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第十一話

まさかのモテ期突入か?!……ナンテネ・その五

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 すると、薄茶色のモルモットが小走りで彼の足元にやってきた。アドニスは足を止め、抱き上げようとしゃがみ込もうとした瞬間、モルモットは二足歩行になり、

「コレヨリサキハ、タチイルコトハユルサン。タチサレ」

 と言った。声は可愛らしく、ボーイソプラノを思わせる。

「な、お前は……」

 アドニスは慌てて立ち上がり、身構えた。

「ワレ、ショウコサマノガーディアンエンジェルナリ。クラエ、ヒッサツ……」

 モルモットは更に言葉を続けると、甘えたようにカレを見上げた。余りの可愛らしさに、アドニスの口元が綻ぶ。そしてみるみるうちに戦意を喪失して行った。

「『オネダリビーム』ダ! タチサレタチサレタチサレーイ」

 アドニスは体中の力が抜け、頭の芯がぽーッとしてきた。(マズイ、このままではこのモルモットを抱き上げて頬ずりしてしまうではないか!)身の危機を感じた彼は、早々に退散。スッと消えた。

 再び目を開けると、先ほどのソファに横たわっていた。 

「おのれ、イザークの奴、小癪な真似を……」

 彼は忌々しげに呟いた。全身汗だくになっていた。


 その頃、薔子は森の中でモグをはじめとした沢山の赤ちゃんモルモットと戯れる夢を見ていた。嬉しそうに、唇が弧を描いている。

 学園内の午前中。カウンセリングルームでは白衣姿の志門が机でパソコンに入力をし、資料の整理をしていた。広さは十二畳程であろうか。入り口近くには壁に沿ってベージュ色の三人がけのソファが置かれている。中央には窓と平行になるように木製のミントグリーンのテーブルと椅子が二つずつ、計四つ向かい合うように設置されている。

 広めに設計された出窓からは、白いレースのカーテン越しに陽の光りが柔らかく室内を照らしている。桃色のカーテンは左右の端に畳まれ、淡いピンクの帯で留められている。フローリングの床に桜色の壁。電気はシンプルな白の半円形のものだ。

 コンコンコン

 不意に入り口の扉をノックする音が聞こえた。志門は腕時計を確認する。まだ授業中の筈だ。

(生徒だろうか。余程深刻な……)

 わずかに眉をひそめるも、すぐに何かに気付いたようにニヤリと皮肉な笑いを浮かべた。静かに立ち上がり、ゆっくりとドアに向かって歩き出し、

「どうぞ」

 と声をかける。ドアは静かに、そしてゆっくりと開いた。紺色のパンツスーツに身を包み、黒の革靴を履いた長い足が優雅に室内に踏み出した。

「暇そうだな。給料泥棒と言われぬようにな。今の子はすぐにSNSにあげるから、あっという間にコレだぞ」

 その男はそう言いながら、右手を首に当て首を切る仕草をした。アドニスだ。

「ご心配無く。こう見えて、やることは色々あるんでね」

 志門は答えると、ソファに座るよう右手で指し示した。アドニスは軽く右手を上げて断ると、志門を見据えた。その視線を、志門は柔らかく受け止める。そして唇が緩やかに弧を描いた。

「……で、ご用件は? まさか、空き時間に遊びにはやって来た訳でもあるまい?」

 志門は冗談めかして問いかける。

「フフン、わざとらしい」

 アドニスは鼻で笑う。

「分かっていて惚けるのは止せ、イザーク……」
「今は来栖志門だ」

 志門は遮ると、真顔でアドニスを見つめ言葉を続けた。

「あの子の夢の中に侵入して、潜在意識に刷り込もうだなんて、夢魔みたいな真似を阻止したまでさ」
「夢魔とは人聞きの悪い」
「じゃあ、サキュバスとでも言い方を変えようか?」
「益々人聞き悪いじゃないか」
「あながち、間違ってはいるまいよ?」
「まさか。二十歳未満の子にさすがにそれはしないよ」
「どうだか……」

 互いに皮肉の笑みを交わす。

「しかし、お前も随分言うようになったなぁ。まさか、忘れた訳ではないだろうな?」

 アドニスは突如として冷たく問いかけた。

「忘れるものか、いつだって……」

 志門は悲しげに応じる。

「まぁ良い。僕はただ、今後はあの子には正面からアタックするまでさ、と伝えに来ただけだからな」

 アドニスはそう言い終わると、ゆっくりと歩き出した。

「じゃ、失礼するよ。来栖志門先生」

 嫌味っぽく彼の名を強調し、軽く右手を上げて部屋を立ち去った。

「正面から、ねぇ。それにも限度、てもんがあるんだがな」

 アドニスが去ったあと、溜め息混じりにそう呟いた。
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