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一章
017
しおりを挟む紋章ギルドには大きな三本の柱がある。
ギルドマスターの〝ワタル〟
サブマスターの〝アルバ〟
そして参謀の〝フラメ〟
酒を片手に唸る、眼鏡をかけた美女。
彼女が紋章ギルドNo.3のフラメである。
フラメはワタルから最優先任務として〝あるスキル〟持ちの者を探し、協力してもらう交渉を行う命を受けていた。
なぜならワタルは彼女の〝頭脳〟と〝先見の明〟を高く評価していたから。フラメもそれに応えるべく、あらゆる手段を尽くしていた。
フラメはその日のうちに、すれ違った人物全てにメールを送り(eternalでは周囲5メートル以内に居たプレイヤーが履歴に残り、メールなどを送ることができる)反応を見たが、返信はどれもこれも救済を求めるものばかりで空振りだった。
最前線で戦うプレイヤー達にもコンタクトを取ってはみたが、情報が得られるどころか返事すら返ってこない始末。
メール勧誘を早々に諦めたフラメは酒場に居た。
酒場と言っても、冒険者ギルドである。
掲示板前を行き交うプレイヤーをじっと観察しながら、たまに席を立ち、受付と少し会話した後、また同じ席に戻る――これを繰り返していた。
(今日も収穫無しとなると、ちょっと作戦変えないとかな? 生き残るのに意欲的なら、そろそろ現れても良さそうなのに)
フラメがなぜ冒険者ギルドを張っているか――それは、彼女が探すスキルの性質を考えた場合、ここに居るのが一番確実だったからである。
『遠視か俯瞰視、欲を言うと千里眼の類のスキル持ちの人を探してきてください』
侵攻を早期発見し、都市の外で紋章ギルドの精鋭が叩いて沈静化――これが理想的な侵攻の止め方であり、後手に回れば都市のセーフティが解除され、たちまちmobがなだれ込んでくる。
かといって、毎晩人の目で侵攻発生を見張るのはかなり体力を消耗するし、現状、昼間も動き回る精鋭達も見張りに駆り出され、ろくな睡眠が取れていない。
だから遠視系の見張りに役立つスキルや、俯瞰などの広範囲で見通しが利くスキル持ちが数人でも確保できれば、少なくとも見張りの負担が軽減されるのである。
加えて、他にあるかは不明だが、千里眼スキルのようなレアスキルさえあれば、その一人で見張りが事足りるのだ。
今や180万人が囚われたこの世界。
確率的にいえば、それらのスキルを持ちつつ、未だアリストラスに留まっているプレイヤーが居てもおかしくはない。
(そろそろ宿屋巡りに切り替えるべきか、それともあの人を探しにサンドラス甲鉄城まで飛ぶか――)
ジョッキサイズの酒樽を転がすフラメに、決断の時が迫っていた。
前者の宿屋巡りだが、常に宿屋に居るのは非戦闘希望の引きこもりプレイヤーだし、そもそもギルド側の要望を脊髄反射で拒否する者が多く、戦力的にもアテにできない部分がある。後者は、β時代唯一〝千里眼〟というレアスキルを持っていたプレイヤーを探す方向だが――こちらも諸事情により望み薄である。
(生きる意志があって、そういうスキルを持っていたらここに辿り着くと思ったんだけど)
諦めて席を立つフラメの横、受付の前に一人のプレイヤーが依頼を受けにやって来ていた。
フラメが何気なくそれを眺めていると、どうやらそのプレイヤーは五枚も同時に依頼を受けるつもりらしく、紙束をバサリと置く。
初心者用の弓を背負った女の子。
活発そうな顔立ちで、綺麗なボブカット。
その目は、表情は、生きるのを諦めた者とは違っていた。
「失礼ですが、こちら全て〝捜索〟依頼となっております。捜索依頼はひとつひとつにかなりの時間を有しますが、達成不可となると罰金もございます。それでもよろしいですか?」
「はい! 大丈夫です!」
依頼書の制限時間は48時間。
一見長いように見えて、実は短い。
特に捜索依頼は探索者系統の職業でもない限り、一日一枚が関の山である。
それを一気に五枚。
これは、当たりだ。
フラメは跳んで喜びたい気持ちを抑え、その少女――ミサキに声をかけたのだった。
* * * *
冒険者ギルドにある、四人がけの丸い木製のテーブルを囲うように座る、三人の鎧騎士と一人の初心者弓使い。
「貴女が〝生命感知〟スキル持ちのミサキさんですね。僕は紋章ギルドのマスター、ワタルです。はじめまして」
しばしの沈黙を破るように、にこやかな笑顔を見せ、ワタルがミサキに話しかけた。
ミサキはこの、隣に座るフラメという女性の必死な口説きに負けた後、あれよあれよと進む展開について行けず、目を回していた。特にワタルが正面に座った時には大声を出しそうになったほどだ。
「は、はい。そうみたいです」
紋章ギルドのマスターといえば、初日の大混乱を勇気ある一声で鼓舞した、ミサキの中では英雄クラスの人物。他の二人もギルドのNO.2と3だと聞き、さらに胃が痛くなる思いだった。
ここで世間話は余計に萎縮させると判断したフラメは、単刀直入に質問をする。
「早速で申し訳ありません。ミサキさんの生命感知は〝探している生物がミニマップに表示される〟とお聞きしましたが、その効果限界と範囲を知りたいのでいくつか質問させていただきます」
「はい、どうぞ」
業務的なやりとりが続く。
「まず〝目標とする生物〟とは、具体的にどのような物でお試しになりましたか?」
「私が探せたのは、犬、人、猫でした。他はできないというより、試していないからできるか分からない、という感覚です」
「なるほど、ありがとうございます」
フラメの質問に、ミサキも簡潔に答える。ミサキ的にはフラメのこの気遣いがかなり有り難く、お陰でワタルやアルバの圧倒的な存在感も薄らいでゆく気がしていた。
今度は、自己紹介後にずっと黙っていたアルバが質問する。
見るからに強そうな壮年の戦士からの質問に、ミサキは若干身構えた。
「たとえばミニマップはズームインもアウトもできる。最大限ズームアウトした状態で〝対象〟を感知しても、表示されたりするのかな?」
それも試したことは無かったな――と、ミサキは言われた通りに試していく。
左上にあるミニマップを〝ズームアウト〟と念じて操作。そして徐々に広く細かく表示されるミニマップを見ながら、今度は先ほど受けた依頼の中の〝家出したロップル君〟を生命感知してみた。
すると――
「座標でいうとx:1708、y:224、z:17の位置にいるみたいです。反応がありました」
「ほう、それはすごい!」
ミサキの答えに、アルバは目を丸くした。
ミニマップを最大まで縮小すると、アリストラスの1/4程度までは収まるのである。
他にこんな芸当ができるのは、それこそ千里眼くらいだろう。
彼女はまさしく、紋章が探し求めていた逸材に他ならない。
後はアレが感知できれば――そう考え、アルバは次なる質問を投げた。
「物は試しでやってもらいたいんだが、対象をmob……いや、モンスターに設定して感知することはできるかな?」
ミサキは続いて、mobへと意識を切り替える。
すると主に都市の外側に小さな赤い点が次々と現れ、動き始めた。
「見えます。座標は一番近い個体から――」
「いやいや、座標までは大丈夫!」
真面目に座標まで答えようとするミサキを制止するフラメは、ワタルに視線を向けた。
ワタルは全てを察したように頷く。
「ミサキさん、厚かましいお願いだとは思いますが、ミサキさんがお手すきの時に城壁外側の索敵・報告をどうかお願いできませんか。もちろん、一回の索敵に対してその都度報酬はお支払いします」
「えっ、ちょっ、頭あげてください!」
そう言って頭を下げるワタル。
ミサキは驚きながらそれを辞めさせた。
「私としても、紋章の皆さんには、あの日私達を救ってくれた恩義を感じていますし、今も私達を守るために必死に動いてくれているの知っていましたから――私でよければ、お力になります!」
その言葉に、何より感激したのはフラメ。
ガタンと席を立ち、ミサキに飛びついた。
溺愛する妹にするような熱い抱擁である。
「ありがとうーーーー!! ミサキさんが参加してくれたら文字通り百人力だよ!」
「それは何よりですが……くるひい」
女性二人が抱き合う姿を眺めながら、アルバはひとつ咳払いをして、質問する。
「早速で申し訳ない。今この付近で侵攻が発生していないかだけ、探すことはできるかい?」
「侵攻……? というのはどんな状態ですか」
ミサキは既に生命感知を使っているようで、ここではない何処かを見ているような目線のままアルバに聞き返す。
「少なくとも10体以上のモンスターが集まっている状態なら、侵攻の可能性がある」
もっとも10体規模の侵攻ならば、脅威となる前に叩けるから問題は無いのだが。
それを聞いたミサキは「んー……」と唸った後、周辺の草原から逸れ、イリアナ坑道へと移動し――そして、それを発見した。
「イリアナ坑道にそれらしい集合体があります」
「!」
ぽつりと呟くミサキ。
それを聞いた三人は顔を見合わせた。
すぐさまアルバはイリアナ坑道の地図をコピーし、ミサキにメールでそれを送った。
ミサキは都市内から出たことがないためマップの〝開拓〟がされていない。だから、坑道内の地形などの細かな情報が分からないと判断したのだった。
本来このマップの写しは十数万ゴールド相当の価値があるものだったが、今はそれどころではない。
「それをマップに上書きすれば地形まで分かるようになる。それで、場所は? 数は?」
「アルバさん! 落ち着きましょう!」
鬼気迫る勢いで詰め寄るアルバを、フラメが慌てて止める。ミサキは言われるがまま、そのマップの写しを自分のマップに上書きする――と、見えなかった部分が霧が晴れたように鮮明となった。
「座標x:706、y:-525、z:8」
ぽつりと呟くように、読み上げる。
三人は各々のマップをその座標まで移動させ、その何もない開けた空間にたどり着く。
「それで、数は――?」
「んー分かりません。たくさん居ますね」
その言葉に、三人は凍り付いた。
特にアルバは第17部隊の件が頭をよぎっていた。
イリアナ坑道は迷路のように入り組んでいる天然の迷宮であり、慣れた者でも地図無しでは迷うため雑魚mob狩りも行っていない場所である。
そして、イリアナ坑道で発生した侵攻がアリストラスに来る可能性は――ある。全然考えられるのである。
真剣な表情でワタルが聞く。
「おおよその数はわかりますか?」
「そうですねぇ。100くらいでしょうか」
100匹規模の侵攻。
徒党を組んでいる魔物の強さによっては、簡単に城壁など壊されてしまう程の規模である。
「PKとは別の驚異か――ミサキさん、貴女のお陰でこっちは先手を打てる。本当にありがとう」
そう言ってアルバは立ち上がり「事態は急を要する。mobの詳細を確認してくる」と冒険者ギルドから飛び出した。
フラメもまた、アルバ同様に動き出す。
「ミサキちゃん、これが終わったらちゃんとした報酬も用意するからね! 本当に助かったわ!」
パタパタとギルドを後にするフラメ。
ミサキの視界端にあるメールが光っており、開くとそこにはフラメから10万ゴールドが送られてきていた。
「ちょ、あの! マスターさん、これ! こんなにいただけませんよ!」
二人と同じく席を立とうとするワタルに、ミサキは動揺した様子でメールを見せた。
現代日本でいう10万円はそこそこな大金程度であるが、ここはゲーム内――それも今まさにデスゲームと化したeternalにおける10万ゴールドとなれば、その価値は=命と直結する。宿屋代に換算すれば2000日分に相当するのである。
ワタルは少し困ったように頬を掻いた後、この聡明な女性なら理解してくれると信じて、回りくどい言い方を止める。
「すごく配慮に欠ける言い方かもしれませんが、貴女のスキルには価値があります。というよりも、10万ゴールドでは少ないです。貴女がeternalでの生命線である自分のスキルを快く教えてくれた事にも、我々は報酬という形で感謝を表すつもりでいます」
ミサキというよりミサキのスキルに対する対価・報酬という言い方だったが、それに関してミサキは特に気にしていない様子である。
「いやいやいや、貰いすぎですってこれ!」
あたふたするミサキに対し、ワタルは落ち着いた笑みを作り、それに答える。
「ミサキさん。今回貴女が見つけた侵攻は、かなりの規模である上にまだ〝成長過程〟にあります。これに気付かず放置していたら、成熟した侵攻に対し、最悪我々はこのアリストラス共々滅んでいたかもしれません――現在この都市におよそ150万人近くいる命を結果として救ったと考えたら、10万ゴールドぽっちじゃ本来釣り合いが取れませんよ」
150万人の命――
ミサキは火が消えたように大人しくなる。
成長過程と言った根拠として、侵攻が未だ隣のエリアに存在していたからと説明できる。
今回の侵攻はまだイリアナ坑道内に留まっている――つまり人里を攻める程、資源に困っていないということになる。
逆にいえば、まだまだ勢力は拡大していくのと同義であるため楽観視はできないのだが、前もって情報を仕入れ、討伐隊を組み叩くことができる。そして侵攻側からしたら、突然攻め込まれる形となる。先手を打つ方が圧倒的に有利である。
「それに、少し不安はあるけどこれはチャンスだと思います。今回の件が片付けば、我々は侵攻の阻止以上に大きなモノを得られますから」
ミサキには何のことか分からなかったが、この青年はどうしてこうも頼もしいんだろうと思っていた。彼ならばどうにかしてくれそう――そういった漠然とだが、根拠のある何かを感じてしまうのだった。
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