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学園通いを拒否する元悪役令嬢
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私がカレンになってから随分と経った。
既にジョアン様もレオノールも王立学園に通い始めている。以前と同じならイサベルは男爵家での詰め込み教育を経てから通うことになる。順当にいけばジョアン様とイサベルが邂逅を果たすまであと二年弱だろう。
「ねえカレン。王立学園に行く気は無い?」
「ないです」
この頃になるとカルロッタ先生は体調が悪化して寝込むようになってしまった。幸いにもかかりつけのお医者様は定期的に屋敷に来てもらえているから、先生の身の回りのお世話が増えたぐらいで左程仕事の負担が増えたわけではない。
既にお孫さんもいらっしゃるカルロッタ先生もいい年だ。いつ天からお迎えが来てもおかしくない。これまでは病気とも無縁で元気だったけれど、体力の衰えは隠しきれていない。今回も初めは軽い風邪だったのに。
「勉強は好きなんでしょう?」
「はい、好きです。自分の世界が広がるみたいで楽しいです」
「じゃあ王国最高峰の教育機関には絶対に通うべきよ。私が教えられる範囲にも限度があるし。専門の教師から学ぶべきだわ」
「知りたい知識は自分で調べられます。誰かに教えてもらう必要はないです」
「独学は独りよがりになったり知識が偏って危険よ」
そんな先生はここ最近王立学園を執拗に勧めてくるようになった。私がいつまでもここに留まっているのは勿体ないと思っているのだろうか。それとも……自分は先が長くないから私に次に進んでもらいたい、と考えているのだろうか。
「それにわたしは学園には通えませんから。学費どころか受験料も払えません」
「そんなの心配しなくていいわ。受験料ぐらいなら私が融通してあげるし、学費は特待生になれば免除されるじゃないの」
貴族御用達の王立学園は貴族階級以外の者にも学ぶ機会が与えられている。ただし試験は難しく、毎年の合格者もごくわずか。その代わり国勤めの文官や大商会の会計士など将来が約束されたも同然。毎年多くの者が挑戦し、夢破れている。
とは言ったものの学園で常に優秀な成績を収めていたレオノールの知識を持つ私にとっては合格なんて難しくはない。試験問題の傾向も把握しているし面接対策も問題ない。何なら今すぐにだって受けたってかまわない。
まあ、そのレオノールが卒業間近まで通っていた経験があるから、既に学園で学べることがもう残っていないのだけれど。
「そもそもそんな暇無いですって。働けなくなったらお母さんのお薬も買えませんし」
「お母さんの介護の費用は私が出してあげるって言ってるじゃないの」
「そんな労働に見合わない対価は欲しくありません」
「強情ねえ」
第一、学園に通い始めたら今度は第三者視点でレオノールの破滅を体験しなくちゃいけないじゃないか。何が悲しくてイサベルの恋愛を祝福しなければいけないのだ。苛立つぐらいなら初めから関わらないに越したことは無い。
そうした様々な理由があって私は学園に行きたくなかった。先生が勧める度に私は自分の意識をはっきりと伝えるのだけれど、先生もなかなか諦めてくれない。今日交わされる会話ももう何度目なのか数えていない。
「ところで……最近遠くのものが見えづらい、なんてこと無いかしら?」
「えっ? どうして分かるんですか?」
「時々目つきが悪くなっているんだもの。視力が弱っているんでしょうね」
不意の質問に私の心臓が跳ね上がった。確かに前より視界がぼやけるようになった。特に文字が見えづらくてつい目を細めたり本を近づけたりしてしまう。レオノールだった頃は最後までお屋敷の窓から庭の隅々まで見通せたのに。
「……どうしよう。眼鏡を買うお金なんて無いです」
「それぐらい私が出してあげるから」
「そんな! わたしが頑張ってお金を貯めればいいだけですから!」
「部下の仕事に支障が出ないよう福利厚生をしっかりするのは雇い主の義務よ。不満なら出世払いでもいいから」
そこまで言われたら私は厚意に甘えるしかなかった。必ずこの恩は返すと固く心に誓って先生からお金を受け取る。……革袋に入った金貨の枚数を見て腰を抜かしそうになった。絶対に一番安いものを選んでおつりを返そう。
店が閉まる前に今すぐ行ってこい、と屋敷を追い出された私は地図を頼りに先生お墨付きの店に向かった。人で賑わう大通りを抜けて貴族御用達の職人の工房や店が並ぶ繁華街を進む。使用人服の今でも浮いているんだ。普段着では絶対に来られないだろう。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
店員らしき人が来店した私を出迎える。私の恰好を確認しても嫌悪感を露わにしないだけ接待の教育が行き届いていると感じる。店内には数名ほど他の客がいたけれど、皆裕福そうな服を着こなしている。
「ご主人様に眼鏡を作ってこい、と命じられました。お願いできますか?」
「畏まりました。作るにあたって何かご要望はありますか?」
「えっと……あ、そう言えばご主人様にコレを店の人に見せろと言われました」
店内を見渡しても何が良いのかサッパリなので、とにかく専門の人に任せることにした。私が差し出した紙を読んだ店員は……何故か血相を変えた。
既にジョアン様もレオノールも王立学園に通い始めている。以前と同じならイサベルは男爵家での詰め込み教育を経てから通うことになる。順当にいけばジョアン様とイサベルが邂逅を果たすまであと二年弱だろう。
「ねえカレン。王立学園に行く気は無い?」
「ないです」
この頃になるとカルロッタ先生は体調が悪化して寝込むようになってしまった。幸いにもかかりつけのお医者様は定期的に屋敷に来てもらえているから、先生の身の回りのお世話が増えたぐらいで左程仕事の負担が増えたわけではない。
既にお孫さんもいらっしゃるカルロッタ先生もいい年だ。いつ天からお迎えが来てもおかしくない。これまでは病気とも無縁で元気だったけれど、体力の衰えは隠しきれていない。今回も初めは軽い風邪だったのに。
「勉強は好きなんでしょう?」
「はい、好きです。自分の世界が広がるみたいで楽しいです」
「じゃあ王国最高峰の教育機関には絶対に通うべきよ。私が教えられる範囲にも限度があるし。専門の教師から学ぶべきだわ」
「知りたい知識は自分で調べられます。誰かに教えてもらう必要はないです」
「独学は独りよがりになったり知識が偏って危険よ」
そんな先生はここ最近王立学園を執拗に勧めてくるようになった。私がいつまでもここに留まっているのは勿体ないと思っているのだろうか。それとも……自分は先が長くないから私に次に進んでもらいたい、と考えているのだろうか。
「それにわたしは学園には通えませんから。学費どころか受験料も払えません」
「そんなの心配しなくていいわ。受験料ぐらいなら私が融通してあげるし、学費は特待生になれば免除されるじゃないの」
貴族御用達の王立学園は貴族階級以外の者にも学ぶ機会が与えられている。ただし試験は難しく、毎年の合格者もごくわずか。その代わり国勤めの文官や大商会の会計士など将来が約束されたも同然。毎年多くの者が挑戦し、夢破れている。
とは言ったものの学園で常に優秀な成績を収めていたレオノールの知識を持つ私にとっては合格なんて難しくはない。試験問題の傾向も把握しているし面接対策も問題ない。何なら今すぐにだって受けたってかまわない。
まあ、そのレオノールが卒業間近まで通っていた経験があるから、既に学園で学べることがもう残っていないのだけれど。
「そもそもそんな暇無いですって。働けなくなったらお母さんのお薬も買えませんし」
「お母さんの介護の費用は私が出してあげるって言ってるじゃないの」
「そんな労働に見合わない対価は欲しくありません」
「強情ねえ」
第一、学園に通い始めたら今度は第三者視点でレオノールの破滅を体験しなくちゃいけないじゃないか。何が悲しくてイサベルの恋愛を祝福しなければいけないのだ。苛立つぐらいなら初めから関わらないに越したことは無い。
そうした様々な理由があって私は学園に行きたくなかった。先生が勧める度に私は自分の意識をはっきりと伝えるのだけれど、先生もなかなか諦めてくれない。今日交わされる会話ももう何度目なのか数えていない。
「ところで……最近遠くのものが見えづらい、なんてこと無いかしら?」
「えっ? どうして分かるんですか?」
「時々目つきが悪くなっているんだもの。視力が弱っているんでしょうね」
不意の質問に私の心臓が跳ね上がった。確かに前より視界がぼやけるようになった。特に文字が見えづらくてつい目を細めたり本を近づけたりしてしまう。レオノールだった頃は最後までお屋敷の窓から庭の隅々まで見通せたのに。
「……どうしよう。眼鏡を買うお金なんて無いです」
「それぐらい私が出してあげるから」
「そんな! わたしが頑張ってお金を貯めればいいだけですから!」
「部下の仕事に支障が出ないよう福利厚生をしっかりするのは雇い主の義務よ。不満なら出世払いでもいいから」
そこまで言われたら私は厚意に甘えるしかなかった。必ずこの恩は返すと固く心に誓って先生からお金を受け取る。……革袋に入った金貨の枚数を見て腰を抜かしそうになった。絶対に一番安いものを選んでおつりを返そう。
店が閉まる前に今すぐ行ってこい、と屋敷を追い出された私は地図を頼りに先生お墨付きの店に向かった。人で賑わう大通りを抜けて貴族御用達の職人の工房や店が並ぶ繁華街を進む。使用人服の今でも浮いているんだ。普段着では絶対に来られないだろう。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
店員らしき人が来店した私を出迎える。私の恰好を確認しても嫌悪感を露わにしないだけ接待の教育が行き届いていると感じる。店内には数名ほど他の客がいたけれど、皆裕福そうな服を着こなしている。
「ご主人様に眼鏡を作ってこい、と命じられました。お願いできますか?」
「畏まりました。作るにあたって何かご要望はありますか?」
「えっと……あ、そう言えばご主人様にコレを店の人に見せろと言われました」
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