天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

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第十話 窟塚村のカリスマ教祖 前編

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  ……翌日…新井場邸前……


  桃子の車が迎えに来るのかと思いきや、縁の家に来たのは、有村の黒のワンボックスカーだった。
  運転していたのは、もちろん有村で白いシャツにジーンズとラフな格好だった。
  助手席には桃子が乗っており、長い髪を後ろで束ねて、これまた白のワンピースとラフな格好だった。
  てっきり桃子だけが、来るものと思っていた縁は意外そうに言った。
 「有村さん……どしたの?」
  有村は笑顔で運転席から言った。
 「僕も付いてくよ……ちょうど休暇中でね……」
  縁は呟いた。
 「さらに嫌な予感がするな……」
  縁は車の後部座席に乗り込んだ。
  縁が車に乗り込んだのを確認して、有村は言った。
 「それでは、美人作家先生を打ち負かした、カリスマ教祖に会いに行きますか……」
  桃子は不貞腐れて言った。
 「警視殿……余計な事は言わなくていい」
 「おぉ、怖い怖い……」
  そう言うと有村は車を発進させた。
  こうして桃子のリベンジマッチに、付き合わされる事になった縁は、有村を加え3人で窟塚村と言う村へ向かった。
  道路を走る車の中、縁は言った。
 「てか、窟塚村ってどこ?」
  有村は言った。
 「一応都内だよ」
  縁は怪訝な表現で言った。
 「そんな村あったか?」
  有村は言った。
 「窟塚村ってのは地名じゃないんだ」
 「地名じゃない?」
 「カリスマ教祖である窟塚天菜くつづかあまなの私有地を、窟塚村と呼んでるのさ」
 「大きな私有地を丸ごと村にしたっての?」
 「そう言う事……そこで信者達と共同生活をしてるのさ……」
  縁は怪訝な表現で言った。
 「外界との接触を避けて、自分達の世界で暮らすか……なんだかなぁ……」
  縁は幼少の頃から、祖父の施設で育った……。縁が育った施設も外界との不必要な接触を避けていたために、有村との会話の内容は、あまり気分の良いものではなかった。
  桃子は言った。
 「とにかく我々とは住む世界が違う……彼らは自給自足の生活をしているからな……」
  有村は言った。
 「まぁ、そう言った所には有りがちな話だからねぇ」
  縁は言った。
 「昨日TVで視たけど、女教祖なんだよな……」
  桃子は憮然とした表情で言った。
 「あの女……この私に恥をかかせて……」
  有村はニヤニヤしながら言った。
 「見応えがあったよ……桃子ちゃん目が点になっていたからね……」
  縁も有村に同調した。
 「確かにあれはウケたよっ……ローカル番組だったから良かったけど、全国ネットだったら終わってたね」
  縁と有村が昨夜のTVの話で盛り上がっていたが、側では桃子が怒りにより体を震わせている。
  桃子は静かに言った。
 「貴様ら……いい加減にしておけよ……」
  桃子の静かだが凄みのある言葉で、車内の空気は凍りついた。
  有村は桃子に恐怖し話を逸らした。
 「山道に入ったよ……景色でも堪能しながら行こうか」
  縁も有村と同様に、桃子に恐怖し話を合わした。
 「そ、そうだね……俺、山道好きだな……」
  桃子は怒りながら呟いた。
 「あの女教祖め……化けの皮を剥いでやるっ!」
  縁と有村は桃子をあまり見ないようにした。


  ……窟塚村……


  車で山道を走ること約1時間……目的地である窟塚村に到着した。
  広がった自然の中に存在する、隔離された世界……同じ都内とは思えないほど、世界観が異なった小さな村だった。
  村の入口の高台にある、駐車場らしき砂利の広場に車を停めて、3人は村を見下ろした。
  川や田んぼに、畑など自然の詰まった村は、社会に疲れた人間にとっては癒しの楽園のように写る光景だった。
  有村は言った。
 「のどかだね……来たかいがあったかも」
  縁は言った。
 「畑仕事やってる人が何人か見えるけど……皆白い胴着みたいなのを着ているな」
  桃子が言った。
 「あれはこの村の……いや、『幸福学会』の信者の服だ」
  縁の言うように、村にいる人間はだったら見えるだけだが、皆同じ格好をしている。
  桃子は言った。
 「行くぞ……カリスマ教祖に会いに」
  桃子は細い砂利道を下り、村に向かった。縁と有村もその後を追った。
  砂利道を下った先に、木で作られた柵が現れた。それは村の入口のようで、柵の両端に白い胴着を着た男が2人立っている。
  男が桃子に言った。
 「どちら様で?」
  表情の険しい男に、桃子は言った。
 「先日お邪魔した、小笠原だ……。教祖に会いに来たのだが」
  男が憮然とした表情で言った。
 「アポは……お取りですか?」
  桃子は呆れて言った。
 「アポ?どうしてそんなものが必要なのだ?」
  男は話にならないと言った感じだ。
 「お引き取りを……」
  男の言葉に、桃子はあからさまにムッとして言った。 
 「なんだと?はるばるやって来たというのに、追い返すつもりか?」
  男は表情を変える事無く言った。
 「決まりですので……お引き取りを」
  縁は桃子に小声で言った。
 「もしかして……何の約束もなく来たのか?」
  桃子は不思議そうに縁を見た。
 「どうして約束する必要がある?」
  縁は頭を抱えた。
 「何を考えてんだ……」
  有村もヤレヤレといった感じだ。
 「どうするの?入口でつまづいてるけど」
 「お通ししてあげなさい……」
  その声と共に、柵の後ろから1人の男性がやって来た。
  男は温厚そうな丸刈り頭の中年男性で、2人の信者とは異なり、黒の胴着を着ている。信者の男2人はその男に頭を下げていた。
  丸刈り頭の男は桃子に言った。
 「先日はどうも……小笠原先生」
  桃子は苦い表情でその男に言った。
 「先日は世話になったな……福島村長」
  桃子に福島と呼ばれる男は、縁ら3人に手招きをした。
 「さぁ……お入り下さい……ようこそ窟塚村へ……」
  福島に案内され、柵にいた2人の信者を素通りし、村の敷地内に入った3人に福島は言った。
 「で、小笠原先生……何用でこの辺鄙な村に?」
  桃子はふてぶてしく言った。
 「決まってるだろ……カリスマ教祖様の化けの皮を剥ぎにきたのだよ」
  有村は呆れて言った。
 「ストレート過ぎるだろ……」
  福島は縁と有村を見て、桃子に言った。
 「あちらのお二人は?」
  桃子は言った。
 「私の優秀な助手達だ」
  縁は言った。
 「さらっと、何言ってやがる……」
  すると、有村は桃子に調子を合わせるように言った。
 「小笠原先生が見たと言う奇跡を、助手である僕達も見たいと思いましてね……無理を言って付いてきたのですよ」
  福島はニコニコしなが言った。
 「ほほぉ……そうでしたか」
  縁は有村に耳打ちした。
 「どういうつもりだ?」
  有村は小声で言った。
 「ここは桃子ちゃんに合わせとく方がいい……僕も警察だとバレない方が動きやすい……」
  縁は舌打ちをした。
 「チッ、仕方ねぇな……」
  福島が言った。
 「天菜様は村の奥です……さっ、どうぞ」
  福島はそう言うと、村の奥に3人を案内した。
  中に入ってみるとわかるが、敷地面積はかなり広そうだ。
  入口の柵から右手に宿舎のような、コンクリートの建物が建っている。そして、すぐその奥には、行く道を遮るように小さな川が流れているが、小さな橋が掛かっている。
  福島は先へと進み、小さな橋を渡って行く、3人は福島の後を続きその橋を渡る。
  川の水は透明度高く、透き通って水質は良さそうだ。
  縁は思わず呟いた。
 「きれいな川だな……」
  有村も言った。
 「とても都内とは思えないね」
  川を渡ると、村の全貌が明らかになってきた。
  すると、右手に畑、左手に田んぼが広がっている。 
  畑の隣にはこれまた大きな宿舎が建っており、向かい側には木造2階建ての建物が建っている。
  その木造の建物と宿舎の間に建つように、村の一番奥に小さなやしろが建っている。
  社の前に到着すると、福島が言った。
 「それにしても……我が教祖天菜様を信じられないとは……貴女といい、先程の2人といい……なんとも嘆かわしい」
  縁は言った。
 「先程の……2人?」
  福島は言った。
 「雑誌記者の方々です……先日のTV放送を見て、取材という名目でやって来ました」
  有村は言った。
 「ローカル番組とは言え、TVで写っちゃたからね……面白半分でマスコミが取材に来ても不思議じゃないさ」
  縁は怪訝な表情で言った。
 「確かにそうだけど……」
  すると、福島が社の引き戸を開けて言った。
 「さぁ……お入り下さい」
  引き戸の先は、玄関のような場所で石段があり、そのすぐ奥にまた引き戸がある。
  靴を脱ぎ、引き戸を開けると一面が畳の広い部屋があり、その奥には祭壇があり、神々しい白い衣装を纏った1人の女性が、目を閉じて座禅を組んでいた。
  口元は布で被さっているが、年齢は40~50歳くらいで、おそらく彼女がカリスマ教祖の窟塚天菜だろう。
  福島がその女性に言った。
 「天菜様……お客様をお連れしました」
  天菜は目を開いて、福島を見た。
  福島は3人を天菜から見て右側に並べられている、座布団に座るように促した。
 「お許しが出ました……こちらへお座りを……」
  3人は福島に言われるままに座布団に座った。
 「では、私はこれにて……」
  そう言うと福島は部屋を出ていった。
  近くで見ると、天菜はどこかの不思議な雰囲気を醸し出している。
  纏っている神々しい衣装のせいでもあるが、彼女の瞳には何か不思議な魅力が感じ取れ……そして、美しくもあった。
  すると、天菜が言った。
 「少年……前へ」
  3人の中で少年と言えば、縁しかいない……すると、桃子が言った。
 「縁……呼ばれているぞ」
  縁はあからさまに嫌な表情をした。
 「何で俺が……」
  有村は言った。
 「行った方がいいんじゃない……」
  二人に促され縁は渋々立ち上がり、天菜の前へと進んだ。
  縁が座っていた位置から、天菜までの距離は近かったが……縁はその距離を、何故か長く感じた。
  縁が天菜の前に立つと、天菜は縁に言った。
 「そこにお座りを……」
  天菜に促され、縁は用意されていた座布団に座った。
  祭壇で焚かれたお香の煙が天菜の神々しさを際立たせる。
  縁と対峙した天菜は、縁をじっと見つめている……天菜に見つめている縁は異様な緊張感に包まれた。
  縁は思った……天菜の目は何なんだ?と……その異様とも言える天菜の眼力に、縁は少し圧迫間を覚えた。
  すると、天菜が言った。
 「少年……悩みがおありか?」
  縁の表情は反応した。
  天菜は続けた。
 「進むべき道が……間違っていないのか?と……」
  縁は思わず言った。
 「何を……」
  天菜の口元は布で隠れているが、目元が少し緩んだのが縁にはわかった。
  天菜は言った。
 「これまでの人生を……」
  縁の表情が反応した。
  さらに天菜は言った。
 「過去との決別……」
  縁は昨日のTVを思い出した。桃子もこれにやられていた……人の心を見透かすような……この眼力と、話口調に……。
  天菜のプレッシャーからか、縁の息が上がる。
 「何だ?……はぁ、はぁ……」
  すると、天菜は言った。
 「少年……顔色が悪い……お下がりを」
  天菜の言うように、縁の顔色は青白くなっており、額から汗が滲んでいた。
  縁は立ち上がり、席に戻ろうとしたが、少しふらついてしまった。
  桃子は立ち上がり縁に言った。
 「縁っ!」
  縁は桃子に言った。
 「はぁ、はぁ……ごめん……少しふらついた……」
  桃子は縁に駆け寄った。
 「大丈夫か?縁……」
  縁は息を切らしている。
  桃子は天菜を睨み付けた。
 「貴様っ!縁に何をした!?」
  天菜は睨みに怯む事なく言った。
 「少年の本質を知りたかったので……顔色が悪くなったのは、私の仕掛けた精神的プレッシャーによるものでしょう」
  桃子の肩を借りている、縁は汗を拭いながら言った。
 「せ、精神的プレッシャーだと?」
  天菜は言った。
 「そう……少年の奥に眠る過去の記憶を、少し握っただけ……」
  縁は苦しそうに言った。
「はぁ、はぁ……過去の記憶を……握っただと?」
  天菜は言った。
 「私には……全てわかる」
  縁は言った。
 「あんたに俺の何が……ふざけた……事を……うっ」
  縁は桃子に向かって、ぐったりとなった。
  桃子は驚いた様子で言った。
 「縁っ!?おいっ!縁っ!」
  桃子の呼び掛けも虚しく、ここで縁の意識は無くなった。
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