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意識
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会社から出ると、駅の方向へ向かう見覚えのある二人がいた。伊織は思わず声をかける。
「倫子。」
声をかけると、倫子は振り返って伊織をみる。
「今帰ってるの?」
「うん。今終わって。あぁ、藤枝さん、お疲れさまです。」
春樹と会う予定にしていたのだろうか。編集者と作家なのだから別に不思議はないだろう。
「あぁ。お疲れ。」
「今日、食事いらないって言ってたけど。」
「うん。食事に誘われていたの。」
いた。ということは予定はなくなったのだろうか。
「食べてないの?」
「予定がくるってね。先方に仕事が入ったから。」
SMの女王様と食事をするつもりだった。だが急に仕事が入ることはある。それはそれで仕方がないと思っていた。
「食事へ行こうかと言っていたんだ。」
「良いな。俺も行っていい?」
伊織がいれば部屋に誘うことはないだろう。倫子はそう思って、うなづいた。
「そうね。外で食事をしたことはないわね。藤枝さん。一人追加しても大丈夫ですかね。」
「あぁ。ちょっと確認してみますから。」
そう言って春樹は二人と少し離れて、電話を始めた。その様子に伊織はからかうように倫子にいった。
「デートだったんじゃない?俺はお邪魔虫にならないかな。」
「ならないわよ。さっき私も藤枝さんに会ったんだから。」
予定外のことだったのか。伊織はそう思いながら、倫子の方をみる。いつもながら露出は激しい格好だ。ヤクザの情婦にも見えるような格好は、他人を寄せ付けないためだろう。だが倫子の考えとは裏腹に、倫子に近づいてくる人は多いようだ。
焼き肉屋の半個室の中で、倫子はメニューを見ていた。あまり焼き肉屋に来ることはないが、確かにたまにはこうやってがっつりと肉を食べるのも悪くないかもしれない。
「ビールを飲む?」
「そうですね。藤枝さんは?」
「今日はよしておくよ。ウーロン茶にしよう。君たちは飲んで良いから。」
「飲めなかったですかね。」
伊織がそう聞くと、春樹は少し笑って言う。
「飲めないことはないよ。でもこの歳でビールと焼き肉はすぐに腹が出るから。」
「考えたこともなかったな。」
「若いからねぇ。君たちは。」
春樹はそう言って煙草に火をつける。朗らかに笑っているのを見ると、この間のことが嘘のように感じた。
「タン食べたい。」
「塩タン?そうちまちま頼むよりも、この三人前セットにしたら?」
「そんなに食べるかしら。」
「倫子。君は細いからもう少し太った方が良いよ。」
この二人は一緒に暮らしているのだ。泉がいるとは言え、すっぴんの倫子も、湯上がりの倫子も知っているのだ。そう思うと少し複雑だ。
「伊織は食べ過ぎるとお腹出るわよ。」
「俺、鍛えてるから。」
「そうなの?それにしてはあまり筋肉がつかないのね。」
それは倫子も同じなのだろうか。伊織のことを良く知っているのだろうか。そう思うと、少し複雑だ。
注文を終えると、店員が七輪をテーブルの前にセットする。そしてまたやってきた店員が、銀色の器に小鉢をいくつか置いていく。小鉢の中には、水キムチ、ニラキムチ、スープや白玉団子まである。
「豪華ね。」
「普通ですよ。小泉さん。」
「え?」
「焼き肉は元々外国の料理ですから、注文をするとこうやって小鉢を出すのが一般的です。この小鉢はお代わり自由ですから。」
「へぇ……なんだか、これでお腹一杯になりそう。」
「早すぎだよ。」
倫子はそう言ってオイキムチに箸をつける。キュウリのキムチなのだろう。辛いのは辛いが、ニンニクの香りも強い。
「倫子はお嬢様って言ってたのにあまりこういう食事しなかったの?」
伊織が聞くと、倫子は首を横に振る。
「誰がお嬢様だって?」
「倫子が。」
「別にお嬢様なんかじゃないよ。うちの家は一般的な家。父は会社員で、母はパート勤め。」
その話は初めて聞いた。運ばれたウーロン茶とビールを手にすると、春樹は倫子をみる。
「伊織は?」
「うちは父が外交官してたから。小さい頃はずっと海外にいた。」
「そっちの方がお坊ちゃんな気がするわ。」
「そうでもないよ。まぁ……両親は今でも現役だから、海外にはいるけど。」
「今はどこの国に?」
「アフリカの方です。」
「危ないんじゃないの?」
春樹はそう聞くと、伊織は手を振って言う。
「行ってはいけない所ってのは、どこの国にもありますよね。この国だって、行ったら最後みたいな所があるでしょう?」
「まぁ……確かにね。」
納得して春樹はウーロン茶を口に入れる。
「そんな所に行かなきゃいいんです。そうすれば普通に過ごせます。」
その言葉に倫子は少し首を傾げた。確かにそうかもしれないが、その言い方には棘がある。何か見てはいけないものをみたのだろうかと思った。
「あ、泉も終わったって。」
倫子は携帯電話を手にすると、泉からのメッセージをチェックする。
「もう一人いけるかな。」
「三人前セットなのに?」
「足りなきゃ、追加するよ。」
肉を持ってきた店員に春樹はもう一人やってくることを告げると、すぐにたれを入れた皿と箸を用意してくれた。
「そう言えば、季節はずれで台風がきてるらしいですよ。」
「台風?早すぎないかな。」
「ですよねぇ。倫子。あの家台風がきても大丈夫?」
「あなたの雨漏り修理が完璧なら大丈夫よ。」
「そう言われると自信がなくなってきた。」
倫子はそう言って肉を網に乗せ始めた。そして焼けるまでビールを飲む。その口がキスをしたのだ。そう思うと春樹は少し恥ずかしいようなむずがゆい感情がした。
こんな感情は学生の時以来だろうか。
「倫子。」
声をかけると、倫子は振り返って伊織をみる。
「今帰ってるの?」
「うん。今終わって。あぁ、藤枝さん、お疲れさまです。」
春樹と会う予定にしていたのだろうか。編集者と作家なのだから別に不思議はないだろう。
「あぁ。お疲れ。」
「今日、食事いらないって言ってたけど。」
「うん。食事に誘われていたの。」
いた。ということは予定はなくなったのだろうか。
「食べてないの?」
「予定がくるってね。先方に仕事が入ったから。」
SMの女王様と食事をするつもりだった。だが急に仕事が入ることはある。それはそれで仕方がないと思っていた。
「食事へ行こうかと言っていたんだ。」
「良いな。俺も行っていい?」
伊織がいれば部屋に誘うことはないだろう。倫子はそう思って、うなづいた。
「そうね。外で食事をしたことはないわね。藤枝さん。一人追加しても大丈夫ですかね。」
「あぁ。ちょっと確認してみますから。」
そう言って春樹は二人と少し離れて、電話を始めた。その様子に伊織はからかうように倫子にいった。
「デートだったんじゃない?俺はお邪魔虫にならないかな。」
「ならないわよ。さっき私も藤枝さんに会ったんだから。」
予定外のことだったのか。伊織はそう思いながら、倫子の方をみる。いつもながら露出は激しい格好だ。ヤクザの情婦にも見えるような格好は、他人を寄せ付けないためだろう。だが倫子の考えとは裏腹に、倫子に近づいてくる人は多いようだ。
焼き肉屋の半個室の中で、倫子はメニューを見ていた。あまり焼き肉屋に来ることはないが、確かにたまにはこうやってがっつりと肉を食べるのも悪くないかもしれない。
「ビールを飲む?」
「そうですね。藤枝さんは?」
「今日はよしておくよ。ウーロン茶にしよう。君たちは飲んで良いから。」
「飲めなかったですかね。」
伊織がそう聞くと、春樹は少し笑って言う。
「飲めないことはないよ。でもこの歳でビールと焼き肉はすぐに腹が出るから。」
「考えたこともなかったな。」
「若いからねぇ。君たちは。」
春樹はそう言って煙草に火をつける。朗らかに笑っているのを見ると、この間のことが嘘のように感じた。
「タン食べたい。」
「塩タン?そうちまちま頼むよりも、この三人前セットにしたら?」
「そんなに食べるかしら。」
「倫子。君は細いからもう少し太った方が良いよ。」
この二人は一緒に暮らしているのだ。泉がいるとは言え、すっぴんの倫子も、湯上がりの倫子も知っているのだ。そう思うと少し複雑だ。
「伊織は食べ過ぎるとお腹出るわよ。」
「俺、鍛えてるから。」
「そうなの?それにしてはあまり筋肉がつかないのね。」
それは倫子も同じなのだろうか。伊織のことを良く知っているのだろうか。そう思うと、少し複雑だ。
注文を終えると、店員が七輪をテーブルの前にセットする。そしてまたやってきた店員が、銀色の器に小鉢をいくつか置いていく。小鉢の中には、水キムチ、ニラキムチ、スープや白玉団子まである。
「豪華ね。」
「普通ですよ。小泉さん。」
「え?」
「焼き肉は元々外国の料理ですから、注文をするとこうやって小鉢を出すのが一般的です。この小鉢はお代わり自由ですから。」
「へぇ……なんだか、これでお腹一杯になりそう。」
「早すぎだよ。」
倫子はそう言ってオイキムチに箸をつける。キュウリのキムチなのだろう。辛いのは辛いが、ニンニクの香りも強い。
「倫子はお嬢様って言ってたのにあまりこういう食事しなかったの?」
伊織が聞くと、倫子は首を横に振る。
「誰がお嬢様だって?」
「倫子が。」
「別にお嬢様なんかじゃないよ。うちの家は一般的な家。父は会社員で、母はパート勤め。」
その話は初めて聞いた。運ばれたウーロン茶とビールを手にすると、春樹は倫子をみる。
「伊織は?」
「うちは父が外交官してたから。小さい頃はずっと海外にいた。」
「そっちの方がお坊ちゃんな気がするわ。」
「そうでもないよ。まぁ……両親は今でも現役だから、海外にはいるけど。」
「今はどこの国に?」
「アフリカの方です。」
「危ないんじゃないの?」
春樹はそう聞くと、伊織は手を振って言う。
「行ってはいけない所ってのは、どこの国にもありますよね。この国だって、行ったら最後みたいな所があるでしょう?」
「まぁ……確かにね。」
納得して春樹はウーロン茶を口に入れる。
「そんな所に行かなきゃいいんです。そうすれば普通に過ごせます。」
その言葉に倫子は少し首を傾げた。確かにそうかもしれないが、その言い方には棘がある。何か見てはいけないものをみたのだろうかと思った。
「あ、泉も終わったって。」
倫子は携帯電話を手にすると、泉からのメッセージをチェックする。
「もう一人いけるかな。」
「三人前セットなのに?」
「足りなきゃ、追加するよ。」
肉を持ってきた店員に春樹はもう一人やってくることを告げると、すぐにたれを入れた皿と箸を用意してくれた。
「そう言えば、季節はずれで台風がきてるらしいですよ。」
「台風?早すぎないかな。」
「ですよねぇ。倫子。あの家台風がきても大丈夫?」
「あなたの雨漏り修理が完璧なら大丈夫よ。」
「そう言われると自信がなくなってきた。」
倫子はそう言って肉を網に乗せ始めた。そして焼けるまでビールを飲む。その口がキスをしたのだ。そう思うと春樹は少し恥ずかしいようなむずがゆい感情がした。
こんな感情は学生の時以来だろうか。
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