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第9夜 模擬試験(前編)

第2話 初任務

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 唖雅沙は軽く手を叩き、全員の視線を戻す。

「話を戻すぞ。始めに、スケジュールについてだ。花咲。確認のため、時間と試験内容について話してみろ」

 唖雅沙の鋭い視線に、琴音は少し緊張しつつ答える。

「はい。まず、時間は午後二十二時から午前一時までの三時間です。それぞれ用意された狩場にて、月鬼を倒しながら集合地点を目指します。月鬼は暁が用意したもの。及び自然発生した月鬼は、出来るならば倒していくこと。その際、主に前衛、中衛、後衛とローテーションを組んで闘うことが望ましいとも聞きました」
「よろしい。きちんと理解をしてくれていたようで、何よりだ」

 琴音はほっと息をつくと、安心してにっこりと笑う。
 次に唖雅沙は、座卓に一枚の地図を広げた。確か、入学式のホームルームの時に見た大和全体の地図だ。東西南北の山の中に四ヶ所、赤いマーカーで記されている。

「今回、おまえたちが担当する狩場はここ」

 唖雅沙は東側のマーカーを指差した。

 ──東の山、名は青東山せいとうさん

「青東山は地形の隆起は少ないが、木々が多くて非常に山深い。奥には水源があり、複数の池が存在する。この森林地帯を結界入り口の鳥居から南へ下り、出口の鳥居を目指してもらう」

 唖雅沙は、黒い革の鞄から何かを取り出す。座卓に置かれたのは、手のひらサイズの紅い石。岩のようにゴツゴツしていて、光を吸収してステンドグラスのように輝いている。
 そのきれいな珍しい石に、緋鞠は興味深げに魅入っていると衝撃的な真実が告げられた。

「これは鬼晶石きしょうせき。月鬼を封印した石で、鬼石よりも遥かに強い力を秘めている」
「え!? そ、そうなんですか……」

 ただのきれいな石かと思ったのに……。
 緋鞠は残念に重いながら、少し距離を置いた。

「注意事項として伝えておこうと思ってな。狩場には、それぞれ結界を構築する触媒として、この鬼晶石が置いてある。その先に足を踏み入れると、封月に軽く電流のような危険信号が走るようになっている。気をつけるように」
「危険って?」
「この鬼晶石で作る結界には特別な効果があるんだ。そうだな、三國。説明してやれ」

 翼は頷くと、鬼晶石を手に取る。

「この鬼晶石だが、どうやって手にいれるかは知っているか?」

 それなら知っている。
 緋鞠は自信満々に答えた。

「霊符で封印する!」
「正解。けど、それだけではただの小さな鬼石だ。この大きさにする方法は?」
「えっと……」

 通常鬼石は、ビー玉サイズしか見たことがなかった。手のひらサイズの、しかも岩石みたいな結晶なんて見たことがなかったから、よくわからない。
 緋鞠が小さく首を振ると、翼は怒ることなく説明を続ける。

「霊符で力を蓄えるんだ。実は、鬼石と鬼晶石では封印するのに使う霊符が違う。鬼晶石には、三つの効果が付与された霊符を使用するんだ」
「三つ?」
「一つ目は鬼石同様、封印。二つ目は弱体化。そして、三つ目は結合だ」

 封印、弱体化、結合か……。
 そこで、緋鞠は一つ疑問に思う。

「でも、それっておかしくない? 結合してしまったら、力が強まって危ないんじゃないの?」
「そこからは私が説明しよう」

 唖雅沙は座卓に並んだ茶菓子を一つ手に取る。
   カラフルな金平糖が入った小さな袋菓子。それを開けて、ピンクと黄色の金平糖を数個、地図の上に広げる。

「ピンクの小さいほうを鬼石、大きいほうが鬼晶石。そして黄色の金平糖が月鬼だとしよう。月鬼は霊力を求めて進軍を開始。さて、どちらを狙うと思う?」

 その問いは簡単だ。緋鞠は迷わず、大きいピンクのほうへ黄色を近づける。

「なぜ?」
「力が強いからです。月鬼は霊力の強い方へと引かれるから特性があるので、そちらを狙うと思いました」
「そうだな、正解。そういうことだ」
「え?」

 どういうことだろうか。だって、結界の触媒となるのだろう? 狙われたら危険……。

「……あ」

 緋鞠の表情を見て、唖雅沙は頷いた。答え合わせをするように、ゆっくりとたどり着いた答えを口にした。

「力が強いから月鬼が集まり、結界に入ることで、霊符の効果である弱体化で弱らせることができる」
「そういうことだ」

 なるほど。だから、あえて危険でも結合させて力をつける必要がある。そして、鬼晶石で作られた結界は、安全に狩るための狩場となるのか。
 理解できて嬉しそうに微笑む緋鞠を見て、唖雅沙も満足そうに表情を緩ませた。

「だからこそ外に出てしまえば、結界の恩恵は受けられなくなる。そこから先はベテランの部隊が受け持つから、おまえたちは決して深追いしないように」
「はい」

 唖雅沙はさらに、鞄から数枚の写真を取り出した。写っているのは、朱と白の二種類の鳥居。

「それと、入り口までは送迎担当の隊員が送っていく。一応参考程度に見せておくが、朱が入り口、白が出口だ」
「はい、先生! どうして朱が入り口で、白が出口なんですか?」

 緋鞠は大分慣れてきて、遠慮なく手を上げて質問をする。唖雅沙は頷くと、また丁寧に説明をしてくれた。

「鳥居は色によってそれぞれ意味があってな。それによって、自然と術のような効果があるんだ。朱は魔除け、白は邪気を祓う作用がある」
「入るときは憑かれぬよう、出るときは連れてこないようにってことなんですね」
「それでも気休め程度だがな……。完全に遮断できれば、我々も助かるのだが」

 こうして結界を張っていたとしてと、完全に防げない。だからこそ、私たちが頑張らなくてはならない。
   緋鞠は自然と身が引き締まる思いがした。

「説明は以上だ。ほかに質問は?」

 全員ほかにないようで、そのまま頷いた。

「そうか。あと何かあれば、夜霧を頼れ。私からは以上だ」

 唖雅沙はさっと資料を鞄にしまうと、立ち上がる。凛とした瞳が、全員に向けられた。

「授業の一環とはいえ、これは実戦であり、正式な任務である。特に、神野と花咲からすれば、初任務だ。きちんと作戦は立てろよ。少しも慢心するな、全力で任務に当たれ」

 そうして背筋を正し、指先までしっかりと伸ばした。手本のような、きれいな敬礼。唖雅沙の背後に、暁の紋が見えた気がした。

「諸君の健闘を祈る」

 その気迫に満ちた一声に、緋鞠は静かに息を呑んだ。
    つい数週間前の、四鬼との激闘が自然と思い出される。

   血に染まる地面。転がる骸。死の気配──。

   これは、訓練ではない。ましてや、勝ちが約束された安全地帯でもない。

 ──これは、月鬼から人が生き残るための闘いなのだ、と。

 緋鞠はわき上がる緊張を抑えるように、ぎゅっと手を握りしめた。
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