華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

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46 男装の乙女

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 朱家ではまだ薄暗いが慌ただしい朝を迎えている。今日から星羅が軍師見習いとして、軍師省に通い始めるのだ。明るい空色の着物は星羅に良く似合っていて、清潔感と聡明さを引き出している。

「えーっと、こうかしら?」

 何度か練習したが、髪の結い方が今一つ決まらず、母の京湖も「上手くいかないわね」とため息をついた。父の彰浩は官窯で泊まり込みで窯を焚いているのでしばらくいない。何度かやり直していると、夜勤明けの京樹が帰ってきた。

「あれ? もう起きてたの? 早いね」

 珍しく明かりが灯っているので、京樹は星羅の部屋を覗く。

「京にい、おかえり」
「いいところに帰ってきたわ!」
「え? 何?」

 京湖は京樹を引き入れ、「髪が決まらないのよ」と眉をしかめる。

「ん? ああ、今日から行くのか」
「そうなの。男髪がうまくいかなくて……」

 星羅は、一応男装して軍師見習いとして勉強することにした。着物の着付けには困らなかったが、髪をまとめて布でくるむことが難しかった。女学生の時は基本的に三つ編みでそれを簡単に束ねていた。男装しなければ、もう少し大人びたまとめ髪に櫛などの髪飾りを挿せばよい。男のほうがすべての髪をまとめ結い上げるので慣れが必要だ。

「ほら、こうだよ」

 京樹がふわっと星羅の髪を束ねまとめ上げる。くるくると器用に一つの団子にして頭巾で巻き後ろにあまりを垂らす。

「わあっ! さすが上手ね!」
「まあね」

 すっと立ち上がって星羅はくるっと一周回る。京湖が「なんだか素敵ね」と微笑むが、京樹が首をかしげている。

「京にい、変?」
「ちょっと男装になってないな、どこだろうか」

 2人で下から上まで見ていると京湖が「わかったわ」とすっと星羅の腰に手を置く。京樹と星羅を見比べて違いに気づいたようだ。

「この帯が男の人だとこの腰骨にくるようね」
「ほんと!」

 星羅も京湖もくびれた一番細いウエストに帯を巻いている。女性ならではの美しいS字ラインが出ていた。いつの間にかすっかり京湖の背丈を越して青年となった京樹は、紺色の着物だが直線的なラインを描く。
 星羅と京湖は明るい高い声をあげながら着物を直し始める。その様子をあまり見ることなく京樹は「じゃあ僕は寝るから」と部屋を出る。

「ありがとう。京にい」
「がんばって」

 いそいそと京樹は自分の部屋に戻った。簡素な部屋は寝台くらいしかなく眠るためだけの場所だった。いつもは眠る前に太極府で見ていた星の配置を眼に浮かべるが、今日は違った。
 今、結い上げてやった星羅の絹のような髪の手触りと、娘らしくなってきた身体の曲線を思い描く。年頃の娘なのに化粧っ気もなく、さらには男装して軍師見習いになってしまった妹。倒錯めいた色香を感じ、京樹は慌てて布団をかぶって目を閉じ眠ろうと努力した。
 

 軍師見習いとして今回試験に受かったものは、星羅を含め3人だった。都の中で一番基礎の高い建物が、政が行われる朝廷でもあり王の住まいでもある『銅雀台』である。
その隣の、元々高祖の居城だった『金虎台』があり、そこに軍師省が入っている。遠くから見てもすぐにわかる高さなので、初めて訪れる星羅も一人で無事たどり着くことができた。
門番に、合格した際受け取った『軍師見習い』の札を見せる。若い門番は星羅をすこし不思議そうに見てから、馬をつなぐ厩舎と、軍師見習いの向かう学徒室を教えられる。

「ありがとう」

 練習した低めの声で星羅は頭を下げ、馬をつなぎにいった。『金虎台』は軍師省以外にも、軍事、財政、土木などを扱う省がいくつかあり身分の高いものは馬車や輿でやってくるが、見習いなどは歩きや馬だった。

「結構いっぱいね」

 馬を引いて歩いているが、空きがない。何十頭もの馬の尻を眺めて歩くことになる。

「ふう……」

 きょろきょろしていると「おい」と頭上から低い声がかかった。見上げたが逆光でよく見えず目を細めていると、その男は右斜め前を指さした。

「そこにつなぐといい」
「あ、か、かたじけない」

 星羅は男っぽく返事をして頭を下げた。頭をあげるともう男は馬と立ち去った。

 馬をつないでいると、馬の世話を焼く大男が順番に飼い葉を与えていた。

「ありがとう。これから世話になるよ」

 星羅が声を掛けると大男はびっくりして顔をあげる。

「お、おで、もう10年働いてるけど声を掛けられたのはじめてだ」
「え? そうなのか?」
「う、うん」

 大男は身体は大きいが童のように笑って喜んでいる。星羅もつられて笑んでいると「許仲典と申す」といきなり右手こぶしを左手のひらで包む拱手をし挨拶する。
「朱星――朱星雷です。よろしく」

 星羅も慌てて名乗った。

「で、星雷さまはどこいくだ?」
「さま、なんていらないよ」
「そうか? んじゃ星雷さんはどこいくだ?」
「わた、えっと僕は軍師省にいくんだ」
「そっかそっか。なら、そこの角を曲がって階段を上がるとすぐ着くだよ」
「へえ。ありがと。じゃ、また」

 馬の世話係の許仲典と知り合ったおかげで、星羅はこれからいろいろな情報を得られることになっていた。
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