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異世界転生者マリー編
第1話 はじまりの洞窟
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異世界転生者の生存確率はどれほどか。
授けられた恩恵の質にもよるが、やはり一番の問題はその母体だ。
特別な力を授けられたとして、一般市民がすぐに戦えるものだろうか。
「ん……あ、ふぁ……」
はじまりの洞窟に艶めかしい女の声が響く。
ここは異世界転生者の選別会場。
生きて帰れば利用価値もある。
生きて帰らなければ、それだけの者だったという事だ。
「スライム討伐ですか?」
「ああ、下級の魔物なんだが俺たちじゃ手が出せなくて、転生者様なら楽勝だろ?」
のどかな村に新たな転生者がひとり。
こちらの世界での名前はマリー。
転生前の名前である鞠にちなんだもので、先ほど召喚された時に思い付いた名であった。
マリーは町の中心にある召喚陣の上で村人たちに囲まれており、新人転生者らしい緊張感の無い顔をしていた。
ゲームの世界からそのまま飛び出したような、鮮やかな朱の革鎧に薄いベージュのスカート。
腰には黒い鞘に入った銀の長剣を携えている。
美しい桃色の髪にエメラルドグリーンの瞳と、その整った顔立ちは正に転生者といった風貌だ。
「わかりました! 任せて下さい!」
マリーは疑うこと無く村人の頼みを引き受けて、意気揚々と『はじまりの洞窟』へと向かう。
マリーの後ろ姿をじっと眺める村人の表情は様々だ。
哀れみに満ちたものもあれば、値踏みをするような下卑たものもある。
この村は異世界転生者にとって初めての村であり、この世界に適応できるかどうかを試される試練の場でもあるのだ。
村人の視線に気付くことなく、マリーははじまりの洞窟へと足を運ぶ。
マリーの表情は明るく、足取りは軽い。
その胸は希望に満ちていた。
噂に聞く異世界転生者になって、『高速移動』の恩恵も、この世界に関する知識も授けて貰った。
そしてRPGお約束のスライム討伐ときたら、これから始まる異世界でのサクセスストーリーに期待せざるを得ない。
村から洞窟へと続く草原は穏やかな気候に爽やかな風が心地よく、色とりどりの花からは甘い香りが漂っている。
「私、戦えるかな……」
楽しげに進んでいたマリーの足が止まる。
村から離れ、いざ洞窟の入り口を前にして、自分の置かれた状況が少しずつ理解出来てきたようだ。
マリーは当然戦った事などなく、剣なんて学校の剣道の授業が関の山。
相手がいくらスライムとはいえ、これから自分は剣を持って生き物を斬ろうというのだ。
その事実がマリーの表情を曇らせ、頭の中を不安で一杯にさせる。
しかし、この世界に関しての知識が逃走を防いでいた。
この世界では魔物や盗賊との戦いは避けられず、戦えない者に居場所は無い。
元々の村人ならまだしも、異世界から来たような人間がその価値を示せなければ、当然受け入れられるはずが無い。
マリーは不安を掻き消すように、剣を抜いて己の恩恵を発動させた。
高速移動を発動した瞬間、周りの物がゆっくりと動き始める。
動きが速くなるのと時間経過が遅くなるのは似たようなものだ。
風に乗る木の葉を掴む事も、飛んできた花びらを避ける事も、空高く飛んでいる鳥の数を正確に数える事も出来る。
「うわぁ……」
マリーはその遅くなった世界に感嘆する。
その世界において、通常の速度で動けるのは自分だけ。
剣に関しても、鞘から抜いて構えた瞬間にどう使えば良いかを理解した。
この力があれば、異世界だってやっていける。
自然と口角が上がり、表情が村を出たばかりのような明るいものへと変わっていく。
こうして、マリーははじまりの洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中は石造りの廊下のようになっており、洞窟というよりはダンジョン、といった様子だった。
壁や天井、床に至るまでが明らかに人工物であり、表面が滑らかに加工されている。
等間隔に置かれた松明も、ここが何かしらの意図をもって作られたものだという事を証明していた。
洞窟の中だというのに明るく、歩きやすい道が続く。
と、マリーは分かれ道で足を止めた。
「どっちだろ……」
不安からか、独り言を呟いた。
左の道からは微かに風が吹いており、それに乗って草原と同じ花の匂いが漂ってくる。
右の道からはべちゃべちゃと粘り気のある液体が石に落ちる音が聞こえており、その音の不気味さや空気の生暖かさから、どうしても足が竦んでしまう。
マリーは少し考えて、花の匂いのする左の道を選んだ。
道の先は広間になっており、そこから続く道が数本と、その中央には今回の目標であるスライムの姿があった。
水が形を持ったような半透明の体に、中央には親指の先ほどの赤い核。
その生き物らしくない生き物はべちゃべちゃと音を立てて、広間の中央を進んでいた。
大きさは40cmほどだろうか。
一見するとクッションのようにも見えるその姿だが、マリーの足を竦ませるのには十分だった。
目や口が無いその姿からは意志が感じられず、何をしたいのかがわからない。
ただ床を這っているその姿も、目的がわからない以上ひどく不気味だ。
マリーは剣を抜き、正中に構える。
弱点は核の部分。
こっちに向かってきたら高速移動で斬れば良い。
なんども頭でシミュレーションを行いながら、じわじわと距離を詰めていく。
と、スライムが突然跳び上がった。
「ひ、ひゃあああああ」
甲高い悲鳴と共にスライムの核が真っ二つになり、核を失ったらスライムの体は徐々にただの水へと戻っていく。
そうして石畳の上に小さな水溜りを作り終えた頃、はぁはぁと息を切らしたマリーはようやく剣を鞘にしまった。
物を斬ったという感触も、生き物を殺したという実感も無い。
あるのは、ただ驚いて剣を振り下ろしたという事実のみ。
こうしてマリーの初討伐は呆気なく終わりを告げ、マリーの記憶にはただスライムを斬ったという事実だけが刻まれた。
もしかしたら考えすぎだったのかもしれない。
ほとんど事故のような形でスライムの命を奪ったマリーがそう考えてしまうのも仕方ない。
殺しの実感が湧きにくいという意味でも、スライムは初めての討伐にぴったりだ。
こうしてマリーは魔物討伐に少しの自信を持って、広間から続く廊下を進んで行く。
はじまりの洞窟を進み続けるマリーは、高速移動のおかげもあって、もう十数体のスライムを討伐している。
この頃にはスライムの扱いにも慣れてきて、もう不意に飛び掛かられても悲鳴をあげなくなっていた。
足取りは軽く、初めてスライムを見た時の怯えた姿はどこへやら。
鼻歌交じりに歩みを進め、この洞窟の最奥に位置する大縦穴へと到着していた。
「うわ……下見えないよ……」
大縦穴へと落とした小石はいつまで経っても音を立てない。
ここを降りるのは無理だと判断し来た道を戻ろうとした瞬間、縦穴の方から女の声が聞こえてきた。
「ん……うぁ……ひぅ……」
弱々しいが、どこか甘い響きの交じる声。
初めて聞いたその生々しい声に、マリーは思わず足を止めてしまった。
なんでこんな穴から女性の声が。
疑問に思いながらも、つい聞き耳を立ててしまう。
「あ……あはぁ……ひゃん……」
流石のマリーも、この声がどういった類の物か理解した。
縦穴から聞こえる女の喘ぎ声は一定のリズムで聞こえており、耳を澄ますと、それにぐちゅぐちゅと水音が混じっているのがわかる。
そんな中、マリーはパニック状態だった。
全く予想出来なかったこの事態にマリーの脳は処理をやめ、ただただその場に立ち尽くさせる。
そうしている間も女の喘ぎ声は続き、ぐちゅぐちゅという水音は勢いを増す。
「あ……や……うぅん!」
女の喘ぎ声が一際強くなった後、喘ぎ声も響いていた水音も、両方同時に聞こえなくなってしまった。
真っ白な頭のまま、マリーは来た道を戻っていく。
あの声は、あの音は何だったんだろう。
そんな事をぼんやりと考えており、気が付くと、初めてスライムを見たあの広間に立っていた。
授けられた恩恵の質にもよるが、やはり一番の問題はその母体だ。
特別な力を授けられたとして、一般市民がすぐに戦えるものだろうか。
「ん……あ、ふぁ……」
はじまりの洞窟に艶めかしい女の声が響く。
ここは異世界転生者の選別会場。
生きて帰れば利用価値もある。
生きて帰らなければ、それだけの者だったという事だ。
「スライム討伐ですか?」
「ああ、下級の魔物なんだが俺たちじゃ手が出せなくて、転生者様なら楽勝だろ?」
のどかな村に新たな転生者がひとり。
こちらの世界での名前はマリー。
転生前の名前である鞠にちなんだもので、先ほど召喚された時に思い付いた名であった。
マリーは町の中心にある召喚陣の上で村人たちに囲まれており、新人転生者らしい緊張感の無い顔をしていた。
ゲームの世界からそのまま飛び出したような、鮮やかな朱の革鎧に薄いベージュのスカート。
腰には黒い鞘に入った銀の長剣を携えている。
美しい桃色の髪にエメラルドグリーンの瞳と、その整った顔立ちは正に転生者といった風貌だ。
「わかりました! 任せて下さい!」
マリーは疑うこと無く村人の頼みを引き受けて、意気揚々と『はじまりの洞窟』へと向かう。
マリーの後ろ姿をじっと眺める村人の表情は様々だ。
哀れみに満ちたものもあれば、値踏みをするような下卑たものもある。
この村は異世界転生者にとって初めての村であり、この世界に適応できるかどうかを試される試練の場でもあるのだ。
村人の視線に気付くことなく、マリーははじまりの洞窟へと足を運ぶ。
マリーの表情は明るく、足取りは軽い。
その胸は希望に満ちていた。
噂に聞く異世界転生者になって、『高速移動』の恩恵も、この世界に関する知識も授けて貰った。
そしてRPGお約束のスライム討伐ときたら、これから始まる異世界でのサクセスストーリーに期待せざるを得ない。
村から洞窟へと続く草原は穏やかな気候に爽やかな風が心地よく、色とりどりの花からは甘い香りが漂っている。
「私、戦えるかな……」
楽しげに進んでいたマリーの足が止まる。
村から離れ、いざ洞窟の入り口を前にして、自分の置かれた状況が少しずつ理解出来てきたようだ。
マリーは当然戦った事などなく、剣なんて学校の剣道の授業が関の山。
相手がいくらスライムとはいえ、これから自分は剣を持って生き物を斬ろうというのだ。
その事実がマリーの表情を曇らせ、頭の中を不安で一杯にさせる。
しかし、この世界に関しての知識が逃走を防いでいた。
この世界では魔物や盗賊との戦いは避けられず、戦えない者に居場所は無い。
元々の村人ならまだしも、異世界から来たような人間がその価値を示せなければ、当然受け入れられるはずが無い。
マリーは不安を掻き消すように、剣を抜いて己の恩恵を発動させた。
高速移動を発動した瞬間、周りの物がゆっくりと動き始める。
動きが速くなるのと時間経過が遅くなるのは似たようなものだ。
風に乗る木の葉を掴む事も、飛んできた花びらを避ける事も、空高く飛んでいる鳥の数を正確に数える事も出来る。
「うわぁ……」
マリーはその遅くなった世界に感嘆する。
その世界において、通常の速度で動けるのは自分だけ。
剣に関しても、鞘から抜いて構えた瞬間にどう使えば良いかを理解した。
この力があれば、異世界だってやっていける。
自然と口角が上がり、表情が村を出たばかりのような明るいものへと変わっていく。
こうして、マリーははじまりの洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中は石造りの廊下のようになっており、洞窟というよりはダンジョン、といった様子だった。
壁や天井、床に至るまでが明らかに人工物であり、表面が滑らかに加工されている。
等間隔に置かれた松明も、ここが何かしらの意図をもって作られたものだという事を証明していた。
洞窟の中だというのに明るく、歩きやすい道が続く。
と、マリーは分かれ道で足を止めた。
「どっちだろ……」
不安からか、独り言を呟いた。
左の道からは微かに風が吹いており、それに乗って草原と同じ花の匂いが漂ってくる。
右の道からはべちゃべちゃと粘り気のある液体が石に落ちる音が聞こえており、その音の不気味さや空気の生暖かさから、どうしても足が竦んでしまう。
マリーは少し考えて、花の匂いのする左の道を選んだ。
道の先は広間になっており、そこから続く道が数本と、その中央には今回の目標であるスライムの姿があった。
水が形を持ったような半透明の体に、中央には親指の先ほどの赤い核。
その生き物らしくない生き物はべちゃべちゃと音を立てて、広間の中央を進んでいた。
大きさは40cmほどだろうか。
一見するとクッションのようにも見えるその姿だが、マリーの足を竦ませるのには十分だった。
目や口が無いその姿からは意志が感じられず、何をしたいのかがわからない。
ただ床を這っているその姿も、目的がわからない以上ひどく不気味だ。
マリーは剣を抜き、正中に構える。
弱点は核の部分。
こっちに向かってきたら高速移動で斬れば良い。
なんども頭でシミュレーションを行いながら、じわじわと距離を詰めていく。
と、スライムが突然跳び上がった。
「ひ、ひゃあああああ」
甲高い悲鳴と共にスライムの核が真っ二つになり、核を失ったらスライムの体は徐々にただの水へと戻っていく。
そうして石畳の上に小さな水溜りを作り終えた頃、はぁはぁと息を切らしたマリーはようやく剣を鞘にしまった。
物を斬ったという感触も、生き物を殺したという実感も無い。
あるのは、ただ驚いて剣を振り下ろしたという事実のみ。
こうしてマリーの初討伐は呆気なく終わりを告げ、マリーの記憶にはただスライムを斬ったという事実だけが刻まれた。
もしかしたら考えすぎだったのかもしれない。
ほとんど事故のような形でスライムの命を奪ったマリーがそう考えてしまうのも仕方ない。
殺しの実感が湧きにくいという意味でも、スライムは初めての討伐にぴったりだ。
こうしてマリーは魔物討伐に少しの自信を持って、広間から続く廊下を進んで行く。
はじまりの洞窟を進み続けるマリーは、高速移動のおかげもあって、もう十数体のスライムを討伐している。
この頃にはスライムの扱いにも慣れてきて、もう不意に飛び掛かられても悲鳴をあげなくなっていた。
足取りは軽く、初めてスライムを見た時の怯えた姿はどこへやら。
鼻歌交じりに歩みを進め、この洞窟の最奥に位置する大縦穴へと到着していた。
「うわ……下見えないよ……」
大縦穴へと落とした小石はいつまで経っても音を立てない。
ここを降りるのは無理だと判断し来た道を戻ろうとした瞬間、縦穴の方から女の声が聞こえてきた。
「ん……うぁ……ひぅ……」
弱々しいが、どこか甘い響きの交じる声。
初めて聞いたその生々しい声に、マリーは思わず足を止めてしまった。
なんでこんな穴から女性の声が。
疑問に思いながらも、つい聞き耳を立ててしまう。
「あ……あはぁ……ひゃん……」
流石のマリーも、この声がどういった類の物か理解した。
縦穴から聞こえる女の喘ぎ声は一定のリズムで聞こえており、耳を澄ますと、それにぐちゅぐちゅと水音が混じっているのがわかる。
そんな中、マリーはパニック状態だった。
全く予想出来なかったこの事態にマリーの脳は処理をやめ、ただただその場に立ち尽くさせる。
そうしている間も女の喘ぎ声は続き、ぐちゅぐちゅという水音は勢いを増す。
「あ……や……うぅん!」
女の喘ぎ声が一際強くなった後、喘ぎ声も響いていた水音も、両方同時に聞こえなくなってしまった。
真っ白な頭のまま、マリーは来た道を戻っていく。
あの声は、あの音は何だったんだろう。
そんな事をぼんやりと考えており、気が付くと、初めてスライムを見たあの広間に立っていた。
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