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第四章「恩愛訣別関(おんないわかれのせき)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』35話「鬼援隊」
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これは取捨択一の提案。
兄弟は宗清に「我が子を取るか、それとも匿った異人の子を救うか」という選択を迫ったのだ。
それは兄弟の宗清に対する最大級の慈悲だった。もちろん三人とも助けられればいいが、都中の注目が集まるなか、宗清と息子、それに異人の三人すべてを助けることは不可能だ。
これが精一杯の兄弟の譲渡であると、宗清もまたわかっていた。
「罪人よ……選べ」
そう言うと捕縛を解かれた宗清の前に小刀が投げられる。
異人の首を切れば、なにかの手違いと言うことで彼も息子も釈放される。だが、異人を助ければ匿った罪で息子ともども死罪だ。
彼は刀を握りしめ幾何かの躊躇のあと……小さな異人の首を切り落とした。言葉を解せない少年の青い瞳は、最期まで宗清を見つめていた。
「グッ……グフゥ……ウッ……」
涙が滝のように溢れる。
息子は助かったが、異人の尊い命を自らの手で断ってしまった。彼が匿わなければ死んでいたとはいえ、彼の信念は崩れ落ちた。かつて常磐に信念を曲げさせた雪積る松が……宗清の脳裏に過る。
「よくやった……宗清」
「お前の容疑はここに晴れた」
泣き崩れた宗清は組員に息子とともに連れて行かれた。
彼は最後に兄弟を一瞥し声を出さずにありがとうと呟いた。兄弟に宗清の思いは届き、これでよかったと頷くが、群衆は事情を知る由もなく、二人の無慈悲な姿だけが映った。
「なんや……ただの人斬り集団や」
「守護職の笠を着て、好き放題やってるだけやないか」
「宗清はん可哀想や……邪馬徒の中で唯一まともなお人やのに」
「奴らこそ鬼やないか、貴武狼めッ」
集まっていた群衆の声は届かぬまま、力を付けた鬼殲組はゆっくりと迷走を始める――。
――美武者はんっ、いつもありがとなっ
さらに数年後。
立派に成長した牛若は、二人の兄とは対照的に都の人々に慕われていた。
黒い肌の異人ベンケイを差別することなく配下にし、彼も牛若を慕いよく働いた。弱者を助け、鬼殲組に無実で連れて行かれる人々を救い出した。
強く優しく美しい……牛若は、都の民にとって英雄となっていた。
「大将、皆から好かれてるネ。私も狙われなくなって嬉しいヨ」
「ベンケイ……それは鬼殲組に見つからないようにしてるからじゃないか」
「ハハハ、そうネ。大将のお陰でワタシ捕まらない」
「しかし……まだ、兄上たちの目に留まらない……不思議だ」
それは当然だった。
探している兄たちが局長副長だと知らぬまま、ベンケイを匿うために彼らから逃げているのだ。いくら目立った功績をあげようが、逃げている内は決して遭遇することはない。
「ここにいらしたんですねぇ、探しましたよぉ」
「君は……ウジトさん。諦めてください、僕らは鬼援隊には入りません」
「そこをなんとかっ……隊長はもう年なので引退されるんですぅ、牛若さんが入ってくれなければ鬼殲組がのさばっちゃいますよぅ」
ウジトはクネクネと見悶えながら牛若にくっつくが、ベンケイが牛若からこの気持ち悪い男を引っぺがした。
ウジトは元山賊だが、石見の死後は一般市民に紛れ生きのびていた。
山賊だった時代から毛嫌いしていた浅見が鬼殲組の局長になったのを知り、彼らに対抗する勢力――異人を受け入れ、開国を求める鬼援隊に加わっていたのだ。
「僕らが加わらなくても、もう鬼殲組の時代じゃないよ。彼らはいずれいなくなる」
牛若は畑仕事に戻る。ベンケイも大きな体に汗水を垂らして牛若を補佐し、額に溜まった汗を拭うとウジトに言った。
「早く行け。大将はドッチの側にも付かないネ」
「まぁ、そう固いこと言わないで」
そう言ってウジトはベンケイに所在地を書いた紙を手渡して去った。彼はそれをボンヤリと見つめ「コレなんて書いてある?」と尋ねたので、牛若は彼に書いてある通りや町名を一つずつ丁寧に教えてやった。
「まるたけえびすにおしおいけ……」
「マルタ……ケエビ……?」
だいぶ言葉が上達したとはいえ、まだベンケイは読み書きができない。彼は大きな手で頭をポリポリと掻き唸っている。
「牛若っ」
手を嬉しそうに振る浄瑠璃が笑顔で駆けて来るのが見えた。彼女は畑仕事をする二人のために梅干しと鮭の握り飯を作って来てくれたのだった。
「鬼殲組はまだ屋敷にいるの?」
「ううん、このまえ屋敷とは離れた寺を駐屯地にしたの。屋敷ではもう血を流させないわ」
「そうか」
浄瑠璃は牛若の隣に座り屋敷の出来事を話し始めた。
父親亡きあとに副長の刻蔵がどこからともなく見知らぬ男を連れてきた。
彼女が兄ではないと必死に訴えたが、すでに刻蔵が実権を握る守護職に彼女の声は届かなかった。軍部の居ない都で幅を利かせている彼らだが、ひどく嫌われており、反対する勢力も着実に増えているという。
「ねぇ、牛若……ウチに来ない?」
「え」
「屋敷は広いしベンケイも匿えるわ。それに……」
「うん……そうだね」
見つめ合う二人はすでに結婚を意識した恋仲だった。
都の英雄である牛若に親を失った美しい浄瑠璃。恋心を抱くのは当然であった。二人は将来を約束し、牛若の兄探しが終わったら一緒になろうと約束していた。
「それじゃあ、あとでね」
「ああ」
牛若とベンケイは笑顔で屋敷へと戻る浄瑠璃を見送った。そして「私の居場所アル?」と心配そうにするベンケイを宥めて、再び畑仕事に精を出すのだった――。
兄弟は宗清に「我が子を取るか、それとも匿った異人の子を救うか」という選択を迫ったのだ。
それは兄弟の宗清に対する最大級の慈悲だった。もちろん三人とも助けられればいいが、都中の注目が集まるなか、宗清と息子、それに異人の三人すべてを助けることは不可能だ。
これが精一杯の兄弟の譲渡であると、宗清もまたわかっていた。
「罪人よ……選べ」
そう言うと捕縛を解かれた宗清の前に小刀が投げられる。
異人の首を切れば、なにかの手違いと言うことで彼も息子も釈放される。だが、異人を助ければ匿った罪で息子ともども死罪だ。
彼は刀を握りしめ幾何かの躊躇のあと……小さな異人の首を切り落とした。言葉を解せない少年の青い瞳は、最期まで宗清を見つめていた。
「グッ……グフゥ……ウッ……」
涙が滝のように溢れる。
息子は助かったが、異人の尊い命を自らの手で断ってしまった。彼が匿わなければ死んでいたとはいえ、彼の信念は崩れ落ちた。かつて常磐に信念を曲げさせた雪積る松が……宗清の脳裏に過る。
「よくやった……宗清」
「お前の容疑はここに晴れた」
泣き崩れた宗清は組員に息子とともに連れて行かれた。
彼は最後に兄弟を一瞥し声を出さずにありがとうと呟いた。兄弟に宗清の思いは届き、これでよかったと頷くが、群衆は事情を知る由もなく、二人の無慈悲な姿だけが映った。
「なんや……ただの人斬り集団や」
「守護職の笠を着て、好き放題やってるだけやないか」
「宗清はん可哀想や……邪馬徒の中で唯一まともなお人やのに」
「奴らこそ鬼やないか、貴武狼めッ」
集まっていた群衆の声は届かぬまま、力を付けた鬼殲組はゆっくりと迷走を始める――。
――美武者はんっ、いつもありがとなっ
さらに数年後。
立派に成長した牛若は、二人の兄とは対照的に都の人々に慕われていた。
黒い肌の異人ベンケイを差別することなく配下にし、彼も牛若を慕いよく働いた。弱者を助け、鬼殲組に無実で連れて行かれる人々を救い出した。
強く優しく美しい……牛若は、都の民にとって英雄となっていた。
「大将、皆から好かれてるネ。私も狙われなくなって嬉しいヨ」
「ベンケイ……それは鬼殲組に見つからないようにしてるからじゃないか」
「ハハハ、そうネ。大将のお陰でワタシ捕まらない」
「しかし……まだ、兄上たちの目に留まらない……不思議だ」
それは当然だった。
探している兄たちが局長副長だと知らぬまま、ベンケイを匿うために彼らから逃げているのだ。いくら目立った功績をあげようが、逃げている内は決して遭遇することはない。
「ここにいらしたんですねぇ、探しましたよぉ」
「君は……ウジトさん。諦めてください、僕らは鬼援隊には入りません」
「そこをなんとかっ……隊長はもう年なので引退されるんですぅ、牛若さんが入ってくれなければ鬼殲組がのさばっちゃいますよぅ」
ウジトはクネクネと見悶えながら牛若にくっつくが、ベンケイが牛若からこの気持ち悪い男を引っぺがした。
ウジトは元山賊だが、石見の死後は一般市民に紛れ生きのびていた。
山賊だった時代から毛嫌いしていた浅見が鬼殲組の局長になったのを知り、彼らに対抗する勢力――異人を受け入れ、開国を求める鬼援隊に加わっていたのだ。
「僕らが加わらなくても、もう鬼殲組の時代じゃないよ。彼らはいずれいなくなる」
牛若は畑仕事に戻る。ベンケイも大きな体に汗水を垂らして牛若を補佐し、額に溜まった汗を拭うとウジトに言った。
「早く行け。大将はドッチの側にも付かないネ」
「まぁ、そう固いこと言わないで」
そう言ってウジトはベンケイに所在地を書いた紙を手渡して去った。彼はそれをボンヤリと見つめ「コレなんて書いてある?」と尋ねたので、牛若は彼に書いてある通りや町名を一つずつ丁寧に教えてやった。
「まるたけえびすにおしおいけ……」
「マルタ……ケエビ……?」
だいぶ言葉が上達したとはいえ、まだベンケイは読み書きができない。彼は大きな手で頭をポリポリと掻き唸っている。
「牛若っ」
手を嬉しそうに振る浄瑠璃が笑顔で駆けて来るのが見えた。彼女は畑仕事をする二人のために梅干しと鮭の握り飯を作って来てくれたのだった。
「鬼殲組はまだ屋敷にいるの?」
「ううん、このまえ屋敷とは離れた寺を駐屯地にしたの。屋敷ではもう血を流させないわ」
「そうか」
浄瑠璃は牛若の隣に座り屋敷の出来事を話し始めた。
父親亡きあとに副長の刻蔵がどこからともなく見知らぬ男を連れてきた。
彼女が兄ではないと必死に訴えたが、すでに刻蔵が実権を握る守護職に彼女の声は届かなかった。軍部の居ない都で幅を利かせている彼らだが、ひどく嫌われており、反対する勢力も着実に増えているという。
「ねぇ、牛若……ウチに来ない?」
「え」
「屋敷は広いしベンケイも匿えるわ。それに……」
「うん……そうだね」
見つめ合う二人はすでに結婚を意識した恋仲だった。
都の英雄である牛若に親を失った美しい浄瑠璃。恋心を抱くのは当然であった。二人は将来を約束し、牛若の兄探しが終わったら一緒になろうと約束していた。
「それじゃあ、あとでね」
「ああ」
牛若とベンケイは笑顔で屋敷へと戻る浄瑠璃を見送った。そして「私の居場所アル?」と心配そうにするベンケイを宥めて、再び畑仕事に精を出すのだった――。
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