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第3章:サマーナイトドリーム
5・名前
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相手が尊だとわかると気が抜けて、灯里は倒れそうになりよろめいた。
だが、力強い腕がよろめく身体を受け止めてくれる。
「大丈夫か? 怖かっただろ?」
「は、い……。あ、あの……」
「ん?」
「あの、どうして、ここに……」
尊がここに居るのは偶然だろうか?
出掛けた時に偶然灯里を見かけて助けてくれたのだろうか?
そうだとすると、とても幸運だったと灯里は思った。
もしも尊が来てくれなければ、自分は今頃どうなっていたかわからない。
「あぁ、聡に頼まれたんだ」
「え?」
尊は意外な事を口にし、灯里は驚いた。
「聡兄さんに?」
「あぁ。聡から仕事でどうしても家に帰れなくなって、お前が家に一人だって連絡があったんだ。そんで、最近また当麻がウロチョロしてるようだから、心配だって……」
だから、様子を見に来たんだ。
そう言った尊は、優しく灯里を見つめた。
「どう、して?」
尊の言葉を聞いて、灯里は不思議に思った。
「え? だから、聡から電話があってよ。今説明したけど、聞いていなかったのか?」
「え? あ、あの、聞いていました。でも……」
「ん?」
くい、と尊が首を傾げる。
彼には灯里の言おうとしている事がわからないらしい。
灯里が不思議に思い聞こうとしたのは、いくら聡から連絡があったとはいえ、大勢いる生徒の一人でしかないはずの灯里の元へ、尊が来てくれたという事だ。
だけど、灯里はそれを尊に聞く事が出来なかった。
今は不良たちに囲まれていたところを助けてくれた事に感謝して、花火大会のこの夜に尊に会えた事を素直に喜ぼうと思う。
「あ、あの、た、助けに来てくれて、ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、オウ、と尊は笑って頷いた。
尊の笑顔を見て、夜なのに太陽みたいだと灯里は思う。
「古城、今日、聡から外に出るなって言われてたんだろ? 何かあったか?」
「はい……」
灯里は頷き、当麻の部下の女が自分を迎えに来た事を尊に言った。
そして、あのまま家に居れば、聡も和利も居ない家に、当麻自身が来てしまうのではないかと思い、外出するふりをしようとして家を出た事を。
「それで……あの不良どもに絡まれちまったって事か」
「はい」
灯里が頷くと、ふう、と尊が深い息をついた。
灯里は自分の行動が浅はかだと呆れられてしまったのだろうかと、思った。
だがそれは違い、
「本当に、間に合って良かったよ」
と尊は続け、優しく灯里の頭に手を置き撫でてくれた。
先程までは一人でとても心細かったが、今は尊がそばにいてくれるから、とても安らいでいる。
尊に、先生、と呼びかけようとすると、
「おい、今日はオフだって言っただろ?」
「んんっ」
頭に置かれていた手がすばやく灯里の口を塞いだ。
「今日は、マジで俺は先生の仕事はしねぇつもりなの! だから、先生とか呼ぶなよ」
「で、でも……」
それなら、今の尊の事は何と呼べばいいのだろう。
いつもは、「先生」だ。
でも今はそう呼ぶなと彼は言う。
では、「新堂さん」と呼ぶべきだろうか。
それとも――。
「名前、呼べ」
「え?」
「俺の名前……尊っていうんだけど、知らねぇ?」
「し、知ってます、けど……」
本当に名前で呼んでもいいの?
灯里は尊を見つめ、そう問うた。尊は、
「今日の……今……二人きりのこの一瞬だけ、な」
と言い、優しく目を細め頷いた。
「尊、さん……」
小さく呼びかけると、あぁ、と尊は小さく返事をした。
これは奇蹟か、それでなければ夏の夜の夢ではないだろうかと灯里は思った。
胸がいっぱいになって、涙が零れそうになる。
いつか、こんなふうに彼を名前で呼ぶ日がくればいいのにと思う。
「灯里」
「え?」
名前を呼ばれ、灯里は驚き尊を見つめた。尊は灯里を優しく見つめたまま柔らかく笑うと、
「俺も、今日、今だけな」
と言い、着ていたパーカーを脱ぐと、灯里の肩にかけてくれた。
「これ、着ておけ」
「あ、ありがとうございます……」
灯里は尊のパーカーを借りる事にした。
カーディガンを羽織ってはいるものの、キャミソールの胸元が大きく開いていたからだ。
尊のパーカーは大きくて、袖を通しても腕が出なかった。
裾は太ももくらいまであって、ショートパンツが隠れてしまう。
もしかすると、パーカーしか着ていないように見えてしまうかもしれない。
「なんか……んー……でも、なぁ……」
「ど、どうかしましたか? 変、ですか?」
「いや、そうじゃねぇ。そうだ、ついでにこれも被ってろ」
尊はそう言うと、パーカーのフードを灯里にかぶせた。
少し暑かったが、尊に包まれているような気がして灯里は心地良さを感じた。
「誰かに見られると、マズイかもしんねーしなー」
ぽつり、尊た呟くように言う。
それは、彼が教師で自分が生徒だからという事だろうか。
自分と一緒では尊に迷惑がかかるのではないだろうかと思うと、灯里は胸がツキンと痛むのを感じた。
ここは借りたパーカーを返し、自分は家に戻った方がいいのかもしれない。
家を出てからだいぶ時間が経っているから、もう当麻の部下の女は居なくなっているかもしれないし。
「あ、あのっ」
一緒に居たいけれど、尊に迷惑がかかるくらいなら、帰った方がいい。
灯里はそう思ったのだが、
「じゃあ、行くぞ、灯里」
と言い、尊は灯里に手を差し出した。
「え?」
驚いて首を傾げ、灯里は尊を見つめる。
「行くぞ、こっちだ」
「あ、あの……」
どこに行くつもりなのだろう?
灯里が戸惑っていると、尊は灯里の手を強引に掴む。
「行くぞ、灯里。人が増えてきたから、はぐれるなよ」
尊はそう言うと灯里の手をぎゅっと握ってくれた。
大きな手だなと灯里は思う。
大きいだけでなく、優しい、とも。
灯里は、
「はい」
と返事をすると、尊に手を引かれるままに歩き出した。
だが、力強い腕がよろめく身体を受け止めてくれる。
「大丈夫か? 怖かっただろ?」
「は、い……。あ、あの……」
「ん?」
「あの、どうして、ここに……」
尊がここに居るのは偶然だろうか?
出掛けた時に偶然灯里を見かけて助けてくれたのだろうか?
そうだとすると、とても幸運だったと灯里は思った。
もしも尊が来てくれなければ、自分は今頃どうなっていたかわからない。
「あぁ、聡に頼まれたんだ」
「え?」
尊は意外な事を口にし、灯里は驚いた。
「聡兄さんに?」
「あぁ。聡から仕事でどうしても家に帰れなくなって、お前が家に一人だって連絡があったんだ。そんで、最近また当麻がウロチョロしてるようだから、心配だって……」
だから、様子を見に来たんだ。
そう言った尊は、優しく灯里を見つめた。
「どう、して?」
尊の言葉を聞いて、灯里は不思議に思った。
「え? だから、聡から電話があってよ。今説明したけど、聞いていなかったのか?」
「え? あ、あの、聞いていました。でも……」
「ん?」
くい、と尊が首を傾げる。
彼には灯里の言おうとしている事がわからないらしい。
灯里が不思議に思い聞こうとしたのは、いくら聡から連絡があったとはいえ、大勢いる生徒の一人でしかないはずの灯里の元へ、尊が来てくれたという事だ。
だけど、灯里はそれを尊に聞く事が出来なかった。
今は不良たちに囲まれていたところを助けてくれた事に感謝して、花火大会のこの夜に尊に会えた事を素直に喜ぼうと思う。
「あ、あの、た、助けに来てくれて、ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、オウ、と尊は笑って頷いた。
尊の笑顔を見て、夜なのに太陽みたいだと灯里は思う。
「古城、今日、聡から外に出るなって言われてたんだろ? 何かあったか?」
「はい……」
灯里は頷き、当麻の部下の女が自分を迎えに来た事を尊に言った。
そして、あのまま家に居れば、聡も和利も居ない家に、当麻自身が来てしまうのではないかと思い、外出するふりをしようとして家を出た事を。
「それで……あの不良どもに絡まれちまったって事か」
「はい」
灯里が頷くと、ふう、と尊が深い息をついた。
灯里は自分の行動が浅はかだと呆れられてしまったのだろうかと、思った。
だがそれは違い、
「本当に、間に合って良かったよ」
と尊は続け、優しく灯里の頭に手を置き撫でてくれた。
先程までは一人でとても心細かったが、今は尊がそばにいてくれるから、とても安らいでいる。
尊に、先生、と呼びかけようとすると、
「おい、今日はオフだって言っただろ?」
「んんっ」
頭に置かれていた手がすばやく灯里の口を塞いだ。
「今日は、マジで俺は先生の仕事はしねぇつもりなの! だから、先生とか呼ぶなよ」
「で、でも……」
それなら、今の尊の事は何と呼べばいいのだろう。
いつもは、「先生」だ。
でも今はそう呼ぶなと彼は言う。
では、「新堂さん」と呼ぶべきだろうか。
それとも――。
「名前、呼べ」
「え?」
「俺の名前……尊っていうんだけど、知らねぇ?」
「し、知ってます、けど……」
本当に名前で呼んでもいいの?
灯里は尊を見つめ、そう問うた。尊は、
「今日の……今……二人きりのこの一瞬だけ、な」
と言い、優しく目を細め頷いた。
「尊、さん……」
小さく呼びかけると、あぁ、と尊は小さく返事をした。
これは奇蹟か、それでなければ夏の夜の夢ではないだろうかと灯里は思った。
胸がいっぱいになって、涙が零れそうになる。
いつか、こんなふうに彼を名前で呼ぶ日がくればいいのにと思う。
「灯里」
「え?」
名前を呼ばれ、灯里は驚き尊を見つめた。尊は灯里を優しく見つめたまま柔らかく笑うと、
「俺も、今日、今だけな」
と言い、着ていたパーカーを脱ぐと、灯里の肩にかけてくれた。
「これ、着ておけ」
「あ、ありがとうございます……」
灯里は尊のパーカーを借りる事にした。
カーディガンを羽織ってはいるものの、キャミソールの胸元が大きく開いていたからだ。
尊のパーカーは大きくて、袖を通しても腕が出なかった。
裾は太ももくらいまであって、ショートパンツが隠れてしまう。
もしかすると、パーカーしか着ていないように見えてしまうかもしれない。
「なんか……んー……でも、なぁ……」
「ど、どうかしましたか? 変、ですか?」
「いや、そうじゃねぇ。そうだ、ついでにこれも被ってろ」
尊はそう言うと、パーカーのフードを灯里にかぶせた。
少し暑かったが、尊に包まれているような気がして灯里は心地良さを感じた。
「誰かに見られると、マズイかもしんねーしなー」
ぽつり、尊た呟くように言う。
それは、彼が教師で自分が生徒だからという事だろうか。
自分と一緒では尊に迷惑がかかるのではないだろうかと思うと、灯里は胸がツキンと痛むのを感じた。
ここは借りたパーカーを返し、自分は家に戻った方がいいのかもしれない。
家を出てからだいぶ時間が経っているから、もう当麻の部下の女は居なくなっているかもしれないし。
「あ、あのっ」
一緒に居たいけれど、尊に迷惑がかかるくらいなら、帰った方がいい。
灯里はそう思ったのだが、
「じゃあ、行くぞ、灯里」
と言い、尊は灯里に手を差し出した。
「え?」
驚いて首を傾げ、灯里は尊を見つめる。
「行くぞ、こっちだ」
「あ、あの……」
どこに行くつもりなのだろう?
灯里が戸惑っていると、尊は灯里の手を強引に掴む。
「行くぞ、灯里。人が増えてきたから、はぐれるなよ」
尊はそう言うと灯里の手をぎゅっと握ってくれた。
大きな手だなと灯里は思う。
大きいだけでなく、優しい、とも。
灯里は、
「はい」
と返事をすると、尊に手を引かれるままに歩き出した。
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