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第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編

第16話 オットーの忠告

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 ・・16・・
 2の月1の日
 午前3時10分
 ムィトゥーラウ東部郊外
 妖魔帝国軍・前線司令部リシュカ執務室個人大テント内


 オットーの采配によりリシュカ達を後退させて約半日が経過した。
 オットーが引き連れていた部隊と、リシュカが引き連れていた部隊に限ればあの混乱もようやく収まりつつあり、各々が様々な感情を心の内に渦巻かせながらもムィトゥーラウ東部郊外にある帝国軍前線司令部にたどり着き一息つけるようになったのである。
 だが、全体を俯瞰すればまだまだ収拾には程遠い状況だった。
 渦中の人物リシュカは戦闘による軽傷を名目に――オットーがわざとそう報告していた――、彼女自体は自身の執務室になっている大テントにいた。ここに入ってきたばかりのオットーもいた。
 リシュカは一人がけソファーに腰かけて虚空を見つめるように喫煙しているが、無言のままである。

「先程入りました、戦況報告に参りました」

「……話しなさい」

「はっ」

 いつもより覇気の無い様子のリシュカだが、オットーは構わず報告を始めた。

「昨日のムィトゥーラウ中心市街地における戦闘ですが、死者行方不明者及び負傷者はまだ全容を掴みきれておりません。第一近衛師団だけに限っても非戦闘人員含め死傷者は師団人員の半数にのぼります。死者は推定で約二〇〇〇かと。第八軍の損害も甚大です。こちらは今把握しているだけでも死者行方不明者及び負傷者が約一三〇〇〇。まだ増えるでしょう……」

「そう」

「よって、第八軍及び第一近衛師団は後退。交代として第五軍が入ることとなりました。当面、第八軍は戦力として動かせず、第一近衛師団に至っては再編成確定です」

 オットーの発言は、帝国軍上層部に重たい現実としてのしかかっていた。何せまだ半日しか経っていないのにも関わらずこれだけの死者行方不明者に負傷者が判明しているのである。負傷者のどれだけかは復帰出来るかもしれないが死者は二度と戻ってこない。行方不明者も日が経てば経つほど死者として計上しなければならないだろう。
 結果、シェーコフは第八軍は当面司令部付近に置くことになり戦力回復と補充を待つこととし、第一近衛師団は再編成の対象となって戦力に数えないよう決めたのである。

「統合軍の連中の動きは?」

「統合軍については早々にボドノヴ川より西まで撤退しました。さらに西進する動きもありますから、ムィトゥーラウ方面からは完全撤退でしょう。ムィトゥーラウ中心市街地をあそこまで徹底的に破壊したのです。元より捨てるつもりだったのでしょう」

「その中心市街地はどうなの」

「酷い有様です。当初の予定ではムィトゥーラウを奪還次第前線司令部機能を置く予定でしたが、不可能となりました。司令部機能として使えるようになるまで約一ヶ月はかかるとのこと」

「あそこまでやられれば、ね」

「ええ。まずは生き埋めになった兵の救出をしなければなりません。それと並行して瓦礫の撤去と、不発しているかもしれない統合軍の置き土産の捜索です。これだけでも相当な労力と時間を割かれるでしょう。我々は、まんまとしてやられたわけです」

 オットーが皮肉の如く言ったように、ムィトゥーラウ中心市街地は最早街として機能を喪失していた。現在帝国軍の中でも中心市街地にいた兵士達はアカツキの『棺桶作戦』による爆発だけでなく、追い討ちをかけるような大量の砲弾とロケットの爆発にも巻き込まれ瓦礫の下に埋まっている者も相当数いたのだ。
 さらに中心市街地各所はこの爆発によって多数道路が寸断されており撤去にどれだけ時間がかかるのかと工兵部隊は頭を抱えていた。
 それだけでは無い。あの爆発が魔石地雷だと夜になって判明したのだが、よりにもよって不発弾を発見してしまったのである。こうなると、ムィトゥーラウ中心市街地をメインとして不発弾も探し出さなければならない。一番時間がかかると思われるのがここであり、だからこそ帝国軍はムィトゥーラウの復旧には一ヶ月かかると割り出したのである。
 このように、ただでさえ多数の死傷者を出した上にムィトゥーラウの復旧に対しても膨大な労力と時間を費やすことになってしまい、シェーコフは統合軍の追撃を断念。進出したとしても、ボドノヴ川よ東岸までという方針を決めざるを得なかった。

「報告は以上?」

「はっ。はい。ひとまずはこれにて以上となります」

「そう。ご苦労。下がっていいよ」

「…………」

 いつもならここで退室するオットーだが、一歩も動かなかった。
 その様子に訝しんだリシュカは、

「どうしたのよ。下がれって言ったけど」

「…………畏れながら」

「何よ」

「畏れながら、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「だから、何を」

「閣下は、何故あの時突出されたのですか。アカツキと対敵したまでは分かります。しかし、何故あそこまで突撃されたのですか?」

 オットーは表情を崩さず、単刀直入にリシュカへ問う。

「質問に質問を返すけどさ、何故お前は私を止めた? あのクソ英雄は帝国軍にとって最も脅威となる人物で、殺害しなければならない相手。あの場に奴がいたことは、我々にとっても千載一遇の機会だったはずなんだけど? それをお前は、妨害した。私の命令も、無視してね」

 リシュカは逆に問うた。事を一面だけで見れば、彼女の言うことも正しい。アカツキという存在自体、帝国軍にとっては危険極まりない人物だ。昨日の戦闘で殺害出来ていれば、統合軍の士気は大きく落ちたであろうし、戦力を低下させられただろう。
 だが、戦況を大局として見た場合は違う。

「お言葉ですがリシュカ閣下。あの状況下は閣下にとっても非常に危険でした。中心市街地各所が寸断され孤立。もし万が一があっても救援にいけません。それだけではありません。部隊そのものも危機でした」

「それで?」

「自分は、自分の役目は閣下を御守りする事です。故に、看過出来ませんでした」

「お前に守られなくとも、私は無事だったよ。現にまだまだ戦えた」

「ええ、閣下は自分が御守りしなくとも生き残られるでしょう」

「ならどうして――」

「閣下のお身体は閣下だけのものではないとご自覚ください」

 リシュカは苛立った様子でオットーへ言葉を返した。対してオットーはリシュカの言葉を遮るように反論する。

「はぁ?」

「先の損害を思い返してくださいませ、閣下。あの状況で、まだ突出が可能だと思われますか? よしんば閣下が良かったとして、部下達は? 部下達がいなくなったとして、閣下は無事で済みますか? アカツキはともかく、あの人形はまだ全力を出していないように、余裕があるように私は見えました」

「それは……」

 リシュカは二つの意味で言葉が詰まる。
 一つ目はエイジス。確かにリシュカの目からしてもエイジスにはまだ余裕があったように思える。
 二つ目は部下のこと。自分だけが生き残ったとしても、手塩にかけて育てた部下が死んでは今後の作戦に大きな支障が出る。何せあそこにいたのは断頭大隊のほぼ総員である。精鋭の特殊部隊が全滅することはすなわち、戦力の喪失だからだ。今後首狩り戦術をするにしても、アカツキを殺害にするにしても、難しくなる。
 こればかりかは、オットーが正論であった。

「…………閣下が我々部下の事を気にかけて頂いている事が分かり、嬉しく思います」

「…………」

「退室の前に二点だけお伝えします」

「好きになさい」

「一点目は動員状況です。帝国軍の一将官としてお伝えしますが、再来月には第二動員令が発せられるかと思います」

「第二動員令、ね。薄々感じてはいたけれど」

 第二動員令とは帝国軍における総動員体制のうち徴兵に関わる動員令で、既に徴兵完了している第一動員令に比べて、第一動員で徴兵されなかった者の徴兵だけでなく対象年齢の下限と上限をそれぞれ緩和する、すなわち動員年齢幅の拡大である。
 帝国軍の現在の徴兵可能年齢は人間年齢換算で下限が十九歳相当。上限が四十歳相当である。これを第二動員令は上限を四十五歳相当は引き上げ、下限を十七歳相当数へ引き下げとするのである。
 さらに、対象の幅も広がる。これまで特に工業従事者は熟練工員や魔法関連は免除されてきていた。しかし、第二動員令では熟練工員の一部を動員、魔法関連に至っては能力者であれば魔法を学ぶ学生――例えば卒業間近の学生――や教員の一部も動員。さらには兵士として責務を果たせる程度の能力を持つ能力者の徴兵基準も引き下げる。などである。

「第一動員自体が既に限界を迎えており、特に今年から配置された新兵は下限年齢が多くなっております。…………これは中央の徴兵局の同期から検閲の目を掻い潜って手紙で伝えてくれたのですが、このままのペースで兵力補充をしていくと、抵抗がより一層激しくなる統合軍本土に到達する頃には最悪の可能性として、第三動員令もあり得ると」

「第三動員令……。根こそぎ動員に近付くわけね」

「はっ。はい」

「分かった。覚えておく」

「ありがとうございます。あと二点目です。パラセーラ大佐ですが、出血が酷かったものの命の危機は去ったそうです」

「そう……」

 パラセーラが死なずに済んだことにほっとしたのか、リシュカは僅かばかり表情を穏やかにさせた。

「しかし、軍務復帰は不可能かと。何せ片腕が飛びましたので」

「落ち着いたら見舞いにいく」

「承知しました。伝えておきます」

「今日はここまで。眠いから。お前も疲れたろ。下がってよし」

「御意に。では、おやすみなさいませ」

「ん」

 下手をすれば物理的に首が飛びかねないにも関わらずそれでも忠告を発したオットー。
 リシュカに伝わったか伝わらなかったのか。
 それは彼女のみぞ知る事であった。
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