力しか理術が使えなければ、媒体を使用せずに体内で100の理力で理術を行使して相殺されても20の威力の理術を使えるという場合もある。

 媒体の質は宝石が優れているらしい。
 理力に対する耐性や容量が高級な宝石ほど強くて多い。
 その辺に転がっている石ころでは不純物が多すぎて耐性が弱くて、理力を込めると粉々に砕け散ると書物に書いてあった。
 実際にやってみた。
 手のひらサイズの学園の庭に転がっていた黒っぽい石ころ。
 それに理力を込めてみた。
 込め始めて数秒で石が細かい砂の粒に変わって崩れてしまった。
 
 バケツを理術で浮かせることはしたことがあったが、それは理術をバケツにかけたのであって、それ自体に理力を込めてそこから理術を構築して実行したわけではなかった。

 物に直接理力を込めるのは筋力で物を直接力を込めて握り潰そうとするのに似ている。
 物に理術をかけるのは物を抱えて筋力で持ち上げる感じだ。
 理力を込めるのと、理術をかけるのでは、物にかかる力の加わり方が異なっている。

 理力は生き物には込められないから人や動物を傷付けることはないが、物に理力を込めるだけでこんなふうに簡単に壊れることは知らなかった。
 知らないままだったら色んなものを破壊していたかもしれない。
 知らないって本当に怖い。

 まずは媒体を使って理術を実際に行使してみることにした。
 宝石なんて高い物は簡単には買えないので、壊れても問題の無い周りにある物でいろいろ試してみよう。
 
 


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