4 / 15
海 × リス
しおりを挟む
夏の終わりが近づくある日の午後、海辺に面した小さな村には、静けさが漂っていた。波の音だけが聞こえ、広がる砂浜に点在する貝殻が陽光を受けて輝いている。その美しい光景に心を奪われながら、由紀は一人で歩いていた。由紀は都会で忙しい日々を送る中、ふと休息が必要だと感じ、この村を訪れたのだ。
「静かでいいところだな……」由紀はそう呟き、そっと目を閉じて波の音に耳を傾けた。
風が吹くたびに、潮の香りが心を落ち着かせてくれる。都会の喧騒を忘れ、ここでのんびりと過ごすことができるのは、彼女にとって大きな癒しだった。
歩きながら視線を砂浜に落としたとき、突然、何かが素早く動くのが見えた。驚いて立ち止まり、目を凝らすと、それは小さなリスだった。海辺にリスがいることに驚いた由紀は、思わず声を上げた。
「リス? こんなところに……」
リスは小さな手で何かを一生懸命掘っていた。気づかれないように少しずつ近づいてみると、リスは砂の中に小さな木の実を埋めているようだった。由紀は微笑みながら、その小さなリスの姿をしばらく見守っていた。
「君もここが好きなんだね」
すると、リスは彼女に気づいたのか、一瞬こちらを見た後、素早く走り去った。その様子に微笑みながら、由紀はリスがいた場所に歩み寄り、砂の中に埋められていた木の実を見つけた。海辺でリスに会えるなんて、まさかの出会いだった。
その瞬間、ふと後ろから声が聞こえた。
「おい、リスを見たのか?」
由紀が振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。彼はラフなTシャツに短パン姿で、肩にリュックを背負っていた。どうやら地元の人のようだ。
「ええ、そうなんです。海辺でリスに会うなんて、びっくりしました」
青年は笑顔を見せながら、由紀の隣に座り込んだ。
「そうだろう? ここらのリスは、この辺りをよくうろついてるんだ。海辺のリスなんて、珍しいだろうけど、ここでは彼らにとっては普通なんだよ」
青年はリュックからペットボトルを取り出し、ひと口飲んだ後、由紀に差し出した。
「海風で喉が乾くだろ。よかったら、どうぞ」
「ありがとう。でも、大丈夫」
彼はペットボトルをしまいながら、続けた。
「俺の名前は翔太。この村に住んでるんだ。ここに来る人はあまり多くないから、君みたいに一人で来る人を見ると、つい話しかけたくなっちゃうんだよね」
由紀は笑いながら自己紹介した。「私は由紀。都会からちょっと疲れたから、しばらくのんびりしたくてね」
「なるほど。なら、この村はぴったりだ。何もないけど、何もないのがいいところだよ。波の音とリスたちが、いい友達になってくれるさ」
由紀はその言葉に癒されながら、再び海を見つめた。波は穏やかで、青い空と一体化するように広がっている。そんな美しい風景の中で、リスとの出会いや翔太との会話が、都会では感じられなかった温かさを彼女に届けてくれていた。
翔太は海を見ながら、ふと何かを思い出したかのように話し始めた。
「この村には昔から、リスと海の伝説があるんだ。リスが海辺で木の実を埋めると、その木の実がいつか大きな木に成長して、村を守るって話さ」
「そんな伝説があるの?」
「まあ、ただの昔話だけどね。でも、こうやってリスが木の実を埋めてるのを見ると、まんざら嘘でもないかもなって思うよ。自然って不思議だよな」
その言葉に由紀も頷いた。都会では感じられない、不思議な時間がこの村には流れている。そして、自然の中にいると、人間もまたその一部であることを感じさせられる。
二人はしばらく無言で海を眺めていたが、その静けさは決して居心地が悪いものではなかった。リスがまた姿を現すかもしれないという期待と、波の音に包まれる安心感が、由紀の心を満たしていた。
「そろそろ日が沈む時間だな」と、翔太が立ち上がり、空を見上げた。
「夕日が綺麗だから、見逃すなよ」
由紀も立ち上がり、水平線に目をやると、太陽がゆっくりと海に沈んでいく様子が見えた。その美しい光景に、心が満たされる。
「本当に綺麗……」
「だろう? ここは毎日こうやって自然が色んな顔を見せてくれるんだ」
由紀は、海とリス、そして新しい友人との出会いを通じて、心の中に少しずつ温かさが戻ってくるのを感じた。
「また、明日もリスに会えるかな?」由紀が微笑みながら言うと、翔太は笑って答えた。
「きっと会えるさ。リスたちも、君に会いたがってるかもしれないぞ」
次の日も、そしてその次の日も、きっと海辺でリスとの出会いは続いていく。そんな予感が、由紀の心に静かに広がっていった。
翌朝、由紀は早く目を覚ました。海辺の宿の窓を開けると、潮風がふわりと顔に触れる。昨日のリスとの出会いや翔太との会話が頭に残り、今日はもっとリスと近づける気がして、少し胸が弾んでいた。
朝の波は穏やかで、日差しが海面に反射してキラキラと輝いている。由紀は軽く身支度をして、早速海辺に向かった。砂浜に着くと、昨日と同じ場所に立ち、周囲を見渡した。リスはまだ姿を見せないが、きっと現れるはずだと感じていた。
「おはよう、今日も早いね」
不意に背後から声が聞こえ、振り向くと翔太が立っていた。彼は朝日を浴びながら爽やかな笑顔を浮かべている。
「おはよう。今日もリスを探しに来たの?」
「まあ、毎日の日課みたいなもんだよ。リスは早起きだから、今頃あちこちで活動してるかもな」
二人は歩きながら砂浜を進んでいった。昨日よりも風が少し強く、波打ち際には小さな貝殻や流木が打ち上げられている。その中に、ひときわ目立つ大きな流木があった。
「ほら、あそこ。あの流木の周りにはよくリスが集まるんだ」
翔太が指さす先には、昨日のリスがいた。今度はもう逃げることなく、流木の上でこちらをじっと見つめている。その姿に、由紀は思わず微笑んだ。
「なんだか、見守られてるみたい」
「かもな。俺たちがリスを見てると思ってたけど、実はリスが俺たちを見てるんだ」
翔太の言葉に由紀は笑いながら、そっとリスに近づいた。リスは微動だにせず、彼女をじっと見つめている。昨日と同じリスだろうか。そう思いながら、そっと手を伸ばしてみると、リスはふわりとした毛皮を光に輝かせていた。
「触ってもいいかな?」
「うん、慣れてるみたいだから大丈夫だと思うよ」
リスの小さな体に指先が触れると、思った以上に柔らかく、温かい。心がほっとするような感覚に包まれた。由紀はふと、リスが自分に何かを伝えたいかのように感じた。
「どうして、リスってこんなに人懐っこいんだろうね」
「それは、この村だからだよ。自然の中で、動物たちも人間たちも一緒に暮らしてる。都会のリスとは違って、警戒心が少ないんだと思う」
由紀はその言葉に納得しながら、リスの瞳を見つめた。そこにはどこか優しさがあり、彼女自身の心の奥底に触れるような感覚があった。
「この村に来てよかった。なんだか、自分が自然の一部に戻れた気がする」
由紀がポツリと呟くと、翔太は穏やかな笑顔を浮かべた。
「それなら、少し長くここに滞在したらどうだ? ここには時間なんて気にしないで、ただ自然と共に過ごすことができるよ」
その提案に、由紀は一瞬戸惑った。彼女は都会での仕事や生活に縛られ、常に時間に追われていた。しかし、この村で過ごす日々は、そんなプレッシャーから解放され、心が軽くなっていることを実感していた。
「もう少し、ここにいようかな……」
由紀の心が決まると、リスが小さな木の実を持ってきて、彼女の足元に置いた。まるで彼女に贈り物をするかのように。それを見て、翔太がクスクスと笑った。
「ほら、リスが歓迎してるみたいだな。ここにいてほしいってさ」
由紀はその小さな木の実を手に取り、静かに見つめた。リスの気持ちが込められた贈り物は、彼女にとって特別な意味を持つものとなった。
「ありがとう、リスさん」
その後、由紀は翔太の案内で、村の奥へと足を運んだ。海辺から少し離れたところに広がる森には、リスが住む木々が生い茂っていた。森の中は静かで、木漏れ日が優しく地面を照らしている。翔太はリュックから小さな袋を取り出し、中に入っていた木の実をリスたちに投げ与えた。
「こうやって、リスたちに食べ物を分け与えるんだ。昔からこの村では、動物たちと共存していくっていう教えがあってね」
リスたちは木の実を拾って、嬉しそうに頬袋に詰め込んでいる。その姿を見て、由紀も同じように木の実を投げ与えた。
「自然と人が一緒に生きるって、素敵なことだね」
「そうだな。都会では考えられないだろうけど、ここではこれが当たり前なんだ」
由紀はその言葉を噛み締めながら、村で過ごす日々をさらに深く楽しもうと決意した。リスとのふれあいや翔太との時間が、彼女の心に安らぎを与えてくれる。都会では感じられなかった絆や優しさが、ここには溢れている。
時が過ぎ、夕方になると二人は再び海辺に戻った。空はオレンジ色に染まり、今日もまた美しい夕日が水平線に沈もうとしている。由紀は、リスと出会い、翔太と過ごすこの時間が永遠に続けばいいと思った。
「また、夕日が綺麗だね」
「うん、何度見ても飽きないよ。自然は毎日少しずつ違うからね」
由紀は心の中でリスに感謝した。この小さな生き物との出会いが、彼女に大切なものを教えてくれた。翔太との交流もまた、彼女に新しい視点を与えてくれた。
「翔太、ありがとう。ここに来て、本当に良かった」
「俺も、君と会えてよかったよ。リスたちも喜んでるさ」
二人は並んで座り、海を見つめた。静かな波音と共に、夕日はゆっくりと海に沈み、空は徐々に深い青に染まっていく。リスたちもまた、どこかで今日の一日を終え、眠りにつくだろう。
「また明日も、ここでリスに会えるかな?」
「もちろんさ。リスも君を待ってるよ」
そう言って微笑み合う二人の姿は、まるで長年の友人のようだった。海とリス、そして自然の中で過ごす時間が、二人の心を静かに、でも確かに繋いでいた。
都会に戻ってからも、由紀は翔太と連絡を取り続けていた。村での穏やかな日々を思い出しながら、時折互いの近況を伝え合うやり取りが、彼女の心を温めていた。そんなある日、翔太から「今度、会いに行ってもいい?」とメッセージが届いた。
数日後、約束の日に翔太が由紀のマンションにやってきた。玄関を開けると、久しぶりの再会に由紀は笑顔を浮かべたが、彼の背中に隠されているものが気になった。
「実は、ちょっとしたサプライズがあるんだ」
そう言って、翔太はそっとケージを差し出した。中には、あの海辺で出会ったリスが小さな体を丸めて、こちらをじっと見つめていた。
「リスも君に会いたがってたみたいだから、連れてきたよ」
驚きと嬉しさが入り混じり、由紀はリスにそっと手を伸ばした。ふわりとした毛の感触が、村での温かい思い出を再び蘇らせた。
「リスが、また私たちを繋いでくれたんだね」
翔太は頷き、二人は再びリスと共に、新しい絆を深めていくのだった。
「静かでいいところだな……」由紀はそう呟き、そっと目を閉じて波の音に耳を傾けた。
風が吹くたびに、潮の香りが心を落ち着かせてくれる。都会の喧騒を忘れ、ここでのんびりと過ごすことができるのは、彼女にとって大きな癒しだった。
歩きながら視線を砂浜に落としたとき、突然、何かが素早く動くのが見えた。驚いて立ち止まり、目を凝らすと、それは小さなリスだった。海辺にリスがいることに驚いた由紀は、思わず声を上げた。
「リス? こんなところに……」
リスは小さな手で何かを一生懸命掘っていた。気づかれないように少しずつ近づいてみると、リスは砂の中に小さな木の実を埋めているようだった。由紀は微笑みながら、その小さなリスの姿をしばらく見守っていた。
「君もここが好きなんだね」
すると、リスは彼女に気づいたのか、一瞬こちらを見た後、素早く走り去った。その様子に微笑みながら、由紀はリスがいた場所に歩み寄り、砂の中に埋められていた木の実を見つけた。海辺でリスに会えるなんて、まさかの出会いだった。
その瞬間、ふと後ろから声が聞こえた。
「おい、リスを見たのか?」
由紀が振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。彼はラフなTシャツに短パン姿で、肩にリュックを背負っていた。どうやら地元の人のようだ。
「ええ、そうなんです。海辺でリスに会うなんて、びっくりしました」
青年は笑顔を見せながら、由紀の隣に座り込んだ。
「そうだろう? ここらのリスは、この辺りをよくうろついてるんだ。海辺のリスなんて、珍しいだろうけど、ここでは彼らにとっては普通なんだよ」
青年はリュックからペットボトルを取り出し、ひと口飲んだ後、由紀に差し出した。
「海風で喉が乾くだろ。よかったら、どうぞ」
「ありがとう。でも、大丈夫」
彼はペットボトルをしまいながら、続けた。
「俺の名前は翔太。この村に住んでるんだ。ここに来る人はあまり多くないから、君みたいに一人で来る人を見ると、つい話しかけたくなっちゃうんだよね」
由紀は笑いながら自己紹介した。「私は由紀。都会からちょっと疲れたから、しばらくのんびりしたくてね」
「なるほど。なら、この村はぴったりだ。何もないけど、何もないのがいいところだよ。波の音とリスたちが、いい友達になってくれるさ」
由紀はその言葉に癒されながら、再び海を見つめた。波は穏やかで、青い空と一体化するように広がっている。そんな美しい風景の中で、リスとの出会いや翔太との会話が、都会では感じられなかった温かさを彼女に届けてくれていた。
翔太は海を見ながら、ふと何かを思い出したかのように話し始めた。
「この村には昔から、リスと海の伝説があるんだ。リスが海辺で木の実を埋めると、その木の実がいつか大きな木に成長して、村を守るって話さ」
「そんな伝説があるの?」
「まあ、ただの昔話だけどね。でも、こうやってリスが木の実を埋めてるのを見ると、まんざら嘘でもないかもなって思うよ。自然って不思議だよな」
その言葉に由紀も頷いた。都会では感じられない、不思議な時間がこの村には流れている。そして、自然の中にいると、人間もまたその一部であることを感じさせられる。
二人はしばらく無言で海を眺めていたが、その静けさは決して居心地が悪いものではなかった。リスがまた姿を現すかもしれないという期待と、波の音に包まれる安心感が、由紀の心を満たしていた。
「そろそろ日が沈む時間だな」と、翔太が立ち上がり、空を見上げた。
「夕日が綺麗だから、見逃すなよ」
由紀も立ち上がり、水平線に目をやると、太陽がゆっくりと海に沈んでいく様子が見えた。その美しい光景に、心が満たされる。
「本当に綺麗……」
「だろう? ここは毎日こうやって自然が色んな顔を見せてくれるんだ」
由紀は、海とリス、そして新しい友人との出会いを通じて、心の中に少しずつ温かさが戻ってくるのを感じた。
「また、明日もリスに会えるかな?」由紀が微笑みながら言うと、翔太は笑って答えた。
「きっと会えるさ。リスたちも、君に会いたがってるかもしれないぞ」
次の日も、そしてその次の日も、きっと海辺でリスとの出会いは続いていく。そんな予感が、由紀の心に静かに広がっていった。
翌朝、由紀は早く目を覚ました。海辺の宿の窓を開けると、潮風がふわりと顔に触れる。昨日のリスとの出会いや翔太との会話が頭に残り、今日はもっとリスと近づける気がして、少し胸が弾んでいた。
朝の波は穏やかで、日差しが海面に反射してキラキラと輝いている。由紀は軽く身支度をして、早速海辺に向かった。砂浜に着くと、昨日と同じ場所に立ち、周囲を見渡した。リスはまだ姿を見せないが、きっと現れるはずだと感じていた。
「おはよう、今日も早いね」
不意に背後から声が聞こえ、振り向くと翔太が立っていた。彼は朝日を浴びながら爽やかな笑顔を浮かべている。
「おはよう。今日もリスを探しに来たの?」
「まあ、毎日の日課みたいなもんだよ。リスは早起きだから、今頃あちこちで活動してるかもな」
二人は歩きながら砂浜を進んでいった。昨日よりも風が少し強く、波打ち際には小さな貝殻や流木が打ち上げられている。その中に、ひときわ目立つ大きな流木があった。
「ほら、あそこ。あの流木の周りにはよくリスが集まるんだ」
翔太が指さす先には、昨日のリスがいた。今度はもう逃げることなく、流木の上でこちらをじっと見つめている。その姿に、由紀は思わず微笑んだ。
「なんだか、見守られてるみたい」
「かもな。俺たちがリスを見てると思ってたけど、実はリスが俺たちを見てるんだ」
翔太の言葉に由紀は笑いながら、そっとリスに近づいた。リスは微動だにせず、彼女をじっと見つめている。昨日と同じリスだろうか。そう思いながら、そっと手を伸ばしてみると、リスはふわりとした毛皮を光に輝かせていた。
「触ってもいいかな?」
「うん、慣れてるみたいだから大丈夫だと思うよ」
リスの小さな体に指先が触れると、思った以上に柔らかく、温かい。心がほっとするような感覚に包まれた。由紀はふと、リスが自分に何かを伝えたいかのように感じた。
「どうして、リスってこんなに人懐っこいんだろうね」
「それは、この村だからだよ。自然の中で、動物たちも人間たちも一緒に暮らしてる。都会のリスとは違って、警戒心が少ないんだと思う」
由紀はその言葉に納得しながら、リスの瞳を見つめた。そこにはどこか優しさがあり、彼女自身の心の奥底に触れるような感覚があった。
「この村に来てよかった。なんだか、自分が自然の一部に戻れた気がする」
由紀がポツリと呟くと、翔太は穏やかな笑顔を浮かべた。
「それなら、少し長くここに滞在したらどうだ? ここには時間なんて気にしないで、ただ自然と共に過ごすことができるよ」
その提案に、由紀は一瞬戸惑った。彼女は都会での仕事や生活に縛られ、常に時間に追われていた。しかし、この村で過ごす日々は、そんなプレッシャーから解放され、心が軽くなっていることを実感していた。
「もう少し、ここにいようかな……」
由紀の心が決まると、リスが小さな木の実を持ってきて、彼女の足元に置いた。まるで彼女に贈り物をするかのように。それを見て、翔太がクスクスと笑った。
「ほら、リスが歓迎してるみたいだな。ここにいてほしいってさ」
由紀はその小さな木の実を手に取り、静かに見つめた。リスの気持ちが込められた贈り物は、彼女にとって特別な意味を持つものとなった。
「ありがとう、リスさん」
その後、由紀は翔太の案内で、村の奥へと足を運んだ。海辺から少し離れたところに広がる森には、リスが住む木々が生い茂っていた。森の中は静かで、木漏れ日が優しく地面を照らしている。翔太はリュックから小さな袋を取り出し、中に入っていた木の実をリスたちに投げ与えた。
「こうやって、リスたちに食べ物を分け与えるんだ。昔からこの村では、動物たちと共存していくっていう教えがあってね」
リスたちは木の実を拾って、嬉しそうに頬袋に詰め込んでいる。その姿を見て、由紀も同じように木の実を投げ与えた。
「自然と人が一緒に生きるって、素敵なことだね」
「そうだな。都会では考えられないだろうけど、ここではこれが当たり前なんだ」
由紀はその言葉を噛み締めながら、村で過ごす日々をさらに深く楽しもうと決意した。リスとのふれあいや翔太との時間が、彼女の心に安らぎを与えてくれる。都会では感じられなかった絆や優しさが、ここには溢れている。
時が過ぎ、夕方になると二人は再び海辺に戻った。空はオレンジ色に染まり、今日もまた美しい夕日が水平線に沈もうとしている。由紀は、リスと出会い、翔太と過ごすこの時間が永遠に続けばいいと思った。
「また、夕日が綺麗だね」
「うん、何度見ても飽きないよ。自然は毎日少しずつ違うからね」
由紀は心の中でリスに感謝した。この小さな生き物との出会いが、彼女に大切なものを教えてくれた。翔太との交流もまた、彼女に新しい視点を与えてくれた。
「翔太、ありがとう。ここに来て、本当に良かった」
「俺も、君と会えてよかったよ。リスたちも喜んでるさ」
二人は並んで座り、海を見つめた。静かな波音と共に、夕日はゆっくりと海に沈み、空は徐々に深い青に染まっていく。リスたちもまた、どこかで今日の一日を終え、眠りにつくだろう。
「また明日も、ここでリスに会えるかな?」
「もちろんさ。リスも君を待ってるよ」
そう言って微笑み合う二人の姿は、まるで長年の友人のようだった。海とリス、そして自然の中で過ごす時間が、二人の心を静かに、でも確かに繋いでいた。
都会に戻ってからも、由紀は翔太と連絡を取り続けていた。村での穏やかな日々を思い出しながら、時折互いの近況を伝え合うやり取りが、彼女の心を温めていた。そんなある日、翔太から「今度、会いに行ってもいい?」とメッセージが届いた。
数日後、約束の日に翔太が由紀のマンションにやってきた。玄関を開けると、久しぶりの再会に由紀は笑顔を浮かべたが、彼の背中に隠されているものが気になった。
「実は、ちょっとしたサプライズがあるんだ」
そう言って、翔太はそっとケージを差し出した。中には、あの海辺で出会ったリスが小さな体を丸めて、こちらをじっと見つめていた。
「リスも君に会いたがってたみたいだから、連れてきたよ」
驚きと嬉しさが入り混じり、由紀はリスにそっと手を伸ばした。ふわりとした毛の感触が、村での温かい思い出を再び蘇らせた。
「リスが、また私たちを繋いでくれたんだね」
翔太は頷き、二人は再びリスと共に、新しい絆を深めていくのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
一人用声劇台本
ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。
男性向け女性用シチュエーションです。
私自身声の仕事をしており、
自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。
ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる