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第六章
77. 四百年前Ⅰ
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「ようやく見つけた」
道端でうずくまる薄汚れた少年。
その少年の顔を覗き込むようにかがみ込み、優しい言葉をかける秀麗な女性──レヴィオン。
少年はおもむろに顔を上げ、レヴィオンの透き通った瞳を見つめる。
少年はその女性が魔王であることなど、知らない。
ただただその慈愛に満ちたレヴィオンの腕に抱き締められ泣き崩れた。
この時──魔王レヴィオンは確かに母であった。
◆◇◆◇◆◇
ワタルたちが異世界アルテナに召喚される四百年前。
魔王城の一室で困惑の声を上げる魔族の女が一人いた。
「これはどういうこと…?」
声の主は当時二十三代目の魔王、レヴィオン。
自身が行った『儀式』で得られた予期せぬ結果に、ただただ狼狽えている。
この部屋にはレヴィオンの他に、意識を失った一人の女と、それから生き絶えた一人の男がいた。
レヴィオンの困惑はその女に向けられている。
レヴィオンが自分で描いた不器用な五芒星魔法陣の上でその二人はぐったりと横になっている。
生き絶えている男はレヴィオンが用意した転移魔法の使い手だった。
儀式によって転移魔法を使うと生き絶える。
その情報は確かだったらしい。
しかし、最も肝心な情報が間違っている。
『儀式を行えば神々の次元へ訪れることができる』
亜人族の王から伝えられたのはそんな情報だった。
だがいったいどうしたことだろう。
実際苦労して見つけた転移魔法の使い手を生贄にして召喚できたのは、見たことない服装に身を包んだ人間の女だった。
ゆえにレヴィオンは困惑している。
この女性は明らかに自分が追い求めている存在、ベルフェリオではないのだから。
レヴィオンはひとまず女を連れて儀式の間を離れ、自室へと戻る。
そのまま自身のベットの上にその女を乗せ、その顔をマジマジと眺めた。
「可愛い顔してるわね」
その女の顔は、もしも男だったのならお気に入り認定を与える位にはレヴィオンの好みだった。
肩ほどまで伸びる漆黒の艶やかな長髪。
潤い、膨らみ、思わず指で触れたくなるような唇。
仄かに香る甘酸っぱい果実のような香り──。
そんなこんなで女を精査していたレヴィオンだったが、しばらくして女は薄目を開ける。
意識を取り戻したようだ。
「ここ…は?」
寝ぼけているように辺りを見回しながら、女は困惑の表情を浮かべていた。
当然だろう。
なんの前触れもなく起きたらこのような場所にいたのだから。
しかし何故かこの女はこの状況に順応しているようにも見えた。
まるで取り乱す様子もない。
「ここは魔王城よ。貴女はどこに住んでいたの?」
レヴィオンは優しく微笑みながら女に問う。
魔王城。
その言葉を聞けばここが何処なのか一瞬にして理解できるだろう。
そう考えたがゆえのレヴィオンの説明。
しかしそれが通じるのは、この世界で生まれ育った者のみだ。
「宮城県だけど、もしかしてここって地球じゃない?」
ミヤギ、チキュウ。そのどちらもレヴィオンにとっては初めて聞く単語だったが、アルテナとは全く別の世界であるということはなんとなく伝わった。
それがすぐに分かったのは、予め読んでいた二千六百年前の文献に『ニホン』という未知の世界についての記述があったことが大きい。
それにしても女の落ち着きようがレヴィオンにはとても不気味だった。
「おそらくここは貴女がいた世界とは別の世界よ。召喚したのは私」
悪びれもなくレヴィオンは女に事の発端は自分だと告げる。
しかし女はそんなレヴィオンの様子を気にも止めずに会話を続けた。
「へえ、それであなたの名前はなんて言うの?」
平然としている女。
澄んだ瞳でレヴィオンは見つめられ、少しの間の後に名を答えた。
「──私の名前は…レヴィオン。レヴィオン=ヴァルフォール」
「レヴィオン。いい名前だね。私はミサキ。相沢ミサキ。よろしくね」
こうして後に未来視の勇者と呼ばれるようになる女性、相沢ミサキと魔王レヴィオンは出会いを果たしたのだった。
二人は固く手を握り合う。後に二人の運命を引き裂く凄惨な未来が待ち受けていることなど知らずして。
◆◇◆◇◆◇
「本当の『儀式』。その詳細を教えなさい??」
ここはアルカイドの王都、セラリス中心部に位置する──王が住まう城。
その城内部。
王がただ一人座る玉座の間で魔王レヴィオンは当時のアルカイド王、フィンダル=アルカイドに詰め寄っている。
だだっ広い部屋。だというのに中央に玉座がポツンと一つだけ。
玉座の周りの空間は本来ならば玉座の周りに衛兵が待機する為のものだった。
しかしこの場に衛兵など一人としていない。
何故ならば、まだこの時は魔族と亜人族との間でそれほど蟠りが生まれていなかったからだ。
突如一人で現れた魔王が亜人族の王との二人きりでの謁見を望んだとてなんら不思議では無く…それはフィンダルも了承している。
そんな中、もはや殺してしまう勢いでレヴィオンはフィンダルの喉元に爪を突きつけていた。
怒りを隠さないそんなレヴィオンの様子を見て、フィンダルは辟易したように大きなため息を一つ溢しながら口を開く。
「教えてもいいが、地獄を見るぞ?」
フィンダルは焦りも見せずにレヴィオンにそう告げた。
地獄を見る。
不穏な響きを孕むその言葉に物怖じせず、レヴィオンは即答する。
「教えなさい」
レヴィオンの威圧的な瞳には信念が宿っていた。絶対に成し遂げなければならないという確固たる信念が。
しかしその信念にフィンダルは興味が無い。
そもそも、この場においてレヴィオンとフィンダルには認知の齟齬が起こっているのだ。両者がその事実に気づいていない。
フィンダルが知っている儀式とは『神々の次元へ訪れる方法』。
対してレヴィオンが求めている儀式は『ベルフェリオを復活させる方法』。
フィンダルは更に知っている。
現在、神々の次元にベルフェリオはいないことを。それをレヴィオンが知らないことを知らない。
ゆえに、何故フィンダルはレヴィオンがこれほどまでに儀式に執着しているのかがわからなかった。
しかしフィンダルは代々この儀式の詳細を受け継がれる際に知らされていたことについて警戒していた。
それは、『神々の次元を訪れると、神々の英気に触れることで魔法出力が常軌を逸する』というもの。
もしも。ただでさえ埒外な威力を誇るレヴィオンの魔法が更に人間離れしたものになったら?
それを恐れたフィンダルは敢えて間違った儀式を教えた。
転移魔法の使い手を見つけるのには少なくとも数十年かかる。それがフィンダルにとっての常識だった。
しかしレヴィオンはものの数週間で転移魔法の使い手を見つけ、その誤った儀式を行ってみせた。フィンダルは心底驚いている。
もしかしたらレヴィオンは『本当の儀式』を教えても生きている内に成し遂げてしまうのかもしれない。
だが、『本当の儀式』は転移魔法の使い手を見つけることよりも遥かに難しい。それを達成するのに何十年、何百年かかるかもわからない。
絶対に無理だ。例え魔王だろうと。
そんな曖昧な推測に基づいた判断により、フィンダルは神々の次元へ訪れる為の本当の儀式をレヴィオンに教えてしまう。
「加護持ちを六人探し出し、五芒星魔法陣の上に乗せる。これが…本当の儀式だ」
加護持ちなんて実在しているのかもわからないような、そんな御伽話レベルの存在だ。
ゼレス、へティア、メルクリア、ララー、ロロー、ベルフェリオ。
リレイティアを除くその六柱の神の力を身に宿した魔法使いは世界の何処かに必ず存在している。
が、その全てを見つけ出して一箇所に集めるだなんて絶対に不可能だとフィンダルは高を括った。
「もしそれが前回と同じように間違っていたら…わかるわよね?この国を滅ぼすわ」
「…いいだろう。精々、頑張ることだな」
その言葉を最後にして、レヴィオンは玉座の間を離れた。
後に一人残されたフィンダルは思う。
あのレヴィオンならば、もしかしたら目標を達成してしまうかもしれない、と。
※
「あ、おかえりレヴィオン!どこに行ってたの?」
セラリスの城から魔王城へと戻ったレヴィオンに話しかける、天真爛漫な声。
その声の持ち主はレヴィオンの部屋の装飾を少女趣味のものへと弄りながら、様々なものに興味を示している。
「はあ…ミサキ?いったい何をやっているの?」
レヴィオンの無機質な部屋を可愛らしく改造していたのは、レヴィオンが数日前にこの世界に召喚した女、相沢ミサキだった。
ミサキは自身の問いを無視したレヴィオンを責めるでも無く、悪びれもないまま何処から持ってきたのかもわからないハート型のクッションを抱き抱えながら答える。
「劇的ビフォーアフター!」
レヴィオンにはその言葉の意味が全く分からなかった。
しかし満足気な様子のミサキを見てひとまず良しとする。
「それで、剣を覚えたいと言ってたあの意思は何処に行ったのかしら」
レヴィオンがミサキを召喚した直後、ここが剣と魔法の世界だと理解したミサキは剣に対して並々ならぬ興味を示した。
その意思を汲み取り、レヴィオンはミサキに練習しておけと剣を渡しておいたのだが全く練習しているような素振りはない。
「一応ちょっとは扱えるようにはなったよ」
そう言いながらクッションをベッドの上に置き、壁に立てかけていた剣を握るミサキ。
半信半疑のレヴィオンだったが、ミサキの剣の構えは怖いくらい様になっていた。
剣を持ち始めてから数日とは思えないような雰囲気を放っている。
そんなミサキの様子を見て沈黙するレヴィオンを察して、ミサキは「昔剣道やってたからかな?」と補足を入れるが、レヴィオンの疑問は加速するのみだった。
「私はしばらく出かける。かなり長い旅になると思う。貴方はどうするの?」
レヴィオンはすぐにでも加護持ち六人を探すべく身支度を整えていた。
思い残すとするならばミサキの処遇。
レヴィオンは多少ながらミサキに対して罪悪感を抱いていた。
自分の勝手でこの世界に召喚してしまったし、ミサキは元の世界に子供を残してきているという。
しかし元の世界に返す方法はわからない。
できる限りミサキの願いは聞き入れようとレヴィオンは思っていた。
「私もついて行っていい?その旅」
「それは…ダメよ」
レヴィオンの否定。それはミサキを思ってのことだった。
加護持ちを集める。
すなわち加護を持つ人間を捕らえ利用するということ。
儀式で起きた現象。捕らえた転移魔法の使い手は絶命した。
つまり加護持ち六人による儀式を終えると、その六人も絶命する可能性が高い。
レヴィオンはそれをミサキに見せたくなかった。それゆえレヴィオンはミサキの頼みを否定した。
「えー、なんでなんで?」
ミサキは分かり易く不貞腐れた。
レヴィオンはそんなミサキの機嫌を取るため、別の提案をする。
「旅がしたいなら、冒険者になってみるのはどう?」
近頃発足した組織、冒険者。
レヴィオンはその存在だけは知っていた。
魔物を倒したり住民からの依頼をこなしたりすることで報酬を得、生計を立てる。
例え身寄りのないミサキであっても生活できるはずだ。
「冒険者?なんだかいい響き。それは何処でなれるの?」
「アルカイドの王都、セラリスに行けば必ずなれるはずよ」
冒険者は魔族が多い大陸西地域よりも亜人族が多い東地域で発足した組織だ。
だからレヴィオンは東地域で最も人口が多く確実に冒険者ギルドがあるセラリスの名を出した。
と言ってもレヴィオンが知っている都市がセラリスしかないこともあったが。
「へえ。じゃあそこまで案内してよ」
一瞬にしてミサキは機嫌を取り戻し目を輝かせる。
そんな単純で無邪気なミサキを見て、レヴィオンは微笑んだ。
「じゃあ、すぐに行きましょう?」
こうして二人は魔王城を離れ、別々の旅路を歩み始める。
ミサキはいずれ勇者と呼ばれるような冒険者に、そしてレヴィオンは最悪の魔王と称されるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
◆◇◆◇◆◇
「ようやく見つけた」
上擦った声、恍惚に歪んだ表情、愛に震える唇。
魔王レヴィオンは六人目の加護持ちを前にして、歓喜に全身を震わせた。
ここまで来るのに二年。
何処にいるかも、本当に存在しているかもわからないような加護持ちという存在を、たった二年でレヴィオンは全員見つけ出した。
二年。あまりに異常な短さ。
しかしレヴィオンにとってはそれでも悠久の時のように感じられるような、そんな旅路だった。
情報を収集し、魔力を感知し、追う。それは単純作業のように思えるがレヴィオンにしかできない。
レヴィオンの目の前で泣き崩れている少年は魔族だった。
まるで大切な誰かを失ったかのような、そんな泣き方をしている。
ゆえにレヴィオンはその少年を抱きしめながら問う。
「──いったい何があったの?」
今レヴィオンの腕の中で号哭する少年はレヴィオンが追い求め渇望する存在、ベルフェリオの加護持ちだった。
そしてそれを肌身で感じたレヴィオン──否、レヴィオンに宿る魂が…特別な感情を少年に対して抱く。
まさしくこの少年はベルフェリオの子孫で、私の子供に相違ないのだ、と。
「妹、妹が…」
泣きながら、かろうじて意味のある言葉を紡ぐ少年。
レヴィオンは理解する。
何かが起こりこの少年は妹と逸れてしまったのだと。
妹ということはレヴィオンとも血縁なのだ。決して見過ごすことはできない。
レヴィオンは自分でも驚くほどの母性を少年に対し向ける。
しかし、そんなもの抱いていけないのだと葛藤する自分がいることも分かっていた。
事実、この少年は『儀式』に利用する。
この少年に情を傾けてしまうのは今までの苦労を水に流すことに他ならない。しかし、レヴィオンは少年に尋ねてしまう。
「貴方の名前は?」
「……アレル」
レヴィオンに宥められ、落ち着きを取り戻した少年──アレルは名乗った。
アレルの見窄らしい格好、痩せ細った体躯から貧しさが伺え、レヴィオンは更なる同情の念をアレルに向ける。
「私と一緒に行きましょう?好きな物、何でも食べていいから」
レヴィオンはアレルを連れて街へ歩みを進める。
そんなレヴィオンに連れられているアレルの感情は、煮詰まった鍋のように混沌と化していた。
突如現れ優しい言葉をかけてきた得体の知れない女性。目の前で奪われ、連れ去られた妹。蹴り飛ばされ、馬車から落とされズタズタになった体。
もはや人を信じることなど不可能なまでにアレルの心は損傷していた。のにも関わらず何故だかレヴィオンだけは信頼できるような気がした。
それはアレルが直感的に感じた、まるで母親のようなレヴィオンの温もりによるものが大きい。
しかしアレルはそれを理解し言葉にできるほど頭が良くはなかった。
街に入るなり向けられる異質な視線。
その視線の先にいるのは、アレルだけでなくレヴィオンもだ。
この街では魔族の存在はとても珍しいものだった。それを知らずしてレヴィオンは街に入ったのである。この街が、サーカス──否、見世物小屋を売りにして発展した街だということも…レヴィオンは知らない。
レヴィオンは自身に向けられる好奇な視線などまるで気にも留めずにズカズカと進む。だがその弊害が現れるのも時間の問題だった。
レヴィオンたちの前に武装した男たちが現れる。
その男たちは清廉なレヴィオンが魔王であることなど露知らず告げる。
「お前ら、魔族だろ?大人しく俺たちについて来い」
明らかに見世物小屋の人間だった。
レヴィオンはそんな図々しい人間の様子を見て額に青筋を浮かべたが、すぐに平静を装って男の指示に従う。
それは囚われたアレルの妹を救うため。いわば潜入捜査だ。
もちろんアレルの妹がその見世物小屋にいることなどレヴィオンは知らない。ただの直感だった。しかしレヴィオンは確信も持っていた。
街に入るなり向けられた精査するような視線、レヴィオンが魔族とわかるなり嬉々とした表情で駆け寄ってきた男たち。
男たちは女の魔族を求めている。それこそがレヴィオンの確信の所以。
こうしてレヴィオンとアレルはショー真っ只中のサーカステントへと向かう。
今まさにアレルが最も目にしてはならない惨状が引き起こされていることを知らずして。
入り組んだ通路を連れられ押し込まれたテント内部は異種族がごった返している、最悪と言わざるを得ないような環境だった。
二人は両手を堅く重い枷で縛られる。
そんな中レヴィオンはアレルに似ている魔族の女の子を探す。
だがいくら探してもそれらしい女の子の姿を見つけることはできなかった。
レヴィオンにはここは控え室のように思えた。
今すぐにでも何かの演出のために使われる──そんな風な。
読みが外れたか。
──そう考え枷を破壊しようとしたレヴィオンの耳にふと観客の大歓声が突き刺さる。ショーが白熱しているようだ。
──いったい何が起ころうとしているのかしら。
束の間、薄暗かった空間が一気に開ける。
レヴィオン含め様々な種族の亜人族が詰め込まれたそこは、広大なステージの一部だった。
まるで闘技場のように円形に造られた客席からは下劣な笑い声と煽りで満ちており、レヴィオンの困惑を加速させるばかり。
そして広大なステージの端。
観客たちが一心に見つめるその先で起こっていた光景に、レヴィオンは目を疑った。
「さあ、さあ!やってきました本日のメインイベント!!私たちが苦労して調教した最強の魔物、ブレイドキマイラ!果たしてこの凶悪の化身を倒せる亜人族は現れるのか!今回はなんと二人目の女魔族の存在も有りますよ!」
ショーを盛り上げる司会が放った言葉。
今レヴィオンが巻き込まれた演目は、入り混じる亜人族を蹂躙する魔物の姿を見て楽しむというもの。
中でも人気なのは魔族、そして女。
事実、体調五メートルはある獅子の顔をした魔物がステージの端で何かを貪っている
レヴィオンはそこに散らばる物を見て明確に理解してしまった。
おそらくはレヴィオンたちが閉じ込められたカーテンが開けられる前にエキシビジョンがあったのだろう。
そこで一方的にキマイラをけしかけられ、食われた存在がいた。
それはそこかしこに散らばる華奢で細く幼い脚、砕け散った赤色の魔石、成長し切っていない骨の欠片からわかった。
魔族の少女だ。
十中八九アレルの妹だ。
アレルもそれがわかってしまったのか、レヴィオンの横で魂が抜けたように呆然自失としている。
レヴィオンは生まれて初めて感じる、言葉にできないような感情に襲われた。
腑が煮え、滾り、錯綜する。
もう取り返しのつかない事態。
欲しいと願ったものを粗方手に入れてきたレヴィオンにとっては、その事態はストレス以外の何者でもなかった。
ブレイドキマイラは一気に現れたひ弱な亜人族という『餌』を見て、その獅子のような顔をした大きな口元から唾液を滴らせる。
しかし。
餌と思われた怯える亜人族の中に、全くもって怖気の一つも感じさせない強者の風格を感じ取り──その瞬間、ブレイドキマイラはまるで虐待を受けた子犬のように縮こまった。
「何をしているのだ!」
そんな、通常ではあり得ないブレイドキマイラの反応を見て、ショーの司会は声を荒げる。
観客たちは苛立ちに満ちていた。
早く──早く虐殺の様を見せろ。そう言わんばかりの怒声が飛び交っている。
その様子に痺れを切らした調教師の集団がステージの隅から現れ、ブレイドキマイラに鞭打つ。
悲痛な声を全身から上げながら、ブレイドキマイラは恐怖に歪んだ表情のまま、レヴィオンに飛び込んだ。
直後響くブレイドキマイラの絶叫。
紋章を展開したレヴィオンが放った太陽が如き火炎球が、キマイラの巨体を一瞬にして灼き尽くした。
空間は驚愕に満たされる。
あれだけ煩かった司会が黙りこくる。
サプライズとアクシデントを求めてこの場に足を運んだ観客たちでさえ、不測の事態に困惑する。
沈黙を突き破ったのは、魔王レヴィオンの威圧に満ちた一言だった。
「死になさい」
その言葉と共に、広大なサーカスの敷地は業炎と断末魔に支配された。
焼け落ちた先に残されたのはレヴィオンの火炎操作によって残された、ステージに立ち尽くす捕らえられた亜人族の集団のみであった。
道端でうずくまる薄汚れた少年。
その少年の顔を覗き込むようにかがみ込み、優しい言葉をかける秀麗な女性──レヴィオン。
少年はおもむろに顔を上げ、レヴィオンの透き通った瞳を見つめる。
少年はその女性が魔王であることなど、知らない。
ただただその慈愛に満ちたレヴィオンの腕に抱き締められ泣き崩れた。
この時──魔王レヴィオンは確かに母であった。
◆◇◆◇◆◇
ワタルたちが異世界アルテナに召喚される四百年前。
魔王城の一室で困惑の声を上げる魔族の女が一人いた。
「これはどういうこと…?」
声の主は当時二十三代目の魔王、レヴィオン。
自身が行った『儀式』で得られた予期せぬ結果に、ただただ狼狽えている。
この部屋にはレヴィオンの他に、意識を失った一人の女と、それから生き絶えた一人の男がいた。
レヴィオンの困惑はその女に向けられている。
レヴィオンが自分で描いた不器用な五芒星魔法陣の上でその二人はぐったりと横になっている。
生き絶えている男はレヴィオンが用意した転移魔法の使い手だった。
儀式によって転移魔法を使うと生き絶える。
その情報は確かだったらしい。
しかし、最も肝心な情報が間違っている。
『儀式を行えば神々の次元へ訪れることができる』
亜人族の王から伝えられたのはそんな情報だった。
だがいったいどうしたことだろう。
実際苦労して見つけた転移魔法の使い手を生贄にして召喚できたのは、見たことない服装に身を包んだ人間の女だった。
ゆえにレヴィオンは困惑している。
この女性は明らかに自分が追い求めている存在、ベルフェリオではないのだから。
レヴィオンはひとまず女を連れて儀式の間を離れ、自室へと戻る。
そのまま自身のベットの上にその女を乗せ、その顔をマジマジと眺めた。
「可愛い顔してるわね」
その女の顔は、もしも男だったのならお気に入り認定を与える位にはレヴィオンの好みだった。
肩ほどまで伸びる漆黒の艶やかな長髪。
潤い、膨らみ、思わず指で触れたくなるような唇。
仄かに香る甘酸っぱい果実のような香り──。
そんなこんなで女を精査していたレヴィオンだったが、しばらくして女は薄目を開ける。
意識を取り戻したようだ。
「ここ…は?」
寝ぼけているように辺りを見回しながら、女は困惑の表情を浮かべていた。
当然だろう。
なんの前触れもなく起きたらこのような場所にいたのだから。
しかし何故かこの女はこの状況に順応しているようにも見えた。
まるで取り乱す様子もない。
「ここは魔王城よ。貴女はどこに住んでいたの?」
レヴィオンは優しく微笑みながら女に問う。
魔王城。
その言葉を聞けばここが何処なのか一瞬にして理解できるだろう。
そう考えたがゆえのレヴィオンの説明。
しかしそれが通じるのは、この世界で生まれ育った者のみだ。
「宮城県だけど、もしかしてここって地球じゃない?」
ミヤギ、チキュウ。そのどちらもレヴィオンにとっては初めて聞く単語だったが、アルテナとは全く別の世界であるということはなんとなく伝わった。
それがすぐに分かったのは、予め読んでいた二千六百年前の文献に『ニホン』という未知の世界についての記述があったことが大きい。
それにしても女の落ち着きようがレヴィオンにはとても不気味だった。
「おそらくここは貴女がいた世界とは別の世界よ。召喚したのは私」
悪びれもなくレヴィオンは女に事の発端は自分だと告げる。
しかし女はそんなレヴィオンの様子を気にも止めずに会話を続けた。
「へえ、それであなたの名前はなんて言うの?」
平然としている女。
澄んだ瞳でレヴィオンは見つめられ、少しの間の後に名を答えた。
「──私の名前は…レヴィオン。レヴィオン=ヴァルフォール」
「レヴィオン。いい名前だね。私はミサキ。相沢ミサキ。よろしくね」
こうして後に未来視の勇者と呼ばれるようになる女性、相沢ミサキと魔王レヴィオンは出会いを果たしたのだった。
二人は固く手を握り合う。後に二人の運命を引き裂く凄惨な未来が待ち受けていることなど知らずして。
◆◇◆◇◆◇
「本当の『儀式』。その詳細を教えなさい??」
ここはアルカイドの王都、セラリス中心部に位置する──王が住まう城。
その城内部。
王がただ一人座る玉座の間で魔王レヴィオンは当時のアルカイド王、フィンダル=アルカイドに詰め寄っている。
だだっ広い部屋。だというのに中央に玉座がポツンと一つだけ。
玉座の周りの空間は本来ならば玉座の周りに衛兵が待機する為のものだった。
しかしこの場に衛兵など一人としていない。
何故ならば、まだこの時は魔族と亜人族との間でそれほど蟠りが生まれていなかったからだ。
突如一人で現れた魔王が亜人族の王との二人きりでの謁見を望んだとてなんら不思議では無く…それはフィンダルも了承している。
そんな中、もはや殺してしまう勢いでレヴィオンはフィンダルの喉元に爪を突きつけていた。
怒りを隠さないそんなレヴィオンの様子を見て、フィンダルは辟易したように大きなため息を一つ溢しながら口を開く。
「教えてもいいが、地獄を見るぞ?」
フィンダルは焦りも見せずにレヴィオンにそう告げた。
地獄を見る。
不穏な響きを孕むその言葉に物怖じせず、レヴィオンは即答する。
「教えなさい」
レヴィオンの威圧的な瞳には信念が宿っていた。絶対に成し遂げなければならないという確固たる信念が。
しかしその信念にフィンダルは興味が無い。
そもそも、この場においてレヴィオンとフィンダルには認知の齟齬が起こっているのだ。両者がその事実に気づいていない。
フィンダルが知っている儀式とは『神々の次元へ訪れる方法』。
対してレヴィオンが求めている儀式は『ベルフェリオを復活させる方法』。
フィンダルは更に知っている。
現在、神々の次元にベルフェリオはいないことを。それをレヴィオンが知らないことを知らない。
ゆえに、何故フィンダルはレヴィオンがこれほどまでに儀式に執着しているのかがわからなかった。
しかしフィンダルは代々この儀式の詳細を受け継がれる際に知らされていたことについて警戒していた。
それは、『神々の次元を訪れると、神々の英気に触れることで魔法出力が常軌を逸する』というもの。
もしも。ただでさえ埒外な威力を誇るレヴィオンの魔法が更に人間離れしたものになったら?
それを恐れたフィンダルは敢えて間違った儀式を教えた。
転移魔法の使い手を見つけるのには少なくとも数十年かかる。それがフィンダルにとっての常識だった。
しかしレヴィオンはものの数週間で転移魔法の使い手を見つけ、その誤った儀式を行ってみせた。フィンダルは心底驚いている。
もしかしたらレヴィオンは『本当の儀式』を教えても生きている内に成し遂げてしまうのかもしれない。
だが、『本当の儀式』は転移魔法の使い手を見つけることよりも遥かに難しい。それを達成するのに何十年、何百年かかるかもわからない。
絶対に無理だ。例え魔王だろうと。
そんな曖昧な推測に基づいた判断により、フィンダルは神々の次元へ訪れる為の本当の儀式をレヴィオンに教えてしまう。
「加護持ちを六人探し出し、五芒星魔法陣の上に乗せる。これが…本当の儀式だ」
加護持ちなんて実在しているのかもわからないような、そんな御伽話レベルの存在だ。
ゼレス、へティア、メルクリア、ララー、ロロー、ベルフェリオ。
リレイティアを除くその六柱の神の力を身に宿した魔法使いは世界の何処かに必ず存在している。
が、その全てを見つけ出して一箇所に集めるだなんて絶対に不可能だとフィンダルは高を括った。
「もしそれが前回と同じように間違っていたら…わかるわよね?この国を滅ぼすわ」
「…いいだろう。精々、頑張ることだな」
その言葉を最後にして、レヴィオンは玉座の間を離れた。
後に一人残されたフィンダルは思う。
あのレヴィオンならば、もしかしたら目標を達成してしまうかもしれない、と。
※
「あ、おかえりレヴィオン!どこに行ってたの?」
セラリスの城から魔王城へと戻ったレヴィオンに話しかける、天真爛漫な声。
その声の持ち主はレヴィオンの部屋の装飾を少女趣味のものへと弄りながら、様々なものに興味を示している。
「はあ…ミサキ?いったい何をやっているの?」
レヴィオンの無機質な部屋を可愛らしく改造していたのは、レヴィオンが数日前にこの世界に召喚した女、相沢ミサキだった。
ミサキは自身の問いを無視したレヴィオンを責めるでも無く、悪びれもないまま何処から持ってきたのかもわからないハート型のクッションを抱き抱えながら答える。
「劇的ビフォーアフター!」
レヴィオンにはその言葉の意味が全く分からなかった。
しかし満足気な様子のミサキを見てひとまず良しとする。
「それで、剣を覚えたいと言ってたあの意思は何処に行ったのかしら」
レヴィオンがミサキを召喚した直後、ここが剣と魔法の世界だと理解したミサキは剣に対して並々ならぬ興味を示した。
その意思を汲み取り、レヴィオンはミサキに練習しておけと剣を渡しておいたのだが全く練習しているような素振りはない。
「一応ちょっとは扱えるようにはなったよ」
そう言いながらクッションをベッドの上に置き、壁に立てかけていた剣を握るミサキ。
半信半疑のレヴィオンだったが、ミサキの剣の構えは怖いくらい様になっていた。
剣を持ち始めてから数日とは思えないような雰囲気を放っている。
そんなミサキの様子を見て沈黙するレヴィオンを察して、ミサキは「昔剣道やってたからかな?」と補足を入れるが、レヴィオンの疑問は加速するのみだった。
「私はしばらく出かける。かなり長い旅になると思う。貴方はどうするの?」
レヴィオンはすぐにでも加護持ち六人を探すべく身支度を整えていた。
思い残すとするならばミサキの処遇。
レヴィオンは多少ながらミサキに対して罪悪感を抱いていた。
自分の勝手でこの世界に召喚してしまったし、ミサキは元の世界に子供を残してきているという。
しかし元の世界に返す方法はわからない。
できる限りミサキの願いは聞き入れようとレヴィオンは思っていた。
「私もついて行っていい?その旅」
「それは…ダメよ」
レヴィオンの否定。それはミサキを思ってのことだった。
加護持ちを集める。
すなわち加護を持つ人間を捕らえ利用するということ。
儀式で起きた現象。捕らえた転移魔法の使い手は絶命した。
つまり加護持ち六人による儀式を終えると、その六人も絶命する可能性が高い。
レヴィオンはそれをミサキに見せたくなかった。それゆえレヴィオンはミサキの頼みを否定した。
「えー、なんでなんで?」
ミサキは分かり易く不貞腐れた。
レヴィオンはそんなミサキの機嫌を取るため、別の提案をする。
「旅がしたいなら、冒険者になってみるのはどう?」
近頃発足した組織、冒険者。
レヴィオンはその存在だけは知っていた。
魔物を倒したり住民からの依頼をこなしたりすることで報酬を得、生計を立てる。
例え身寄りのないミサキであっても生活できるはずだ。
「冒険者?なんだかいい響き。それは何処でなれるの?」
「アルカイドの王都、セラリスに行けば必ずなれるはずよ」
冒険者は魔族が多い大陸西地域よりも亜人族が多い東地域で発足した組織だ。
だからレヴィオンは東地域で最も人口が多く確実に冒険者ギルドがあるセラリスの名を出した。
と言ってもレヴィオンが知っている都市がセラリスしかないこともあったが。
「へえ。じゃあそこまで案内してよ」
一瞬にしてミサキは機嫌を取り戻し目を輝かせる。
そんな単純で無邪気なミサキを見て、レヴィオンは微笑んだ。
「じゃあ、すぐに行きましょう?」
こうして二人は魔王城を離れ、別々の旅路を歩み始める。
ミサキはいずれ勇者と呼ばれるような冒険者に、そしてレヴィオンは最悪の魔王と称されるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
◆◇◆◇◆◇
「ようやく見つけた」
上擦った声、恍惚に歪んだ表情、愛に震える唇。
魔王レヴィオンは六人目の加護持ちを前にして、歓喜に全身を震わせた。
ここまで来るのに二年。
何処にいるかも、本当に存在しているかもわからないような加護持ちという存在を、たった二年でレヴィオンは全員見つけ出した。
二年。あまりに異常な短さ。
しかしレヴィオンにとってはそれでも悠久の時のように感じられるような、そんな旅路だった。
情報を収集し、魔力を感知し、追う。それは単純作業のように思えるがレヴィオンにしかできない。
レヴィオンの目の前で泣き崩れている少年は魔族だった。
まるで大切な誰かを失ったかのような、そんな泣き方をしている。
ゆえにレヴィオンはその少年を抱きしめながら問う。
「──いったい何があったの?」
今レヴィオンの腕の中で号哭する少年はレヴィオンが追い求め渇望する存在、ベルフェリオの加護持ちだった。
そしてそれを肌身で感じたレヴィオン──否、レヴィオンに宿る魂が…特別な感情を少年に対して抱く。
まさしくこの少年はベルフェリオの子孫で、私の子供に相違ないのだ、と。
「妹、妹が…」
泣きながら、かろうじて意味のある言葉を紡ぐ少年。
レヴィオンは理解する。
何かが起こりこの少年は妹と逸れてしまったのだと。
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レヴィオンは自分でも驚くほどの母性を少年に対し向ける。
しかし、そんなもの抱いていけないのだと葛藤する自分がいることも分かっていた。
事実、この少年は『儀式』に利用する。
この少年に情を傾けてしまうのは今までの苦労を水に流すことに他ならない。しかし、レヴィオンは少年に尋ねてしまう。
「貴方の名前は?」
「……アレル」
レヴィオンに宥められ、落ち着きを取り戻した少年──アレルは名乗った。
アレルの見窄らしい格好、痩せ細った体躯から貧しさが伺え、レヴィオンは更なる同情の念をアレルに向ける。
「私と一緒に行きましょう?好きな物、何でも食べていいから」
レヴィオンはアレルを連れて街へ歩みを進める。
そんなレヴィオンに連れられているアレルの感情は、煮詰まった鍋のように混沌と化していた。
突如現れ優しい言葉をかけてきた得体の知れない女性。目の前で奪われ、連れ去られた妹。蹴り飛ばされ、馬車から落とされズタズタになった体。
もはや人を信じることなど不可能なまでにアレルの心は損傷していた。のにも関わらず何故だかレヴィオンだけは信頼できるような気がした。
それはアレルが直感的に感じた、まるで母親のようなレヴィオンの温もりによるものが大きい。
しかしアレルはそれを理解し言葉にできるほど頭が良くはなかった。
街に入るなり向けられる異質な視線。
その視線の先にいるのは、アレルだけでなくレヴィオンもだ。
この街では魔族の存在はとても珍しいものだった。それを知らずしてレヴィオンは街に入ったのである。この街が、サーカス──否、見世物小屋を売りにして発展した街だということも…レヴィオンは知らない。
レヴィオンは自身に向けられる好奇な視線などまるで気にも留めずにズカズカと進む。だがその弊害が現れるのも時間の問題だった。
レヴィオンたちの前に武装した男たちが現れる。
その男たちは清廉なレヴィオンが魔王であることなど露知らず告げる。
「お前ら、魔族だろ?大人しく俺たちについて来い」
明らかに見世物小屋の人間だった。
レヴィオンはそんな図々しい人間の様子を見て額に青筋を浮かべたが、すぐに平静を装って男の指示に従う。
それは囚われたアレルの妹を救うため。いわば潜入捜査だ。
もちろんアレルの妹がその見世物小屋にいることなどレヴィオンは知らない。ただの直感だった。しかしレヴィオンは確信も持っていた。
街に入るなり向けられた精査するような視線、レヴィオンが魔族とわかるなり嬉々とした表情で駆け寄ってきた男たち。
男たちは女の魔族を求めている。それこそがレヴィオンの確信の所以。
こうしてレヴィオンとアレルはショー真っ只中のサーカステントへと向かう。
今まさにアレルが最も目にしてはならない惨状が引き起こされていることを知らずして。
入り組んだ通路を連れられ押し込まれたテント内部は異種族がごった返している、最悪と言わざるを得ないような環境だった。
二人は両手を堅く重い枷で縛られる。
そんな中レヴィオンはアレルに似ている魔族の女の子を探す。
だがいくら探してもそれらしい女の子の姿を見つけることはできなかった。
レヴィオンにはここは控え室のように思えた。
今すぐにでも何かの演出のために使われる──そんな風な。
読みが外れたか。
──そう考え枷を破壊しようとしたレヴィオンの耳にふと観客の大歓声が突き刺さる。ショーが白熱しているようだ。
──いったい何が起ころうとしているのかしら。
束の間、薄暗かった空間が一気に開ける。
レヴィオン含め様々な種族の亜人族が詰め込まれたそこは、広大なステージの一部だった。
まるで闘技場のように円形に造られた客席からは下劣な笑い声と煽りで満ちており、レヴィオンの困惑を加速させるばかり。
そして広大なステージの端。
観客たちが一心に見つめるその先で起こっていた光景に、レヴィオンは目を疑った。
「さあ、さあ!やってきました本日のメインイベント!!私たちが苦労して調教した最強の魔物、ブレイドキマイラ!果たしてこの凶悪の化身を倒せる亜人族は現れるのか!今回はなんと二人目の女魔族の存在も有りますよ!」
ショーを盛り上げる司会が放った言葉。
今レヴィオンが巻き込まれた演目は、入り混じる亜人族を蹂躙する魔物の姿を見て楽しむというもの。
中でも人気なのは魔族、そして女。
事実、体調五メートルはある獅子の顔をした魔物がステージの端で何かを貪っている
レヴィオンはそこに散らばる物を見て明確に理解してしまった。
おそらくはレヴィオンたちが閉じ込められたカーテンが開けられる前にエキシビジョンがあったのだろう。
そこで一方的にキマイラをけしかけられ、食われた存在がいた。
それはそこかしこに散らばる華奢で細く幼い脚、砕け散った赤色の魔石、成長し切っていない骨の欠片からわかった。
魔族の少女だ。
十中八九アレルの妹だ。
アレルもそれがわかってしまったのか、レヴィオンの横で魂が抜けたように呆然自失としている。
レヴィオンは生まれて初めて感じる、言葉にできないような感情に襲われた。
腑が煮え、滾り、錯綜する。
もう取り返しのつかない事態。
欲しいと願ったものを粗方手に入れてきたレヴィオンにとっては、その事態はストレス以外の何者でもなかった。
ブレイドキマイラは一気に現れたひ弱な亜人族という『餌』を見て、その獅子のような顔をした大きな口元から唾液を滴らせる。
しかし。
餌と思われた怯える亜人族の中に、全くもって怖気の一つも感じさせない強者の風格を感じ取り──その瞬間、ブレイドキマイラはまるで虐待を受けた子犬のように縮こまった。
「何をしているのだ!」
そんな、通常ではあり得ないブレイドキマイラの反応を見て、ショーの司会は声を荒げる。
観客たちは苛立ちに満ちていた。
早く──早く虐殺の様を見せろ。そう言わんばかりの怒声が飛び交っている。
その様子に痺れを切らした調教師の集団がステージの隅から現れ、ブレイドキマイラに鞭打つ。
悲痛な声を全身から上げながら、ブレイドキマイラは恐怖に歪んだ表情のまま、レヴィオンに飛び込んだ。
直後響くブレイドキマイラの絶叫。
紋章を展開したレヴィオンが放った太陽が如き火炎球が、キマイラの巨体を一瞬にして灼き尽くした。
空間は驚愕に満たされる。
あれだけ煩かった司会が黙りこくる。
サプライズとアクシデントを求めてこの場に足を運んだ観客たちでさえ、不測の事態に困惑する。
沈黙を突き破ったのは、魔王レヴィオンの威圧に満ちた一言だった。
「死になさい」
その言葉と共に、広大なサーカスの敷地は業炎と断末魔に支配された。
焼け落ちた先に残されたのはレヴィオンの火炎操作によって残された、ステージに立ち尽くす捕らえられた亜人族の集団のみであった。
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