上 下
126 / 233
聖杯争奪戦編

名古屋城の戦い

しおりを挟む
昌原道明こと、松中鈴雄が名古屋城へと派遣した弟子は木部義栄という教団専属のカメラマンであり、尚且つ教団の中では強い魔法師に位置する男であった。
木部は海賊黒ひげのような顎髭を生やし、どこか鋭いサメのような目をした男である。教団では教祖の昌原を始め、多くの幹部の写真を鮮明に撮る男であった。
「お前は、これから名古屋城に向かうんだ。いいな、これはワシの意思でもあり、聖なる我らが主イエス・キリストの意思でもあるんだ。絶対に失敗したりするなよ」
昌原は念を押すためだろうか、木部の前に指した人差し指で丸をかきながら言った。
「善処いたします」
木部はそれだけ言うと、教団の名古屋支部を跡にした。昌原のために作られた地下の瞑想室の階段を登っていくのが確認できた。
「よし、いいぞ……聖杯の欠けらをワシの手に握らせるんだ」
昌原は興奮しているのだろうか、いつの間にか作っていた両手の拳をプルプルと震わせていた。
「そして、時間を支配して、ワシはこの国の教皇となれる……」
昌原は自分のみを崇拝し、忠誠を誓うロボットの国を思い描く。子供の頃に昌原はギムジナウムの先生に将来は何になりたいかと尋ねられた時と同じ夢を今も夢見ている。驚いた、真面目そうな女性の担任はかけていた黒縁の大きな丸メガネを上下させながら、昌原に繰り返し質問する。
「鈴雄くんはどうして、ロボットの国を作りたいの?」
「ぼく、ロボットが好きなんだ! ロボットは人間の言う事を何でも聞いてくれるでしょ! 」
と、無邪気に答えた。
その時に担任の先生にはこの子は将来は恐ろしい子になると囁いていたそうだが、そんな事は昌原にとってはどうでもいい事だった。
今の昌原の頭にはロボットの国の事ばかりが浮かび上がっていた。


孝太郎たちが名古屋に到着したのは、木部が昌原に名古屋城に向かわされる1時間ほど前であった。一行が名古屋駅に降り立つなり、名古屋県警に連れ去られ、パトカーに乗せられ、名古屋城へと案内される。
「一体、何があったんですか?おれ達を急に攫うように、連れて行くなんて! 」
孝太郎はいきなりの事で、気が動転していたが、抗議するところはハッキリと抗議する事にした。
すると、助手席の若い警官の視線が下に俯くのを確認する。それから、警官は鼻と口の前に右手の側面を当てながら、
「本当に申し訳ありませんでした。ですが、宇宙究明学会は既に名古屋城に手を出そうとしているのです」
その言葉を聞くなり、孝太郎の顔色が変わるのを隣の席に座っていた絵里子は確認した。そう、猿のように真っ赤だった顔から、いつものハンサムな青年に変わるのを。
「で、我々は何をすれば?」
「簡単な事です。名古屋城に侵入し、聖杯の欠けらを奪おうとする賊を捕らえて欲しいのです」
助手席の警官の代わりに答えたのは、運転手の髪も白く染まった壮年の警察官である。
「おれのどこを見て、そう判断したんですか?それに、あなた方も知っていると思いますが、車を動かしている時にトラブルに……」
その孝太郎の言葉を聞くなり、初老の警官は空いている左手で制服の襟を引っ張りながら言う。
「井川森繁の逮捕ですよ、小田原城でのあなたの逮捕劇は見事なものでした、我々はあなたの手腕に期待しているんです。勿論、後ろの二人も……」
恐らく、もう片方のパトカー。つまり、後方のパトカーの後部座席に座っている明美と聡子の二人の事だろう。
「分かりました。名古屋城では懸命にやらせていただきますよ、ですが、その代わりに……」
「分かっていますよ、現場の封鎖でしょう?我々も警察官ですから……それくらいは心得ていますよ」
と、バツが悪そうに言っている初老の警官の姿を見ながら、孝太郎は申し訳ない事をしてしまったなと、自責の念に駆られてしまう。



木部義栄はこの名古屋城に着くやいなや、観光客の姿が少ないのを変に思う。
どうして、こんなにも歩いている人達がまばらなのだろうか。そして、この人たちがどうして、揃いも揃って城の方ではなく、入口の方へと向かって行くのだろうか。
木部はそう考えた瞬間に思わず身震いしてしまう。それはまさに全身を震わせる震えであった。
(まさかな……)
木部は自分の頭の中にこびり付いて離れそうにない、ある考えを頭を大きく横に振りかざして、打ち消す。
(気のせいだ……おれには昌原道明会長が付いているんだ)
木部がそう考え込んでいた時である。仲間の一人が何かに気がついたらしく、木部を肘で小突く。
木部が背後を振り返ると、そこには……。
「その服からすると、宇宙究明学会の信者だな?大丈夫だ。大人しく着いてくれば、手荒な真似はしないさ」
昌原道明会長の信頼する弟子の一人である井川森繁を逮捕した中村孝太郎が45口径の拳銃をあろう事か、自分の頭に突きつけていた。
「おれに何か用なのか?」
「とぼけるな、用件はもう分かっているだろ?」
聖杯の事を勘付かれたらしい。木部としてはここで誤魔化したい所なのだが、彼の凶悪殺人犯を見るような目から察するに、もはや、口で誤魔化せるものではないだろう。
木部は武器保存ワーペン・セーブから、直ぐさま38口径のリボルバーを取り出し、孝太郎にその銃口を向ける。
それを合図に他の信者達も、一斉に武器保存ワーペン・セーブから、AK47を取り出し、その銃口を孝太郎に向ける。
「悪いけれど、あんたに簡単に殺される程にオレは甘くないんでね、これでも昌原道明会長のカメラマンを務めている男だぜ」
木部はぎごちない笑顔を浮かべながら言った。そして、忙しなさそうに下唇を動かす。
「なら、どちらの方が早いか……競いあってみないか?」
孝太郎は45口径のオート拳銃を木部の頭上に定め続けている。
「いいだろう、オレの銃の方が早いに決まっているッ!」
木部が銃を発砲しようとした時だ。仲間の一人が何者かに襲われるのを。いや、この場合「襲う」という言葉は適切な言葉ではないだろう。何故なら、孝太郎の周りを囲っていた左端の仲間のを抑えたのは、制服を着た警察官だったから。そして、彼の逮捕をキッカケに他の仲間たちも次々と逮捕されていく。
「……」
「お前の言いたい事は分かる……どうして、自分たちが逮捕されているのか、分からないという事だろ?」
「……」
相変わらず、木部は答えない。
「簡単さ、あんたらがここに来るのを予測していた……とでも、言っておくよ」
木部は悔しさからか、歯をギリギリと噛み締めていた。
「逮捕の時間だ、信者さん」
孝太郎は何の感情も込めずに言った。いや、もしかしたら、その言葉には自分には気が付かなかっただけで、どこか憐れみのような感情が入っていたのかもしれない。
いずれにせよ、木部には選択権がない。
無論、警察に逮捕されるという筋書きは木部にはない。なので……。
木部は空中に拳銃を発砲し、孝太郎やその他の警察官を驚かせた後に、名古屋城へと向かう。仲間の殆どは捕まえられてしまったが、自分の身だけは無事だ。
後は聖杯の欠けらを手に入れるだけ……。
だが、そんな木部の砂糖水のように甘い考えはすぐに打ち砕かれてしまう。
「ふふふ、あなたがこのルートを通るのは予測済みよ、孝ちゃんが万一の場合に備えて、あたしに名古屋城天守閣の前で待ち構えていてほしいと言われていたのよねぇ~」
間違いない。孝太郎の姉の折原絵里子だ。まさか、彼女までいたとは。木部としては不測の事態ばかりが続いたのだが、幸いにも、ここにいるのは絵里子一人のみ。
「そこを退いてもらおうか」
木部は自分の右腕を見せながら尋ねる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

VRMMO レヴェリー・プラネット ~ユビキタス監視社会~

夏野かろ
SF
第三次世界大戦後、2084年。 日本は戦災によって監視社会となり、人々は自由のない日々を過ごすこととなった。 ある者はVRMMO「レヴェリー・プラネット」に興じることで監視のストレスから逃げようとする。 またある者は、テロによって監視社会を革命しようとする。 その他、ゲームに課金するために犯罪に走る者、その犯罪者を利用する者、取り締まる者、 多くの人がそれぞれの道を歩いていく。 この物語は、そんな人間模様を 『ブギーポップは笑わない』や『パルプ・フィクション』のような形式でまとめた小説です。 一括投稿。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

ノースウッドの電子脳

園田健人(MIFUMI24)
SF
人造人間(製品名『ADAMS』)を専門とするセラピスト「アルバート・ファーマン」の活動記録。 ※ADAMSが創作した物語および感想はOpenAIが開発したChatGPTを活用したものです。

深海のトキソプラズマ(千年放浪記-本編5上)

しらき
SF
千年放浪記シリーズ‐理研特区編(2)”歴史と権力に沈められた者たちの話” 「蝶、燃ゆ」の前日譚。何故あの寄生虫は作り出されたのか、何故大天才杉谷瑞希は自ら命を絶ったのか。大閥の御曹司、世紀の大天才、異なる2つの星は互いに傷つけ合い朽ちていくのであった…

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

処理中です...