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第一部 2章 指差して
第27話 惑星ラスタージアを
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アカリはちょうどカズキたちがはしゃいで振り回している花火の灯りが届かないぐらいの絶妙な距離にある木立の傍に連れてきた。ユースケの手を離すと、アカリはその場にしゃがんで、ろうそくをそっと置いて早速マッチを使ってろうそくに火を点けた。ぼうっとろうそくの控えめな光が、アカリの顔をぼんやりと浮かび上がらせる。
「ユースケ君、見てて」
アカリに言われるがまま、ユースケはアカリにならんでしゃがみ、アカリの手元に注目した。アカリがそっと花火をぶら下げるように持ち、その先端をそっと慎重にろうそくの火まで運ぶと、ばちばちっと火が花のように咲いて弾けた。その勢いも手の平に収まるほど小さく、小さな生き物の生命力、のような印象を受けた。カズキの持っていた花火も派手で豪快だったが、この線香花火のような儚い控えめな花火もユースケの好みだった。
「ほうほう。どれどれ、俺も」
ユースケもアカリに倣って、動作を思い出しながら線香花火をぶら下げてろうそくの火に近づける。すると、ユースケの持つ線香花火もばちばちっと音を立てて火花を飛ばした。そのままアカリの方へ近づこうとしたが、ぽとっと先端が落ちて火花をまき散らさなくなった。ユースケは光らなくなった線香花火の先端を恨みがましく見つめた。
「ああー、この花火デリケートだから、慎重にね」
アカリが慌てたようにそう言って、それでも嬉しそうに笑った。その笑みのおかげで、ユースケも線香花火に対する憤りも収まり、二本目の線香花火に挑戦した。火を点け、慎重に足を運ばせてると、無事にアカリの傍までやって来られた。
二人で身を寄せ合うようにして線香花火の火を見つめる。儚くも懸命に火を飛ばしている線香花火が何だか愛おしく感じられ、まだまだ頑張れよとユースケは心の中で応援した。アカリの顔をふと見ると、ユースケと同じように線香花火を見つめていたが、表情を堅くさせ、何を考えているか分からないような顔をしていた。
どれだけそうしていただろうか。線香花火が散っては次のを点けて、同じように眺めながらまた散って、それを繰り返しているうちにユースケは最後の一本となっていた。アカリの方はまだ火の点いていない未使用の線香花火をもう片方の手に持ちながら、火花を散らす線香花火をぼうっと見つめていた。その間、アカリは唇を真一文字に結んだままで、ユースケも何となく静かに線香花火を見つめていたい気分になっていった。
唐突に、アカリが生唾を飲み込んだ。その一連の動きを視界の端で捉え、アカリが身を固くしている気配が伝わってきて、ユースケも身体を強張らせた。
「愉しいね、ユースケ君」
アカリの話し方は、独白するような口調だった。返事をしても良いものかとユースケが躊躇っていると、アカリは頬をほんのりと赤く染め、表情の端に微笑を佇ませながら静かに口を開いた。
「私さ、ユースケ君に聞いて欲しい話があるんだ」
アカリの一言一言がズシリと心に圧し掛かってくるようで、ユースケは慎重にその言葉を読み解いた。急にアカリの唇が艶やかになったような気がして、それに気を取られてユースケの線香花火が散った。ユースケは動けぬまま、静かにアカリの顔を見つめた。アカリは横目でそれを確認すると、線香花火を見つめ直し、困ったように眉を下げながら再び唇をきつく結んだ。
アカリは緊張している。そう気がついて、ユースケも自身の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。息が浅くなり、耳が変に鋭くなって、アカリの息遣いを聞き漏らすまいとしていた。頬がうっすらと上気するアカリの顔が途端に艶めかしく感じられた。
「私の家さ、もう、やばいんだよね」
しばらく沈黙した後に聞こえたのは、そんな言葉だった。その口調と言葉のギャップに、ユースケは一瞬聞き間違えたかと思って混乱したが、先ほどまでと打って変わってどこか愁いを帯びたアカリの横顔に、聞き間違いではないことを悟った。頭に上った血が冷えていき、喉がつっかえたようにユースケは何も言うことが出来なかった。弱々しく光る線香花火を見つめるアカリは、直前まで纏っていた桃色な雰囲気もなくなり、風に流されれば消えてしまいそうなほど儚かった。
「私もあまり体が丈夫じゃないんだけどさ、それ以上に妹と弟がやばくてさ。もう私がどっか行ったらこの子たちどうなっちゃうの?って感じなんだ。お父さんも、もう何年も帰ってこないし」
そこでアカリの持っている線香花火も儚く散った。自前の花火が消えてからも手に持ったままにしていたユースケは、我に返ったようにはっとして未使用の花火の入っているバケツの所まで駆け寄った。バケツから離れて別世界の住人のようにはしゃいでいるユズハやタケノリたちの花火の灯りを頼りに、ユースケは器用に線香花火を四本取り出して、アカリの元まで戻ってきた。アカリの表情からは堅さが消え、元気にはしゃいでいるタケノリたちのことを眩しそうに眺めていた。
ユースケがアカリの視界を遮るように二本の線香花火を目の前に掲げると、アカリは「ありがとう」とお礼を言って、何事もなかったかのようにそのまま火を点ける。再び線香花火が弱々しく輝き、アカリの横顔が照らされる。ユースケも自分の分に火を点けた。同じ線香花火にもかかわらず、ユースケの持つ線香花火の方が輝きが確かに強く感じられた。花火が点いたのが合図であるかのように、アカリは再び話し始めた。
「だから私は、大学校に行けない。それどころか、下の子たちを放っておけないからどこにも行けないんだ。今が多分、人生で一番の、そして最後の、思い出になるんだ」
アカリがユースケの方を向く。ユースケから見ても可愛い方だと評していたアカリの顔が、自分の知らない大人の顔つきになっていた。とても同い年の女の子には見えないほど、世の中を知った大人の表情をしていた。小さな頃から知っているアカリの顔の変貌に、ユースケは取り返しのつかない何かが過ぎ去ったような気がして、切なさで胸が苦しくなり、何も言えずにアカリの顔を見つめ返すことしか出来なかった。
「ユースケ君……大学校行くんだよね? 大学校でも頑張ってね。世間には私みたいにどうしようもない人生を送る人がいっぱいいるんだろうけど……君は……君だけは、世界がどうなっても変わらないでね」
再び線香花火の控えめな輝きが消え、辺りはしんと静まり返った。暗闇の中でユースケに訴えるアカリの瞳が、きらりと潤んでいた。ユースケはその瞳の意味することが何なのか、はっきりとは理解出来なかったが、どこかで見覚えがある気がして、ふとコトネのことを思いだした。
あのときのコトネと同じ瞳をしていると、少なくとも同じ感情を宿していると、ユースケは直感した。ラジオで散々聞いてきた悲痛な願いにも含まれていた、痛ましい諦念がアカリの瞳を濡らしていた。ラジオや教科書を通じて突きつけられてきた真実や常識というものの輪郭を今もってユースケは把握し、立体感を伴って理解できた。
ユースケはアカリに何か伝えるべきことがある気がした。弟のことを告白して、目の前ですすり泣くコトネに伝えることが出来なかった何かを、アカリには伝えねばならないと確信した。
「任せろよ……俺に任せろ。俺が絶対に何とかしてやるから」
「ユースケ、君?」
アカリはきょとんとした顔でユースケの顔を見つめ返す。潤んだ瞳は、もうほとんど溢れかえりそうになっていた。
「俺にはどうしても分からなかったんだ。なんでそんなに暗い顔して生きて、暗い顔してこの先のこと語って、この世界には何にもないんだって不安になっているのが」
ふと、花火で楽しそうにはしゃいでいるユズハたちの様子が視界に入った。
「よく婆ちゃんが言ってたんだ。このご時世に子供を産むってことは、間違いなくその子供は望まれて生まれてきたんだって。いつも婆ちゃんや母さんは、お前が望むように生きろって言ってくれた。こんなご時世だけれども、夢や希望は失わないで、思ったように生きて良いんだって」
どこか熱を帯びたように遠くを見上げながら話すユースケを、アカリは黙って聞いていた。
「俺は何でそんなことをわざわざ婆ちゃんたちが言ってくるのかも、その言葉の意味も、よく分からなかったけど……今、アカリの話を聞いて、ようやく少しだけ、分かった気がするんだ」
ユースケはポケットから二本目の線香花火を取り出して、再び火を点ける。ばちばちと線香花火は四方八方に火花を飛ばしていた。その小さな灯りを取り囲むようにしてしゃがむ二人は、その灯りを静かに見守る。
「だから、俺に任せろアカリ。難しいことも、皆の事情も何一つ分からないけど、俺が絶対に、何とかしてやる」
「……どういうことか、よく、分かんないよ」
それまで黙っていたアカリが、震えた声を絞り出した。今まで気を張っていたのだろう、これまで外に漏らさず胸の内に留まらせていた感情があふれ出ないように唇をきゅっと結び、何かに堪えるように肩を震わせていた。
しかしユースケはそのアカリの様子に気づくことなく話を続けた。
「……俺が皆の希望を作ってやる。皆が暗い顔している理由が、希望も夢も見られないからだってんなら、俺が作ってやるよ」
ユースケの持つ線香花火が散ると、それを乱暴に地面に放ってユースケはいきなり立ち上がった。望遠鏡なしには目視出来ない惑星ラスタージアの方を向き、満天の星空に指差した。ユースケの目には確かに、希望の惑星である惑星ラスタージアが映っていた。
「皆が希望って言っているラスタージア、そこに行こうぜ。あそこに行ければ、何かが変わるんだろ? なら俺がなんとかしてやるよ。そうなれば、アカリの家だってどうにでもなるはずだ」
いつも通り相変わらずの突然の思い付きではあったが、自分のやりたいことはこれであると、ユースケは確信した。祖母の願いが確かにユースケに伝わり、その願いを継承したユースケが、今度は皆に伝える番であると、ユースケはすっかりその気になっていた。そのユースケの言葉にぽかんと口を開けたアカリも、まだ火を点けていない線香花火を落としていた。しかし、そんなことも気にせずアカリはただただユースケを見つめ、かと思うと、突然明るく笑い始めた。しんと静まりかえり、アカリの家庭事情の告白によって出来た空気には不適切なほどの、明るい声が響き渡った。
「あははっははは!」
「え、お、おい! 俺は本気だからな、絶対に行くぞ!」
「ユースケ、くんってば、本当にっ、あはっ、あははっ!」
バカにされたと感じてユースケは取り乱したように慌てふためくが、アカリは顔をユースケに見せないように俯いたまま体を揺らしていた。
半ば憤慨しているユースケとは対照的に、俯いているアカリはこれまで瞳に蓄えていた涙を流しに流していた。ユースケにばれないようにこっそり拭いても拭いても、アカリは溢れてくる涙を止めることが出来なかった。胸に巣食っていた感情を洗い流すようにひたすら涙を流し続け、それでいて奥底に秘めたままついに伝えられなかった想いが大きくなり、その想いに胸をこれでもかとぎゅっと締め付けられながら、その温かさにアカリは笑い続けた。
「ユースケ君、見てて」
アカリに言われるがまま、ユースケはアカリにならんでしゃがみ、アカリの手元に注目した。アカリがそっと花火をぶら下げるように持ち、その先端をそっと慎重にろうそくの火まで運ぶと、ばちばちっと火が花のように咲いて弾けた。その勢いも手の平に収まるほど小さく、小さな生き物の生命力、のような印象を受けた。カズキの持っていた花火も派手で豪快だったが、この線香花火のような儚い控えめな花火もユースケの好みだった。
「ほうほう。どれどれ、俺も」
ユースケもアカリに倣って、動作を思い出しながら線香花火をぶら下げてろうそくの火に近づける。すると、ユースケの持つ線香花火もばちばちっと音を立てて火花を飛ばした。そのままアカリの方へ近づこうとしたが、ぽとっと先端が落ちて火花をまき散らさなくなった。ユースケは光らなくなった線香花火の先端を恨みがましく見つめた。
「ああー、この花火デリケートだから、慎重にね」
アカリが慌てたようにそう言って、それでも嬉しそうに笑った。その笑みのおかげで、ユースケも線香花火に対する憤りも収まり、二本目の線香花火に挑戦した。火を点け、慎重に足を運ばせてると、無事にアカリの傍までやって来られた。
二人で身を寄せ合うようにして線香花火の火を見つめる。儚くも懸命に火を飛ばしている線香花火が何だか愛おしく感じられ、まだまだ頑張れよとユースケは心の中で応援した。アカリの顔をふと見ると、ユースケと同じように線香花火を見つめていたが、表情を堅くさせ、何を考えているか分からないような顔をしていた。
どれだけそうしていただろうか。線香花火が散っては次のを点けて、同じように眺めながらまた散って、それを繰り返しているうちにユースケは最後の一本となっていた。アカリの方はまだ火の点いていない未使用の線香花火をもう片方の手に持ちながら、火花を散らす線香花火をぼうっと見つめていた。その間、アカリは唇を真一文字に結んだままで、ユースケも何となく静かに線香花火を見つめていたい気分になっていった。
唐突に、アカリが生唾を飲み込んだ。その一連の動きを視界の端で捉え、アカリが身を固くしている気配が伝わってきて、ユースケも身体を強張らせた。
「愉しいね、ユースケ君」
アカリの話し方は、独白するような口調だった。返事をしても良いものかとユースケが躊躇っていると、アカリは頬をほんのりと赤く染め、表情の端に微笑を佇ませながら静かに口を開いた。
「私さ、ユースケ君に聞いて欲しい話があるんだ」
アカリの一言一言がズシリと心に圧し掛かってくるようで、ユースケは慎重にその言葉を読み解いた。急にアカリの唇が艶やかになったような気がして、それに気を取られてユースケの線香花火が散った。ユースケは動けぬまま、静かにアカリの顔を見つめた。アカリは横目でそれを確認すると、線香花火を見つめ直し、困ったように眉を下げながら再び唇をきつく結んだ。
アカリは緊張している。そう気がついて、ユースケも自身の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。息が浅くなり、耳が変に鋭くなって、アカリの息遣いを聞き漏らすまいとしていた。頬がうっすらと上気するアカリの顔が途端に艶めかしく感じられた。
「私の家さ、もう、やばいんだよね」
しばらく沈黙した後に聞こえたのは、そんな言葉だった。その口調と言葉のギャップに、ユースケは一瞬聞き間違えたかと思って混乱したが、先ほどまでと打って変わってどこか愁いを帯びたアカリの横顔に、聞き間違いではないことを悟った。頭に上った血が冷えていき、喉がつっかえたようにユースケは何も言うことが出来なかった。弱々しく光る線香花火を見つめるアカリは、直前まで纏っていた桃色な雰囲気もなくなり、風に流されれば消えてしまいそうなほど儚かった。
「私もあまり体が丈夫じゃないんだけどさ、それ以上に妹と弟がやばくてさ。もう私がどっか行ったらこの子たちどうなっちゃうの?って感じなんだ。お父さんも、もう何年も帰ってこないし」
そこでアカリの持っている線香花火も儚く散った。自前の花火が消えてからも手に持ったままにしていたユースケは、我に返ったようにはっとして未使用の花火の入っているバケツの所まで駆け寄った。バケツから離れて別世界の住人のようにはしゃいでいるユズハやタケノリたちの花火の灯りを頼りに、ユースケは器用に線香花火を四本取り出して、アカリの元まで戻ってきた。アカリの表情からは堅さが消え、元気にはしゃいでいるタケノリたちのことを眩しそうに眺めていた。
ユースケがアカリの視界を遮るように二本の線香花火を目の前に掲げると、アカリは「ありがとう」とお礼を言って、何事もなかったかのようにそのまま火を点ける。再び線香花火が弱々しく輝き、アカリの横顔が照らされる。ユースケも自分の分に火を点けた。同じ線香花火にもかかわらず、ユースケの持つ線香花火の方が輝きが確かに強く感じられた。花火が点いたのが合図であるかのように、アカリは再び話し始めた。
「だから私は、大学校に行けない。それどころか、下の子たちを放っておけないからどこにも行けないんだ。今が多分、人生で一番の、そして最後の、思い出になるんだ」
アカリがユースケの方を向く。ユースケから見ても可愛い方だと評していたアカリの顔が、自分の知らない大人の顔つきになっていた。とても同い年の女の子には見えないほど、世の中を知った大人の表情をしていた。小さな頃から知っているアカリの顔の変貌に、ユースケは取り返しのつかない何かが過ぎ去ったような気がして、切なさで胸が苦しくなり、何も言えずにアカリの顔を見つめ返すことしか出来なかった。
「ユースケ君……大学校行くんだよね? 大学校でも頑張ってね。世間には私みたいにどうしようもない人生を送る人がいっぱいいるんだろうけど……君は……君だけは、世界がどうなっても変わらないでね」
再び線香花火の控えめな輝きが消え、辺りはしんと静まり返った。暗闇の中でユースケに訴えるアカリの瞳が、きらりと潤んでいた。ユースケはその瞳の意味することが何なのか、はっきりとは理解出来なかったが、どこかで見覚えがある気がして、ふとコトネのことを思いだした。
あのときのコトネと同じ瞳をしていると、少なくとも同じ感情を宿していると、ユースケは直感した。ラジオで散々聞いてきた悲痛な願いにも含まれていた、痛ましい諦念がアカリの瞳を濡らしていた。ラジオや教科書を通じて突きつけられてきた真実や常識というものの輪郭を今もってユースケは把握し、立体感を伴って理解できた。
ユースケはアカリに何か伝えるべきことがある気がした。弟のことを告白して、目の前ですすり泣くコトネに伝えることが出来なかった何かを、アカリには伝えねばならないと確信した。
「任せろよ……俺に任せろ。俺が絶対に何とかしてやるから」
「ユースケ、君?」
アカリはきょとんとした顔でユースケの顔を見つめ返す。潤んだ瞳は、もうほとんど溢れかえりそうになっていた。
「俺にはどうしても分からなかったんだ。なんでそんなに暗い顔して生きて、暗い顔してこの先のこと語って、この世界には何にもないんだって不安になっているのが」
ふと、花火で楽しそうにはしゃいでいるユズハたちの様子が視界に入った。
「よく婆ちゃんが言ってたんだ。このご時世に子供を産むってことは、間違いなくその子供は望まれて生まれてきたんだって。いつも婆ちゃんや母さんは、お前が望むように生きろって言ってくれた。こんなご時世だけれども、夢や希望は失わないで、思ったように生きて良いんだって」
どこか熱を帯びたように遠くを見上げながら話すユースケを、アカリは黙って聞いていた。
「俺は何でそんなことをわざわざ婆ちゃんたちが言ってくるのかも、その言葉の意味も、よく分からなかったけど……今、アカリの話を聞いて、ようやく少しだけ、分かった気がするんだ」
ユースケはポケットから二本目の線香花火を取り出して、再び火を点ける。ばちばちと線香花火は四方八方に火花を飛ばしていた。その小さな灯りを取り囲むようにしてしゃがむ二人は、その灯りを静かに見守る。
「だから、俺に任せろアカリ。難しいことも、皆の事情も何一つ分からないけど、俺が絶対に、何とかしてやる」
「……どういうことか、よく、分かんないよ」
それまで黙っていたアカリが、震えた声を絞り出した。今まで気を張っていたのだろう、これまで外に漏らさず胸の内に留まらせていた感情があふれ出ないように唇をきゅっと結び、何かに堪えるように肩を震わせていた。
しかしユースケはそのアカリの様子に気づくことなく話を続けた。
「……俺が皆の希望を作ってやる。皆が暗い顔している理由が、希望も夢も見られないからだってんなら、俺が作ってやるよ」
ユースケの持つ線香花火が散ると、それを乱暴に地面に放ってユースケはいきなり立ち上がった。望遠鏡なしには目視出来ない惑星ラスタージアの方を向き、満天の星空に指差した。ユースケの目には確かに、希望の惑星である惑星ラスタージアが映っていた。
「皆が希望って言っているラスタージア、そこに行こうぜ。あそこに行ければ、何かが変わるんだろ? なら俺がなんとかしてやるよ。そうなれば、アカリの家だってどうにでもなるはずだ」
いつも通り相変わらずの突然の思い付きではあったが、自分のやりたいことはこれであると、ユースケは確信した。祖母の願いが確かにユースケに伝わり、その願いを継承したユースケが、今度は皆に伝える番であると、ユースケはすっかりその気になっていた。そのユースケの言葉にぽかんと口を開けたアカリも、まだ火を点けていない線香花火を落としていた。しかし、そんなことも気にせずアカリはただただユースケを見つめ、かと思うと、突然明るく笑い始めた。しんと静まりかえり、アカリの家庭事情の告白によって出来た空気には不適切なほどの、明るい声が響き渡った。
「あははっははは!」
「え、お、おい! 俺は本気だからな、絶対に行くぞ!」
「ユースケ、くんってば、本当にっ、あはっ、あははっ!」
バカにされたと感じてユースケは取り乱したように慌てふためくが、アカリは顔をユースケに見せないように俯いたまま体を揺らしていた。
半ば憤慨しているユースケとは対照的に、俯いているアカリはこれまで瞳に蓄えていた涙を流しに流していた。ユースケにばれないようにこっそり拭いても拭いても、アカリは溢れてくる涙を止めることが出来なかった。胸に巣食っていた感情を洗い流すようにひたすら涙を流し続け、それでいて奥底に秘めたままついに伝えられなかった想いが大きくなり、その想いに胸をこれでもかとぎゅっと締め付けられながら、その温かさにアカリは笑い続けた。
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