上 下
76 / 161
第2章 赤ずきん編

76話狩人の役割

しおりを挟む
   ◇◇◇

 この選択が正しいのかは分からない。細柄な騎士の言葉を借りるのなら出過ぎた真似であり許されざる行為である。

 それでも赤髪の女性の言葉を信じるなら、これはグリムにしか出来ないことだった。

「てめぇ、なぜここにいる?」

 狩人が敵意をむき出しにして声を出す。

「お前は物語に関わる人間ではないはずだ。そんなやつがどうして今日この日に赤ずきんのババアの家の前にいるんだ!」

 荒々しく狩人が言葉を飛ばす。グリムは満月の夜、赤ずきんが祖母の家に入ったのを確認してから家の前で彼が来るのを待ち続けていた。

「答えろ、混色頭の魔法使い!」

「その質問に答える前に一つ俺からも聞きたいことがある」

「あぁ?俺様が今質問しているんだ!」

 狩人はグリムに近づくと胸ぐらをつかんでグリムを睨みつける。相変わらず人の話を聞く素振りは見せなかった。

「なぜこれまでに何度も執拗に赤ずきん達を求めた?」

 グリムは服を掴まれても動じずに狩人の目をまっすぐに見つめた。

「俺様は「狩人」だ、この世界で赤ずきんを救うために必要不可欠な存在だ、そんな俺様ならその対価を貰う権利が当然発生するだろ?」

「必要不可欠、対価、権利か……」

「何がおかしい?」

 グリムの態度が気に食わないのか狩人は胸ぐらをつかんだままグリムを持ち上げた。

 服が伸びてグリムはつるされるような形になった。

「それは考え付いたものか?」

「なに……?」

 狩人の手の力が弱まり、グリムの足は地面に着いた。狩人はグリムの言葉に明らかに動揺しているようだった。

 赤ずきんの母親は以前、狩人はここまで役割を振りかざして横暴な態度を取る事をする人間ではなかったと言っていた。

 それならば、必ず彼が豹変した原因があるはずだった。

 そしてその要因をグリムは想像がついていた。

「あんたを意図的に与えられた役割を果たさせようと促した奴がいるはずだ、違うか?」

「…………」

 狩人は何も答えなかった。

「そいつは、外の世界から来た長身の騎士……ローズじゃないのか?」

 狩人と接触する機会があった人間はそこまで多くはない。その中でもグリムや銀髪の騎士が出会うよりも一足先に狩人に関わった人間が一人だけいた。

 それはマロリーと同行しているもう一人の騎士であるローズと名乗る男だった。

「……そうだ」

 狩人は顔を上げないまま肯定する。

「なぜ狩人としての役割以上のものを求めた。元々あんたはそんな人間じゃないだろ」

 可能ならば赤ずきんの母親が言うような以前の狩人に戻ってほしいとグリムは望んでいた。

 しかし……

「……あ?」

 狩人の眼がグリムに向く。今までみたことがない、獰猛で殺意に満ち溢れた恐ろしい目だった。

 その不気味なまでの視線にグリムは一瞬怯み、言葉を失う。

「お前に何が分かるんだ?」

 狩人が言葉を発しながら距離を詰めてくる。グリムは彼と対面したまま距離を取ろうとするが、後ろ歩きと普通の歩きでは当然速度が異なっている。

 あっという間にグリムの目の前に狩人が立ちはだかった。

「か……ぐっ!」

 グリムが言葉を発するよりも前に狩人はグリムのお腹に強烈な拳をぶつける。咄嗟の攻撃に対応できず、グリムは簡単に吹き飛んだ。

「物語に直接関わらない役割を持ったお前に、一体何が分かる?」

 起き上がるよりも先に今度は狩人が足でグリムの頭を踏みつけてくる。身動きが取れないまま追撃の攻撃を受けたグリムはまともに言葉を発する事ができなかった。

「…………か……ぁ」

「俺に与えられた役割は「狩人」、主人公でもなければ、裕福な暮らしが約束された役割でもない」

 ぐりぐりとグリムの頭を踏みつぶすような勢いで狩人は足の力を強めてくる。

「ただこの世界の人間は俺のことをオオカミを仕留める為だけに存在している人間としか認知していない。毎日森の中、命がけでオオカミと戦っても誰もがそれを当たり前だと思っている」

 狩人は踏み続ける。グリムの頭は地面に沈むように押しつけられていた。

「それが俺の役割だと、毎日我慢して生活していた……そんな時、あの騎士に出会った」

 狩人は踏みつけていた足をゆっくりと離す。グリムはあまりの痛みに言葉を聞くことは出来ても、動くことは出来なかった。

「あの騎士は言った。俺は……俺様はこの世界に必要不可欠な存在だと!「狩人」の役割を持つ人間ならば、村の人々から対価を貰うべきだと、それが「狩人」なら当然の権利だと!」

 狩人の男は両手を天に仰ぎながら演説をするように話す。その光景をグリムは見覚えがあった。

「ま……じょ……」

 それはシンデレラの世界でリオンの邪魔をした魔法使いの姿によく似ていた。そのしぐさが重なることが偶然とはとても思えなかった。

「だから、俺様は狩人の権利として赤ずきんの母親を俺様のものにしようとした、それなのに……」

 再び狩人はグリムに視線をおろす。今度は動くことのできないグリムの背中に足を振り下ろした。

「…………がっ!」

「なぜか、いつも邪魔が入った、俺様が赤ずきんの家に行くと必ずな」

 ぐりぐりと痛めつけるように足に体重をかけられる。グリムは息をすることさえできなくなってしまう。

「そして仕方がなく、相手を赤ずきんに変えようとしたら……今度はあのくそガキだ!」

 狩人が怒りで声が震えていた。くそガキというのはウルのことで間違いなかった。

「今思えば、半分はお前の仕業だった、そうだろ?」

 足を上げてすぐに振り下ろす。メキメキとグリムの骨がなる音が聞こえた。

「お前さえいなければ、俺様はこの世界であの母親と……くそ、くそ、くそが!」

 何度も踏みつけられる。数回にわたる攻撃の後、ようやく振り下ろす足は止まった。

「お前を殺したら、物語が進まなくなるもんな」

 狩人はふーふーと息を乱しながらも笑いながらそう話す。

「約束しろ、俺様がオオカミを殺したその後は俺様の行動に一切手を出さないとな」

「その考えは……変わらないのか」

「変わるわけがないだろ!」

 狩人ははっきりと断言した。

 その言葉を聞いてグリムは覚悟を決めた。

「……もしも、いや……」

「……あ?」

 もしも狩人ともっと会話をしていたのなら、もしも狩人の行為に対して人々が感謝していたら、感謝が狩人に伝わっていたのなら……長身の騎士の言葉に飲み込まれることなく、この世界はもっと平和に物語が進んだかもしれない。

 それは幻想であり、叶わなかった夢である。

 今のグリムにできる事、それは過去を嘆くことではない。この世界で主人公の母親と交わした約束と主人公の思いを叶える事だと、そう決意をしてグリムは傷だらけの体で立ち上がった。

「なんだ、まだ何か用があんのか?」

 きしむ体を無理やり動かして狩人のもとへゆっくりと歩み寄る。

「あんた……言ったよな、この世界の結末は幸せに暮らして終えると……」

 頭を強く踏まれたせいかまっすぐ歩くことさえまともに出来なかった。

 その情けない歩きを滑稽におもったのか、狩人はグリムが近づくことに対して一切の警戒をしなかった。

「あぁ、だから俺様と赤ずきんの親子でこの後は世界が完結するまでは幸せに……あ?」

 狩人が話し終えるよりも先にグリムは倒れるように狩人の胸元に近づく。

「……悪いが、その願いは叶わない」

「何を言って……」

 狩人の言葉が再び途中で止まる。正確には止められた。

「な……なにを……」

 狩人は一瞬白目をむき、全身を震わせた。

「…………」

 グリムは無言のまま狩人の胸元を右手で貫いた。

 そして即座に彼の体内から1枚の「頁」を取り出した。

「てめぇ……それはまさか」

 震えた指で狩人はグリムが手にした「頁」を指さす。

「…痛くはねぇ、血もでてねぇ、だがお前、それはまさか!」

 狩人が敵意をむき出し、グリムにナイフを突き刺そうとする。しかし……

「あ……あぁ……」

 グリムの顔にナイフが届く手前で狩人の動きがぴたりと止まる。彼の身に着けていたものを含めた全ての色素が消え失せて真っ白になっていく。

「……これはに与えられたはずの「頁」だよ」

 グリムは灰になって風に流されていく狩人の残骸を見つめながらそうつぶやいた。

 満月は気が付けば沈み始めていた。もう数時間後には夜が終わり、朝がやってくる。

「……さて」

 グリムは平衡感覚をようやく取り戻し始めた体を休めることなく、これから狩人がやるべきだったはずの役割を果たすために自身の体に狩人の「頁」を当てはめた。

 光に包まれると全身を獣の皮で作られたマントで覆われた姿に変わった。

「物語を……始めよう」

 誰もいなくなった場所で一人、グリムはそうつぶやいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...