音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~⑪

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「すごいんだよ。まず彼は身長が百八十㎝近くあって、さらに手足が長いという体格がフットサルのGKとして適している。特に足元や手の届く範囲内に飛んでくるボールのほとんどは、どれだけ速くても近くから打たれても弾き飛ばすんだ。基本的に動体視力と反射神経が優れているんだろうね。それに加えてゴールに近づいてきた選手に対し、ゴールを背にした位置取りが素晴らしい。シュートを打つ選手にとってとても嫌な、コースを消す動作が素晴らしいんだ」
「でもブラサカのキーパーには、余り必要ないですよね。シュートを打つ選手はキーパーが見えないから、コースを消す動きをされても惑わされることは無いですから」
 この選手はブラサカの選手としての誇りがあり、普段から晴眼者のキーパーからゴールを奪っているとの自負と自信があるようで、竹中コーチの発言に反論していた。巧は小声で竹中コーチにだけに聞こえるように、
「あの人はなんて言う選手ですか? ご存知ですか?」
と呟いたが、聴力が発達しているその選手は聞き逃さなかったようで自ら名乗った。
「失礼しました。僕は松岡孝之まつおかたかゆきといいます。高校二年生です。気を悪くさせてしまったのならすいません。でもやはりブラサカとフットサルは、似て非なるスポーツですから」
 気が強い選手らしく口では謝っていたが、発言に間違いは無いとの態度を取っている。
「松岡君は代表強化選手に選ばれたことがある期待のホープで、飯岡選手でもブラサカでは、彼のシュートを全部止めるのは難しいかもしれません。それくらい良い選手です」
 竹中コーチが小声では無く、周りにも聞こえる声でそう教えてくれた。
「そうなんですか。それはすごいですね」
 巧は内心ではムカッとしていたが、相手は未成年の子供だ。その為適当に話を合わせ口先だけで彼を誉めた。
「でもね、松岡君。飯岡選手の一番の武器は、一対一の強さなんだよ。そこはフットサルより、ブラサカのキーパーとしての方が向いていると思う位だ。だってフットサルよりブラサカの方が、キーパーの動ける範囲は狭い。だから自ずと相手と至近距離で、一対一になるケースが多くなる。一対一になった時の飯岡選手から点を取るのは難しいんだよ。そこが彼のすごさなんだ」
 竹中コーチがまだその話を続けそうだったので、巧は話を遮った。
「ここでコーチが色々説明するより、まずは実際に僕が皆さんのシュートを受けてみないと判らないと思いますよ。スポーツは言葉だけで通じるものではないですから。体験して実感するのが一番です。だから松岡君も、練習場で僕を相手にシュートを打ってみて評価してくれればいい。コーチの言う通りなのか大したことがないのか、それで判るよ」
「ちょっと、巧、そんな言い方せんでも。高校生相手におとなげない。松岡君、ごめんなさいね。まだこいつも二十歳の若造で気が強くて、つい言い過ぎてしまうんや」
 巧の言葉があまりにも挑戦的だったのか、千夏が慌ててそう謝った。でも彼は先ほどまでの硬い表情とは打って変わって、笑いながら首を横に振った。
「いえ、飯岡さんって面白そうな方ですね。続きは練習場でしましょう。期待しています。里山さんとの練習も楽しみですね。よろしくお願いします」
 竹中コーチは、自分が余計な火種を作ってしまったと気づいたのか、
「すみません。それではそういうことで、飯岡さんとは後ほど打ち合わせしましょう」
 そう言い残して、前方にある自分の席に戻っていった。松岡は巧達より少し前の席にいてすでに前を向いてしまったため、その後の表情はよく判らない。一緒にいた保護者らしき女性がこちらを向いて頭を下げていたので、巧も反省して謝罪の意味で頭を下げた。
「もう、何もあんなムキにならんでも。喧嘩腰になっとるよ。いつもの巧らしくない」
 千夏が後ろを向き、巧に対し怒りだした。
「いや、そんなムキになってないよ。ただ僕のプレーを見たことがない選手に、口で説明して理解しろと言うのが無理だろ。逆に僕だって、知らない選手のことをすごいっていくら言われても、自分で見たり対戦してみたりしないと判らないと思うから同じさ」
「それはそうやけど、なんか口調がいつもより好戦的に聞こえたで」
「それは誤解だよ。でもさっきまで練習に参加してくださいって言われても正直ピンときてなかったけど、おかげでちょっと心のギアが入った感じかな」
「まあ、それやったらええけど。確かにさっきまでは巧ってちょっと調子に乗りかけとったからね。ブラサカを舐めてもろても困るし。良かったんちゃう? 松岡君に気合を入れてもろて。わざとかもよ。巧のぼんやりとした空気が相手に伝わったんかもしれへんわ」
 千夏はわざと周りに聞こえてもいいようなトーンで話し続ける。おそらく先ほどの巧の呟きさえ聞き取っていた松岡君なのだから、二人の会話が聞こえていないはずがない。
「ああ、そうかもね。有難いよ。気合いを入れてやるから」
「でもあんまり本気出しすぎて、怪我はせんといてよ。シーズンが終わったばっかりなんやし、もしものことがあったら巧の会社にもチームにも迷惑をかけてしまうから。協会の責任問題にもなるよ。表面的にはあくまで巧は、私に同行してくれるお爺ちゃんの補佐として参加しているんやからね。それは忘れんといて」
「判っているよ。それは気をつける。ちゃんとストレッチもするし、チームでの自主連を休んだ分、こっちでしっかりとやるから」
「そういえば、自分のグローブとかシューズとか持ってきてんの?」
「ちゃんと持ってるよ。千夏がチーム練習した後に、居残り練習とかしたいと言い出すかもしれないと思って、道具一式持参してきているから。ご安心くださいませ」
「それは、それは巧様、いつもありがとうございます。よく私の性分をお判りのようで。もし持ってきてへんかったら、使えん奴っていうたろと思とったけど、残念やわ」
「なんだよ、それ。でもこんな形で使うことになるとは思ってなかったけどな」
「そうやね。私もびっくり。でもほんと、怪我には気いつけや。洒落にならんから」
「大丈夫だって。もうガキじゃないんだから。これでも社会人として働いてんだよ」
「何それ、私が働いてへんって言う嫌み?」
「いやいや、そうじゃなくて」
 いつもの憎まれ口の叩き合いをしている巧らを心配したのか、正男さんが仲裁に入った。
「おいおい、もうそれぐらいにしなさい。あんまり煩くしていると、周りの人に迷惑だよ」
 確かに気付けば、普通のトーンで喋っているのは巧達二人で、後の方々は静かにしているか、小声でぼそぼそと話している方ばかりだった。
「すいません。もう静かにします」
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