幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,099 / 1,865
小学生編

光の庭にて 7

しおりを挟む
「お兄ちゃん、今日も雨だねぇ」

 芽生くんの声につられてリビングの窓の外を見ると、窓に雨の粒が叩き付けられていた。今日は随分雨脚が強いようだ。

 カーテンレール下に吊した洗濯物からは生乾きの匂いがして、顔をしかめてしまった。梅雨なので仕方が無いが、こう何日も雨が続くと洗濯物が乾かなくて大変だ。宗吾さんのパンツ……早く見つけないとな。

「芽生くん、今日はレインコートと長い傘と長靴だよ」
「はーい!」
「じゃあ、歯磨きをしておいで」
「うん!」
 
 朝食の片付けをしながら、自分と芽生くんの支度も同時にこなしていく。

 平日の朝は、毎朝こんな感じで、相変わらずドタバタだ。

 それでも芽生くんが成長し自分で出来ることが増えたので、去年よりは楽になっている。

「あと15分だな」

 洗面所で髭を剃っていた宗吾さんが、今度はゴミ袋を持ってやってきた。

「今日ゴミの日だから、俺は部屋のゴミを集めてくるよ」
「はい! お願いします」

 食器を洗い終え手をタオルで拭いていると、今度は玄関から呼ばれる。
 
「お兄ちゃん~ レインコートきーせーて」

 ランドセルを背負った芽生くんにレインコートをランドセルの上から被せてあげると、途中でつっかえて着丈も短くなっていた。

「あれ? こんなに小さかったかな?」
「うん……ちょっとキツいんだ」
「そうか、背、また伸びたかな?」
「お兄ちゃん……あのね」
「あ……もしかして長靴も?」
「……うん。もう……ちっちゃい」
「そうか、今週末に買いに行こうね。今日は我慢できる?」
「うん! いってきまーす」

 芽生くんを見送ると、ようやく一息つける。

「ふぅ……無事に行けたね」

 しかし小学校入学の時に一式揃えたのに、子供の成長はやっぱり早いね。

 思えば僕もそうだった。

 大沼にいる頃、レインコートも長靴もあっという間に小さくなって、よくお母さんが買い直してくれたのを覚えている。

……
「あら、瑞樹また大きくなったのね、今度は何色にしようか」
「うーん、夏樹が好きな色にするよ」
「まぁ……どうして?」
「だってこれ夏樹も着るんでしょう」
「ふふ、みーくんは優しい子ね、でもね、たまには我が儘を言ってね」
「じゃあ、お母さんの好きな色にする」
「まぁ……可愛い子」

 ピンクって言われたらどうしようって内心冷や冷やしたけれど、結局黄色いレインコートになった。

「あのね、最近、交通事故が多いの。黄色は目立つからいいわね」

 函館の家に引き取られた時、お母さんが黄色いレインコートを買ってくれると言ってくれたのに……断ってごめんなさい。あの頃の僕は本当に駄目だった。遠慮もあったし、どこかで両親に少しでも早く会いたいと願っていた。

 レインコートも長靴もないので、雨の日はびしょ濡れになってしまったが、花屋の店先で雨に晒されながら店番をしているお母さんの姿を見ると、いつも勇気と元気をもらった。

 そんなお母さんの後ろ姿に……僕も天国にいくことを考えるのはやめて……この世で頑張ろうと思えた。お母さんがあんなに苦労してまで、僕を引き取ってくれたんだ。その気持ちに報いたかった。

 身体は寒かったが、いつかお母さんに楽してもらえるよう頑張ろうと思う気持ちの方が強くなっていた。それにね、兄さんがよくフォローしてくれたんだよ。

……

「瑞樹、もう帰っていたのか」
「広樹兄さん!」
「雨に濡れただろう」
「……大丈夫だよ。兄さんに言われた通り、ちゃんと髪の毛はタオルですぐに拭いたし、靴には新聞紙を丸めて入れたよ」
「よしよし、瑞樹はいい子だな」

 もう高校生の兄さんが頭をなでてくれる。

「よし、乾いているな。そうだ、これおやつだ」
「わぁ、あんパン」
「売れ残っていたから」
「美味しそう」
「食べていいぞ」
「兄さんのは?」
「俺はいいって」
「半分こしたいな」
「……はぁ……瑞樹は優しすぎる」

 兄さんは困った顔をしていた。

「……でも……一緒に食べちゃ駄目?」
「あぁ、半分こしような。俺たちは兄弟だ、協力しあったり分け合ったりしよう」

 兄さんが嬉しそうに僕と肩を組んでくれた。

  僕は葉山の家で、そうやって少しずつ居場所を見つけて、生きる気力を取り戻していったのだ。

****
 
 ネクタイを締めて玄関に行くと、瑞樹が玄関の白い壁にもたれて遠くを見つめていた。芽生の成長は、瑞樹にとって懐かしい過去を思い出す、呼び水のようなのかもしれない。

 口角を少し上げた優しい眼差しが、梅雨のじめじめとした鬱陶しさの中で、際だって見えた。

 俺は君の前に立って、壁に肘をついて首を傾げ、淡く開いた唇に触れた。

「あ……」
「どうした? ぼんやりして」
「あの……週末のお買い物ですが、レインコートと長靴も追加でいいですか」
「もう小さくなったのか」
「はい……僕が買ってあげてもいいですか。実は……僕の好きな色があって」
「もちろんいいよ。ありがとうな。ところで瑞樹の好きな色ってなんだ?」
「……黄色です」




 その晩、三人で仲良く帰宅すると、また北海道から宅配便が届いていた。

「ん? 今度は『たきざわめいくんへ』って書いてあるよ」
「えー! だれから?」

 差出人には『葉山勇大、咲子』と書かれていた。

 瑞樹は目を細めて、文字を指でなぞった。

「もう入籍したと聞きましたが、本当なんですね」
「あぁ、君の両親から、芽生にだな」
「あけてみていい?」
「もちろん!」

 中から出て来たのは、驚いたことに週末に買いに行こうと話したばかりのレインコートと長靴だった。

「わぁ~ かわいい!」

 黄色に白のドットのレインコートはポップな印象で芽生によく似合っていた。

「長ぐつもおそろいだ! もうキツかったからうれしいな」
「あれ? もう一足あるよ」

 黄色の長靴と青い長靴は、サイズ違いだった。

「小さくなってもすぐに取り替えられるようにしてくれたんだな」
「すごい……」
「お父さん……お母さんがこれを……」

 瑞樹は泣きそうな顔をしていた。

「どうした? もしかして……これは君がして欲しかったことなのか」
「……そうではないんです。でも……お母さんがしたかったことなんだなって……今頃になって気付いて……黄色いレインコートを買いたいって言ってもらったのに、頑なに断ってしまって」

 お母さんと瑞樹の心が優しいすれ違いを起こした日々……

 それも、もう過去のことだ。

 出来なかったことは、今すればいい。

 俺の持論かもしれないが、俺たちはそうやって後悔から昇華していく生き物だ。

「きてもいい?」

 レインコートを羽織ると、芽生の明るさと朗らかさが引き立てたられるようで、よく似合っていた。

「パパ、スマホでカシャってして」
「あぁ……そうだな」
「瑞樹、君も入れよ」
「え……でも」
「ほら、レインコートと一緒に写るといい」
「あ……はい」

 もう黄色いレインコートを着る年齢ではないが、こうやって芽生の横に立てば、お母さんも喜ぶだろう。お父さんも嬉しいだろう。

 写真を送った後、すぐに電話でお礼を言った。

「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう」
「気に入ってくれたか?」
「うん! もう小さかったの、だからすごくうれしいよ」

 和やかな会話が、今日も続く。

 贈り物っていいよな。

「宗吾さん……僕、幸せです」

 その晩、瑞樹はコトンと俺の肩に頭を預けて、満ち足りた様子だった。

「小さな幸せを見つけられるようになると、毎日が幸せだな。俺さ……昔は幸せって、試験に合格して希望の学校に進むことや、希望の会社に入社して、仕事で成功したりすることだとずっと思っていたんだ」
「はい……」
「今は違うよ。瑞樹とこうやって肩を並べて、明日を楽しみに迎えられることが、何よりの幸せだよ」

 外は相変わらず蒸し暑く、雨が降っている。
 
 今年の梅雨は長そうだ。
 
 だが、俺たちの世界には、いつも清涼な風が吹き、小さな花が咲いている。
 
 幸せなという名の花が咲いている。

しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

この冬を超えたら恋でいい

天気
BL
夜の街で、凪は人生の底にいた。 古いアパートに帰る途中、父の残した借金の取り立てに絡まれ、逃げ場を失う。 そこに現れたのは、大手企業の社長・鷹宮だった。 偶然の救い。年齢も立場も違う二人は、その夜を境に交わることになる。 事情を多く語らない凪は、不幸が当たり前のように身にまとい、誰かに頼ることを知らない。 一方の鷹宮は、完璧な成功者として生きてきた男だった。 危険から守るため、鷹宮は凪を一時的に自宅へ迎え入れる。 冬の同居生活の中で、凪は少しずつ日常を取り戻していく。 大学へ通い、温かい食事をし、夜を一人で怯えずに眠る。 しかし、守られることに慣れない凪は、距離が近づくほどに自分から一歩引いてしまう。 それは、失うことを恐れる、健気で不器用な選択だった。 一方、鷹宮は気づいてしまう。 凪が笑うだけで、胸が満たされることに。 そんな自分の感情から凪を守るつもりで引いた距離が、 凪を遠ざけてしまう。 近づきたい。 けれど、踏み込めば壊してしまうかもしれない。 互いを思うほど、すれ違いは深くなる。 2人はこの冬を越えることができるのかーー

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

処理中です...