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45 進路
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14歳になると女学生は進路を尋ねられる。15歳になると国の主要な試験が受けられる。この学舎の残るものは、将来教師の道を志すものと、役所に入るための試験に受かるまで居続けるものだった。それでも3年ほど教師と役人の試験に落ち続けると、あきらめて別の道へと進んだ。輿入れが決まっているものは、家庭学を学ぶべく花嫁学校へと移行する。庶民の娘の多くは、役所などの事務的な仕事に就いた。
絹枝はそれぞれの女学生と個人面談を終え、最後に星羅と面談する。
「星羅さんはどのような進路を望んでいるの? あなたならどんなの道も考えられそうね」
「教師の仕事も素晴らしいですね。でも、わたしは、あの……」
珍しくはっきり言わずもじもじしている。
「どんなことでもはっきりおっしゃいな」
「あの、軍師見習いの試験を受けたいと」
「え? 軍師見習い?」
「本気なの?」
「本気です」
「そう……」
「やっぱり無理そうでしょうか。わたしじゃ」
「いえ、無理ではないわ」
星羅の学力なら軍師見習いの試験は合格できるだろう。軍師という職に就きたい気持ちも理解できるし、合っている気もする。時代が時代なら、国で最も輝かしい活躍を見込めるやりがいのある仕事だ。
しかし今の平安な時代では、昼行燈のようなぼんやりした窓際族のような職である。現在の数名の国家軍師は誰一人、公で名前を知られることがない。献策するほどの国難がないので、諸外国や従属国との交渉などを行う外交官のような仕事が主だった。
絹枝にしてみれば、教師や薬師などはどんな時代にでも必要だと思うが、もう軍師は斜陽だと思う。なくてもよいのではないかと進言したいくらいだった。
将来が明るくないのに、試験は国で一番難しい。この王朝を開いた武王が軍師を一番素晴らしいものとし、彼自身が最高の名軍師と呼ばれる所以かもしれない。軍師がなくなるということはこの国のアイデンティティも無くなることに繋がるのかもしれなかった。
さらに軍師見習いになってから、主に寮生活になるが武芸を磨き、兵法書を読み、議論し、過去の戦のデータをもとに各々が国主となり中華を統一していくシミュレーションを行う。絹枝に言わせれば、机上の空論どころか遊戯にみえる。戦国時代ではない世の中に無用の長物とは軍師だろう。
どの職業にも性より才が重要視されるので、女性の進出も目覚ましい。薬師も教師も兵士も半数近く女性がいる。しかし王朝が開いていらい今まで女性が軍師に着いたことはなかった。現実的な女性にとって、先細りの軍師職など全く魅力を感じないのであろう。
「学舎で試験勉強を続けてもいいけど、どうする?」
「ここだと兵法の勉強はできないので家でやります。先生から写させてもらった兵法書で」
「そう。剣技とかは? 馬術もあるでしょう」
軍師試験には、筆記と武芸の実技もあった。
「あ、それですけど、明兄さまに稽古をつけてもらっています」
「まあ!」
星羅が本気で軍師を目指し、兵士見習いになっている息子の明樹とともにひそかに準備をしていたことに、絹枝は苦笑した。
「すみません……」
「いいの。本気なのね……」
「明兄さまも応援してくれています」
「明樹さんもね……」
若者というものは親の期待に応えてくれないものだと絹枝は改めて悟る。絹枝の希望では、星羅は教師になって明樹と結婚し落ち着いた暮らしをしてほしかった。軍師見習いになれば軍師にたどり着くまで、最短で何年かかるだろうか。絹枝が知ってる限り、20代で軍師になったものは知らない。
「あの、星羅さんは結婚についてどう考えているのかしら?」
進路の面談だというのに、こんな話を持ちだしてしまった自分を恥じたが、聞かずにおれない。
「結婚ですか?」
「ええ」
「まったく考えてません」
「……」
見習いでも助手でも、途中で結婚を禁じられていることはないので見習い同士で結婚することもあったが、星羅はそういう可能性がなさそうだ。明樹もきっとある程度の地位を築くまで、縁談には目もくれないだろう。
「婚約でもさせておこうかしら?」
「はい?」
「あ、いえ、こっちのこと」
男しかいないところで紅一点の星羅は、もしかしたら明樹以外の男のもとへ嫁いでしまうかもしれない。明樹も積極的な女兵士に言い寄られてしまうかもしれない。自分の縁談には全く気を揉まなかった絹枝だが、子供のことになると色々考え始め、妄想が膨れ上がってしまう。
「あの、先生? ほかに何か?」
「軍師だけは女人がいないのよ。それが心配で」
「ああ、そのことですか。明兄さまにも言われました。なのでもし軍師見習いになったら男名をつけて男装しておくとよいと」
「ええっ!? 男装?」
「名前も星雷がいいんじゃないかと、明兄さまがつけてくれました」
「は、はあ、まあそれは良い考えね。軍師省も認めてくれそうだわ」
婚約の話など場違いすぎてもう告げることはでいなかった。星羅の意志は固い。彼女の家族も反対することはないだろう。最後に絹枝は「何かあったら相談してね。合格を祈ってるわ」と微笑みを見せる。
力強く頷き、煌く瞳を見せた星羅は、翌年トップの成績で軍師見習いの試験に合格した。過去最高の成績だった。
絹枝はそれぞれの女学生と個人面談を終え、最後に星羅と面談する。
「星羅さんはどのような進路を望んでいるの? あなたならどんなの道も考えられそうね」
「教師の仕事も素晴らしいですね。でも、わたしは、あの……」
珍しくはっきり言わずもじもじしている。
「どんなことでもはっきりおっしゃいな」
「あの、軍師見習いの試験を受けたいと」
「え? 軍師見習い?」
「本気なの?」
「本気です」
「そう……」
「やっぱり無理そうでしょうか。わたしじゃ」
「いえ、無理ではないわ」
星羅の学力なら軍師見習いの試験は合格できるだろう。軍師という職に就きたい気持ちも理解できるし、合っている気もする。時代が時代なら、国で最も輝かしい活躍を見込めるやりがいのある仕事だ。
しかし今の平安な時代では、昼行燈のようなぼんやりした窓際族のような職である。現在の数名の国家軍師は誰一人、公で名前を知られることがない。献策するほどの国難がないので、諸外国や従属国との交渉などを行う外交官のような仕事が主だった。
絹枝にしてみれば、教師や薬師などはどんな時代にでも必要だと思うが、もう軍師は斜陽だと思う。なくてもよいのではないかと進言したいくらいだった。
将来が明るくないのに、試験は国で一番難しい。この王朝を開いた武王が軍師を一番素晴らしいものとし、彼自身が最高の名軍師と呼ばれる所以かもしれない。軍師がなくなるということはこの国のアイデンティティも無くなることに繋がるのかもしれなかった。
さらに軍師見習いになってから、主に寮生活になるが武芸を磨き、兵法書を読み、議論し、過去の戦のデータをもとに各々が国主となり中華を統一していくシミュレーションを行う。絹枝に言わせれば、机上の空論どころか遊戯にみえる。戦国時代ではない世の中に無用の長物とは軍師だろう。
どの職業にも性より才が重要視されるので、女性の進出も目覚ましい。薬師も教師も兵士も半数近く女性がいる。しかし王朝が開いていらい今まで女性が軍師に着いたことはなかった。現実的な女性にとって、先細りの軍師職など全く魅力を感じないのであろう。
「学舎で試験勉強を続けてもいいけど、どうする?」
「ここだと兵法の勉強はできないので家でやります。先生から写させてもらった兵法書で」
「そう。剣技とかは? 馬術もあるでしょう」
軍師試験には、筆記と武芸の実技もあった。
「あ、それですけど、明兄さまに稽古をつけてもらっています」
「まあ!」
星羅が本気で軍師を目指し、兵士見習いになっている息子の明樹とともにひそかに準備をしていたことに、絹枝は苦笑した。
「すみません……」
「いいの。本気なのね……」
「明兄さまも応援してくれています」
「明樹さんもね……」
若者というものは親の期待に応えてくれないものだと絹枝は改めて悟る。絹枝の希望では、星羅は教師になって明樹と結婚し落ち着いた暮らしをしてほしかった。軍師見習いになれば軍師にたどり着くまで、最短で何年かかるだろうか。絹枝が知ってる限り、20代で軍師になったものは知らない。
「あの、星羅さんは結婚についてどう考えているのかしら?」
進路の面談だというのに、こんな話を持ちだしてしまった自分を恥じたが、聞かずにおれない。
「結婚ですか?」
「ええ」
「まったく考えてません」
「……」
見習いでも助手でも、途中で結婚を禁じられていることはないので見習い同士で結婚することもあったが、星羅はそういう可能性がなさそうだ。明樹もきっとある程度の地位を築くまで、縁談には目もくれないだろう。
「婚約でもさせておこうかしら?」
「はい?」
「あ、いえ、こっちのこと」
男しかいないところで紅一点の星羅は、もしかしたら明樹以外の男のもとへ嫁いでしまうかもしれない。明樹も積極的な女兵士に言い寄られてしまうかもしれない。自分の縁談には全く気を揉まなかった絹枝だが、子供のことになると色々考え始め、妄想が膨れ上がってしまう。
「あの、先生? ほかに何か?」
「軍師だけは女人がいないのよ。それが心配で」
「ああ、そのことですか。明兄さまにも言われました。なのでもし軍師見習いになったら男名をつけて男装しておくとよいと」
「ええっ!? 男装?」
「名前も星雷がいいんじゃないかと、明兄さまがつけてくれました」
「は、はあ、まあそれは良い考えね。軍師省も認めてくれそうだわ」
婚約の話など場違いすぎてもう告げることはでいなかった。星羅の意志は固い。彼女の家族も反対することはないだろう。最後に絹枝は「何かあったら相談してね。合格を祈ってるわ」と微笑みを見せる。
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