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第十話 窟塚村のカリスマ教祖 前編
③
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再び暗い闇……また声が聞こえる。
「俺はお前たちとは違う……」
俺の声?
「何が違うの?貴方にも謎を解く快感があるでしょ?」
キャメロンの声だ。
「俺には人の死を……その真相を、ゲーム感覚で楽しむなんて……」
また俺の声だ。あの頃の夢か……懐かしいけど……胸くそ悪い。
「クククク……バカだなてめぇらは」
この声は?
「何がおかしいの?……ジャン」
ジャンの声だ。
「笑えるよ……てめえもエニシも、死の真相だ?そんなものはどうだっていい……」
「じゃあ、貴方は何を原動力に?」
「そんなのは決まってる……人間は死んだら終わりだ。生きて始まり、死んで終わる……その間懸命に生きるから、人の死は美しい……」
ジャン……あいつは昔からそうだった。
声が遠くなってきた……また闇か……。
すると、また縁を呼ぶ声がした。
「縁っ!縁っ!」
うるせぇな……誰だ?
「縁っ!起きろっ!縁っ!」
しつこい……まだ眠い……。
「縁っ!」
ここで縁は目を覚ました。
縁が目を開けると、正面には桃子の顔があった。
「桃子……さん?」
縁は寝惚け眼で、桃子に言うと、桃子はほっとした表情で縁に言った。
「良かった……気が付いたか」
縁が目線を横にずらすと、先には有村もいた。
縁はゆっくりと起き上がった。
「ここは?……俺は確か……」
桃子が縁に言った。
「いきなり動くな……」
「そうか……あの後、気を失って……ここは?」
畳の部屋に敷いてある布団の上に縁はいた。おそらく来客用の宿舎だろう。天井に付いてる明かりが少し眩しい。
桃子は言った。
「今晩我々が泊まる宿舎の2階だ……」
有村は言った。
「君が気絶したから、そのまま君の使う予定の部屋まで運んで来たのさ」
縁は有村に言った。
「悪いな……有村さん……」
桃子は縁を心配そうに見て言った。
「気分はどうだ?」
縁は額に手を当てて言った。
「とりあえず水が欲しい……」
縁がそう言うと、桃子は鞄からペットボトルの水を取り出し縁に渡した。
縁は水を受けとると、蓋を開けて勢いよく水を飲んだ。
500mlのペットボトルの水を半分ぐらい飲み、一息ついた。
「ふぅ……少し、スッキリした」
桃子は言った。
「どうしてあんな事に?……何をされた?」
縁は眉間にシワを寄せた。
「今のところは……わからない……」
有村は怪訝な表情で言った。
「わからない?……まさか、ほんとに精神的プレッシャーとか?」
縁は言った。
「まさか……でも、確かにあの目は……何て言うか、全てを見透かしたような……」
天菜の眼力は相当なものだったようで、縁の表情は冴えなかった。
桃子は言った。
「私の時は何もなかったぞ……腹はたったが……」
縁は言った。
「それなんだよ……TVでも視たけど、桃子さんの時、見てる限りでは、桃子さんの身体に変化は無さそうだった。だとすれば、どうして俺の時だけ……」
有村は言った。
「何かカラクリがあると?」
縁は頷いた。
「天菜の言う精神的プレッシャーがイカサマだとすれば……トリックがあるはずだ……。だけど……」
桃子は言った。
「だけど……何だ?」
縁は言った。
「あの天菜という人間は……人身掌握に長けている事は確かだ……話してみてわかった」
有村は言った。
「カリスマ教祖様だからね……」
縁は言った。
「とにかく……帰る気は無くなったよ……。もう少し天菜の事を知りたくなった」
桃子は意外そうに縁に言った。
「珍しく乗り気だな……」
縁は言った。
「このままだと気持ちは悪いだけさ……」
有村は言った。
「気持ち悪い?」
縁は言った。
「胸の中を掴まれたような……気持ち悪ささ……」
桃子は言った。
「縁……」
桃子は心配そうに縁を見ている。縁は眉間にシワを寄せたままだった。
少し質問されて、いつの間にか気分が悪くなり、その後倒れた。縁にとっては初体験だった。
これまでにも緊張感に満ちることは、いくらでもあったが、今回はそれらとは異なる。
天菜の言う、精神的プレッシャーの正体は?……トリックなのか、それとも本物の超能力なのか……。
縁は精神的プレッシャーの正体を解明する必要があった。
それは天菜の質問が的を得ていたのだから……。
すると、桃子が考え込んでいる縁に言った。
「縁……少し外を歩かないか?外の空気に触れた方が良い……」
縁は桃子に言った。
「何だよ……気ぃ使ってんのか?」
桃子は浮かない表情で言った。
「そう言う訳ではないが……」
これまで縁と桃子が共に行動し、事件に巻き込まれる事はあっても、縁の体調に異変がある事はなかった。桃子はおそらくそれを気にして、浮かない表情をしているのだろう。
そんな桃子に縁は少し表情を緩めた。
「らしくねぇぞ……。でも、まぁ……少し散歩でもしますか……」
縁がそう言うと、桃子の表情は少し明るくなった。
すると、有村が言った。
「行ってらっしゃ~い……」
縁は言った。
「有村さん、行かねぇの?」
有村はニコニコしながら言った。
「僕は遠慮しとくよ……少し部屋でゆっくりしたいからね」
縁は怪訝な表情で言った。
「まぁ……いいけど……」
有村は二人に手を振りながら言った。
「何かあったら電話してねぇ」
有村にそう言われると、桃子が言った。
「行くぞ、縁……。警視殿も何かあったら連絡を……」
有村は軽い感じで言った。
「はい、は~い……」
こうして縁と桃子は少し外を歩く事にした。
部屋を出るとすぐ廊下があり、窓もある。
「2階か……」
縁がそう言うように、窓から伺える景色から、現在地が2階であることが確認できる。
自然に囲まれた景色から、とても都内とは思えない。
廊下の突き当たりの階段から1階へ行くと、客室が幾つかと、食堂、厨房などが確認できた。
来客用の宿舎を出ると、目の前には田んぼが広がっており、白い胴着を着た信者達が、田んぼで作業を行っていた。
それを見て桃子が言った。
「彼らは……どういうつもりで、この村にやって来たのだろうな……」
縁は感慨深い表情で信者達を見つめている。
縁は呟いた。
「カリスマ教祖……窟塚天菜……」
すると、背後から声がした。
「天菜様は教祖ではありませんよ……」
声に反応し、縁と桃子が振り向くと、黒の胴着を着た、若い華奢な男性が立っていた。
桃子が男性に反応した。
「君は……確か……」
男性は2人に一礼をして、桃子に言った。
「先日はどうも……小笠原先生……」
男性は縁を見て言った。
「そちらの方は……初めてですね。風間翔と申します」
風間は人の良さそうな、優しい表情をしている。
縁は風間に一礼した。
「新井場縁です……」
風間は言った。
「天菜様の謁見で、お倒れになられたそうで……」
風間は縁に対して申し訳なさそうな表情をした。
縁は言った。
「いえ……それより天菜が教祖ではない……とは?」
風間はニコリとして言った。
「そのままの意味ですよ。この窟塚村は宗教の村ではありませんから……」
縁は言った。
「『幸福学会』とは宗教団体では?」
風間は首を横に振った。
「世間ではそう言われていますが……この村にいる者は、私も含めて、天菜様に救われた者です」
桃子が言った。
「救われた?」
風間は言った。
「そう……この村の者は皆、心に傷をおっています。天菜様はその傷を癒す先生みたいなものです」
縁は言った。
「心に傷を?」
風間は言った。
「この国の社会はストレス社会です……それも年々酷くなっている……この村の者はストレス社会の被害者と言うべきですか……」
縁は言った。
「それは……虐めや、各ハラスメントによって、できた傷を……ここの人達は抱えていると?」
風間は頷いた。
「はい……それらの傷により、社会不適合になった者のリハビリの場所……」
桃子が言った。
「リハビリ施設のようなものか……」
風間は言った。
「そうです……この村で心を癒し、立ち直って、再び社会に旅立つ……。この村は、そう言った場所です」
風間の話だと、この村は社会に貢献しているようにも、聞こえる。
縁は言った。
「貴方は自分も含めてと、言ったが……貴方も?」
風間はニコリとして言った。
「そうです……私も心に傷をおって、天菜様に救われた1人です」
桃子が言った。
「救われたと言う事は、立ち直っているのだろ?何故この村に止まる?」
風間は言った。
「私は天菜様の教え子です……天菜様のように人の心の傷を癒したいから、この村にいる……。それではいけませんか?」
風間は優しい目をしているが、その目はまっすぐ何かを見据えているようだった。それは天菜によく似ていたが、同じ眼力でも天菜とは異なり、風間の目は優しさに満ちているようだ。
縁は言った。
「いや……貴方の表情を見ていると、否定はできないよ」
風間はニコリとして言った。
「そう言って頂けると幸いです。では私はこれで……じっくり村を見学して下さい。では……」
そう言うと風間は縁と桃子に一礼をして、去って行った。
去って行く風間を見て、縁が言った。
「俺たち……この村に何しに来たんだっけ?」
桃子は呆れて言った。
「何を言い出すんだ、縁……窟塚天菜のメッキを剥がしに来たんだぞ」
縁は桃子を冷たい眼差しで見た。
「そう言う言い方をすると、悪党にみたいだぜ……」
桃子はムッとした表情になった。
「何て事を言うんだっ!」
縁は言った。
「でも……彼の言う事が本当なら……この村の活動は、真っ当だぜ……」
すると、今度は別の声が聞こえた。
「私は違うと思うな……」
声のする方を見ると、ラフな格好をした男性二人組が、こちらに近づいて来た。
見た感じから、この村の住人では無さそうだった。
男性の1人は色黒で、首からカメラをぶら下げている。もう1人はキャップ帽を被った背の高い男性だった。
カメラをぶら下げている男性が言った。
「小笠原先生ですよね?TVで視ましたよ」
TVというフレーズに、桃子はあからさまに、不機嫌な表情になった。
男性は不機嫌な桃子を気にせず言った。
「申し遅れました……私、ノンフィクション作家の金尾と言います」
すると、もう一人のキャップ帽の男性が言った。
「私は横瀬と言います……東應出版の編集長です……そちらの少年は?」
横瀬に手を指されたので、縁は言った。
「新井場縁……高校生です」
横瀬は興味津々で言った。
「高校生?小笠原先生とはどういう関係?」
縁は憮然とした表情で言った。
「俺の事なんて、どうでもいいだろ……。それより、「私は違うと思う」とは、どういう意味ですか?」
横瀬はニヤニヤしながら言った。
「見ればわかるだろ?弱者を利用して金儲けしてるのさ……」
横瀬の感じの悪い答えに、縁は言った。
「何故言い切れる?」
横瀬は両手を、自分の胸の前に上げて言った。
「これ以上は言えないよ……それに取材の途中だからね」
桃子も憮然とした表情で言った。
「捏造記事のための、粗捜しか……」
桃子も負けじと、感じの悪い言い方だ。
すると、金尾が言った。
「酷い言われようだな……私はノンフィクション作家ですよ……捏造なんてしませんよ」
桃子は吐き捨てるように言った。
「どうだかな……」
横瀬が言った。
「我々は窟塚天菜の、化けの皮を剥ぎに来た同志じゃないですか……仲良くしましょう」
桃子はさらに不機嫌な表情で言った。
「一緒にするなよ……」
金尾が言った。
「まぁまぁ……そう言わず……私たちもしばらくこの村に滞在しますから……」
横瀬も言った。
「そうそう……仲良くしましょう……では、また後程……」
そう言うと2人は何処かへ去って行った。
縁は言った。
「感じの悪い連中だな……」
桃子は不機嫌な表情のまま言った。
「あんなのと同列だと思われるのは……不愉快だ。なぁ、縁……」
「何だよ?」
「先程の私も……あの2人みたいな感じだったか?」
縁は笑って答えた。
「はっ……全然……。桃子さんは天菜にしてやられた悔しさで、この村に来たけど……あの2人は明らかに違う……」
桃子は言った。
「そうか……ならいい……」
縁は言った。
「でも……なんか嫌な予感がする」
この後……天菜の一言によって事態は急変することになり、 縁の予感が的中する事になる。
「俺はお前たちとは違う……」
俺の声?
「何が違うの?貴方にも謎を解く快感があるでしょ?」
キャメロンの声だ。
「俺には人の死を……その真相を、ゲーム感覚で楽しむなんて……」
また俺の声だ。あの頃の夢か……懐かしいけど……胸くそ悪い。
「クククク……バカだなてめぇらは」
この声は?
「何がおかしいの?……ジャン」
ジャンの声だ。
「笑えるよ……てめえもエニシも、死の真相だ?そんなものはどうだっていい……」
「じゃあ、貴方は何を原動力に?」
「そんなのは決まってる……人間は死んだら終わりだ。生きて始まり、死んで終わる……その間懸命に生きるから、人の死は美しい……」
ジャン……あいつは昔からそうだった。
声が遠くなってきた……また闇か……。
すると、また縁を呼ぶ声がした。
「縁っ!縁っ!」
うるせぇな……誰だ?
「縁っ!起きろっ!縁っ!」
しつこい……まだ眠い……。
「縁っ!」
ここで縁は目を覚ました。
縁が目を開けると、正面には桃子の顔があった。
「桃子……さん?」
縁は寝惚け眼で、桃子に言うと、桃子はほっとした表情で縁に言った。
「良かった……気が付いたか」
縁が目線を横にずらすと、先には有村もいた。
縁はゆっくりと起き上がった。
「ここは?……俺は確か……」
桃子が縁に言った。
「いきなり動くな……」
「そうか……あの後、気を失って……ここは?」
畳の部屋に敷いてある布団の上に縁はいた。おそらく来客用の宿舎だろう。天井に付いてる明かりが少し眩しい。
桃子は言った。
「今晩我々が泊まる宿舎の2階だ……」
有村は言った。
「君が気絶したから、そのまま君の使う予定の部屋まで運んで来たのさ」
縁は有村に言った。
「悪いな……有村さん……」
桃子は縁を心配そうに見て言った。
「気分はどうだ?」
縁は額に手を当てて言った。
「とりあえず水が欲しい……」
縁がそう言うと、桃子は鞄からペットボトルの水を取り出し縁に渡した。
縁は水を受けとると、蓋を開けて勢いよく水を飲んだ。
500mlのペットボトルの水を半分ぐらい飲み、一息ついた。
「ふぅ……少し、スッキリした」
桃子は言った。
「どうしてあんな事に?……何をされた?」
縁は眉間にシワを寄せた。
「今のところは……わからない……」
有村は怪訝な表情で言った。
「わからない?……まさか、ほんとに精神的プレッシャーとか?」
縁は言った。
「まさか……でも、確かにあの目は……何て言うか、全てを見透かしたような……」
天菜の眼力は相当なものだったようで、縁の表情は冴えなかった。
桃子は言った。
「私の時は何もなかったぞ……腹はたったが……」
縁は言った。
「それなんだよ……TVでも視たけど、桃子さんの時、見てる限りでは、桃子さんの身体に変化は無さそうだった。だとすれば、どうして俺の時だけ……」
有村は言った。
「何かカラクリがあると?」
縁は頷いた。
「天菜の言う精神的プレッシャーがイカサマだとすれば……トリックがあるはずだ……。だけど……」
桃子は言った。
「だけど……何だ?」
縁は言った。
「あの天菜という人間は……人身掌握に長けている事は確かだ……話してみてわかった」
有村は言った。
「カリスマ教祖様だからね……」
縁は言った。
「とにかく……帰る気は無くなったよ……。もう少し天菜の事を知りたくなった」
桃子は意外そうに縁に言った。
「珍しく乗り気だな……」
縁は言った。
「このままだと気持ちは悪いだけさ……」
有村は言った。
「気持ち悪い?」
縁は言った。
「胸の中を掴まれたような……気持ち悪ささ……」
桃子は言った。
「縁……」
桃子は心配そうに縁を見ている。縁は眉間にシワを寄せたままだった。
少し質問されて、いつの間にか気分が悪くなり、その後倒れた。縁にとっては初体験だった。
これまでにも緊張感に満ちることは、いくらでもあったが、今回はそれらとは異なる。
天菜の言う、精神的プレッシャーの正体は?……トリックなのか、それとも本物の超能力なのか……。
縁は精神的プレッシャーの正体を解明する必要があった。
それは天菜の質問が的を得ていたのだから……。
すると、桃子が考え込んでいる縁に言った。
「縁……少し外を歩かないか?外の空気に触れた方が良い……」
縁は桃子に言った。
「何だよ……気ぃ使ってんのか?」
桃子は浮かない表情で言った。
「そう言う訳ではないが……」
これまで縁と桃子が共に行動し、事件に巻き込まれる事はあっても、縁の体調に異変がある事はなかった。桃子はおそらくそれを気にして、浮かない表情をしているのだろう。
そんな桃子に縁は少し表情を緩めた。
「らしくねぇぞ……。でも、まぁ……少し散歩でもしますか……」
縁がそう言うと、桃子の表情は少し明るくなった。
すると、有村が言った。
「行ってらっしゃ~い……」
縁は言った。
「有村さん、行かねぇの?」
有村はニコニコしながら言った。
「僕は遠慮しとくよ……少し部屋でゆっくりしたいからね」
縁は怪訝な表情で言った。
「まぁ……いいけど……」
有村は二人に手を振りながら言った。
「何かあったら電話してねぇ」
有村にそう言われると、桃子が言った。
「行くぞ、縁……。警視殿も何かあったら連絡を……」
有村は軽い感じで言った。
「はい、は~い……」
こうして縁と桃子は少し外を歩く事にした。
部屋を出るとすぐ廊下があり、窓もある。
「2階か……」
縁がそう言うように、窓から伺える景色から、現在地が2階であることが確認できる。
自然に囲まれた景色から、とても都内とは思えない。
廊下の突き当たりの階段から1階へ行くと、客室が幾つかと、食堂、厨房などが確認できた。
来客用の宿舎を出ると、目の前には田んぼが広がっており、白い胴着を着た信者達が、田んぼで作業を行っていた。
それを見て桃子が言った。
「彼らは……どういうつもりで、この村にやって来たのだろうな……」
縁は感慨深い表情で信者達を見つめている。
縁は呟いた。
「カリスマ教祖……窟塚天菜……」
すると、背後から声がした。
「天菜様は教祖ではありませんよ……」
声に反応し、縁と桃子が振り向くと、黒の胴着を着た、若い華奢な男性が立っていた。
桃子が男性に反応した。
「君は……確か……」
男性は2人に一礼をして、桃子に言った。
「先日はどうも……小笠原先生……」
男性は縁を見て言った。
「そちらの方は……初めてですね。風間翔と申します」
風間は人の良さそうな、優しい表情をしている。
縁は風間に一礼した。
「新井場縁です……」
風間は言った。
「天菜様の謁見で、お倒れになられたそうで……」
風間は縁に対して申し訳なさそうな表情をした。
縁は言った。
「いえ……それより天菜が教祖ではない……とは?」
風間はニコリとして言った。
「そのままの意味ですよ。この窟塚村は宗教の村ではありませんから……」
縁は言った。
「『幸福学会』とは宗教団体では?」
風間は首を横に振った。
「世間ではそう言われていますが……この村にいる者は、私も含めて、天菜様に救われた者です」
桃子が言った。
「救われた?」
風間は言った。
「そう……この村の者は皆、心に傷をおっています。天菜様はその傷を癒す先生みたいなものです」
縁は言った。
「心に傷を?」
風間は言った。
「この国の社会はストレス社会です……それも年々酷くなっている……この村の者はストレス社会の被害者と言うべきですか……」
縁は言った。
「それは……虐めや、各ハラスメントによって、できた傷を……ここの人達は抱えていると?」
風間は頷いた。
「はい……それらの傷により、社会不適合になった者のリハビリの場所……」
桃子が言った。
「リハビリ施設のようなものか……」
風間は言った。
「そうです……この村で心を癒し、立ち直って、再び社会に旅立つ……。この村は、そう言った場所です」
風間の話だと、この村は社会に貢献しているようにも、聞こえる。
縁は言った。
「貴方は自分も含めてと、言ったが……貴方も?」
風間はニコリとして言った。
「そうです……私も心に傷をおって、天菜様に救われた1人です」
桃子が言った。
「救われたと言う事は、立ち直っているのだろ?何故この村に止まる?」
風間は言った。
「私は天菜様の教え子です……天菜様のように人の心の傷を癒したいから、この村にいる……。それではいけませんか?」
風間は優しい目をしているが、その目はまっすぐ何かを見据えているようだった。それは天菜によく似ていたが、同じ眼力でも天菜とは異なり、風間の目は優しさに満ちているようだ。
縁は言った。
「いや……貴方の表情を見ていると、否定はできないよ」
風間はニコリとして言った。
「そう言って頂けると幸いです。では私はこれで……じっくり村を見学して下さい。では……」
そう言うと風間は縁と桃子に一礼をして、去って行った。
去って行く風間を見て、縁が言った。
「俺たち……この村に何しに来たんだっけ?」
桃子は呆れて言った。
「何を言い出すんだ、縁……窟塚天菜のメッキを剥がしに来たんだぞ」
縁は桃子を冷たい眼差しで見た。
「そう言う言い方をすると、悪党にみたいだぜ……」
桃子はムッとした表情になった。
「何て事を言うんだっ!」
縁は言った。
「でも……彼の言う事が本当なら……この村の活動は、真っ当だぜ……」
すると、今度は別の声が聞こえた。
「私は違うと思うな……」
声のする方を見ると、ラフな格好をした男性二人組が、こちらに近づいて来た。
見た感じから、この村の住人では無さそうだった。
男性の1人は色黒で、首からカメラをぶら下げている。もう1人はキャップ帽を被った背の高い男性だった。
カメラをぶら下げている男性が言った。
「小笠原先生ですよね?TVで視ましたよ」
TVというフレーズに、桃子はあからさまに、不機嫌な表情になった。
男性は不機嫌な桃子を気にせず言った。
「申し遅れました……私、ノンフィクション作家の金尾と言います」
すると、もう一人のキャップ帽の男性が言った。
「私は横瀬と言います……東應出版の編集長です……そちらの少年は?」
横瀬に手を指されたので、縁は言った。
「新井場縁……高校生です」
横瀬は興味津々で言った。
「高校生?小笠原先生とはどういう関係?」
縁は憮然とした表情で言った。
「俺の事なんて、どうでもいいだろ……。それより、「私は違うと思う」とは、どういう意味ですか?」
横瀬はニヤニヤしながら言った。
「見ればわかるだろ?弱者を利用して金儲けしてるのさ……」
横瀬の感じの悪い答えに、縁は言った。
「何故言い切れる?」
横瀬は両手を、自分の胸の前に上げて言った。
「これ以上は言えないよ……それに取材の途中だからね」
桃子も憮然とした表情で言った。
「捏造記事のための、粗捜しか……」
桃子も負けじと、感じの悪い言い方だ。
すると、金尾が言った。
「酷い言われようだな……私はノンフィクション作家ですよ……捏造なんてしませんよ」
桃子は吐き捨てるように言った。
「どうだかな……」
横瀬が言った。
「我々は窟塚天菜の、化けの皮を剥ぎに来た同志じゃないですか……仲良くしましょう」
桃子はさらに不機嫌な表情で言った。
「一緒にするなよ……」
金尾が言った。
「まぁまぁ……そう言わず……私たちもしばらくこの村に滞在しますから……」
横瀬も言った。
「そうそう……仲良くしましょう……では、また後程……」
そう言うと2人は何処かへ去って行った。
縁は言った。
「感じの悪い連中だな……」
桃子は不機嫌な表情のまま言った。
「あんなのと同列だと思われるのは……不愉快だ。なぁ、縁……」
「何だよ?」
「先程の私も……あの2人みたいな感じだったか?」
縁は笑って答えた。
「はっ……全然……。桃子さんは天菜にしてやられた悔しさで、この村に来たけど……あの2人は明らかに違う……」
桃子は言った。
「そうか……ならいい……」
縁は言った。
「でも……なんか嫌な予感がする」
この後……天菜の一言によって事態は急変することになり、 縁の予感が的中する事になる。
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