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第4部 第1章「天使ちゃんと悪夢ちゃん」
第4話『待合室、再び』⑵
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常時正夢が診察室から出ると、ゴスロリを着た双子の少女……「天使様と悪魔様」が待合室のソファに座っていた。
待合室には常時と少女達以外、誰もいない。夜の時間外診療で、医師と看護師も常時の診察を終えると帰ってしまった。
二人は常時の顔をジッと見て、言った。
「おじさん、こんばんは」
「悪夢、代行しませんか?」
「あく、む……?」
その瞬間、思い出した。二人が、あの夫婦の子供だということを。
常時は青ざめた。当時抱えていた罪悪感が蘇る。同時に、自身が犯した罪による弊害が、脳裏をよぎった。
「あ……あの時はすまなかった。だけど、あぁするしかなかったんだ! 電話で、妙な女に脅されたんだ! 俺がアクムツカイだとバラす、と。過去に悪夢を使ってしでかした悪事も、全て世間に公表するって!」
常時はなけなしのプライドをかなぐり捨て、二人に土下座した。
「許してくれとは言わない! ただ……もし、君達もご両親と同じアクムツカイなら、力を貸して欲しい!」
常時は少女達を、妻・カオリの病室へ案内した。
カオリは様々な機器に繋がれ、ベッドに横たわっていた。終始、苦しそうに呻いている。
「カオリ。目を覚ませ、カオリ」
「う、うぅ……」
常時は懸命に声をかける。しかしカオリが目覚める気配はない。
やがて常時は諦め、声をかけるのをやめた。崩れ落ちるように近くにあった椅子へ腰掛け、項垂れた。
「……カオリがこうなったのは、俺のせいなんだ。四年前、俺がカオリに悪夢をかけたから」
常時はポツポツと、四年前に何があったのか語り出した。
四年前、常時は双子の両親を殺した。「全てをバラす」と、知らない女から電話で脅されたのだ。
女は常時がアクムツカイであることも、その力を利用して行なった悪事も、双子の両親との過去の争いも、何もかも知っていた。常時は部長に昇進したばかりで、職を失うわけにはいかなかった。
常時には殺意のこもった怒りをぶつけた相手に、悪夢を見せる能力がある。昔は直接怒りをぶつけなければ発動しなかったが、安全に双子の両親を仕留めるため、遠くても顔が見えていれば力が使えるまで特訓した。
世間には知られていないが、双子の両親もアクムツカイだった。怒りをぶつけなければ悪夢をかけられない常時とは違い、殺意を抱いただけで発動できる。アクムツカイとして遥かに格上で、見つかればただでは済まなかった。
結果として、常時は二人に勝った。前に戦った時は仕留められず、偽の現実を見せられたが、それもなかった。
遺体の第一発見者ということで、警察にはしつこく追及されたが、証拠や二人との接点を見つけられず、早々に解放された。
「これで元の生活に戻れる」
そう安堵した矢先、カオリが怖い顔をして問い詰めてきた。
「アクムツカイ殺人事件の犯人……貴方なんじゃないの?」
カオリは前々から、常時がアクムツカイだと知っていた。
その上で「今後はアクムツカイの力を使わない」と約束し、結婚したのだ。
「営業で行ったってニュースでは言ってたけど、事件があったエリアは貴方の担当じゃないでしょう?」
「た、担当者が急病で休んだんだ。偶然さ」
「一人で行ったのも偶然? 営業回りは原則二人でって決まってたじゃない」
「仕方ないだろ?! 人手が足りなかったんだ!」
カオリは同じ会社で働く同僚だった。
派遣から社員に昇格し、今では会社の中枢を担っている。警察が知らない、会社の内情にも詳しかった。
「……嘘よ。あの日、事件あった家のエリアを訪問する予定はなかった。前日に貴方の部下に確認したもの。だから貴方を食事に誘ったのに、貴方は"営業が残っているから"と断った……私が前日に尋ねた部下も同じことを言っていたわ。まるで、心変わりしたように」
「お、俺が悪夢で部下を操ったって言うのか?!」
「そうよ! 他に誰がいるの?!」
カオリは常時の胸ぐらをつかむと、鬼気迫る表情で懇願した。
「お願い、自首して! バレなくても、信じてもらえなくても、貴方がやったことに変わりはないわ! このままじゃ、残されたお子さんが可哀想よ!」
常時とカオリには子供がいなかった。
だから、より感情移入したのだろう。最愛の夫ではなく、夜宵一家を選ぶほどに。
常時もカオリの気持ちが分からないでもなかった。
ただ、相手が悪かった。夜宵夫婦はかつて、常時を悪夢に閉じ込めた。最後には大切な真実を教えてくれたが、悪夢に苦しむ常時を嗤っていたのも事実だった。
常時はカオリと夫婦への苛立ちを抑えきれず、衝動的に怒りをぶつけた。
「だったら、俺だけ惨めに破滅すれば良かったか?! 妙な女に脅されていると、警察に相談でもすれば良かったか?! いやいやいやいや……どっちも無理なんだよッ! カオリには理解できないだろうな! 脅されてねーから!」
「そんな、こと……」
カオリの体がぐらりと傾く。
常時はなおも、怒りをぶつけ続ける。
「よそのガキの心配より、自分の心配したらどうだ?! 俺が自首して困るのは、お前もだろ?! 死ぬまで"殺人犯の嫁"のレッテルを貼られるんだからな! それでも俺を自首させたいか?!」
「ち、がう……私は、貴方が一番……心配、で……」
カオリの手から力が抜ける。カオリはそのまま意識を失い、倒れた。
「……カオリ?」
常時が異変に気づいた時には、もう遅かった。
カオリは常時の力によって、悪夢に囚われていた。苦悶の表情で胸を押さえ、「苦しい、苦しい」とうわ言のように呟いていた。
以降、カオリは一度も目を覚ましていない。医者もお手上げで、このまま一生目覚めないかもしれないと宣告されていた。
待合室には常時と少女達以外、誰もいない。夜の時間外診療で、医師と看護師も常時の診察を終えると帰ってしまった。
二人は常時の顔をジッと見て、言った。
「おじさん、こんばんは」
「悪夢、代行しませんか?」
「あく、む……?」
その瞬間、思い出した。二人が、あの夫婦の子供だということを。
常時は青ざめた。当時抱えていた罪悪感が蘇る。同時に、自身が犯した罪による弊害が、脳裏をよぎった。
「あ……あの時はすまなかった。だけど、あぁするしかなかったんだ! 電話で、妙な女に脅されたんだ! 俺がアクムツカイだとバラす、と。過去に悪夢を使ってしでかした悪事も、全て世間に公表するって!」
常時はなけなしのプライドをかなぐり捨て、二人に土下座した。
「許してくれとは言わない! ただ……もし、君達もご両親と同じアクムツカイなら、力を貸して欲しい!」
常時は少女達を、妻・カオリの病室へ案内した。
カオリは様々な機器に繋がれ、ベッドに横たわっていた。終始、苦しそうに呻いている。
「カオリ。目を覚ませ、カオリ」
「う、うぅ……」
常時は懸命に声をかける。しかしカオリが目覚める気配はない。
やがて常時は諦め、声をかけるのをやめた。崩れ落ちるように近くにあった椅子へ腰掛け、項垂れた。
「……カオリがこうなったのは、俺のせいなんだ。四年前、俺がカオリに悪夢をかけたから」
常時はポツポツと、四年前に何があったのか語り出した。
四年前、常時は双子の両親を殺した。「全てをバラす」と、知らない女から電話で脅されたのだ。
女は常時がアクムツカイであることも、その力を利用して行なった悪事も、双子の両親との過去の争いも、何もかも知っていた。常時は部長に昇進したばかりで、職を失うわけにはいかなかった。
常時には殺意のこもった怒りをぶつけた相手に、悪夢を見せる能力がある。昔は直接怒りをぶつけなければ発動しなかったが、安全に双子の両親を仕留めるため、遠くても顔が見えていれば力が使えるまで特訓した。
世間には知られていないが、双子の両親もアクムツカイだった。怒りをぶつけなければ悪夢をかけられない常時とは違い、殺意を抱いただけで発動できる。アクムツカイとして遥かに格上で、見つかればただでは済まなかった。
結果として、常時は二人に勝った。前に戦った時は仕留められず、偽の現実を見せられたが、それもなかった。
遺体の第一発見者ということで、警察にはしつこく追及されたが、証拠や二人との接点を見つけられず、早々に解放された。
「これで元の生活に戻れる」
そう安堵した矢先、カオリが怖い顔をして問い詰めてきた。
「アクムツカイ殺人事件の犯人……貴方なんじゃないの?」
カオリは前々から、常時がアクムツカイだと知っていた。
その上で「今後はアクムツカイの力を使わない」と約束し、結婚したのだ。
「営業で行ったってニュースでは言ってたけど、事件があったエリアは貴方の担当じゃないでしょう?」
「た、担当者が急病で休んだんだ。偶然さ」
「一人で行ったのも偶然? 営業回りは原則二人でって決まってたじゃない」
「仕方ないだろ?! 人手が足りなかったんだ!」
カオリは同じ会社で働く同僚だった。
派遣から社員に昇格し、今では会社の中枢を担っている。警察が知らない、会社の内情にも詳しかった。
「……嘘よ。あの日、事件あった家のエリアを訪問する予定はなかった。前日に貴方の部下に確認したもの。だから貴方を食事に誘ったのに、貴方は"営業が残っているから"と断った……私が前日に尋ねた部下も同じことを言っていたわ。まるで、心変わりしたように」
「お、俺が悪夢で部下を操ったって言うのか?!」
「そうよ! 他に誰がいるの?!」
カオリは常時の胸ぐらをつかむと、鬼気迫る表情で懇願した。
「お願い、自首して! バレなくても、信じてもらえなくても、貴方がやったことに変わりはないわ! このままじゃ、残されたお子さんが可哀想よ!」
常時とカオリには子供がいなかった。
だから、より感情移入したのだろう。最愛の夫ではなく、夜宵一家を選ぶほどに。
常時もカオリの気持ちが分からないでもなかった。
ただ、相手が悪かった。夜宵夫婦はかつて、常時を悪夢に閉じ込めた。最後には大切な真実を教えてくれたが、悪夢に苦しむ常時を嗤っていたのも事実だった。
常時はカオリと夫婦への苛立ちを抑えきれず、衝動的に怒りをぶつけた。
「だったら、俺だけ惨めに破滅すれば良かったか?! 妙な女に脅されていると、警察に相談でもすれば良かったか?! いやいやいやいや……どっちも無理なんだよッ! カオリには理解できないだろうな! 脅されてねーから!」
「そんな、こと……」
カオリの体がぐらりと傾く。
常時はなおも、怒りをぶつけ続ける。
「よそのガキの心配より、自分の心配したらどうだ?! 俺が自首して困るのは、お前もだろ?! 死ぬまで"殺人犯の嫁"のレッテルを貼られるんだからな! それでも俺を自首させたいか?!」
「ち、がう……私は、貴方が一番……心配、で……」
カオリの手から力が抜ける。カオリはそのまま意識を失い、倒れた。
「……カオリ?」
常時が異変に気づいた時には、もう遅かった。
カオリは常時の力によって、悪夢に囚われていた。苦悶の表情で胸を押さえ、「苦しい、苦しい」とうわ言のように呟いていた。
以降、カオリは一度も目を覚ましていない。医者もお手上げで、このまま一生目覚めないかもしれないと宣告されていた。
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