国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

第12話 決着、そして

　キッドによる機動魔導士戦術の前に、紫の王国軍は、魔導士を守るべき重装歩兵を失っていく。
　少なくない数の重装歩兵が戦闘不能にはなったが、なんとか陣が崩壊する前に、レオスの指揮の元、紫の王国軍が動き出す。
　彼らは、ちまちま攻撃を加えてくる機動魔導士への対処を諦め、いまだ無傷で奥に控えている紺の王国軍本隊に向けて進軍を開始した。
　重装歩兵を削られているが、主力の150人の魔導士はいまだ健在。その魔法火力をもって敵本隊を蹴散らせば、勝利するのは自分達だ。レオスのその判断は、決して間違いとは言えない。
　しかし、それもまたキッドの計算の内だった。

「ルイセ、後は任せる！」

　その声に、ルイセは、敵の動きから視線を逸らすことなく、軽く手を上げて応える。
　敵の動きを察したキッドは、魔導士と騎兵をルイセに託すと、後方の本隊へと馬を向けた。
　機動力の劣る重装歩兵がたどり着くより早く、歩兵達と合流を果たす。
　歩兵達の後ろにはルルーの姿も見えた。遠目ではあったが、戦場の雰囲気に怯えることなく、凛としている姿はどこか美しかった。王女たる彼女が後ろでそうあり続けてくれているおかげだろう、歩兵達の顔には油断も畏れも見られない。むしろ王女に、早く自分達の雄姿を示したいという熱い闘志さえ感じられる。

「ここからは俺が指揮を執る！　みんな、訓練通りでいい！　それで俺達は勝てる！」

『はいっ！』

　キッドは兵達の声に満足げにうなずくと、彼らの指揮を執り始めた。
　迫り来る紫の王国軍に対し、敵魔導士の射程に入らない距離で、歩兵による突撃の気配を見せ、敵の動揺を誘う。
　しかし、実際に突撃は仕掛けない。
　それどころか、味方を素早く下がらせ、敵との一定距離を確保する。
　前に進む速度に比べ、後退速度は基本的に劣る。しかし、重装歩兵と通常装備の歩兵という装備の重量の差。そして、機動魔導士の攻撃とそれによる味方の負傷で士気の下がっている紫の王国軍と、ルルーの存在により高い士気を維持している紺の王国軍との戦意の差。それらは前進速度と後退速度の差を埋めて余りある。その上、この状況に備え、キッドは自分の指示による一糸乱れぬ隊列移動の訓練を、騎士達に何度も行ってきた。
　紺の王国の歩兵達は、キッドの指揮の元、敵魔導士の攻撃範囲にぎりぎり入らない距離を保ち続ける。その上で、時折突撃の気配を見せ、敵の精神力を確実に削っていった。

　やがて、最初は揃っていた紫の王国軍の重装歩兵の隊列が、少しずつ乱れていく。
　周囲から降り注ぎ続ける魔法攻撃により、負傷した兵は隊列の移動についていけず、取り残されていく。
　また、紺の王国軍に向けて移動し続けているため、重装歩兵の配置密度にも差が生まれてくる。
　そして、ついに致命的なスキが生まれた。
　それは、紺の王国にとっては、重装歩兵の間を縫って、敵主力魔導士へと至る、勝利への道だった。
　ルイセはそのチャンスを逃さない。

「騎兵、私に続け！」

　周囲に合図をすると、ルイセはその小さなスキに向けて、馬を走らせた。
　そして、その場所に魔法を放ち、重装歩兵のいない空間を作ると、馬から飛び降り、舞うようにその場に降り立った。
　手にはすでに抜き放った二本の双剣が握られている。
　騎乗したままでは、手綱を握る必要があるため、ルイセは片手でしか剣を使えない。ルイセが本領を発揮するのは、その二本の剣を手にした時だ。地に降り、かつて暗殺者として何人もの人間を闇に葬ってきたその二本の剣を構えたその姿こそ、彼女が最も力を発揮する姿だった。

　前に立ちふさがった重装歩兵の、わずかな鎧の隙間に剣を走らせ、一瞬で行動力を奪うと、その横をすり抜けて、踊るように斬り進んでいく。そして、その勢いのまま、重装歩兵の壁を抜け、中央の魔導士達へと斬りかかった。
　ルイセの動きに呼応し、それまでバラバラに動いていた騎兵達も、そのルイセが開けた穴へと向かっていく。

「さすがルイセ！　これほど頼りになるやつはいないぜ！」

　自分が見つけてきた元ウェイトレスの、味方でありながらも戦慄するような動きに、感嘆の声を上げながら、キッドは全歩兵に突撃の合図をする。
　ルイセの斬り込みとそれに続く騎兵の突撃に対するために、重装歩兵達は一箇所へと集まり出していた。その結果、別の場所に大きなほころびができているが、紫の王国軍の将はそれに気づいていない。彼は、ルイセの突入を受けて悲鳴を上げている魔導士達を落ち着かせるのに精一杯の状況だった。
　キッドが歩兵を突撃させたのは、その新たに生じた綻びに向けてだった。

　この状況でもまだ冷静な敵魔導士からは、歩兵に向けて魔法が飛んでくる。だが、散発的で数も十分でないその火力は、本来の彼らの魔法攻撃力に及ぶべくもない。紺の王国軍の歩兵の進撃を止めるには、あまりにも足りなすぎた。
　ルイセと騎兵の攻撃に続き、別方向からの歩兵の突撃。その二方向からの攻撃に、重装歩兵の守りは用をなさず、魔導士達は蹂躙されていく。
　これまで味方に守られ続け、直接敵に襲われることのなかった紫の王国の魔導士達に、その状況に耐えうる精神力はなかった。恐怖のあまり、好き勝手に逃げ出していく。
　主力の魔導士達が崩壊した時点で、もはや勝負は決した。

　紺の王国は死傷者ゼロ。重傷者も10名にも満たないという大勝だった。

◆　◆　◆　◆

「お見事です、キッド様」

　戦いを終えて、少し落ち着いた頃、ルルーがキッドへと馬を寄せてきた。

「いえ、この国の騎士や魔導士が優秀だったおかげですよ」

　それはお世辞ではなくキッドの本心だった。
　かつてい在籍した緑の公国の騎士や魔導士と比べて、紺の王国の者達は腕では劣っている。しかし、彼らは皆素直で真面目だった。緑の公国の騎士のような気位の高さは、ほとんど感じたことがなかった。騎士としてのプライドは時に必要なものであるが、キッドやルイセという外部因子を戦力として取り入れる際に、そういったものは邪魔となる。騎士ならば、魔導士の言葉など一笑に付してもおかしくないのに、紺の王国の彼らはそんな様子を微塵も見せなかった。そういう素直な心根こそ、彼らの最も尊敬すべき才能だとキッドは心から思う。

「ありがとうございます」

　自国の兵達を褒められ、ルルーは破顔する。
　王女がこういう純真さを持ち続けているがゆえに、兵達もあのようなのだと、いまさらながらにキッドは思い至った。
　そして、彼女自身もこの戦いで何もしていなかったわけではない。
　ルルーは、戦いの間中、後ろから兵を鼓舞し続けており、その姿はキッドも見ていた。
　戦う力も、指揮を執る能力もない。それでもその場で自分にできることを彼女はずっと考え続けているだということが痛いほどに伝わってきた。

（……俺がこうして戦えるのも、あなたのおかげですよ）

　キッドは心の中で、体は小さいのに、存在としてはいつの間にかひどく大きく感じるようになっていた少女に深く感謝する。

「キッド君！」

　そんなキッドの元へ、捕らえた敵魔導士の対処をしていたルイセが、馬を走らせて近づいてきた。
　彼女の姿に負傷の跡は見られない。単独で敵の中に斬り込んだというのに、ルイセは傷一つ負わなかったのだ。

「ルイセ、よくやってくれた。ルイセのあの突撃がなければ、こうもうまくはいかなかったかもしれない」

「いえ、あのくらいは、たいしたことありません。……あなたと戦ったときに比べれば」

（……ルイセが味方で本当によかった）

　ルイセの言葉で、シャドウウインドとして彼女と対峙した時のことを思い出し、キッドは心の底からルイセをスカウトできた幸運に感謝する。

「それより、捕虜にした魔導士達は全員まとめました」

　紫の王国軍は、組織的な撤退行動も取れず、それぞれが逃げるように戦場から脱していった。そのこともあり、紺の王国軍は、多くの敵魔導士を捕虜として捕らえている。
　この数の魔導士を失えば、紫の王国の戦力がガタ落ちになるのは間違いない。

「負傷者の応急処置もおおかた終えています。……敵も含めて」

　続くルイセの言葉にキッドはうなずく。
　負傷者の治療は、味方だけでなく敵にも行っていた。
　敵国の兵とはいえ、自国が支配すれば、配下の兵士となる。戦闘が始まれば命がけの殺し合いをするが、戦闘が終了すれば無用に命を奪うようなことはしない。むしろ、負傷した者がいれば、可能な限りの手当てを行う。
　これは、紺の王国だからというわけではない。この世界では、どこの国でも行う騎士としての当然の行いだった。
　同様の理由で、敵国に攻め入ったからといって、途中の集落や村で略奪が行われるようなこともない。敵国を占領すれば、彼らも自国の領民となる。敵国の民であっても、その対応は自国の民と大きく変わらなかった。
　戦争とはいえ、この世界ではしっかりとした節度が守られている。

「了解した。損害は軽微だが、捕虜や負傷者の扱いだけが問題か」

　戦いに勝利しても、キッドの顔にはまだ緊張感があった。それはルイセも同じだった。
　二人はまだ戦いが終わっていないということを理解している。
　今の戦いで紫の王国に勝利したとはいえ、このままではかの国の脅威は残り続ける。その脅威を取り除き、さらなる脅威である黒の帝国に対抗するには、紫の王国を併合し、紺の王国の領土を広げる必要があった。
　そのため、キッドはこの機に、敵の王城まで攻め入る計画をしている。それはルルー王女や兵達にも事前に伝えてあった。そのため、彼らもまた高い士気を維持しており、このまま進軍するときを待ち構えている。

「兵を分け、捕虜や負傷者にあてますか？　戦力は減りますが、カバーはできます。ただ、食料問題だけはどうしようもないですが……」

　ルイセの懸念に関してはキッドも同じだった。
　これほどの捕虜は想定以上だった。部隊に同行させるにしろ、紺の王国の城まで連れて行くにしろ、その分の人手と、彼らの分の食料も必要になる。
　これからの進軍を考え、わりふりをイメージしているところで、後方から部下が慌てたように走り寄ってきた。

「キッド様！　後方から味方です！」

　その報告に、キッドも慌てて馬を下げ、後方から接近してくる味方の部隊を目視した。

「……このタイミングでこの数……さすがミュウだ」

　それは、城に残るミュウからの指示で派遣されてきた補給部隊の姿だった。十分すぎる量の補給物資に加え、捕虜や敵負傷者の対応にあてられるだけの人数まで揃っている。まるで、この状況を読んでいたかのような適切な数とタイミングだった。

「俺はつくづく人に恵まれているな……」

　後ろの二人の女の子に加え、城にいるミュウの顔を思い浮かべながら、キッドは感慨深く空を見上げる。

　これでキッドの憂いはなくなった。
　今までは守るための戦いだったが、ここからは攻めの戦いだ。そして、その準備はこれで整った。