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第六章

78. 四百年前Ⅱ

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「ああ…これでようやく会えるのね…ベルフェリオ…」

 魔王城デルスフィアの一室。
 ミサキを召喚したのと同じ部屋で、レヴィオンは悲願の達成を予感して恍惚の表情を滲ませる。

 この部屋にはレヴィオンの他に六人の人間がいた。
 ゼレス、へティア、ララー、ロロー、メルクリア、ベルフェリオ──その六柱の加護持ちたち。
 半径五メートルほどの五芒星魔法陣の中で六人は横になっており意識はない。
 これから何が起こるかなど知るわけもないまま、その時の訪れを待っている。

 儀式は完成の一歩手前だ。
 あと一つの工程を踏むだけでレヴィオンの悲願は達成される。
 その前に…レヴィオンはベルフェリオの加護持ち…アレルの元へと歩み寄った。
 その頬を撫でる。
 艶やかで美しい藍の髪に触れ温もりを感じとり、目尻の横を伝う一筋の涙を拭い取ってやる。
 レヴィオンは確かに感じていた緊張を、それによって解いた。

 準備はできた。
 レヴィオンは魔法陣の中央に手を置き紋章を展開する。
 こうして魔力を注ぎ込んでやれば、儀式は完成だ。
 決して広くない室内に怪しげな雰囲気が満ち始める。
 ただでさえ薄暗かった部屋が輝き出した魔法陣の紅い光によって照らされ始める。
 静かだった空間は、儀式の進行によってうなされる加護持ちたちの呻き声で支配され始める。
 明らかにミサキを召喚した時とは違う反応。
 レヴィオンはもはや確信を持って暗転する視界に希望を見出す。

 ──この瞬間、世界からレヴィオンは消失した。

 ※
 
 レヴィオンが目を開けた時。レヴィオンがいたのはアルテナとは別の世界だった。
 白一色。
 そうとしか言えない謎の世界で、神秘的なオーラを纏った美しい女性が待ち構えていたようにレヴィオンの前に立っていた。
 レヴィオンが目覚めるなり、その女性は呆れたように口を開く。

『本当に成し遂げてしまうとは…愛というのも全く困った感情ですね』

 優しく空間に溶け込んでいくその声は、眠気を誘う揺籠のように心地良いものだった。
 レヴィオンは真っ先に自分の要望をその声の持ち主にぶつける。

「貴女は誰?ベルフェリオは一体どこ??」

 女性の姿を見て更なる困惑に苛まれ、レヴィオンは周囲を見回しながら渇望する存在を探す。
 いない。どこにもいない。
 ベルフェリオと思しき男の姿はどこにもない。
 この白一色空間──神々の次元にいるのは女の姿だけだ。
 そんなものは求めていない。レヴィオンはひたすらに困惑した、が。

『私はリレイティア。あなたの求める存在、ベルフェリオはここにはいないのです』

 レヴィオンにとって最も残酷な事実が……女性──『制約の女神』リレイティアの口から告げられた。
 レヴィオンにその事実は全く意味がわからなかった。
 儀式を行えば神々の次元と繋がり、ベルフェリオが召喚される。それがレヴィオンの認識だった。
 しかし実際はどうだろう。
 苦労して集めた加護持ち六人による儀式で得られた結果は、神々の次元に訪れるというものだった。
 そこにベルフェリオがいたのならば、レヴィオンは納得しただろう。しかし実際は違う。どこにもベルフェリオはいない。
 レヴィオンはフィンダル=アルカイドに並々ならぬ恨みのような感情を抱く。

 呆然として口を閉ざすレヴィオンに反して、リレイティアは楽しげに言葉を続ける。
 リレイティアが人と言葉を交わすのは、実に二千六百年ぶりだった。
 ゆえに、リレイティアは軽率に重要な情報を漏らしてしまう。

『あなたが求めているのは二千六百年前に神からその座を奪った『人間』のベルフェリオなのでしょう?』

 リレイティアの問い。それにレヴィオンは頷く。

『だったら…石板に復活させる方法が書かれています』

 この時リレイティアは知らなかったのだ。
 ベルフェリオの為なら世界を滅ぼすことも厭わないような、レヴィオンの狂気じみた愛の正体を。
 だからぬけぬけとリレイティアはアルカイドの王族が代々隠し通してきた禁忌の秘密をレヴィオンに打ち明かす。

「石板?」
 
 ここまで来て目当てのものに辿り着けなかったレヴィオンにとって、その響きは甘美なものに聞こえた。
 石板。
 それがあれば死んだはずの、神々の世界に囚われたはずの、ベルフェリオに会えると直感して。

『今はアルカイドの王が管理しているはずですが』

 かつて神々が何の制約も無しに第三次元アルテナを往来できた時代、そこで見た悲劇とその結末。
 封印されし人間のベルフェリオと、神のベルフェリオ。
 その両方が今どこで生きているのかを──リレイティアは知っていた。

 多少リレイティアは人間のベルフェリオに恩義を感じていた。
 神に近づきすぎて神に殺された男、ベルフェリオに対して。
 だからこそレヴィオンにこの情報を教えてしまったのかもしれない。
 しかし直接的には教えない。
 それこそがリレイティアが自身に突き刺した制約に他ならないのだから。

「それを見つければ…私はベルフェリオに会えるの?」

 レヴィオンの出した声は、今にも泣き出しそうだった。
 リレイティアにとってそのレヴィオンはあまりに異常に見えた。
 まるで相反する二つの感情がごちゃごちゃに入り混じっているかのようだった。
 事実、レヴィオンは混じっている・・・・・・のだが──そんなレヴィオンに同情の念を示すように、リレイティアは答える。

『そうです』

 リレイティアが発したその四音を聞いて、レヴィオンは再び立ち上がる気力を得た。
 と同時に…重要な情報を教えなかったアルカイドの王、フィンダル=アルカイドに対しての憎悪を深めつつ思い出した。
 リレイティアは確かに石板はアルカイドの王が管理していると言った。
 つまり、知っていて再び間違った儀式を教えたのだ。

 二年前、アルカイド王に言った言葉。
 もしも間違えた情報を教えたら、国を滅ぼす。
 それを実行せねば気が済まないような、そんな衝動に駆られた。
 
「この場所から元の場所に私は帰れるの?」

 レヴィオンはここにきて自身が今現在置かれている状況に気がついた。
 この神々の次元から抜け出すことができなければ、そもそも復讐を果たすこともベルフェリオを復活させることも叶わない。

『心配しなくとも、あなたのおこなった儀式は不完全でした。だから元の世界にもうすぐ戻されるはずです』

 レヴィオンはその言葉を聞いて安堵する。
 しばらくすると、リレイティアの言う通りレヴィオンの視界はここに来た時と同じように暗転し始めた。
 再び薄れ行く意識の中でレヴィオンは思う。
 ──ああ、また途方もない旅が始まるのかもしれない、と。

 レヴィオンは光で満ちた空間から再び薄暗い現実世界に引き戻されたのを肌身で感じた。
 無事白一色空間──神々の次元から儀式の部屋へ戻って来れたことに胸を撫で下ろしつつ、魔法陣の上で転がる六人の加護持ちたちの様子を伺う。

 アレルを含め加護持ちたちはまだ生きていた。
 ミサキの召喚に使った転移魔法の使い手は儀式によって命を落としたのに。
 今思えばそもそも転移魔法は生涯で一度しか使えないという性質を持っているからだったのかもしれない。
 一旦そう結論づけ、ひとまずアレルの意識を取り戻すことを優先させた。
 他の加護持ちにはもう用はなかった。
 しかし殺すのは気が引けた。だから目覚めた後のことは適当な部下…リオーネにでも任せることにする。

「…ん?」

 アレルに触れようとしたレヴィオンはふと気づく。
 ──明らかに自分の魔力の質がおかしい。
 紋章を展開してみる。試しに魔法を使う。
 薄暗かった室内が一気に真昼のように明るい空間へと一変した。
 レヴィオンの掌に生み出された火炎球は、明らかに常軌を逸した火力を持っていた。

 神々の次元を訪れた者の魔法の質は、神々に近づく。

 その伝承じみた言葉が事実だと、この時レヴィオンは知った。
 制約の神、リレイティアがいたあの空間は『神々の次元』で間違いなかった。
 そして自分が恐ろしくなった。もしもこの力で何かを失うことになったら?
 ひとまずは考えるのをやめる。
 アレルの頬を撫で、その意識を取り戻してやる。

「…ここは…?」

 目を覚ましたアレルは困惑と悲しみに満ちていた。
 アレルの悲しみの正体は言うまでもない。
 まだ忘れられない、愛してやまなかった妹が怪物に食われる様が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
 思い出し、記憶に蓋をしようと…血が滲むほど頭を掻きむしる。
 そんなアレルの様子を見て一心に抱擁してやるレヴィオン。

「何か望みがあるなら、言ってごらん?」

 レヴィオンのこの問いは、決してアレルを破滅へと導こうとしたわけではない。
 だが、憎悪に満ちたアレルはこう答えてしまった。
 奇しくもレヴィオンの思惑と重なるような回答を。

「人間族が…許せない」

 アレルが掠れる声で呟いた言葉は、小さかったが確かにレヴィオンの耳に届いた。
 そしてレヴィオンは促してしまう。
 アレルの小さな胸に宿る小さな復讐心を、最大限煽るように。

「私と一緒に…人間族の国を滅ぼしてみる?」

 まるで昼食に誘うかのような気軽さをもって、レヴィオンは国滅ぼしをアレルに提案した。
 レヴィオンが滅ぼそうと考えている国はアルカイドだ。
 もちろん人間の王が統治している国というだけで、魔族や亜人族も共存している。
 しかしレヴィオンはその国に住む全ての人間を滅してまでも手に入れたい野望があった。

 ──石板。

 甘美な響きを持つそれを手に入れればようやくベルフェリオを取り戻す・・・・ことができる。
 ようやくこの犠牲の多かった長い旅を終わらせることができる。
 思えば長い長い回り道だった。
 愚かにも懇切丁寧にベルフェリオの復活方法を教えてくれたリレイティアさえいなければ、レヴィオンが正解に辿り着くことは無かっただろう。
 そう、リレイティアは実に愚かだった。

 レヴィオンの提案に頷くアレルに、レヴィオンは更に確信を持った問いをぶつける。

「貴方の紋章魔法アイデントスペルは…魔物を操るものでしょう?だったらそれを使って…妹の仇を討ちましょう?」

 レヴィオンは心の底から楽しむように、アレルの復讐心を煽り続けた。
 神々の次元を訪れたことにより手に入れた魔法で国を滅ぼすのでも良かったが、どうしてもアレルの手を介したくてしょうがなかった。

 アレルは再び頷く。
 善悪の区別もついてない、純粋な妹を想っての思考。
 国を滅ぼす、その言葉の意味を明確に理解していなかった。
 アレルはただ妹を殺した人間族のあの笑みを無くせればいいと、ただそれだけ考えていた。
 しかしレヴィオンの提案はアレルの想像の遥か上を行っている。
 もう取り返しはつかなかった。


◆◇◆◇◆◇

 
「勇者、ねぇ…」

 呟いたレヴィオンの言葉は横で死人のような顔立ちをしたアレルの耳には届かない。

 レヴィオンが加護持ちによる儀式を行って神々の次元を訪れてから、実に三ヶ月もの時が経過していた。
 アレルの魔法で捕らえた魔物の数は実に一万を超え、一日に百体を超えるペースで魔物を懐柔している。破竹の勢いだった。

 レヴィオンが呟いた勇者という存在。
 それはレヴィオンが召喚した日本人、相沢ミサキを指していた。
 出会ったのだ。アレルと共に国を滅ぼすに相応しい魔物を見繕っている最中に。
 女王蜂ルーラーと呼ばれていた凶悪な魔物を捕らえようとしたレヴィオンたちの前に立ちはだかった五人の影は自らを『勇者パーティ』だと名乗った。
 未来視の勇者ミサキ、封印の勇者レイヴ、ララーとロローの加護持ち、そして竜王ヴァルムの五人。この時ヴァルムは人をかたどっていた。

 果たしてこの五人と全力のレヴィオンが対峙したとて、どちらに勝敗が上がったかは定かではない。
 しかしアレルという存在がいたからこそレヴィオンは撤退を選んだ。
 無駄に戦ってアレルという存在を失ってしまえばこれまでの計画が全て水の泡と化してしまうから。
 もちろんこの計画においてレヴィオンはアレルの存在をひた隠しにしていた。
 勇者パーティに対し、魔物を使役する魔法は魔道具によるものだと偽ったのだ。
 その偽りの魔道具を勇者パーティによってわざと壊させ、それで脅威がなくなったと勘違いさせた。
 それも逃亡を容易にした要因であった。
 別れ際ミサキの表情が曇っていたことはレヴィオンの記憶に新しい。
 大量の魔物を仕向けた国滅ぼし。
 その最大の壁となりそうな存在を、この時レヴィオンは初めて知った。


 そこから更に一ヶ月の時が過ぎた。
 アレルと一緒に迷宮の深層や大森林の奥地を旅し、集めた魔物の数は一万五千を超えた。
 その魔物たちはハーマゲドンの谷底へと集約させている。
 ハーマゲドンの谷はゼレス大迷宮と隣接しているゆえに、迷宮の壁を壊せるほどの埒外の魔法出力を得たレヴィオンが抜け道を切り開くことで少しずつそこへ魔物を集約させていった。気づかれぬように、数ヶ月の時をかけて。
 もちろん迷宮を探索する冒険者たちなどにその異常を感知され始めていた。
 だからもうこれ以上魔物を集めるのは不可能だと判断し、明日にでも決行しようとレヴィオンは意気込んでいる。
 本当はもっと、あの五人の勇者パーティが手も足も出ないほどの数の魔物を集めるつもりだったが、先に勘づかれて対処されてしまえば元も子もないのだ。

 感情を失ったようにどこか一点を眺め続けるアレルを横にしてレヴィオンは眠りにつく。
 明日、必ず石板を手に入れてベルフェリオを復活させる。
 そんな根拠もない自信に支配された脳内を落ち着かせながら。


 目が覚める。決行の日がやってきた。
 レヴィオンは横で眠るアレルを起こし、その頭を撫でてやる。
 相変わらず感情を失くしたように何を考えているかわからない表情で俯くアレルに、レヴィオンは魔性の美声で囁く。

「行きましょう?」

 アレルは言われるがままに頷いた。
 ハーマゲドンの谷で待機している魔物の数は、直接懐柔していない魔物を含めれば優に五万を超えている。
 魔物の支配者構造を利用したのだ。
 ゴブリンジェネラルやハイオークなどの上位種を使役することで雑魚共もついてくる。
 それだけの魔物を従えることができる異常性。
 それはアレルはベルフェリオの加護持ちだからという一言で片付けることができた。
 それほどまで加護持ちが扱える魔法は特別で常軌を逸しているのだ。
 
 二人は確かな覚悟と信念を持って魔王城を離れる。
 目指す先はアルカイドの王都、セラリス。

 ハーマゲドンの谷を跨ぐにしろ、二人がセラリスに到着するまでにそれほど時間はかからなかった。
 言葉を殆ど発さなくなったアレルに対し、レヴィオンは一方的に他愛の無い会話を投げかけ続けている。
 レヴィオンは会話が好きでは無いのだが、自分でも驚くほど口から言葉が紡ぎ出されるのを不思議に感じながらもアレルと接していた。
 これはレヴィオンの根底に眠る、もう一人のレヴィオン・・・・・・・・・・が抱いている愛の感情ゆえということを、レヴィオン自身も気が付いていないことを示している。
 
 しばらくしてセラリスには到着した。
 レヴィオンにとっては何度か訪れたことがある、普段と何も変わらない、人でごった返した街だ。
 厳重に街を囲む高さ五メートルほどの壁と、退屈に欠伸を漏らす門番のミスマッチ。
 ここの住民たちは今日という日をいつもと変わらない平和な一日だと信じてやまない。これから惨劇が起ころうとしていることなど知らない。

 レヴィオンは平和ボケしている滑稽な住民たちを、街の西側に聳え立つ大きな巨岩の上で睥睨しながら息を大きく吸い込んだ。
 珍しく──緊張している。
 肉体の中心部で鼓動する心臓の存在感が煩く鳴り響いている。
 後世語り継がれるであろうこれから成す『大罪』の成功を祈って横の少年を見る。
 レヴィオンは目に力を入れ、王が住まうセラリス城を睨みつけながら覚悟を決めた。

「やりなさい」

 アレルに指示を出す。
 アレルは紋章を展開する。
 紋章が輝きだし、魔物たちへ課していた待機命令が解除され、代わりに新たな命令が与えられる。

 ──街へ侵攻し、蹂躙の限りを尽くせ。

 妹を見世物にし、奪った人間族。そいつらが蔓延る穢らわしい街。
 そんな歪んだ認識をもって、アレルは魔法を行使した。
 
 この時レヴィオンは知らなかった。
 もう既に数千の魔物が『勇者』によって駆除されていることを。
 そう、レヴィオンは知らなかったのだ。いや、見縊みくびって失念していたのだ。
 自身が召喚した勇者ミサキの紋章魔法アイデントスペル、『未来視』の存在を。
 
 最初に異変に気がついたのはアレルだった。
 魔法を発動したのにも関わらず、予期していた地鳴りのような魔物の行進が現れない。
 もちろん懐柔した魔物の全てがいなくなったわけではないが、明らかに数が少ないのだ。

 アレルの魔法はそこまで万能なものではなかった。
 捕らえた魔物の詳細を知ることはできない。例えば所在地、死んだかどうかなど。
 ゆえに勇者パーティが既にハーマゲドンの谷近辺で魔物群の数を次々減らしていることには気づけなかった。
 アレルはレヴィオンに報告しようとする──が、レヴィオンも異常に気づいていた。

「未来視、そして千里眼…!やはり殺しておくべきだったようね…」

 レヴィオンは数ヶ月かけた計画が狂ったことに憤怒していた。
 しかし何故、自分が今の今までミサキの魔法のことに気づかなったのか、それだけが疑問だった。
 いや、気付けなかったのではない。
 忘れていた???
 深く考えた末、レヴィオンの脳内に一つの結論が導かれる。
 ──封印の勇者、レイヴ。彼の魔法か。
 そんな確信があった。

 レヴィオンは尚も思考する。
 流石の勇者パーティといえど、五人だけでは全ての魔物を倒し切るには至っていないようだった。
 未来が視えたと言えど、街近辺で待機する魔物たちの異常行動に気付いたのはつい最近らしい。
 それは避難も何もしていない王都の住民から伺えた。
 パニックにさせない為にあえて伝えなかったのかもしれないが。
 もしや、五人だけで魔物全てを蹴散らし侵攻を食い止めることができると、本気でそう思っている?
 レヴィオンは自分自身とアレルが見下されているような気がして、一方的に勇者パーティに対し憤怒した。
 
 直接手を出すつもりは無かった。
 しかしこのまま勇者たちの好き勝手にさせていれば石板の在処をフィンダルに聞くこともできずに撤退を余儀なくされてしまう。
 それだけはなんとしてでも避けたかった。

 レヴィオンは紋章を顕現させる。
 鮮血のように紅く輝くレヴィオンの紋章は莫大な魔力を包括している。
 神々の次元を訪れたことで更なる進化を遂げたレヴィオンの魔法は既に人智を超えている。

 レヴィオンは──第二の太陽とでも言うべき莫大な質量を持った火炎球を頭上に生み出した。
 灼熱。
 一瞬にしてアレルの額に玉汗が滲むほどの熱が、空間を支配する。
 レヴィオンが生み出した火炎球は半径が十メートル程だった。
 それを見ただけで、アレルの指示によって王都へ行進しているはずの魔物群が恐れをなして逃げ道を探し始める。
 
 そんな魔物群を無視して、レヴィオンは焦燥のままにその火炎球を王都の堅固な壁目掛けて放った。
 絶対に壊れないはずの迷宮の壁すら穿つ威力の業炎。
 それは難なく野を焼き尽くし、街の壁を破壊し、魔物が流れ込むに相応しい道を作り上げた。

 これにより状況は一変した。
 平和を謳歌していた住民たちまでも異変と危機に気がついたからだ。
 セラリス城から鳴り響く危険を示す警鐘、パニックに陥る人間たち。
 レヴィオンが、アレルが見たかったのは実にこの光景だった。

 二人の感情はいつからか歪んでしまっていた。
 決して逃げ惑う一般人を見るために起こした騒動では無いのに、アレルとレヴィオンの両者はこの光景に優越感のようなものを感じてしまっていた。
 アレルにとってはこれが復讐になったとは言い難いだろう。
 そしてアレルは気づいていない。
 今この瞬間、アレルも妹を奪った人間族と同じ立場になってしまったということを。

「また会ったね、レヴィオン。可愛らしい顔立ちに反して随分と非道なことをするものだね」

 突然だった。
 剣を持った男がキザなセリフを吐きながら、レヴィオンとアレルの前に現れた。
 目の前でニヤリと笑うその男の姿を確認したレヴィオンは、自信満々にたった一人でこの場に現れたことを素直に感心する。

 封印の勇者、レイヴだった。
 女王蜂ルーラーを捕らえようとした際に一度だけ見た顔。
 レヴィオンは人の顔を覚えるのが苦手だったが、レイヴの特徴的な顔はすぐに覚えられた。
 金髪、碧眼、キザな言葉の良い回し、圧巻の剣技。
 加護持ちじゃないのが不思議なくらいに強力な魔法と異常なまでの身体能力。
 ハッキリ言って、レヴィオンはこの男が嫌いだった。

「久しぶりね、レイヴ。私たちの計画を先回りしたようだけど、少しだけ遅かったみたいね」

 未来視といえど完全な未来が見えるわけではないらしい。
 もっと早く対処できていたすれば、そもそも魔物の全てを殺されていただろうから。

「そうだな。もう魔物全てを倒すのは間に合わない。だから魔物を操っている奴を倒せばいいと判断したわけだ」

「なるほど、合理的ね」

 次のレイヴの言葉を待たずして、レヴィオンは紋章を展開させる。

「参ったな、倒すしかないか」
 
 レイヴは現時点でアルテナ最強の魔法使いであるレヴィオンを前にしても、まるで余裕の表情を崩さなかった。
 その大きな理由は──、

「アルテナ五大古代秘宝。二つも持ってるなんて、ちょっとずるいじゃない」

 レヴィオンが指摘する通り、レイヴは神々封殺杖剣エクスケイオン祝福の外套エヴァラクの二つの古代秘宝を持っていた。
 それこそがレイヴの余裕を作り上げている最たる所以。
 普段神々封殺杖剣エクスケイオンは未来視の勇者ミサキが装備しているが、単身で敵の懐に飛び込むレイヴにミサキは神々封殺杖剣エクスケイオンをこの時だけ貸し与えたのだった。

「まあね、ずるいのは自覚してる。それでもギリギリの戦いを強いられるかもしれないって、君がさっき街に放った魔法を見て思ったけど」

 レイヴの声は怒りに震えていた。
 レイヴはレヴィオンが魔法を放つまで、被害の一つも出すことがなく街を守り切れると確信していた。
 完璧主義であるレイヴの確信が破壊されたことにより、レイヴは苛立っているのだ。
 苛立っているのは計画を邪魔されたレヴィオンも同じであるが。

「それで…貴方は私をどうするの?」

 レヴィオンが軽い気持ちで問う。
 そしてレイヴも友達と話すように気楽に答える。

「倒す…というと響きが良すぎるね。殺す、もしくは封印するよ。君が時の牢獄の中で改心してくれるとは思って無いけど」

 レイヴは神々封殺杖剣エクスケイオンを構えた。先程認証したばかりの普段は使っていない武器。
 それなのにも関わらず神々封殺杖剣エクスケイオンはレイヴの手に歴戦の相棒と言わんばかりに馴染み、神光支配ハロドミニオを出力させた。

「私も本気でやらなければいけないみたいね」

 レヴィオンは久しく本気の戦闘などしていなかった。
 ──滾り、震えている。
 決して勝てない相手じゃない。
 絶対神のようにも思える思考がレヴィオンの戦闘脳を支配し始める。

 ──こうして最強の魔法使いと最強の剣士による、最初で最後の戦いは幕を開けた。
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 試験雇用中の冒険者パーティー【ブレイブソード】のリーダーに呼び出されたウィルは、クビを宣言されてしまう。その理由は同じ三ヶ月の試験雇用を受けていたコナーを雇うと決めたからだった。  ウィルは冒険者になって一年と一ヶ月、対してコナーは冒険者になって一ヶ月のド新人である。納得の出来ないウィルはコナーと一対一の決闘を申し込む。  その後、なんやかんやとあって、ウィルはシェフィールドの町を出て、実家の農家を継ぐ為に乗り合い馬車に乗ることになった。道中、魔物と遭遇するも、なんやかんやとあって、無事に生まれ故郷のサークス村に到着した。  無事に到着した村で農家として、再出発しようと考えるウィルの前に、両親は半年前にウィル宛てに届いた一通の手紙を渡してきた。  手紙内容は数年前にウィルが落とし物を探すのを手伝った、お爺さんが亡くなったことを知らせるものだった。そして、そのお爺さんの遺言でウィルに渡したい物があるから屋敷があるアポンタインの町に来て欲しいというものだった。  屋敷に到着したウィルだったが、彼はそこでお爺さんがS級冒険者だったことを知らされる。そんな驚く彼の前に、伝説級最強アイテムが次々と並べられていく。 【聖龍剣・死喰】【邪龍剣・命喰】【無限収納袋】【透明マント】【神速ブーツ】【賢者の壺】【神眼の指輪】  だが、ウィルはもう冒険者を辞めるつもりでいた。そんな彼の前に、お爺さんの孫娘であり、S級冒険者であるアシュリーが現れ、遺産の相続を放棄するように要求してきた。

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