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第一部 3章 それぞれの
第1話
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低いなりに山々に囲まれた土地では、引きこもりのように暑い空気が何者にも冷まされずに居座り続けそこにいる人たちを懲らしめている。大戦の影響が根深いとはいえ、まるでその暑さにだんまりを決め込むように虫の音も聞こえてこず、ユースケは窓を開けっぱなしにしてベッドの上でくたばっていた。ユースケたちのいる辺りで暑い理由はフェーン現象というものが関係しており、そうでなくても温暖化という現象によって惑星アース全体が暖まっているという、そんな話を知ってユースケは、そんな現象二人がかりで責め立ててくるのは卑怯だと感じながらもパンツ一丁になって横になることでしか抵抗できなかった。開けっぱなしの窓からも弱々しい風しか通ってこず、ユースケは汗をひたすら流しっぱなしにしていた。
ふいに部屋の扉が開く音と共に、ユリが顔を覗かせる。ユリは毎年、あまりにも暑くなり始めると肌に悪いからと家にいるように言いつけられていたため、夏休み中のユースケと一緒にだらだらしていることが多かった。今もパンツ一丁のユースケに何もたじろぐ素振りを見せずに、きょとんとした顔でユースケを見る。
「お兄ちゃん、今日は図書館行かないの?」
「こんな暑い中行かせようとするなよ~死んじまうよ~」
「お母さんは今も外に出てるけど……それに、昔の方が暑かったって話だよ?」
「そんなの嘘嘘。これより暑いって、それ、もう人類とっくに絶滅してるはずだって」
ユースケの情けない弱音も例年通りのことで、ユリは遠慮なくずかずかと部屋に入ってくると、紙飛行機に折り畳まれたチラシを投げた。几帳面に丁寧に折り畳まれた飛行機は緩やかに進み、見事にユースケの頭の横に不時着した。ユースケもその気配を感知して、横目でチラシを見る。
「お母さんが、そのチラシに印付けた奴を買ってきて欲しいって言ってたけど」
「お母さん~こんな暑い中行かせようとするなよ~死んじまうよ~」
「お願い、お兄ちゃん」
殊勝な声でそう頼むものの、ユリはさっさとユースケに背を向けて部屋を出て行こうとしていた。ユースケが慌てて飛び起きユリの背中に何か言おうとするも、それなりに短いユリの後ろ髪を見て、アカリのことを思い出していた。ユリがそのまま扉を閉めると途端に窓からの風が弱まり、ユースケは渋々起きあがり扉を開放しながら、惑星ラスタージアを眺めるキャンプをしたときのアカリの告白を振り返る。
あれからキャンプは何事もなく無事に終わり、翌日になってしばらく山頂で遊んでから帰った。その間もアカリが自身の家庭のことや、あの夜ユースケに見せた泣き出しそうな表情を表すことはなかったが、ふとユースケがアカリのことを見ると、アカリもユースケのことをぼんやり見つめていることが多く、それまでなら照れたように微笑み返してくれていたのが、照れたように笑うもののすぐに目線を反らされるようになってしまった。ユースケも、何だか恥ずかしいことをしてしまったような気がして、すぐにアカリから視線を戻すのだが、勘の鋭いタケノリに詰められ、それを聞きつけたカズキとセイイチロウもその話に悪乗りしてきて、整理のつかない頭がさらに混乱していくような気がしてタケノリたちをどついてごまかした。そうしている間も、ときどきアカリの視線がユースケたちの方に向けられているのを、何となく感じていた。
キャンプが終わり、ユースケは早速商店街のところにある、昔からある古めかしい図書館に向かった。学校の図書館とは違って広く、本棚の高さも天井すれすれまであり、小説は少なく勉強をより深く学ぶための専門的なものや、歴史上の誰々の話やエッセイ、資料、最近から少し前までのニュースをまとめた記事のような書物が並べられていた。ユースケはその中から惑星ラスタージアに関する本を徹底的に探した。しかし、惑星ラスタージアに関する本のどれも、専門的な用語が多く、まだユースケの頭では理解が追いつかないものが多かった。そこでユースケはこつこつ勉強を進めようという考えになり、図書館でそういう勉強になりそうな本を探し借りては家に持ち帰って勉強する日を繰り返していた。しかし、その日々を繰り返しているうちに夏の暑さが本気を出してきて、虫の声がしなくなるにしたがってユースケの勢いも衰え始め、図書館に向かうのが億劫になっていった。返却期限の切れた本が今もユースケの部屋の机の上にぽつんと置かれている。
ユースケはユリが置いていったチラシを広げた。丸印のついたものは案外多く、ただでさえ身体の弱いユリに行かせるには酷であるのは明らかであった。ユースケはぽりぽりと後頭部を掻きながら、床に散らばっている服の中からなるべく清潔で、薄手の服を探す。そうして適当に服を選んでから、じっと物言わないものの妙な圧を感じさせる、机の上の本に目を向けた。決してそんなことはないはずなのに、そのまま放っておくと妙な匂いを発してくるのではないかと思うほど、不気味な念を醸していた。
「あそこのおばちゃんに土下座してくるかあ」
ユースケはしわくちゃだらけの服を着終わると、次にいつも学校に行くときに使っていた手提げに図書カードとメモ帳、ノートに筆記用具を詰め込み、最後に机の上の返却期限を過ぎた本を入れた。
惑星ラスタージアを見たことから始まった夏休みの終盤も図書館に通いながら過ごしていると、あっという間に新学期の訪れとなった。まだ残暑の厳しい日差しを浴びながら、ユースケは欠伸をしながらユズハと一緒に登校していた。
「あんた、少し日に焼けたみたいね。何してたの?」
「んー、ちょっと何回か出かけてた」
「だぁから、何してたって訊いてるのよ私は」
「んー……図書館にちょっと」
眠い頭ながらも渋々返していたユースケだったが、ユズハはたいして興味がなかったようで、「あ、鷹だ」と呑気に呟いていた。ユースケも頭をゆっくり上げてユズハの言う鷹を探してみるが、全くその姿は見えない。本当にいたのかと疑問に思いユズハを睨むが、「もう見えなくなったよ」と平気な調子で答えた。ふざけているようにしか聞こえないやり取りだが、案外ユズハもユースケと同じように目が良いことを知っていたので疑りながらもユースケはギリギリ文句を言うのを堪えた。森の中は相変わらずじめじめしており、夏の残り香をしっかり残していた。昨夜雨が降ったからか、土がぬかるんでいてその感触が気持ち悪かった。
「ねえ。あんた、惑星ラスタージア見たときアカリとは何もなかったの?」
ユズハが出し抜けに訊いてきて、ユースケは一瞬足を止めた。横に並んで歩いていたユズハはニヤニヤし始めたが、ユースケが具合の悪そうな顔になったのを見てユズハもニヤつくのを止め何事かと眉を顰めた。
「……何かあったの?」
「……別に、何かヤバいことあったわけじゃない」
「当たり前でしょ。そういうことを聞いてるんじゃないわよ」
一々突っかかるユズハにユースケも頭が温まってきたが、それと同時に頭が冴えてきて、あの夜の出来事が鮮明に脳内に映し出された。そうすると、段々とあの夜のときに感じた自分の感情の高ぶりや、アカリが何かを伝えようとして発していた空気も蘇ってきて、ユースケは再び決意をしたような気分に戻っていった。
「なあ、惑星ラスタージアってどうすれば行けるんだ?」
「……はあ? 何それ」
ユズハは本気で理解できないといった風に表情を歪め、鋭い目つきでユースケを見やる。ユースケはそんなユズハの様子にも気づかずに、呑気にぬかるんだ土で汚れた靴を気にしながら歩いていた。
「惑星ラスタージアに行く方法が知りたいんだけど」
「……あんたとアカリがあの夜何があったのか全然チンプンカンプンだけど……もしかして、図書館行ってたのって、それが関係してるの?」
「ああ、そうだけど」
ユースケは逞しく生えている樹の根に自分の靴を擦りつけた。その根に土汚れがつき、自分の靴を確認し汚れが取れていることに満足したユースケは軽快な足取りで進んでいった。ユズハはユースケの背中をしばらく呆然として見つめていたが、やがて我に返って慌てたようにユースケの後を追いかけた。その拍子にユズハの足元でぴちゃぴちゃと音が鳴りながら土汚れが飛び散った。
ふいに部屋の扉が開く音と共に、ユリが顔を覗かせる。ユリは毎年、あまりにも暑くなり始めると肌に悪いからと家にいるように言いつけられていたため、夏休み中のユースケと一緒にだらだらしていることが多かった。今もパンツ一丁のユースケに何もたじろぐ素振りを見せずに、きょとんとした顔でユースケを見る。
「お兄ちゃん、今日は図書館行かないの?」
「こんな暑い中行かせようとするなよ~死んじまうよ~」
「お母さんは今も外に出てるけど……それに、昔の方が暑かったって話だよ?」
「そんなの嘘嘘。これより暑いって、それ、もう人類とっくに絶滅してるはずだって」
ユースケの情けない弱音も例年通りのことで、ユリは遠慮なくずかずかと部屋に入ってくると、紙飛行機に折り畳まれたチラシを投げた。几帳面に丁寧に折り畳まれた飛行機は緩やかに進み、見事にユースケの頭の横に不時着した。ユースケもその気配を感知して、横目でチラシを見る。
「お母さんが、そのチラシに印付けた奴を買ってきて欲しいって言ってたけど」
「お母さん~こんな暑い中行かせようとするなよ~死んじまうよ~」
「お願い、お兄ちゃん」
殊勝な声でそう頼むものの、ユリはさっさとユースケに背を向けて部屋を出て行こうとしていた。ユースケが慌てて飛び起きユリの背中に何か言おうとするも、それなりに短いユリの後ろ髪を見て、アカリのことを思い出していた。ユリがそのまま扉を閉めると途端に窓からの風が弱まり、ユースケは渋々起きあがり扉を開放しながら、惑星ラスタージアを眺めるキャンプをしたときのアカリの告白を振り返る。
あれからキャンプは何事もなく無事に終わり、翌日になってしばらく山頂で遊んでから帰った。その間もアカリが自身の家庭のことや、あの夜ユースケに見せた泣き出しそうな表情を表すことはなかったが、ふとユースケがアカリのことを見ると、アカリもユースケのことをぼんやり見つめていることが多く、それまでなら照れたように微笑み返してくれていたのが、照れたように笑うもののすぐに目線を反らされるようになってしまった。ユースケも、何だか恥ずかしいことをしてしまったような気がして、すぐにアカリから視線を戻すのだが、勘の鋭いタケノリに詰められ、それを聞きつけたカズキとセイイチロウもその話に悪乗りしてきて、整理のつかない頭がさらに混乱していくような気がしてタケノリたちをどついてごまかした。そうしている間も、ときどきアカリの視線がユースケたちの方に向けられているのを、何となく感じていた。
キャンプが終わり、ユースケは早速商店街のところにある、昔からある古めかしい図書館に向かった。学校の図書館とは違って広く、本棚の高さも天井すれすれまであり、小説は少なく勉強をより深く学ぶための専門的なものや、歴史上の誰々の話やエッセイ、資料、最近から少し前までのニュースをまとめた記事のような書物が並べられていた。ユースケはその中から惑星ラスタージアに関する本を徹底的に探した。しかし、惑星ラスタージアに関する本のどれも、専門的な用語が多く、まだユースケの頭では理解が追いつかないものが多かった。そこでユースケはこつこつ勉強を進めようという考えになり、図書館でそういう勉強になりそうな本を探し借りては家に持ち帰って勉強する日を繰り返していた。しかし、その日々を繰り返しているうちに夏の暑さが本気を出してきて、虫の声がしなくなるにしたがってユースケの勢いも衰え始め、図書館に向かうのが億劫になっていった。返却期限の切れた本が今もユースケの部屋の机の上にぽつんと置かれている。
ユースケはユリが置いていったチラシを広げた。丸印のついたものは案外多く、ただでさえ身体の弱いユリに行かせるには酷であるのは明らかであった。ユースケはぽりぽりと後頭部を掻きながら、床に散らばっている服の中からなるべく清潔で、薄手の服を探す。そうして適当に服を選んでから、じっと物言わないものの妙な圧を感じさせる、机の上の本に目を向けた。決してそんなことはないはずなのに、そのまま放っておくと妙な匂いを発してくるのではないかと思うほど、不気味な念を醸していた。
「あそこのおばちゃんに土下座してくるかあ」
ユースケはしわくちゃだらけの服を着終わると、次にいつも学校に行くときに使っていた手提げに図書カードとメモ帳、ノートに筆記用具を詰め込み、最後に机の上の返却期限を過ぎた本を入れた。
惑星ラスタージアを見たことから始まった夏休みの終盤も図書館に通いながら過ごしていると、あっという間に新学期の訪れとなった。まだ残暑の厳しい日差しを浴びながら、ユースケは欠伸をしながらユズハと一緒に登校していた。
「あんた、少し日に焼けたみたいね。何してたの?」
「んー、ちょっと何回か出かけてた」
「だぁから、何してたって訊いてるのよ私は」
「んー……図書館にちょっと」
眠い頭ながらも渋々返していたユースケだったが、ユズハはたいして興味がなかったようで、「あ、鷹だ」と呑気に呟いていた。ユースケも頭をゆっくり上げてユズハの言う鷹を探してみるが、全くその姿は見えない。本当にいたのかと疑問に思いユズハを睨むが、「もう見えなくなったよ」と平気な調子で答えた。ふざけているようにしか聞こえないやり取りだが、案外ユズハもユースケと同じように目が良いことを知っていたので疑りながらもユースケはギリギリ文句を言うのを堪えた。森の中は相変わらずじめじめしており、夏の残り香をしっかり残していた。昨夜雨が降ったからか、土がぬかるんでいてその感触が気持ち悪かった。
「ねえ。あんた、惑星ラスタージア見たときアカリとは何もなかったの?」
ユズハが出し抜けに訊いてきて、ユースケは一瞬足を止めた。横に並んで歩いていたユズハはニヤニヤし始めたが、ユースケが具合の悪そうな顔になったのを見てユズハもニヤつくのを止め何事かと眉を顰めた。
「……何かあったの?」
「……別に、何かヤバいことあったわけじゃない」
「当たり前でしょ。そういうことを聞いてるんじゃないわよ」
一々突っかかるユズハにユースケも頭が温まってきたが、それと同時に頭が冴えてきて、あの夜の出来事が鮮明に脳内に映し出された。そうすると、段々とあの夜のときに感じた自分の感情の高ぶりや、アカリが何かを伝えようとして発していた空気も蘇ってきて、ユースケは再び決意をしたような気分に戻っていった。
「なあ、惑星ラスタージアってどうすれば行けるんだ?」
「……はあ? 何それ」
ユズハは本気で理解できないといった風に表情を歪め、鋭い目つきでユースケを見やる。ユースケはそんなユズハの様子にも気づかずに、呑気にぬかるんだ土で汚れた靴を気にしながら歩いていた。
「惑星ラスタージアに行く方法が知りたいんだけど」
「……あんたとアカリがあの夜何があったのか全然チンプンカンプンだけど……もしかして、図書館行ってたのって、それが関係してるの?」
「ああ、そうだけど」
ユースケは逞しく生えている樹の根に自分の靴を擦りつけた。その根に土汚れがつき、自分の靴を確認し汚れが取れていることに満足したユースケは軽快な足取りで進んでいった。ユズハはユースケの背中をしばらく呆然として見つめていたが、やがて我に返って慌てたようにユースケの後を追いかけた。その拍子にユズハの足元でぴちゃぴちゃと音が鳴りながら土汚れが飛び散った。
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