未実装のラスボス達が仲間になりました。

ながワサビ64

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一章

018

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 薄暗い坑道内に、蹄の音が響き渡る。
 黒い風の如き速度でイリアナ坑道を駆けるアルバは、ミサキが〝生命感知〟にて視た座標の所に向かっていた。

 力強くいななく軍馬に跨ったアルバ――彼の固有スキル〝黒馬〟だ。

 黒馬の分のLPを自身に追加し、全てのステータスに加え移動速度が上がる。召喚士サモナー従魔使いテイマーとはまた違った、レアスキルであり、これを持つアルバは単騎で別格の機動力を手にした。

 行く手を阻むイリアナ・スパイダーやゴブリン、イリアナ・バットを黒馬との一体技である《突進》によって蹴散らしながら、度々地図を確認しつつ進んでゆく。

(妙だな……)

 速度はそのまま、今しがた通ってきた道へと振り返る。
 アルバはある違和感を覚えていた。

 ギャゴギャゴギャゴ!

 再び目の前に現れる緑色の小人。
 薄汚い布を纏った醜悪な見た目のソレは、ファンタジーの代表格ゴブリン。
 《突進》によって引き潰され、経験値といくらかのお金に替わるソレは――本来イリアナ坑道には出現しないmobである。

イレギュラー沸きはぐれか? それにしては何体も居たが……)

 そしてアルバは座標の位置にたどり着く。
 そこは薄暗くも開けた巨大なコロニーのような場所であり、そこかしこから蟾蜍ヒキガエルの合唱にも似た声が聞こえてくる。
 嫌な匂いを撒き散らしながら燃え盛る松明に照らされ、その集落・・の全貌が露わになっていき――岩陰のアルバはその光景に戦慄する。

(なんだこの規模は。こんなの、β時代に一度だって発生しなかった)

 見渡す限り、緑の小人が蠢いている。
 腰に汚れた布だけを装備した者もいれば、しっかりと武装した者もいるし、一際体が大きな個体も見られる。恐らく中央部に鎮座するアレが、この侵攻の王であることは一目瞭然だった。
 それらは何か一つの目的を持っているかのように、木材や紐や石を運んでいる。中には熱い鉄を叩いて武器を作っている者も見られた。
 ミサキは総数を100と視ていたが、彼の目にはもっと遥かに多いように見えた。

(ゴブリン種はウル水門が本来の縄張り。あの場所を食い尽くして・・・・・・からここに居座ったのだとすれば、今回の規模も合点がいくか――)

 どの道、今のアルバにはどうにもできない。
 アルバは気付かれないよう最新の注意を払って黒馬に跨り、ワタル達にメールを送った後、元来た道を駆け抜けた。


 * * * *


 アルバからの報告書を受け取ったワタル。
 隣に座るフラメはその内容に目を見開いて驚嘆し、何も知らないミサキは不思議そうに首を傾げた。

「想像以上だ……」

 ワタルの額にも一筋の汗が流れる。
 フラメは何かの資料をスクロールし、蚊帳の外だったミサキのメールに送信した。


《ゴブリン》ウル水門を縄張りとする亜人種。非常に狡猾だが戦闘能力は低く、魔法にも弱い。繁殖能力が高く、短い期間で増殖を繰り返し、ある程度の集団で行動する。弱点属性は全て。レベルは5~7

《ゴブリン・メイジ》カロア城下町周辺に現れるゴブリン種の派生種。倒した冒険者の本や杖を眺めているうちに魔法が使えるようになったと言われている。火属性と水属性の魔法を操る。弱点属性は全て。レベルは11~15

《ゴブリン・ソルジャー》カロア城下町周辺に現れるゴブリン種の派生種。倒した冒険者の剣や鎧を見に纏い、多くの戦闘を重ねている。弱点属性は全て。レベルは11~15

《盗賊・ゴブリン》ゴブリンの派生種。通常の緑色ではなく青色の体を持ち、その袋には採取したり強奪したアイテムをため込む習性を持つとされている。弱点属性は全て。レベルは8~10


 ゲームに疎いミサキでも、ゴブリンという名前は聞いたことがある。フラメが送ってきたメールにはそれの詳細が細かく記載されており、特にレベルの部分を見て事態の深刻さを悟る――そして最後の部分までスクロールした時、ミサキは思わず「嘘……」と呟いた。


《キング・ゴブリン》カロア城下町周辺に稀に現れるゴブリン種の派生種。〝boss特性〟を持ち、高い知能と戦闘能力で、率いたゴブリン種のステータスを底上げする。弱点属性は全て。レベル35~40


 レベル、35から40の個体。

 そんな化け物が、レベル1の非戦闘民で溢れるここアリストラスに攻め込もうとしている。無知なミサキでも体温が下がるような絶望感を覚えていた。

「どう出る? ワタル」

 冷静な口調でフラメが問うた。
 両指を合わせ沈黙していたワタルが目を開く。

「もちろんやるしかない。侵攻は時間が経てば経つほど強大になっていく――それに、一見して危機にも見えるけれど、俺にはこれが好機にも見えるんだ」
「危険は伴うけど私もそう思う」

 絶望に打ちひしがれるミサキとは違い、紋章ギルドの二人は冷静だ。それだけでなく、この絶望の中にも希望を見出していた。

 フラメは席を立ち、何かの紙を取り出す。

 一枚は冒険者ギルド宛の文書。
 一枚には、緻密に練られた作戦がびっしりと書き記されていた。

「冒険者ギルドには私から申請しておく。ワタルはコレ読んでからメンバーに招集かけて、練度の高いメンバーと低いメンバーにそれぞれ別の役割を与えて作戦を伝達して」

 驚くべきことに、フラメはこの一瞬でゴブリンの侵攻に対する作戦を組み立てていた。
 それは、mob・場所・規模からあらかじめ予測し、すでに構築していた作戦にアルバからの情報を当てはめ最適な状態に昇華させたものだった。

 ワタルは「承知しました」と立ち上がり、冒険者ギルドの扉から外へと消える。

 残されたミサキは、拳を強く握った。
 私はこのまま傍観でいいのか? と。
 気が付けばミサキは、受付に向かうフラメに「あの!」と声をかけていた。

「私も、私も戦います! 私達も平等に同じだけ強くなれる素質があるのに、皆さんが危ない目に合うのをずっと見てるなんて無理です!」

 ミサキの手は震えていた。
 レベル3の、戦闘経験もない自分。
 あるのは撃ったことも無い、頼りない弓だけ。

 フラメは厳しい顔でミサキに向き直る。

「侵攻は立ち回り次第でβテスターでも死ぬ可能性があるの。今回は最善と考えられる作戦に加えて、私達の戦力的に見ても勝算は6割7割が良いところ」
「でも――!」
「それに、貴女のスキルはとても希少で貴重なの。だから私達の未来のためにも、失うわけにはいかないのよ」

 フラメはミサキを抱きしめた。
 ミサキは今生の別れのように感じ、自然と涙がぽろぽろと溢れていた。
 
 事実、今回の作戦にレベル3で戦闘経験のないプレイヤーを同行させるのは危険を通り越して無謀だった。
 ゴブリンだって、一番弱い個体でもレベル5はあるのだから。
 ワタルやアルバでも、彼女を守りながら戦闘するわけにはいかない。それほどまで切迫した状況だというのが分かる。

「もしも――この都市のため尽力してくれるというのなら、〝生命感知〟を使って新しく侵攻が発生しないかどうかの確認と、坑道内の侵攻が消滅しなかった・・・・・・・時に素早く避難できるよう、気を張っていてほしいな」

 そう言いながらも、フラメは自分の言葉が単なる気休めである事を理解していた。
 この都市の最高戦力たる紋章ギルドの敗北は、同時にアリストラスの陥落をも意味するのに、非戦闘民達はいったいどこに避難すればいいというのだろうか、と。

 ミサキもまた、それに気付いていた。気付いてなお、黙って抱かれていた。フラメにはこう告げる他無いのだと分かっていたから。

 フラメはミサキが落ち着くまで離れなかった。
 ミサキの嗚咽が終わって心の中でたっぷり10秒数えた後、フラメは優しくその手を離し、受付へと向かった。

「失礼します。イリアナ坑道内にゴブリンの集落を発見したので、報告します」

 それを合図に――先ほどまでのんびりとした雰囲気だった冒険者ギルド内は一斉に慌ただしくなる。
 侵攻発生時のNPCパターンである。
 侵攻が発生すると、都市内の兵士NPCから冒険者NPCまでが武器を取り戦闘に加わってくれる(アリストラスのNPCは1~10であるため大した戦力にはならないが)。

 切羽詰まった表情の受付NPCがクエストボードに大きな紙を張り出した。
 そこに記された〝グランドクエスト〟の文字。

 グランドクエストとは――
 参加可能人数に応じた単位のようなもので、一人用なら〝ソロ〟六人までなら〝パーティ〟30人までなら〝レイド〟そして無制限参加可能なのがこの〝グランドクエスト〟である。

 フラメは冒険者ギルドの外へ出た。
 今頃ワタルが残ったメンバー・・・・・・・に作戦を伝達している頃だろう――そう推測するフラメは、不安げな面持ちで天を仰いだ。
 緋色の空が、静かな黒に変わってゆく。

(もうじき夜ね……準備含めても今日中の攻略は無理だ)


○○○○○○○○○


グランドクエスト

依頼内容:ゴブリン集落の一掃依頼
依頼主名:冒険者ギルド
有効期間:無制限
募集人数:無制限

依頼詳細:イリアナ坑道内に発生したゴブリン集落の殲滅。侵攻の可能性があるため、早急に討伐隊を編成したい。


○○○○○○○○○
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