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第3章:サマーナイトドリーム

6・尊の友達①

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「灯里、ここ、な」

「え? ここって……」

 尊が灯里を連れてきたのは、一階がパン屋、二階がパン屋のイートインスペース、三階がヘアサロン、四階がネイルサロンになっている雑居ビルだった。
 五階より上は、どうなっているのか知らない。
 灯里は今まで実際に来た事はなかったのだが、クラスの女の子たちがここのパンは美味しいとか、ヘアサロンの美容師がイケメンと美女だとか言っていたような気がする。

「こっちだ」

「え?」

 手を繋いだまま、尊は奥のエレベータへと向った。
 六階のボタンを押されたのを見つめながら、六階って何があるんだろうと灯里はぼんやりと考える。

「あ、あの、六階って……」

 灯里が尋ねると、連れが住んでる、と尊は答えた。
 エレベータが上昇する中、尊はずっと繋いだままだった灯里の手を、これまで以上に強く握った。
 尊がどうして手を強く握ったのかはわからない。
 少し握られた手が痛かったが、その痛みだって灯里は嬉しいと思っていた。
 ずっとこのまま手を握っていてもらえたら、どんなに幸せだろう。

 チン、と音を立ててエレベータが止まり、ドアが開く。
 それと同時に尊は灯里の手を放し、灯里は肩を落とした。
 ずっと手を握っていてほしいという願いは叶えられなかった。

「これ、暑かっただろ」

 ずっと被っていたフードが取られる。
 灯里は首を横に振った。
 確かにフードを被っていたのは暑かったが、尊に包まれているような心地良さを感じていた灯里は、むしろ寂しいと思ってしまう。

「古城」

「は、はいっ」

 呼び名が変わり、灯里は夢の時間が終わった事を知った。
 不良たちに囲まれていたのを助けてもらってここまでの間、ホンの少しの時間だったけど、灯里はとても幸せだった。
 今夜の事は、一生の思い出にしようと思う。

「聡が来るまでここにいろ。まぁ、仕事が長引いて来れなかったら、俺が送ってくからよ」

「は、はい……でも……」

 ここは一体どこなのだろうと灯里は思う。

「古城、こっち……」

 エレベータを降りて短い廊下を進むと、階段があった。
 尊はその階段を上がって行き、灯里はそれについていく。
 階段を上がった先にはドアがあった。
 ドアを開けると――そこには意外な人物が居た。

「あ、灯里じゃん!」

「え? 雅ちゃん?」

 尊に連れて来られた屋上には雅が居た。
 雅はチョコバナナをかじりながら灯里に近づいてきて、

「灯里、なんでここに?」

 と首を傾げる。

「古城は俺の学生時代の先輩の従妹なんだ。聡って言ってな、お前の兄ちゃんも知ってるやつだ。その聡に頼まれて、ここに連れてきたんだ」

 尊がそう説明すると、雅は納得したようだった。

「ハーイ、灯里、いらっしゃい」

「え? 奈央先生?」

 雅の他には、奈央が居た。
 あとは尊や奈央と同年代の大人たちで、尊が連れて現れた灯里を興味深げに見つめていた。
 自分はここに来て良かったのだろうか?

「古城、こいつら、俺のガキの頃からの腐れ縁の連れな。奈央ちゃん……は、わかるよな。あとは、郁美、零、信介、典子、正義、そんで、雅の兄貴の保。みんな聡とも知り合いだ。零と典子と正義は、聡と同い年な」

「え? そ、そうなんですか?」

 灯里は周りの大人を見回した。
 彼らは優しい表情で灯里を見つめていた。

「あ、あのっ……は、初めまして……こ、古城灯里です……」

 灯里がそう言ってぺこりと頭を下げると、

「尊! 灯里って、もしかして噂の灯里ちゃん? 聡先輩の従妹の?」

 と、淡い金髪の美女が言った。たしか名前は、郁美さん、だったと思う。

「あ、は、はい……」

 噂の、というのは何なのだろうと思いながら灯里は頷いた。

「やだ、ものすごい美少女じゃないっ! お肌綺麗だし、髪の毛もつやつやでサラサラ! スタイルもすごくいいじゃないっ! ちょっと、胸のサイズいくつなわけ?」

「え? え?」

 興奮しながらそう言った郁美は、灯里の元へと近寄った。
 驚く灯里の両手を掴むと、

「ねぇ、お化粧とかはしないの? ネイルとかは?」

 と聞いてくる。
 灯里がまだした事がないと答えると、もったいないなぁ、ととても残念そうな表情をする。
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