迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

文字の大きさ
上 下
98 / 113
第9夜 模擬試験(前編)

第3話 誰か助けてー!

しおりを挟む
 起きている人がまばらになる時間帯である二十一時過ぎ。空には満天の星空と、紅く光る月が大地を照らしていた。
 青東山へと続くアスファルトの道を、黒のワンボックスカーが登っていく。登山口を示す看板を無視し、少し進んだ先にある小さなログハウスの前で止まる。
 車の扉が自動で開くと、緋鞠、翼、琴音、銀狼を含めた三人と一匹が降りた。

「ありがとうございました」
「ご武運を」

 緋鞠は車のライトが暗闇に消えていくまで、それを眺めていた。足元にいたポメラニアンサイズの銀狼は、緋鞠の肩に登るとマフラーのように巻きつく。

『大丈夫か?』

 気遣わしげに聞いてくる相棒に、うん、と小さく返した。怖じ気づいたわけではない。ただ、なんとなく山はもの寂しくなる。

 特に、春の山は。

 兄が行方不明になって迎えた、初めての春。
 体の鍛え方や武術についての知識がまったくなかったため、棒きれを振り回すことしかできなかった緋鞠の前に、その老人は現れた。

『なんじゃおヌシ……白夜の忘れ形見か?』

 当時、得たいの知れない老人に恐れおののいた。けど、兄の名を知っているということは鬼狩りの関係者のはず。
 緋鞠はぐっと足を踏みしめて、窪んだ老人の瞳をまっすぐ見据えた。

「私、鬼狩りになりたいんです。私に、闘い方を教えて下さい!」

 それが師匠との出会いであり、そのとき訪れたのがちょうど春先の山だった。

(師匠。遂に、ここまで来ました。初任務、立派にこなしてみせます)

 そう心に誓って、緋鞠は集合場所へと足を踏み入れた。

 出発ポイントである鳥居の前には、すでに他の生徒が集まっていた。
 ふんわりとしたブラウスに、かっちりとした黒のベストとスカート。トレードマークのベレー帽を被り、西洋人形のように可愛らしい戦闘服を身に纏っているのは瑠衣。
 その後ろには、瑠衣と揃いのブラウスに騎士のようなパンツスタイルの奈子が控えていた。また、昨日言っていたとおり由利は休んでいるのだろう。見たことのない女生徒がもう一人いた。

 それに対し、白のシャツに黒のベストと羽織を纏ったシンプルな戦闘服の来栖。その隣には、シャツに涼しげな髪色とよく合う、花火のような羽織を纏った湊士がいた。三人目はてっきり蔵刃かと思ったが、緋鞠の知らない男子生徒だった。
 それが少し気になっていると、湊士と目があった。薄水色の瞳をぱあっと太陽のように輝かせ、わんこのように駆け寄ってくる。

「緋鞠、おまえもこっち担当で嬉しいぜ。やっぱり三國のチームに入ったんだな」
「うん! 湊士も、来栖くんのところなんだね。そういえば、蔵刃はいないの?」
「あー、あいつ二年だからな。来栖の側で闘えないから、悔しげにわめいてたぜ」

 湊士は意地悪そうな笑みを浮かべて答えてくれる。しかし、緋鞠は驚いてそれどころではなかった。

「先輩だったの!?」

 どうしよう。投げ飛ばしたり、呼び捨てにしたり、かなり失礼な態度を取ってしまった。

「別にいいよ。先輩扱いとか慣れてないだろうし。あ、いや。それも面白そうだな……」 
「え?」

 湊士は緋鞠の肩を組むと、耳に口を寄せる。内緒話だろうか。

「今日、二年は監視役として狩場にいるんだけどさ。蔵刃もここ担当なんだよ。見かけたら先輩呼びしてみろよ」
「いいけど、何か企んでない?」
「ないない。絶対面白いからさ。な?」
「はいはい、わかったよ」
「サンキュー!」

 ぎゅっと抱きついてくるのを、よしよしと頭を撫でた。もはや扱いは大型犬である。銀狼は緋鞠と湊士の間で、ガウガウ吠えたてた。

『こら湊士! 馴れ馴れしいぞ!』
「えー、友達だし普通だろ。なー」
「ねー」

 並んで相づちを打つと、ぞっとするような冷たい視線を一瞬感じる。そちらを見ると、翼が氷のように冷えた目をしていた。

(なにか怒ってる!? どうして……ああ、敵と馴れ合うなってこと!?)

 湊士は敵じゃないアピールで、さりげなく握手をして見せる。ところが、さらに眉間にシワが加わっただけだった。しかも、効果音が付きそうな怒りの炎を滲ませながら。

(なんで!?)

 もう半泣きである。おろおろと困っている緋鞠を見て、湊士は不思議そうに首を傾げた。

「んー? どした?」
「……分かりあえるのは難しいようです」
「なにが?」

 私の力が足りないばかりに、ごめんよ湊士。しばらくはライバルだ。
 そっと背を押して来栖のもとへ返しに行こうとすると、逆に来栖がゆったりとした足取りで近づいてくる。

「やぁ、神野さん。湊士の相手をありがとう」
「なんだよ、俺が手がかかるみたいじゃねぇか」
「自覚がないようで何よりだよ。このように、少し無礼に見えるが、根は悪いやつじゃないから。仲良くしてやってくれると嬉しいな」

 来栖の言葉に、緋鞠も素直に頷いた。それは、初めて会ったときから知っている。遠巻きに見るのではなく、真っ正面からぶつかってきて話してくれる生徒は、ここではとても珍しいから。

「こちらこそ。これからもよろしくね」

 笑顔で返すと、来栖はほっと安心したように笑顔を浮かべた。

「だそうだよ。よかったね、良き友人ができて」

 湊士はふんっと拗ねたようにそっぽを向く。だけど、赤く染まった耳までは隠せていなかった。

「なんだよ、おまえは俺の親か!」
「俺はおまえの主だよ」
「……それもそうだな!」

 理解が早いというのか。御しやすいというのか。思わず来栖と顔を見合わせて笑ってしまう。
 すると、背後から近づいてくる足音が聞こえた。来栖はそちらを見ると、先程の柔らかな雰囲気から一転して真面目な表情になる。
 振り返ると、いつものクールな表情をした翼がいた。

「こんばんは、三國君。今日はよろしく頼むよ」
「ああ。といっても、こっちは副賞なんざどうでもいいがな」

 副賞……学級委員の件だろう。それについては、緋鞠もまったく同意である。
   しかし、二人の間では静かに火花が散っている。その苛烈な炎に耐えきれず、半歩下がろうとすると腕を捕まれた。
 驚いて翼を見る。チラリとこちらを見たかと思えば、そのまま視線を来栖に戻した。

(え、ここにいろって? やだよ、ここめっちゃ居心地悪いよ!?)

 助けを求めて周りを見ても、琴音はなぜか遠くの木々の間からこちらを見ているし、銀狼はいつの間にか湊士の腕のなか。しかも、撫でられていてこちらに気づいていない。

(主ほっといて、そっちかい!? 本当に仲良くなったね!!)

 ちょっとジェラシー! なんて言っている暇はなさそうだ。そこに不適な笑みを浮かべて瑠衣まで近寄ってくる。
   緋鞠は昨日、瑠衣に怒鳴られたことを思い出してビクッと肩を揺らした。

「随分楽しそうだね。僕も交ぜておくれよ」
「全然楽しくないよ……」

 思わず小さく文句をこぼすと、翼がぐいっと腕を引いて耳打ちしてくる。

「聞こえてるぞ。それにおまえがこれに巻き込んだんだろうが」
「ひぃ」

 そうでした。私でした。ごめんなさい。

 すっかり忘れていたし、久しぶりの翼の睨みになにも言えなくなる。
 心のなかで必死に謝るが、翼はまったく離してくれない。それどころか逃げ出さないように、さらに腕をガッチリ組まれた。
   そして瑠衣と来栖もそれを知りながら気にせず、そのまま話し始める。
 緋鞠は人質にされた気分で、ぐったりとしながら思った。

 誰か、この状況をどうにかして──!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...