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日常に潜む不穏な動き
不吉な報せ
しおりを挟む―――
「ほら、持ってきたぞ。全部は当然無理だから、一部だけど。それとご所望のトンカチも。」
「ありがとう。こんだけあれば十分よ。」
蘭が背負ってきた風呂敷を畳に置くと、蝶子が目を爛々とさせて喜んだ。それに引き換え疲れた顔の蘭は、そのまま寝っ転がる。
「あぁーー!重かった!マジ死にそう……途中で何回も『俺、何でこんな事やってんだろ?』って虚しくなって、風呂敷ごと置いて帰ろうかと思ったよ。」
「情けないわね~……」
弱々しい声を出す蘭を見もせずに一刀両断して、蝶子は早速風呂敷をほどいて中身を見た。
「本当はトンカチにプラスしてルーペも欲しかったけど仕方ないね。この時代にはないだろうし。」
「虫眼鏡くらいはあるんじゃないか?」
「いや、ないでしょ。」
またしてもバッサリ切られる。
「冷てぇな~」
「いつも通りよ。それより蘭も手伝ってよ。とりあえず全部並べてみよう。……あれ?」
「ん?どうした?」
「これってタイムマシンのハンドル?とモニター?」
風呂敷を開いて物色していた蝶子が『これ』と言って取り出した物を見せてきた。蘭はそれを見て頷く。
「あぁ。そうだと思う。何かわかるかもって思って、運転席の辺りを重点的に集めてきたんだ。」
「やるじゃない、蘭!まぁ、どこまで役に立つかわかんないけど。」
「もっと労えよ!俺を!」
「それは今後の働き次第ね。」
「えぇ~~……?」
「あら?仲良く何をしてらっしゃるんですか?二人共。」
「え?あ!市さん!?」
廊下から声がして同時に振り向くと、そこには穏やかに微笑む市がいた。慌てて風呂敷の中の物を隠すがもう見られてしまっていた。
「それは何ですか?」
「あ、いや、えっと……これは……」
タイムマシンの残骸を指差されて狼狽する。何か上手い言い訳はないかとぐるぐるしていると、頭の上から控えめな笑い声がした。顔を上げると市が口元に手を当てて笑っていた。
「あ、あの……?」
「ごめんなさい。貴方達の反応が楽しくてつい。……ちょっといいかしら?」
「ど、どうぞ。」
市を部屋に入れると、上座に座っていた蝶子の前に当たり前のように座った。
「あの!こちらに座って下さい。」
慌てて位置を変わろうとした蝶子を、首を横に振って制する。そして言った。
「前にも言いましたが、貴女はわたしより立場が上です。ここで構いません。」
「じゃあ……お言葉に甘えて。」
「あの、市様。これはその、やんごとなき事情がありまして……」
蘭がそう言いかけると、今度は手で制して口を開いた。
「これはタイムマシンとやらの欠片ね。」
「え!?どうしてそれを……」
「やっぱり信長……様は全部ご存じなんですね?私達の事。」
鋭い声でそう問いかけると、市は申し訳なさそうな顔で言った。
「はい。未来からタイムマシンという機械に乗ってここに辿り着いた事。貴方達のいた世界はこことは時空が違う可能性がある事。規模が大き過ぎて細かいところまではわからなかったみたいですが、大体合っているはずだと。どうですか?」
市の話を聞きながら呆気に取られた。ほぼ事実が知られていたという事もそうだが、こんな大事な事をどうしてちゃんと言ってくれなかったのだろう。言ってくれればこっちだって素直に話したのに。
「申し訳ございません。お兄様は持って産まれた心眼という力を、心底嫌っています。でも場合によって使わざるを得ない時もある。そしてそこで視た事柄のほとんどは、なるべく他人に口外しないようにしているのです。その人の個人的な事や絶対に知られたくないと思っている事を暴いてしまうのだから無理もない事です。ですから今回もお二人の事を全部視てしまったけれど、自分の口から言う事ができなかったのでしょう。許してあげて下さい。」
そう言って頭を下げる市に、蘭は慌てた。
「そんな!謝らなくても……頭を上げて下さい。」
「要するに知ってしまった事実から目を背けてるって事ですね。それで言い辛い事はこうしていつも市さんを通じて伝えてもらっているのですか?」
刺のある蝶子の言葉に市が苦笑する。蘭は隣で冷や汗をかいた。
(おいおい……何言ってんだ、蝶子!?失礼だぞ!)
「いいえ。普段はこんな真似はしません。わたしの『共鳴』の力でたまにお兄様の気持ちが流れてきて、図らずも誰かの秘密を知ってしまう事は今まで何度もありましたが、それについてわたしが何かをした事は決してございません。今回だけです。」
「それは……どうしてです?」
「今回は事情が事情ですから、お兄様が動かないのならわたしが貴方達にお兄様の本当の気持ちを伝えないと、と思って。」
「本当の気持ち?」
蘭が首を傾げると市は一度大きく深呼吸すると、言った。
「お兄様は今、自分の置かれた状況を危ぶんでおられます。周りは敵だらけ。いつ狙われて命を落とすかわからない。この尾張の中ではもちろん、隣国の大名達が揃いも揃ってお兄様の首を欲しがっている状態なのです。そんな中、未来から来た人物が現れた。お兄様はそこに目をつけた。」
「そんな……」
蝶子が絶句する。しかし蘭は知っていた。この戦国の世の中、自分の領地を広げる為には実力行使で他人から奪うしかない。如何にして国を大きくするか、それしか考えていないのだ。
そして若くして台頭してきた織田信長を巡って、これから先、国取り合戦が激化するのだ。……本能寺の変で信長が討たれるまで。
「まさか……信長様は俺達に生き延びる方法を教えろという事ですか?」
蘭の言葉に市は深く頷いた。
「じゃあ俺が歴史の勉強をしているという事もわかっているんですね。」
「そう申しておりました。」
「無理です!いくら未来から来たって、起こった出来事を勉強してきただけの俺に、助かる方法なんてわかるはずないですよ!」
「そうなのですか?」
キョトンとする市に向かってため息をつくと、更に捲し立てた。
「そうですよ!それに俺はただの大学生。しかもちゃんと勉強し始めたのはつい最近からです。そんな事言われても期待に応えられません。」
最後はぐったり項垂れる。言ってて自分で悲しくなってきたのだ。
(こんな事ならもっと早く、中学生くらいから自主学習しとくんだった……でもそうだとしてもやっぱり変わらないか。未来を変えるなんて無理……)
「しっかりしなさい、蘭!まだ無理と決まった訳じゃないでしょ!」
「ちょっ……蝶子!?」
突然立ち上がった蝶子に、蘭も市もビックリする。蝶子は腰に手を当てて言った。
「要するに信長を死なないようにすればいいのよね?できないなんて言わないで、何とかしてあげようよ。蘭は今、信長の家来なんでしょ?主君を守る為に頑張るのが役目なんじゃない。」
「蝶子……何か格好良いぞ、お前……」
「まぁ!さすがお兄様の御正室でいらっしゃいますわ。こんなに親身になって下さるなんて、お兄様も大変お喜びになるでしょう。」
「え?あ、いえ……そういう訳では……」
「蝶子は困ってる人を放っとけない奴なんです。だから深い意味は……」
『ない』と続けようとした時、廊下が騒がしくなって突然戸が開く。そこには光秀と柴田勝家がいた。
「何ですか!騒々しい!それに勝手に入ってくるなど、失礼ですよ!!」
市が見た事のない怒りの表情で注意するも、光秀と勝家はそれに気づいてない素振りで部屋の中に入ってきた。酷く慌てていて汗が凄い。そして焦ったような声で光秀が言った。
「美濃の国が大変な事になっています!斎藤道三氏が息子から裏切られて、戦が始まったと報せがありました!」
「え……?」
三人共絶句する。そして蘭は蝶子の方を見た。
斎藤道三、それは蝶子(濃姫)の父親であると同時に、信長の舅という事になっている。という事は……
「信長様も出陣します。ですがその前にお二人にお話があるそうです。私と一緒に来て下さい!」
光秀の声が遠くから聞こえる。蘭は崩れ落ちそうになる体を必死に保っていた。
ここで二人は初めて現実に直面する……
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