歪んだ運命の番様

ぺんたまごん

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第8話前編

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「あ、あの!」

 薄手の長袖ではそろそろ肌寒く感じていたある日、俺は大学で声をかけられた。声をかけてきた人物をザッと見ると、薄い色素の肌に耳までの長さで揃えられたサラサラの茶髪、細い手足に素朴な服を着ており、首には噛み付き防止の首輪がつけてあった。ユニセックスな雰囲気のこの男子を何処かで見かけたことがあるけれど、思い出せない。

「俺?」

 Ωがβである俺に話しかけるのは弓弦絡みしかない。今は近くにいないので、頼る事は出来ず自分で対応する。

「あの……この前、助けてくれて、ありがとうございますっ!」
「………俺何か助けたっけ?」
「あ、覚えてないですか……?大学近くで、腕の手当てしてくれたんですけど……。」

 彼はそう言うと、長袖の右腕を捲ってきた。不恰好に包帯が巻かれており、それを見て思い出す。

「ああっ、思い出した。あの時の男子か。」

 数日前、大学の帰りに目の前を歩いていた男子が、何かに躓いたのか道で盛大にコケたのだ。慌てて駆け寄り手を貸すと、右前腕からじわりじわりと灰色の薄手のカーディガンに血が滲んできていた。ゆっくり服を脱ぐと広範囲に表皮を削ったような擦り傷。生地の摩擦でなってしまったのだろう。

 結構酷い見た目だったので、病院に行こうと言ったが、お金がないらしく拒否された。放っておくことも出来ずに、近くのコンビニで消毒液と包帯を買って手当てしたのだ。

「結構酷かったよな?大丈夫か?」
「あ……まだちょっと痛むんですけど、血は止まってるから、大丈夫です。」
「そっか。でもその包帯ゆるゆるだな。時間いいなら俺が巻き直そうか?」
「え、いいんですか?」
「いいよ。」
「ありがとうございます……っ。」

 近くのベンチに座り、俺は包帯を一旦取り去る。

「膿んではないけど、やっぱ酷くね?俺素人だから分かんないんだけど、これ良くなってるの?」
「痛みは少なくなってるから大丈夫じゃないでしょうか……?」
「そうなのか?金無くても悪くなる前には病院行けよ。」
「はい……。」

 包帯をぐるぐる巻いていく。上手くはないが、先程よりはしっかり巻けてるからいいだろう。

「ほら出来たぞ。」
「あ、ありがとうございます。」

 顔を赤く染めている姿が可愛い。背も俺より低くて、頼りない弟がいたらこんな感じなんだろう。

「ここの大学の生徒だったんだな。何年?」
「あ、僕は2年です。あ……あの、学年と、名前聞いてもいいですか?」
「あ、そっか。俺は松元雪雄。4年生な。」
「ありがとうございますっ。先輩なんですね……。俺は矢澤旭やざわあさひと言います。」
「矢澤君ね。」

 その後はポツリポツリと学部の話だったり、サークルの話など、他愛のない話をした。何で病院に行くお金すらないのか気になっていたけれど、深くは聞かない方がいいだろうと思い触れなかった。話すこともなくなったので、俺は席を立つ。

「じゃあ俺行くな。歩く時気をつけて歩けよ。」
「あっ待ってください!」
「ん?」

 背を向けて歩き出そうとした足を止めて再度矢澤を見る。服の袖をギュッと握っており、緊張しているみたいだ。

「あ、あのっ、……良かったら連絡先を交換したい……ですっ。」
「あ、弓弦の?それは本人に聞いてくれる?」
「弓弦……?その人は知らないんですけど、えっと……、松元さんと交換したいですっ。」
「俺?」
「あ、あの、助けてもらって、お礼も出来てないし、松元さんと……仲良くなりたくて!」

 Ωの子からそんな事を言われたのは弓弦関係以外では初めてで驚いた。そんなに助けた事に恩を持っているのか。

「お礼はしなくていいけど、連絡先交換はいいよ。フルフルする?」
「あ、俺、ガラケーだから、出来ればメアドがいいです……。」
「おお、久しぶり見たわ。わかった。じゃあ……はい、俺のアドレスな。」

 ガラパゴス携帯を持った男子にプロフィール画面を見せて、相手に教える。慌てながら入力するのを待っていると、俺の携帯にメールが入った。

「届きましたか?」

『矢澤旭です。よろしくお願いします。』

「ん。届いたよ。」
「良かった……。あの……、連絡するので、よかった返事下さい。」
「ああ、いいよ。メールあんま見ないから返事遅れたらごめんな。」
「全然いいです!待ってます!」

 深くお辞儀をする矢澤と別れ、律儀でいい奴だなと思いながらコンビニで飯を買って家に帰路した。


✳︎      ✳︎      ✳︎


「雪雄。父さんの会社内定貰ったよ。」
「え、まじ?……それはおめでとうって言っていい?」

 俺の内定通知から約一ヶ月後。弓弦は親父さんの会社への内定が決まったらしい。物騒な印象があるので内定が決まったと喜んでいいものか悩んでしまう。

「はは、いいよ。」
「そっか。おめでとう。」
「ありがとう。」

 厳しそうな親父さんのところで働くのは大変だろう。弓弦はあれだけ友人や教師の愚痴を言うのに、親父さんの事は話さないので、尊敬してたり、畏怖を感じたりしているのだろうか。

「あ。お祝いでもするか?休みの日に飯でも食べに行くか。三千円までなら俺が奢ってやるよ。」
「祝ってくれるの?」
「俺も弓弦に祝ってもらったからな。当たり前だ。」
「雪雄……っ!」
「ぐうっ」

 嬉しそうに思いっきり抱き締められたので軽く抱き返す。俺が内定貰ったときに、両親だけではなく弓弦とも飯に行ったのだ。馬鹿高い店に行こうとするので却下し、焼肉の食べ放題を奢って貰った。二人で外食するのは初めてだったので、新鮮ですごく楽しかった。弓弦も祝っていいなら祝ってあげたいし、また一緒に楽しく食べたい。

 俺の時は焼肉を食べたので、回転寿司に行くことにする。あの高級店に比べれば劣ってしまうけれど、俺には身の丈に合って安心する。

 店内は人で溢れており、心地よい賑やかさだ。俺と弓弦はテーブル席に座った。

「弓弦美味い?」
「うん。雪雄と食べると何でも美味しいよ。」
「はいはい。」

 俺はタッチパネルで寿司やらサイドメニューやらを注文していく。弓弦も自分で注文したり、レーンの寿司を口に運んでいる。

「弓弦は寿司で何が好きなの?」
「好きなの?俺はウニかな。」
「え、マジかよ。俺ウニとイクラ苦手だわ。海臭うみしゅうがすごくて食べれねー。」
「ははっ、海臭?初めて聞いた。磯臭いって事?」
「あ、あれ磯臭いって言うの?魚とかも時々不味いのあるじゃん。俺、あの独特な匂い苦手なんだよね。」
「そうなんだ?確かに安いのには多いけど、俺はあんまり気にならないな。」
「へえー。舌肥えてんのかと思うけど、弓弦何でも食うよな。」
「雪雄は結構好き嫌い多いよね。」
「うるせー。」

 テーブルの下の長い脚を軽く何度か蹴ると、弓弦が楽しそうに笑う。俺は辛い物、貝類、臭いの強い物、グニュグニュした食感の食べ物は苦手だ。

「しかし、こうやって話しても俺たち共通点ないよな。」

 バース性も性格も、食の好き嫌いも共通点はない。よくこんなに毎日一緒にいれるもんだ。

「何言ってんの?身体の相性最高だよ。お互いを一番感じるなんて、それだけで相性は問題ないよ。」
「ば、馬鹿っ!こんなところで言うな!」
「痛っ!」

 脚を思いっきり蹴るとスネに当たったのか悶え苦しんでいた。

 わたらふく食べて締めのデザートを待っているとき、ズボンポケットに入れていた携帯が震えた。画面を確認すると、矢澤から着信だ。

「あ、弓弦悪いけど電話出ていい?」
「うん。いいよ。」
「さんきゅ。」

 携帯を手に取り、通話の画面を押す。

「おー。どうかしたか?」
『あっ、松元さんこんばんはっ。今いいですか?』
「ああ。友達と飯食ってるから長くは話せないんだけど、ちょっとならいいぞ。」
『あ……、もうご飯食べられてたんですね。』
「ってことは……、また飯作ってくれたの?」
『はい……、これぐらいしか恩返し出来ないので……。』
「もう充分だよ。金ないんだからちゃんと矢澤が食べな。」
『でも……。』
「でもじゃない。身体大切にしろよ。」
『松元さん……。わかりました……。あ、あの、また連絡していいですか?』
「わかった。しっかり食べるんだぞ。」
『はい、ありがとうございます。』

 電話を切って一息ついた。弓弦がジッと俺の顔を見るので、機嫌を損ねたかと思ったが違ったようだった。

「矢澤君、何の電話だったの?」
「飯作ったからどうぞだってさ。もういらないっては言ってるんだけどな。」

 連絡先を交換してから何度か連絡が来た。お礼に作った食事を食べて欲しいとの連絡が主で、金がなさそうな子に負担をかけたくなかったので断るが、するとすごく残念そうな文面できて、矢澤の希望通り作った飯をご馳走になった。

 和食中心で、煮付けや煮っころがし、味噌汁、副菜が出てくる。俺は男飯しか作れず、基本は買った食事なので手作りの飯は美味かった。だから誘われる毎にご馳走になっていたが、ある日矢澤の弁当箱の中身が白ご飯ともやしオンリーの炒め物が3種類の味付けで入れられているのを見て俺は後悔した。それからは誘いが来ても自分で食べろと今のように言っている。

 何回目か会った時に、何故貧乏なのか聞いてみた。矢澤はβ×βから生まれたΩで、両親は受け入れてくれなかったと言っていた。
 しかし世間体を悪く見られるのを気にして、大学の学費だけは援助し、生活費は出す余裕はないからと一円も仕送りがないらしい。なので生活費は自分で稼ぐしかなく、時間が許す限りバイトをしているとのことだった。だがΩであるため、発情期の時は休んだり、学生の本分である勉強も両立しなければならない。生活は苦しく、大変そうだった。

 腕は悪化はなく、徐々に良くなってきて安心したが、こんな苦労人の矢澤が気になってしまい俺からもちょこちょこ連絡している。

「最近仲良いね。」
「そうか……?何だか危なっかしい弟みたいで気になるんだよな。」
「へぇ……。」

 その夜はお祝いだからか、sexがかなりねちっこかった。就職が決まったからsex三昧だと思っているのだろうか。俺はお前ほど体力馬鹿じゃないので程々にして欲しい。
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