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第10章 天梯の方舟と未完の巨神

第243話:スプリガン総司令官 ダグ・ブリジット

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 ツバサたち一行は方舟へと乗り込む。

 人型のままロケットスラスターで空を飛ぶガンザブロンに先導され、スプリガンの少女たちが護衛のように取り巻いている。トランスフォームというか、武装せずとも飛行できる能力を持っているらしい。

 ただし、飛行方法はダインのようにロボ的なものだった。

「ガンザブロンさん、ブリカさんは副司令官と名乗っていましたよね?」

 途中、ツバサはガンザブロンに尋ねた。

「ええ、ブリカ様は先代総司令官の娘御むすめごじゃ。もうお一方、司令官補佐を務めなさっとる御方も先代の娘御になりもうす。若大将……ダグ様も含めて、御姉弟ごきょうだいは我らスプリガンの要とも言える方々じゃ」

 雰囲気からツバサたちより年上だと感じるので敬語で尋ねたが、随分と恐縮した言葉使いで返されてしまった。

 それにしても、この薩摩弁さつまべんは一体……?

 真なる世界ファンタジアでは一定以上の知能を持つ生物の発言は、誰にでも通じるように自動翻訳される。世界規模でそのような魔法が定着されていた。

 だからなのか、発言者の癖まで訳してしまうらしい。

 それが方言っぽく聞こえてしまうのだ。

 ガンザブロンの場合、たまたま薩摩弁に聞こえるのだろう。

 ロボットながらも人間臭い表情やずんぐりむっくりした巨体も手伝って、ガンザブロンには西郷隆盛のイメージ像が重なってしまう。

 上野の西郷像をもっと大柄にした感じだ。

「御三方とも艦橋ブリッジで皆さんを待っちょりもす。此度こたびの件といい、先の大戦争といい、皆さま方にゃ大層恩義を感じとられもうす……」

 早うお目通りしやったもんせ──ガンザブロンは嬉しそうに急かした。

 まずは甲板デッキに降り立つ一行。

 そこに広がる光景にツバサたちは言葉を失う。

 方舟“クロムレック”の無惨な有り様にだ。

 本来、甲板には迎撃のための砲台が据え置かれ、ガンザブロンのように巨大化や変型するスプリガンの発着場所。あるいは艦内に格納するための昇降機などが設置されていたのだろう。

 だが、見る影もない。

 迎撃のための砲台はほぼ大破、使えるのは数えるほど。

 発着場所には穴が空いており、鋼板などで補修していればマシな方だ。間に合わないところは“立ち入り禁止”のロープを張るに留まっていた。

 艦内との昇降機はへこんだ状態で停まっている。

「久々のお客人、しかもおいたちを助けてくださった神族の方々をお招きするちに御覧の様……いや、お恥ずかしいこっでごわす」

 ガンザブロンは所在なさげに目を伏せた。

 スプリガンの少女たちも、まったく掃除をしていない部室を見られた学生のように恥じらっている。機械化少女でも感性は年頃の乙女だった。

「長きに渡る戦いで、おいたちはあの別次元から来る外来者たちアウターズに攻められ続けとりもした……兵子へごの数はあちらが圧倒的。こちらは防戦を強いられるも、その戦で一人、また一人と仲間を失っていき……」

 言い訳などしたくはあるまい。

 しかし、説明せねばこの惨状は理解されないと思ったのか、ガンザブロンは恥を忍んで釈明のような語りを続けた。

「艦の整備に長けた人材まで失ったのですね……」

 ガンザブロンの胸中を汲み取り、ツバサは先読みして話を切り上げた。

 悔しさを噛み締めて敗残兵はそれを認める。

「おいは……仲間を守っこっができもはんじゃした……ッ!」

 ツバサはガンザブロンの横に立つと、鋼の背中をそっと叩いた。

 哀しみに震える背中は、金属だというのに温かさを感じられる。

 鋼の身体の下には温かい血が通っているのだ。

「……もう我慢ならんぜよ」
「……俺ちゃんも忍耐の臨界点突破しちゃう」

 ツバサがガンザブロンを慰めていると、今にも堪忍袋の緒を切って暴れ出しそうな若者たちの押し殺す声が聞こえた。嫌な予感がしてならない。

 恐る恐る振り向けば──工作者たちクラフターズが鬼と化していた。

 ダインとジンは両手にありったけの工具を握り、いつの間に用意したのか甲板と同じ鋼材まで担いでいる。修理の準備は万端に整えられていた。

 何を我慢しているか一目瞭然だ。

「スプリガンの衆──わしらにこん船を直させてくれんがか!?」
「直させてくださいお願いします! この惨状……俺ちゃんほっとけない!」

 鬼気迫る形相で「修理させて!」と願い出る工作バカ2人。

 上位存在である神族からのお願いに、スプリガンたちも困惑する。

 おまけにダインやジンの血相には逆らいがたい。

 少女たちはガンザブロンの顔色を窺い、防衛隊長は決を下す。

「な、直してくださっならこげん有り難いあいがてことはなかが……じゃっどん、こん方舟は大きかで直すんは手間……って、もう直しちょ!?」

「「よっしゃあああああああああああああああああああああああーーーッ!」」

 ガンザブロンから言質げんちを得た瞬間、ダインとジンは雄叫びを上げて狂喜乱舞すると同時に甲板の穴を8つも埋め終わっていた。

 どれだけ目を凝らしても修復の跡さえ見当たらない完璧さ。

 新品と見分けがつかないクオリティである。

「わしのこん手が光って唸る! 造って直せと轟き叫ぶるぅあぉーッ!」
「素早いワークぅ♪ 素早いワークぅ♪ 素早いワークぅ♪」

 ダインは工業機械みたいな作業用機械マニピュレーターの腕を4本追加すると、合計6本の腕で目にも止まらない精密作業で甲板を直していく。

 ジンも負けじと残像が目に映るほどの速さで両腕を動かすと、6本の腕となって甲板を“シャバダバダー”と駆け回りながら修理をする。

 六腕ろくわん工作者たちクラフターズを見て、ミロとレオナルドがそれぞれ一言。

「おお、アシュ○マンが2人いる」
「確かに6本腕だが……ミロ君、よく知ってるね」

 2人の掛け声が「カァーッカッカッカッ!」と聞こえたのは気のせいだ。

 ダインとジンが通り過ぎた甲板は一変する。

 新造艦しんぞうかんのようにピカピカの甲板。発着場所も綺麗に塗り直され、歪んで動かなかった昇降機も元通り。迎撃のための砲塔まで最新式になっていた。

「は、方舟が……おいの知っちょう頃のように……」

 ダインとジンの修理は完璧なのだろう。

 ガンザブロンが在りし日の方舟を思い出して感動するくらいに──。

「おい、工作者どもクラフターズ。それまでだ」

 目の届く範囲を直して、工作者たちの気が少しは晴れた頃。

 それを見計らってツバサは声を掛ける。

「本格的な修理はお楽しみにとっておきなさい。まずはスプリガンの若大将に面会するぞ。新造する勢いで直すのはそれからだ」

 ツバサが手招けば、長男ダイン変態ジンは子犬のように駆け寄ってくる。

「「イエッサー、マム!」」
「誰がマムだ、さっさと来い」

 敬礼する2人の返事に久々の決め台詞で返した。

 それからガンザブロンに足を止めたことを詫びて、彼らの若大将へのお目通りを願うように改めて案内を促す。

「申し訳ない、ウチの利かん坊たちが……さ、お願いします」

「いえ、こちらこそなんてったやよかか……まさか、こげん見違ゆっほど直していただけっとは……皆さんの御力おちからはかつてん神族を上回っちょりもすな」

 ガンザブロンは工作者の神業振りに感心しきりだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 方舟にも艦橋に相当する部分がある。

 艦内の廊下を通ってそちらへ向かうのだが、その道中でも工作者たちは慎むことなく修理を続けた。艦内も補修が行き届いておらず、廊下のあちこちは内装が剥がれて配線などが剥き出し、照明もところどころ消えていた。

「兄弟は照明と配線を直しつつ先行せぇ!」
「オーライッ! ダイン君は追っかけで内装や壁の修繕シクヨロ!」

 工作者たちは手分けして廊下も直していく。

 寂れた病院みたいにボロボロで薄暗かった廊下は、彼らの修理によって見違えるほどに進化していた。

「おおおーっ、宇宙戦艦の連絡通路みたい」

 ミロが呟く感想は子供寄りの視点なのでわかりやすい。

 ツバサは最新鋭のハイテク医療施設の廊下を連想していた。

 ダインとジンの腕前に、スプリガンの少女たちは興味津々である。

「ねえねえグラサンの神さま! わたしの部屋も直してくんないかなー?」
「イケてるマスクの神様! 修理のテクニック教えて!」
「そんなことより、食堂の気密体マナトリクス製造機を直してもらおうよ!」

 少女たちは修理に勤しむダインとジンを囃し立てる。

「こら、おめたち。工作者どんに無茶をゆてはいけんど」

 そんな少女たちをガンザブロンは注意した。

 防衛隊長として部下をたしなめるというより、お父さんがお客さんの凄さにはしゃぐ娘たちを静めているように見えるので微笑ましい。

 釘を刺された少女たちは一斉に「はーい」と答えるのだが、その後に続いたガンザブロンの呼び方が統一されていなかった。

 親父、父さん、父上、パパ、父ちゃん、とと様──。

 ガンザブロンを父親と呼ぶのだ。

 集団のまとめ役を務める年嵩の男性を“オヤジ”という愛称で呼ぶことはあるが、少女たちの言葉に込められた親密度はそれを越えている。

「ガンさんは子沢山なんだね」

 早速ガンザブロンに愛称をつけたミロは屈託なく尋ねた。

「いやはや、みんな本当にほんのこておいの娘でごわす」

 ガンザブロンは照れ臭そうに頬をかいた。

 大勢の娘たちについて父親は複雑な心境を語り始めた。

「こん方舟は、別次元から来っ外来者たちアウターズの戦艦に執拗なくれ追い回され、圧倒的な戦力差によって滅ぼされっちょうところじゃ……自分ような男の兵子へごほど戦死してしめ、残されたんな女子供ばっかいじゃ」

 ガンザブロンは防衛隊長を任せられるほど頑丈なボディを誇る。

「こん頑丈な身体んおかげで、おいはいつも死にけしん損なった……」

 このままでは方舟を護るスプリガンが滅んでしまう

 そこでスプリガンの女たちは「一族の血を絶やさぬために」と、ガンザブロンとの間に子を成してきたという。

「そん女房たちも……わいより先に逝ってしもた……」

 種を絶やさぬために──方舟を護る戦力を保つために。

 スプリガンの女たちも蕃神との戦いで獅子奮迅に活躍したが、生まれたばかりの娘たちを護るため、競うように前線に出て次々と戦死してしまった。

 残されたのは──ガンザブロンと幼い娘たち。

「ひとつ、よろしいかな?」

 大人しく耳を傾けていたレオナルドが挙手をした。

不躾ぶしつけな質問なのだが……スプリガンは女性が産まれやすい種族なのかな? ガンザブロンさんのお子さんは娘さんばかりのようだが」

「…………どげんわけか、娘しか産まれんかったとじゃ」

 ガンザブロンは口惜しそうに明かした。

「スプリガンは生まれつき『巨鎧甲殻』ギガノ・アムゥドちゅう自らを巨大ん誇示する能力を備えちょっもんじゃ。男はおいのように巨人ん姿になるっし、女は娘たちんように多彩ん武装を身にまとうもんなんじゃ」

 男のスプリガンが巨人化して前衛に立ちはだかり、女のスプリガンはそれぞれの武装の利点を活かして遊撃的な攻撃をする。

 それが最善の戦闘方法なのだが──。

「……おいたちが苦境に追い込まれた頃から、何故か産まれてくっ子供は女の子おなごんばかりになってしもうたとです」

 現在、方舟を護るスプリガンはほとんどが女性だという。

 男性はガンザブロンを含めて2人しかいない。

 やがて、外来者たちの戦艦による襲撃も回数が減ってきたそうだ。あちらも疲弊しているようだが、スプリガンの衰退も激しかった。

 涙腺が緩みっぱなしのガンザブロンは目頭を押さえる。

「皆さぁいらげらっしゃらんな……おいは娘たちん純潔を汚してでも、種を残そうとしちょったかも知れん……ようやっと救われたと……」

 ──胸ば撫で下ろしちょります。

 ガンザブロンからの掛け値無しの感謝の言葉。

 彼はツバサたちの来訪を心から歓迎してくれていた。

 もしもツバサたちが数年遅ければ、彼は血を分けた娘たちを抱いてでも子孫を残すというごうを背負わされていたかも知れない。

 彼の気質から察するに、種族保存のためとはいえ不特定多数の女性を抱くことに罪悪感を禁じ得なかっただろう。

 女性の中には──仲間の妻や恋人もいたはずだ。

 実直そうなガンザブロンの苦悩は想像に難くない。

「でもさ、男がガンさんだけなら同じじゃない?」

 ミロが空気を読まずにツッコんだ。

 正論だがここで発言すべき言葉ではない。口を塞ぐのも間に合わないで狼狽えていると、レオナルドがこれまでの会話から推測する。

「いや、ミロ君。その点は心配あるまい……恐らく、これから会う彼らの若大将がそろそろお年頃なのではないかな? 今後は彼が引き継ぐのだろう」

 スプリガンの少女たちと共に次代を生み出す王。

 もし気のいい友人しかいない場所なら、慇懃無礼なレオナルドは「体のいい種馬だよね」と余計な一言をほくそ笑みながら添えただろう。

 ここは社会人として口を慎んだらしい。

「さすが獅子のお兄ちゃん、リアルでハーレムを持っている男は違うね」
「俺はハーレムなど築いていない!」

 ミロの冷やかしに、レオナルドは本気で怒鳴っていた。

 爆乳特戦隊も厄介な男に惚れたものだ。こいつの貞操観念がもう少し欠如していれば、さっさとハーレム展開を迎えていただろうに……。

 レオナルドの予想を聞いたガンザブロンは総合を崩した。

「おうよ、若大将は良か二才にせじゃ。数十年前、方舟を護っために重傷を負うて休眠状態じゃったけど、ようやっお目覚めになってくれもした」

 話し込んでいる内に、一行は方舟の艦橋前までやって来た。

 本来なら左右にスライドする自動ドアだったのだろうが、その機能も停止しているらしく、艦橋へ続く扉をガンザブロンは両手でこじ開ける。

「失礼します──新しき神族の方々をお連れしもうした」

 ガンザブロンに促されて踏み込んだ、方舟の艦橋。

 艦橋もまた廃船の如く荒んでいた。

 複数あるモニターで現役なのは1枚のみ、方舟を操縦するであろう操舵システムや艦内の機能を操作するコンソールは辛うじて使えるようだが、いくつかは修理も追いつかないくらいボロボロに崩れている。

 照明も半分ぐらい点いておらず、艦橋全体が薄暗い。

 艦橋内での仕事に従事するスプリガンたちが、一斉にこちらへ振り向いた。

「「お待ち申し上げておりました──新しい神族の方々」」

 まず出迎えてくれたのは2人の女性。

 モニター越しに面会したブリカと、彼女によく似た女性だった。

 どちらも大学生くらいに見えるが、ガンザブロンの娘たちと比べたら完全に大人の女性である。見目麗しい“お姉さん”な美人たちだ。

 ショートカットのブリカは上半身こそ身体の線をくっきり表すタイトなボディースーツだが、下半身には軍服風のゴツいボトムを身に付けており、編み上げブーツというゴテゴテしたものを履いている。

 一方、もう1人の女性はブリカと瓜二つなのだが、彼女が釣り目としたらこちらは垂れ目で温和な印象を受ける。ブリカとは対照的にドレスのような衣装を身にまとっており、お淑やかな婦人という印象が強かった。

 背中まで伸ばした長い髪は、ブリカと同じ銀色に輝いている。

 どちらも均製の取れたスタイルだ。適度なメリハリのスリーサイズはグラマラス直前で引き締まっており、グラビアモデルなどをさせたら映えるだろう。

「直に拝顔はいがんするのはこれが初めてになります」

 ブリカは軍人らしく敬礼し、改めて姓名を名乗る。

「私はスプリガン副司令官ブリカ・ブリジット。こちらは……」

「はじめまして新しい神族の皆さま方。私は司令官補佐ディア・ブリジットと申します。どうぞよしなに……」

 見た目と名前から双子の姉妹らしい。

 そういえばガンザブロンが「先代司令官の娘はブリカともう1人、それに若大将を含めた姉弟」と言っていたから、姉2人に弟1人の3人姉弟のようだ。

 彼女たちもスプリガン──機械生命体である。

 どうやら真なる世界ファンタジアのスプリガンは、女性なら人間に程近い外見をしているが、男性はガンザブロンのように完全なロボットとなるらしい。

 ブリカとディアは、ツバサたちの前に平伏する。

 その動きから純粋な謝意が感じられた。

 副司令官と司令官補佐──。

 2人が平伏すると同時に、艦橋で働いていたスプリガンのスタッフたちも席から立ち上がると、彼女たちを見習うようにツバサたちにかしづいてくる。

 しかし、その動作はどこか辿々たどたどしい。

 やはり女性しかいないのだが、小学生くらいの幼女ばかりなのだ。

 どうやらガンザブロンに付き従っていた娘たちは「戦士として戦える」まで成長したスプリガンで、まだ戦えない子供たちには比較的安全な方舟の操船などの仕事を任せているらしい。

 子供を駆り出すほど、人材的な意味でも逼迫ひっぱくしているのだ。

 案内してくれたガンザブロンと戦士の娘たちも跪く。

 スプリガンという種族全体から──尊敬の念を感じられた。

 彼女たちを狙っていたミ=ゴの戦艦を、ツバサたちが完封する勢いで倒したのが功を奏したのだろう。おかげで信頼度は鰻登りのようだ。

 それはいいのだが──慣れない・・・・

 既にいくつかの現地種族と出会い、彼らを庇護するようになりはしたものの……神さまとして平伏されることはこそばゆくて仕方なかった。

 そんな大層な身分ではない──そうへりくだりたくなってしまう。

 ブリカとディアは交互に謝辞を述べてくる。

「この度は我らの窮地を救ってくださり、感謝の極みにございます」

「積年の怨敵、外来者たちアウターズを撃退していただいたことへの感謝はもちろんのこと。聞けば先の大戦争も鎮めていただいたと……」

 あなた方こそ──我らが待ち望んだ新しき神々。

 平伏していたブリカとディア、その俯いた顔からポタリポタリと涙の滴が落ちていく。彼女たちの肩は堪えきれないほど震えていた。

「長かった……やっと、これでやっと、報われる……」

「そうね、姉さん……天梯てんていを守るために散っていった、みんなの悲願が……ようやく……私たちの代で間に合って……よかった……」

 感極まって泣き崩れそうになるブリジット姉妹。

 まとめ役であるお姉さん2人が泣き崩れたのを皮切りに、幼い娘たちもつられてワンワンと大声を上げて泣き始めた。ガンザブロンも男泣きしているし、彼が連れてた戦士の娘たちも我慢できずに泣き出している。

 辛酸しんさんを嘗め尽くした彼らの苦労が痛いほど伝わってくる。

「君たちの事情はわかっているつもりだ」

 スプリガンたちが落ち着くまで待ってから、ツバサは話を切り出した。

「俺たちは還らずの都を護ってきたキサラギ族とも出会っている。彼らがあの都を護ることを使命としてきたように、君たちもまた真なる世界ファンタジアを維持するために必要なこの方舟を護ってきたことはわかる……」

 還らずの都、キサラギ族──。

 こういった単語を織り交ぜると、彼女たちの瞳に宿るこちらへの信頼感が格段に増した。長らく接触していないだろうが、知識として知っているのだ。

地球テラから来た俺たちだが、この世界の新しい神々として生きていくことにもはや異論はない。この世界を脅かす外来者アウターズ……俺たちは蕃神ばんしんと名付けたが、奴らにこの世界を蹂躙じゅうりんされるのは耐えられん。そこでだ、君たちさえよければ……」

「ツバサさん、まどろっこしいのはいいよ」

 ツバサの長口上を遮り、ミロは単刀直入に言い切った。

スプリガンみんなはウチで面倒見るし、方舟もウチの工作者たちクラフターズが直す。ついでに天梯も護ってあげる。そのためにアタシたちはここへ来たんだから」

 確かに、ツバサたちが方舟を訪ねた理由はそれだ。

 礼儀を重んじるべく長々と講釈を垂れたが、本質的なところはミロが言ったことが全てである。美辞麗句を連ねたところで核心は変わらない。

 ツバサは苦笑すると、ミロに任せることにした。

「だから──もう大丈夫だよ」

 ミロはにっこり笑って、短い話を締めた。

 あれだけの神威しんいを示したミロの断言、頼もしさは一入ひとしおではない。

「ありがたき……幸せッ!」
「ありがとうございます……新しき神族の皆さま……ッ!」

 ブリカとディアは深く、更に深く頭を垂れた。

 艦橋内にスプリガンたちの歓声が響き渡り、ブリカは凜々しくも表情を崩さずに滝のような涙を流して、ディアは口元を手で覆って噎び泣いている。

 その時──急に薄暗かった艦橋に明るさが戻ってきた。

 通電を忘れたように消えていた計器類やモニターに明かりが灯り、少しずつ息を吹き返している。照明も瞬きながら点くようになった。

 まさかダインとジンが? ツバサは疑心暗鬼で振り向く。

 工作者たちは艦橋に入ってから水を打ったように大人しくなっていた。

 ツバサが口をへの字にして振り向けば、フルフルと首を左右に振る。

 濡れ衣だ──態度がそう訴えていた。

「廊下はともかく、艦橋とか複雑なところは勢いで修理できんぜよ」
「そうそう、乗組員クルーの無許可ではようしませんってば」

 確かに、艦橋は船体のコントロールを司るシステムの中枢だ。

 そんな大事なところに無断で手を出すほど、こいつらも無神経ではない。

 ではシステムが復旧した理由は? ツバサが訝しんだ時だった。

 天井の通風口が音を立てて開くと、モゾモゾと足から姿を現す者がいた。体型的に人間寄りなので女性のスプリガンだと思った。

「いやー、単純な配線ミスだったよ。前回の修理で無理やり繋げたのがよくなかったみたいだね。それがわかるのに時間掛かっちゃったけど」

 しかし、声は男性──まだ若いが声変わりを過ぎた青年のものだ。

 やがて、通風口から降りてきた青年は姿を現す。

 高校生ぐらいの年頃、ダインやジンと同じ十代後半に見える。

 作業服に身を包んでいるが、彼の場合は女性のスプリガンと違ってお腹辺りまで機械的な構造になっている。なのに胸から首、そして顔立ちはガンザブロンのようなロボットではなく、人間と変わらない顔立ちだった。

 瞳が大きく童顔だが、首や顎がしっかりしているので男らしい。

 やや長めの散切ざんぎりにされた髪は、生命力あふれる深緑に染まっていた。

 美青年というより好青年──快男児な双眸そうぼう

 通風口内で艦橋システムの修理をしていたようだ。煤や油に塗れた顔を拭うと、ツバサたちへ朗らかに微笑む。

「ようこそクロムレックへ──歓迎します、新しい神族の皆さん」

 作業着の埃を払った青年はブリカとディアより前に出た。

 彼女たちも青年を盛り立てるように振る舞う。

 姉妹を従えた青年もまた、ツバサたち神族に礼を取るべくひざまづく。

 軽快ながらも無礼を感じさせない動きだった。

 副司令官と司令官補佐を務める姉妹。

 そんな彼女たちが主人あるじのように仰ぐ青年の正体は──。



「オレはスプリガン総司令官──ダグ・ブリジット」



 以後お見知りおきを、とダグもこうべを垂れてきた。

 そして姉2人と同じように平伏してくる。

「既に姉さんたちが謝辞を述べたので後追いになりますが……オレからも感謝の意を伝えさせてください」

 あなた方は来てくれなければ──オレたちは終わっていた。

「オレは何もできないまま……終わるところでした……」

 ダグの言葉からは感謝の意を感じられるが、それ以外の感情も含まれていることをツバサは察した。しかし、その真意はまだ読み取れない。

 悔しさと希望、この2つが絶妙にブレンドされていた。

 いつか胸の内に隠した想いを打ち明けてくれるだろうと期待して、ダグの感謝にツバサは耳を傾けた。

「還らずの都を守るククリ殿から、この方舟について聞いたとのこと。種族としても使命においても追い詰められた我らを助けてくださったこと、感謝の念に堪えません……本当にありがとうございます。そして……」

 皆さまのご厚意──謹んでお受けいたします。

「その上で……無礼を承知ながらお願いしたき儀がございます」

 ダグは渇望かつぼうを訴えるように懇願してきた。

「オレに……オレたちに戦う力をくださいッ!」

 ──外来者どもアウターズに立ち向かう力を!

 機械の五指で床を掴んだダグは、メキメキと音をさせて床板を握り潰す。こちらを見上げる眼は怒りをかてにしながら、純粋な情熱が燃え上がっていた。

守護者ガーディアンうたわれたオレたちスプリガンが、こうして使命こそ果たせたものの、やられっぱなしというのはしょうに合いません……どうか、奴らに立ち向かうだけの力をお与えください!」

 あなた方ならば──それができるはず。

 艦内の監視カメラで見たのか、ダインやジンの常識はずれな修理技術などから、ツバサたちが以前の神族よりも優れた存在だと思い知らされたのだろう。

 ダグは床に額を叩き込む勢いで頭を下げてくる。

 そして、悔しさを搾り出すような声で頼み込んできた。

「オレは……役立たず・・・・のまま終わりたくないんですッ!」

 ダグの瞳に宿る熱意は凄まじい。

 力を与えてくれるのなら悪魔と契約を交わしても構わない。強くなれるなら想像を絶する艱難辛苦にも耐えてみせる。

 そんな“漢”おとこ気概きがいを感じさせてくれた。

 ダグの燃え上がる闘魂に、ツバサの男心が共感を覚える。

「力を与えるのはやぶさかでもないが……その意味をわかっているのか?」

 神族が力を与えるとなれば──それは契約だ。

 力を授かった種族はその神族に絶対服従、二度と逆らえなくなる。悪魔の契約も同然、謂わば下位の眷族として隷属れいぞくすることになるのだ。

 なのに、ダグはあっけらかんとしたものだった。

「当然です。皆さんがオレたちに素晴らしい力を与えてくださるというなら、スプリガンわれらはあなた方に忠義を尽くすことを誓いましょう」

 元よりスプリガンは、神族や魔族の護衛役を務めてきた種族。

「力という報酬を先払いで頂いたら粉骨砕身、あなた方に奉仕いたします」

 ダグは覚悟を決めた顔で「ニカッ」と微笑んだ。

 スプリガンは種族というより軍隊的な組織体系が目立つ。

 その総司令官であるダグが「力をくれるならツバサたちの眷族になる」と提案を出したことにより、スプリガンたちの空気が変わった。

 元より平伏していたが、その姿勢がより引き締まったのだ。

 ツバサたちに向ける瞳にも忠誠心が宿る。

 こういうところまで軍属気質なのか、君たちは……。

 面倒を見る、ミロもそんなことを公言してしまった後だ。

 今さら反故にできそうもない。

 元より保護するつもりで来たのだから、これは好都合だと解釈しよう。

 戦うための力が欲しい、という意見も検討に値する。

 これから激化するであろう──蕃神との長い戦争に向けて。

「よろしい……君たちスプリガンをツバサ・ハトホルの名の下に保護しよう。これからは我が麾下きかとして守護者ガーディアンの任に付いてもらう」

 そのための力も──俺たちが授ける。

 地母神ツバサの一声にスプリガンたちは臣従の意を示した。



 かくして──機械生命体スプリガンが庇護下に加わった。


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平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

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