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SNS × 新聞
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秋も深まり、街路樹が赤や黄色に色づく季節。大学生の悠斗(ゆうと)は、講義の帰り道、いつも通りスマートフォンでSNSを眺めていた。特に深い理由があるわけではないが、日常の些細な出来事をつぶやくことで、友人たちとの繋がりを感じることができるからだ。
「今日のランチ、美味しかった!」
「この映画、最高!」
友達の投稿を軽くチェックしながら、ふと目に止まった投稿があった。それは「#運命の出会い」というハッシュタグがつけられた何気ない一枚の写真だった。青空の下、ベンチに座って本を読む女性の後ろ姿。その女性は長い髪を風に揺らし、静かにページをめくっている姿が美しく、どこか神秘的だった。写真には顔が映っていないが、その一瞬を切り取った何かに悠斗は心を引き込まれた。
「誰なんだろう…」
彼は思わずそのアカウントを開いたが、それは普段彼がフォローしている誰かではなく、偶然タイムラインに流れてきた投稿のようだった。アカウント名も「k,sin」とあり、何の情報もなく、唯一の手がかりはその写真だけだった。
悠斗はその写真を何度も見返し、心の奥でじんわりとした何かを感じた。この出会いは偶然かもしれないが、なぜか強く惹かれてしまう。「こんな風に心を奪われることがあるなんて…」と驚く自分に少し戸惑いながらも、どうしてもその女性のことを知りたくなった。
数日後、いつも通り悠斗は講義を終えて大学の図書館へ向かった。期末レポートの資料集めのためだったが、心の片隅にはあの写真のことが浮かんでいた。図書館に入ると、ふと視界の端に見慣れた光景が広がった。
そこには、ベンチに座り本を読んでいる女性がいた。長い髪が風に揺れている――まさにあの写真の女性だ。
「まさか…」
悠斗は心臓が早鐘を打つのを感じながら、彼女の近くをそっと通り過ぎた。顔はよく見えないが、背中から伝わる静かな佇まいがあの写真の女性と同じだと直感した。
勇気を出して話しかけるべきか悩んだが、結局その日は何もできず、ただ遠くから見守るだけだった。彼女がどんな人なのか、何を考えているのか――知りたいという気持ちは膨らむばかりだった。
翌日、悠斗は再び図書館へ向かった。何かしらの接点を見つけたいという思いが強かった。そしてその日も、彼女は同じ場所に座り、また本を読んでいた。
「今度こそ…」
意を決して近づくと、彼女がページをめくる音が聞こえた。ほんの数歩先にいる彼女を前にして、悠斗は言葉を選んでいた。
「あの、すみません…」
声が震えるのを感じながらも、なんとか話しかけた。彼女は少し驚いた様子で顔を上げた。思ったよりも優しい目元に心が弾む。
「はい?」
その一言に込められた柔らかさが、彼の緊張を少しだけ和らげた。
「ここでよく本を読んでるんですね。あの…僕もたまに来るんですけど、よかったら少しお話しませんか?」
彼女は少し迷ったような表情を見せたが、次の瞬間、にこりと微笑んだ。
「いいですよ。」
それが、悠斗と彼女――紗奈(さな)の初めての会話だった。彼女は話し始めると、思った以上に話しやすく、自然と会話が弾んでいった。二人とも本が好きで、同じ講義を取っていることも判明した。彼女の笑顔に胸が温かくなるのを感じた。
数日後、悠斗はSNSで「k,sin」のアカウントを再び確認した。あの写真はもう少し前の投稿に流れていたが、他の写真にも目を通してみると、何となく見覚えのある景色がいくつかあった。どうやら、紗奈はこのアカウントの持ち主である可能性が高い。
しかし、悠斗はそのことを彼女にすぐには伝えなかった。紗奈と直接会って話す時間が心地よく、SNSを通じて知る彼女よりも、今目の前で笑っている彼女をもっと知りたいと思うようになったからだ。
時間が経つにつれ、二人は頻繁に図書館で会うようになった。悠斗はますます紗奈に惹かれていったが、彼女がどんな人なのかをまだ深く知っているわけではなかった。
ある日、彼女が小さなメモ帳を取り出し、何かを黙々と書き始めた。悠斗が「何を書いているの?」と尋ねると、紗奈は少し照れたように笑いながら、「ただの趣味だよ。新聞の記事を自分でまとめたり、日記を書いたりしてるの」と答えた。
それを聞いて、悠斗は少し驚いた。彼女が新聞記事をまとめるなんて、どこか彼女らしいなと思ったが、彼女の内面にもっと触れてみたいという気持ちが強くなった。
そして、ふと心に浮かんだ。彼女のアカウント名「k,sin」が示すものは、ひょっとして「小新聞(こしんぶん)」――彼女がいつも書いている小さな新聞のことかもしれないと。
それから、悠斗は紗奈と共に過ごす時間がどんどん増えていった。図書館で本を読んだり、カフェで勉強したり、何でもない日常のひと時が彼にとっては特別なものに感じられるようになっていた。しかし、まだ彼女への告白はできていなかった。
そんなある日、紗奈が何かを考えているように見えた。彼女が言葉を切り出す前に、悠斗はその沈黙を破るように「最近、何か悩んでることがある?」と尋ねた。紗奈は少し驚いた表情を見せたが、静かに頷いた。
「実は…少し遠くへ行くことを考えているの。」
その言葉を聞いた瞬間、悠斗の心は不意に重くなった。
悠斗は紗奈からの突然の告白に戸惑いを隠せなかった。遠くへ行く――それが何を意味するのか、彼は一瞬理解できずにいた。
「遠くって、どこに?」
悠斗の声には、わずかな焦りが混じっていた。
「海外。ずっと考えていたんだ、大学を卒業したら一度外の世界を見てみたいって。新聞記者として働くのが夢で、そのためにもっと広い視野を持ちたくてね。奨学金も取れて、来年には出発できることが決まったの。」
紗奈は言葉を慎重に選びながら話した。彼女の目はいつも通り穏やかだったが、その奥には決意が見え隠れしていた。
悠斗はその話を聞きながら、心の中で彼女が自分の知らないところでこんなに大きな決断をしていたことに驚いていた。同時に、彼女がこの街を去ってしまうかもしれないという事実にどう向き合えばいいのか、混乱していた。
「そうなんだ…おめでとう。でも、急だね。まだ知らなかったよ。」
精一杯平静を装いながらも、心はざわついていた。彼女が夢に向かって努力してきたことは知っていたが、それが現実となるのはこんなにも早いとは思っていなかった。
「ありがとう。ずっと話そうと思っていたんだけど、タイミングがつかめなくて…ごめんね。」
紗奈は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
その日の帰り道、悠斗は紗奈のことばかり考えていた。彼女との出会いから今まで、ほんの数か月の間にこれほどまでに大切な存在になるとは思っていなかった。図書館で過ごす時間や、彼女の笑顔――それらすべてが悠斗にとって特別なものになっていた。
しかし、彼女がいなくなってしまう未来を想像すると、胸の奥が痛んだ。どうしてもこの気持ちを伝えずにはいられないと、悠斗は決心した。
「俺は、紗奈のことが好きだ。」
その想いを口にすることで、何かが変わるかもしれない。彼はそう信じていた。
それから数日後、悠斗は紗奈をカフェに誘った。これまでのように自然な会話が流れたが、彼の中では告白するタイミングを見計らっている自分がいた。どんな言葉で伝えるべきか、何度も頭の中でシミュレーションしていたが、いざその瞬間が近づくと胸が高鳴り、緊張で言葉が出なくなった。
「最近、どう?」
紗奈が何気なく問いかけた言葉に、悠斗は意を決して切り出した。
「紗奈、ちょっと真面目な話があるんだ。」
彼女は少し驚いた表情を見せたが、静かに頷いた。悠斗は深呼吸をしてから、思い切って言葉を紡ぎ出した。
「紗奈が海外に行くって聞いて、本当におめでとうって思う。夢を追いかけてる姿は本当にかっこいいし、尊敬してる。でも…正直なところ、寂しいんだ。君がいなくなるなんて、考えられない。」
一度話し始めると、彼の気持ちは止めどなく溢れ出していった。
「だから、伝えたい。俺、紗奈のことが好きなんだ。ずっと好きだった。初めて図書館で見かけた時から、君のことが気になって、話せるようになってからは、ますます惹かれていった。君がどこにいても応援したい。でも、もし君が行ってしまったら、この気持ちを伝えられないまま後悔すると思ったから…今、こうして言ってる。」
悠斗の言葉が途切れると、カフェの喧騒が一瞬遠のいたかのように感じた。紗奈はじっと彼を見つめていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「悠斗、ありがとう。そんな風に思ってくれてたなんて、すごく嬉しいよ。」
彼女の声には優しさが満ちていたが、少し寂しさも感じられた。
「でも、私は自分の夢を追いかけたい。そのために海外に行くことを決めたんだ。だから、今すぐには答えを出せないかもしれない。でも、あなたの気持ちはちゃんと伝わったよ。本当にありがとう。」
彼女の言葉は真っ直ぐで、彼女らしい誠実さが感じられた。悠斗は少しの間言葉を失ったが、彼女の決意を尊重するべきだと思い直した。
「そうだよね。紗奈の夢は本当に大事だし、俺も応援してる。だから、いつかまた会えると信じてるよ。」
彼は無理に笑みを作りながら、胸の奥に湧き上がる切なさを抑えた。
その後、紗奈の留学準備は順調に進んでいった。彼女と悠斗はこれまでと変わらず友人として過ごしていたが、悠斗の中では常に「好き」という感情が彼女に対して揺るぎなく存在していた。しかし、彼女の夢を応援したいという気持ちがそれに勝り、彼は自分の感情を抑えることにしていた。
留学前日、紗奈が最後に会いたいと言ってきた。二人はいつもの図書館で待ち合わせをし、静かな時間を共有した。やがて紗奈は、机の上に小さな封筒を置いた。
「これ、留学先に着いたら読んでね。」
そう言って彼女は微笑んだ。
悠斗はその封筒を受け取り、胸にしまった。言葉にはできなかったが、彼女への想いが再び込み上げてきた。
「ありがとう、紗奈。絶対にまた会おうね。」
彼は静かに言った。
「うん、必ずね。」
その時、二人の目にはお互いを思う気持ちが強く宿っていた。
紗奈が留学してから数か月が過ぎ、悠斗は彼女からの手紙を何度も読み返していた。手紙には「夢を追いかける勇気をくれたのは、悠斗のおかげ」という言葉が綴られていた。その言葉が、彼の心を強く支えていた。
そして、彼はいつか彼女と再び出会う日を心待ちにしていた。それは、彼にとって新たなスタートでもあり、彼自身の夢を追いかけるきっかけにもなった。
紗奈との出会いが、悠斗にとって一生忘れられない大切なものとなったのだった。
「今日のランチ、美味しかった!」
「この映画、最高!」
友達の投稿を軽くチェックしながら、ふと目に止まった投稿があった。それは「#運命の出会い」というハッシュタグがつけられた何気ない一枚の写真だった。青空の下、ベンチに座って本を読む女性の後ろ姿。その女性は長い髪を風に揺らし、静かにページをめくっている姿が美しく、どこか神秘的だった。写真には顔が映っていないが、その一瞬を切り取った何かに悠斗は心を引き込まれた。
「誰なんだろう…」
彼は思わずそのアカウントを開いたが、それは普段彼がフォローしている誰かではなく、偶然タイムラインに流れてきた投稿のようだった。アカウント名も「k,sin」とあり、何の情報もなく、唯一の手がかりはその写真だけだった。
悠斗はその写真を何度も見返し、心の奥でじんわりとした何かを感じた。この出会いは偶然かもしれないが、なぜか強く惹かれてしまう。「こんな風に心を奪われることがあるなんて…」と驚く自分に少し戸惑いながらも、どうしてもその女性のことを知りたくなった。
数日後、いつも通り悠斗は講義を終えて大学の図書館へ向かった。期末レポートの資料集めのためだったが、心の片隅にはあの写真のことが浮かんでいた。図書館に入ると、ふと視界の端に見慣れた光景が広がった。
そこには、ベンチに座り本を読んでいる女性がいた。長い髪が風に揺れている――まさにあの写真の女性だ。
「まさか…」
悠斗は心臓が早鐘を打つのを感じながら、彼女の近くをそっと通り過ぎた。顔はよく見えないが、背中から伝わる静かな佇まいがあの写真の女性と同じだと直感した。
勇気を出して話しかけるべきか悩んだが、結局その日は何もできず、ただ遠くから見守るだけだった。彼女がどんな人なのか、何を考えているのか――知りたいという気持ちは膨らむばかりだった。
翌日、悠斗は再び図書館へ向かった。何かしらの接点を見つけたいという思いが強かった。そしてその日も、彼女は同じ場所に座り、また本を読んでいた。
「今度こそ…」
意を決して近づくと、彼女がページをめくる音が聞こえた。ほんの数歩先にいる彼女を前にして、悠斗は言葉を選んでいた。
「あの、すみません…」
声が震えるのを感じながらも、なんとか話しかけた。彼女は少し驚いた様子で顔を上げた。思ったよりも優しい目元に心が弾む。
「はい?」
その一言に込められた柔らかさが、彼の緊張を少しだけ和らげた。
「ここでよく本を読んでるんですね。あの…僕もたまに来るんですけど、よかったら少しお話しませんか?」
彼女は少し迷ったような表情を見せたが、次の瞬間、にこりと微笑んだ。
「いいですよ。」
それが、悠斗と彼女――紗奈(さな)の初めての会話だった。彼女は話し始めると、思った以上に話しやすく、自然と会話が弾んでいった。二人とも本が好きで、同じ講義を取っていることも判明した。彼女の笑顔に胸が温かくなるのを感じた。
数日後、悠斗はSNSで「k,sin」のアカウントを再び確認した。あの写真はもう少し前の投稿に流れていたが、他の写真にも目を通してみると、何となく見覚えのある景色がいくつかあった。どうやら、紗奈はこのアカウントの持ち主である可能性が高い。
しかし、悠斗はそのことを彼女にすぐには伝えなかった。紗奈と直接会って話す時間が心地よく、SNSを通じて知る彼女よりも、今目の前で笑っている彼女をもっと知りたいと思うようになったからだ。
時間が経つにつれ、二人は頻繁に図書館で会うようになった。悠斗はますます紗奈に惹かれていったが、彼女がどんな人なのかをまだ深く知っているわけではなかった。
ある日、彼女が小さなメモ帳を取り出し、何かを黙々と書き始めた。悠斗が「何を書いているの?」と尋ねると、紗奈は少し照れたように笑いながら、「ただの趣味だよ。新聞の記事を自分でまとめたり、日記を書いたりしてるの」と答えた。
それを聞いて、悠斗は少し驚いた。彼女が新聞記事をまとめるなんて、どこか彼女らしいなと思ったが、彼女の内面にもっと触れてみたいという気持ちが強くなった。
そして、ふと心に浮かんだ。彼女のアカウント名「k,sin」が示すものは、ひょっとして「小新聞(こしんぶん)」――彼女がいつも書いている小さな新聞のことかもしれないと。
それから、悠斗は紗奈と共に過ごす時間がどんどん増えていった。図書館で本を読んだり、カフェで勉強したり、何でもない日常のひと時が彼にとっては特別なものに感じられるようになっていた。しかし、まだ彼女への告白はできていなかった。
そんなある日、紗奈が何かを考えているように見えた。彼女が言葉を切り出す前に、悠斗はその沈黙を破るように「最近、何か悩んでることがある?」と尋ねた。紗奈は少し驚いた表情を見せたが、静かに頷いた。
「実は…少し遠くへ行くことを考えているの。」
その言葉を聞いた瞬間、悠斗の心は不意に重くなった。
悠斗は紗奈からの突然の告白に戸惑いを隠せなかった。遠くへ行く――それが何を意味するのか、彼は一瞬理解できずにいた。
「遠くって、どこに?」
悠斗の声には、わずかな焦りが混じっていた。
「海外。ずっと考えていたんだ、大学を卒業したら一度外の世界を見てみたいって。新聞記者として働くのが夢で、そのためにもっと広い視野を持ちたくてね。奨学金も取れて、来年には出発できることが決まったの。」
紗奈は言葉を慎重に選びながら話した。彼女の目はいつも通り穏やかだったが、その奥には決意が見え隠れしていた。
悠斗はその話を聞きながら、心の中で彼女が自分の知らないところでこんなに大きな決断をしていたことに驚いていた。同時に、彼女がこの街を去ってしまうかもしれないという事実にどう向き合えばいいのか、混乱していた。
「そうなんだ…おめでとう。でも、急だね。まだ知らなかったよ。」
精一杯平静を装いながらも、心はざわついていた。彼女が夢に向かって努力してきたことは知っていたが、それが現実となるのはこんなにも早いとは思っていなかった。
「ありがとう。ずっと話そうと思っていたんだけど、タイミングがつかめなくて…ごめんね。」
紗奈は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
その日の帰り道、悠斗は紗奈のことばかり考えていた。彼女との出会いから今まで、ほんの数か月の間にこれほどまでに大切な存在になるとは思っていなかった。図書館で過ごす時間や、彼女の笑顔――それらすべてが悠斗にとって特別なものになっていた。
しかし、彼女がいなくなってしまう未来を想像すると、胸の奥が痛んだ。どうしてもこの気持ちを伝えずにはいられないと、悠斗は決心した。
「俺は、紗奈のことが好きだ。」
その想いを口にすることで、何かが変わるかもしれない。彼はそう信じていた。
それから数日後、悠斗は紗奈をカフェに誘った。これまでのように自然な会話が流れたが、彼の中では告白するタイミングを見計らっている自分がいた。どんな言葉で伝えるべきか、何度も頭の中でシミュレーションしていたが、いざその瞬間が近づくと胸が高鳴り、緊張で言葉が出なくなった。
「最近、どう?」
紗奈が何気なく問いかけた言葉に、悠斗は意を決して切り出した。
「紗奈、ちょっと真面目な話があるんだ。」
彼女は少し驚いた表情を見せたが、静かに頷いた。悠斗は深呼吸をしてから、思い切って言葉を紡ぎ出した。
「紗奈が海外に行くって聞いて、本当におめでとうって思う。夢を追いかけてる姿は本当にかっこいいし、尊敬してる。でも…正直なところ、寂しいんだ。君がいなくなるなんて、考えられない。」
一度話し始めると、彼の気持ちは止めどなく溢れ出していった。
「だから、伝えたい。俺、紗奈のことが好きなんだ。ずっと好きだった。初めて図書館で見かけた時から、君のことが気になって、話せるようになってからは、ますます惹かれていった。君がどこにいても応援したい。でも、もし君が行ってしまったら、この気持ちを伝えられないまま後悔すると思ったから…今、こうして言ってる。」
悠斗の言葉が途切れると、カフェの喧騒が一瞬遠のいたかのように感じた。紗奈はじっと彼を見つめていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「悠斗、ありがとう。そんな風に思ってくれてたなんて、すごく嬉しいよ。」
彼女の声には優しさが満ちていたが、少し寂しさも感じられた。
「でも、私は自分の夢を追いかけたい。そのために海外に行くことを決めたんだ。だから、今すぐには答えを出せないかもしれない。でも、あなたの気持ちはちゃんと伝わったよ。本当にありがとう。」
彼女の言葉は真っ直ぐで、彼女らしい誠実さが感じられた。悠斗は少しの間言葉を失ったが、彼女の決意を尊重するべきだと思い直した。
「そうだよね。紗奈の夢は本当に大事だし、俺も応援してる。だから、いつかまた会えると信じてるよ。」
彼は無理に笑みを作りながら、胸の奥に湧き上がる切なさを抑えた。
その後、紗奈の留学準備は順調に進んでいった。彼女と悠斗はこれまでと変わらず友人として過ごしていたが、悠斗の中では常に「好き」という感情が彼女に対して揺るぎなく存在していた。しかし、彼女の夢を応援したいという気持ちがそれに勝り、彼は自分の感情を抑えることにしていた。
留学前日、紗奈が最後に会いたいと言ってきた。二人はいつもの図書館で待ち合わせをし、静かな時間を共有した。やがて紗奈は、机の上に小さな封筒を置いた。
「これ、留学先に着いたら読んでね。」
そう言って彼女は微笑んだ。
悠斗はその封筒を受け取り、胸にしまった。言葉にはできなかったが、彼女への想いが再び込み上げてきた。
「ありがとう、紗奈。絶対にまた会おうね。」
彼は静かに言った。
「うん、必ずね。」
その時、二人の目にはお互いを思う気持ちが強く宿っていた。
紗奈が留学してから数か月が過ぎ、悠斗は彼女からの手紙を何度も読み返していた。手紙には「夢を追いかける勇気をくれたのは、悠斗のおかげ」という言葉が綴られていた。その言葉が、彼の心を強く支えていた。
そして、彼はいつか彼女と再び出会う日を心待ちにしていた。それは、彼にとって新たなスタートでもあり、彼自身の夢を追いかけるきっかけにもなった。
紗奈との出会いが、悠斗にとって一生忘れられない大切なものとなったのだった。
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