上 下
35 / 54
後日譚・番外編置き場

オスカー神父は子どもがほしい(※オスカー視点)

しおりを挟む
番外編 オスカー神父は子どもがほしい


 オスカーが神父になってから毎年行って来た年末の宴会。縁結びの神殿に押しかけて来た旧友のジョージが勧めるので、オスカーは仕方なくレネレットの参加を容認した。
 様々なオードブルはあり物で適当に作ったものだが、ジョージはそれを美味しいと言ってよく食べた。見慣れた光景だが、オスカーとしてはあまり面白くない。今はレネレットという一緒に食事をしてくれる相手がいる。オスカーは、彼女のためだけに料理を振る舞いたかった。

「――ん? 今日はあまり飲まないんだな」

 オスカーが持つグラスがなかなか空にならないのを、ジョージは明るい調子で指摘してきた。

「明日の仕事に支障が出てはいけませんからね」
「とか言って、簡単には酔わないくせに」

 減っていたところに新たな酒が注がれる。
 すっと飲みやすいのが特徴のこの酒は、ジョージが豊穣の神殿で作っているものだ。神殿で作っているといっても、個人で楽しむためだけのもので、彼の親しい友人たちにしか振る舞われないことをオスカーは知っている。
 さっぱりとした口当たりですいすい飲めてしまうが、アルコールがかなり強い。酒豪のジョージは平気であるが、お酒になれない人には勧められない品だ。

「レネレット嬢もどうぞ」

 レネレットの前に置かれたグラスは半分ほど減っている。少しずつちびちび飲んでいるようだが、それは味が好みではなかったということではなく、おそらくアルコールの強さに気づいたがゆえだろう。

「あ、美味しいですよー。私が飲むにはもったいないので、お二人でどうぞ」

 赤く染まった頬が、酒のまわりを知らせている。彼女の受け答えはしっかりしているが、トロンとした目をしているのでかなり酔っているのだろう。

「レネレットさん、そろそろ休まれたらいかがですか?」

 ジョージとオスカーとの会話に混じるわけでなく、ただ同席して聞いているだけのレネレットだ。彼女が除け者にされたことを怒ったのでここに残ることになったが、もう充分ではなかろうか。
 オスカーが提案すると、レネレットはグラスに口をつけてぐびぐびと飲んだ。

「……そうやって、私を追い払って、男同士でお喋りって、なんかずるい」

 レネレットの目が座っている。酔いすぎて絡んできているとしかオスカーには思えない。
 このまま放置しておくわけにはいかないと、オスカーは立ち上がった。

「レネレットさん、飲み過ぎです。部屋に運んで差し上げましょう。今夜は冷え込みそうですし、僕の部屋で寝ていてください」
「お? そのまましばらく席を外してもいいぞ?」

 ジョージが茶化す。オスカーはレネレットからジョージに顔を向けてひと睨みし、黙らせた。
 レネレットの部屋は北側にあるので朝は冷えやすい。オスカーの私室は暖房設備が付いているので、朝を温かく迎えられる。ただそれだけの理由で、他意はない。

「ほら。意地を張っているものではありません。素直に身体を委ねなさい。その様子じゃ立てないでしょう?」
「た、立てるわよ!」

 オスカーが促すと、レネレットはムキになったようで勢いよく椅子から立ち上がった。一応しっかりと両足で踏ん張っている。

「これならまだ一緒にいてもいいでしょ! 私、日付が変わるときにも、オスカーと一緒にいたいのっ!」

 怒鳴るような大きな声で告げたレネレットは、グラスに残っていたお酒を一気に呷った。

「好きな人と一緒に年越ししたいの……ひっく……ずっとずっと、憧れて……ひっく……」

 声が小さくなっていくと、レネレットの身体からふっと力が抜ける。
 オスカーは慌てて彼女の身体を支えた。怪我をさせることなく受け止める。彼女が無事でよかったとオスカーは安堵した。

「……寝ましたか」

 オスカーは顔を覗き込む。腕の中のレネレットは、真っ赤な顔をしながらスヤスヤと寝息を立てていた。ずいぶんと無防備だ。

「結構ねばったが、惜しかったな」

 ジョージの言葉に、オスカーはそうだなと心の中で同意した。
 時計塔から鐘の音が響く。日付が変わったことを知らせる音だ。

「もっと早くそれを言っていただければ、願いを叶えて差し上げたのに」

 オスカーはレネレットを横抱きにした。部屋に運んでやらねばならない。宴会会場にした応接間は寝るには寒いだろう。

「すぐに戻ります。ジョージはここで待っていてください」
「別に、ゆっくりしてきていいぞ。適当に切り上げて帰るから」
「へえ。ここから宮殿に向かうのだと思っていましたが」

 ジョージのいる豊穣の神殿は宮殿からかなり離れた場所にあり、この縁結びの神殿の方がいくらか宮殿に近い。だから例年はジョージが酒を持って縁結びの神殿を訪ね、日が変わるまで宴会を楽しむのである。

「新婚の邪魔をしたらマズイだろ?」
「独身最後を祝うと言って押しかけたくせに、よくそんな言葉が出ますね。――話がありますので、残っていてください」

 ジョージに言い残すと、ぐったりとしたレネレットを支え直す。オスカーは眠るレネレットを部屋に運んでやったのだった。




「全く君というやつは。少しぐらい甘えさせてやればいいのに」
「いろいろと手順を踏む必要があるんですよ」
「細けえことを言うなぁ……」

 告げたようにすぐに戻ったオスカーに、ジョージはつまらなそうな顔をした。と言っても、レネレットを寝間着に着替えさせてきたので、その程度の時間は経過している。

「――ところで。彼女との間に子どもをもうけたいのですが、どうでしょうか」
「どうって……どの、どう、なんだ?」

 訝しげな顔をされてしまった。オスカーはふむと唸ると、酒に口をつける。

「することをすればそれでいいとのことでしたが、どうにもイメージができなくて。《見えない》んですよね、自分の未来は特に」
「じゃあ、無理にしなくてもいいんじゃねえか? 家族という形にこだわるのであれば、養子でもいいじゃないか。そもそも君だって、養子だろうに」
「それはそうですけど」

 どうして子どもがほしいと思うのか――その理由は彼女との家族がほしいからだと理解している。それ以外に、レネレットに触れたいという衝動をオスカーは説明できなかったのだ。
 レネレットの前では控えていたが、オスカーは手酌でグラスに新たな酒を注ぎ、一気に飲み干した。

「なあ、オスカー。君はただ、レネレット嬢が望むようにしてやればいいだろ。そのために、きちんと話し合うべきだ。自分たちがどんな未来を望むのか、ちゃんと、な。そうじゃないと、後悔するぞ。こうなりたくて、君は君になることを選んだんじゃなかったのか?」

 ジョージの指摘はもっともだ。オスカーは黙って、頷く。

 ――彼女と結ばれるなら、この世界でしかあり得なかった。それに、この世界で彼女との縁を切ろうと、僕は誓った。そうだろう? オスカー・レーフィアル。

 この世界での自分の名を思い出し、オスカーはさらに頷いた。

「話し合い、ね……。レネレットさんはああ見えて鋭いところがあるから、うまく話せるかどうか。それに、ついついからかいたくなってしまうんですよね」
「それ、悪い癖だぞ」
「知っています」

 お互いに酒を注ぎあって、一杯飲む。身体が熱を帯びているのを感じ、今日の酒は酔いが回りやすいなという感想を心の中で持った。

「――僕にもしものことが起きたら、彼女に力を貸してやってくださいね」
「そういう予定でもあるのか?」
「念のためですよ」

 オスカーは笑って、お酒を飲んだ。
 予感めいたものがある。具体的には見えなくても、よくないことがきっと近い未来に起こる。
 ジョージはオスカーの言葉を聞いて眉をひそめたが、ふっと力を抜いて笑った。

「そういう日が来てしまったら、手は貸してやるよ。だが、そういう日が来ないように、君にも手を貸すからな」
「そうですね。期待しています」

 そのうちにツマミにしていたオードブルがなくなって、宴会はお開きになった。ジョージは帰ると宣言した通り、真っ暗な道を自分の神殿に向けて戻っていった。


《番外編 オスカー神父は子どもがほしい 終わり》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。