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昔話2 弘の話
犬神 5
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「祖母が亡くなった時に相続回りのことがあって一回調べたらしいんですが……確か、山陰の方からだったそうです」
「ああ、なるほどね。確かに犬神の話が多い辺りだね。お母さんもこっちの系統の人だったのかな?」
納得してすぐ質問したからか、弘はまだ少しきょとんとしながらも口を開く。
「普通の人よりは感じる人ではあったみたいです……すみません、母はわたしが物心つく前に亡くなったもので」
「ああ、そうか、ごめん。お祖母さんの方は、わかる?」
「祖母の方が見えてたんじゃないか、とは、前に父が言ってました」
矢継ぎ早に質問を繰り出したからか、きょときょととしたまま、首を傾げつつも、弘は自分の知ってることを返してくれる。
「……ふむ、犬神よりは御子神の系統かもね。何かしら引き継いでいた、非正規の霊能者の家系だったかもしれない」
「ヒセイキ……非正規?」
「梓巫女や歩き巫女のような、ということですか?」
パッと音が語に変わらなかったらしいロビンに対して、弘は目を丸くしながら具体例を上げる。
「梓巫女は専ら東の方だね。ただ、歩き巫女も合わせて、各地を流浪するよりは、定住しているタイプの市子やいざなぎ流でいう太夫のような、寺社仏閣に属さない、民間の霊能の行使者の流れを汲んでる可能性があるんじゃないかなって」
そう考えてみた方がうまく諸々のピースがはまるのだ。
「そもそも、キミを診た人間は何を以て犬神と断じたのか。一つには、キミが犬の鳴き声を聞いたというのがあるだろうけど、血筋的な事を考えれば、キミの父親である唐国の家自体は旧家かつ基本の流れがはっきりしている。ならば、問題になるのは既に亡くなったキミの母親とそっちの方の血筋ではないか、と考えるだろう。そうすれば女系で伝わる犬神を始めとした外道に自然と繋がるさ。死人に口なしとは、この界隈に身を置いといて言いたくはない言葉だけどね」
そう言って苦笑すると、弘は呆気に取られたようにしぱしぱと瞬きを続け、ロビンは眉間を押さえて苦悩するように目を閉じて、口を開いた。
「センセイ、追いつかない」
「……どこが?」
「全部!」
苛立ちの含まれた声でロビンは何の遠慮もなく、言い放った。
余所だからと被った猫を全力でかなぐり捨てていたので、相当理解が及ばなかったんだろうなあ、とだけ思う。
すっと弘が気まずそうな顔のまま手を上げる。
「ロビンさんじゃないですけど、わたしもちょっとぐるぐるしてます」
「うーん、じゃあどっから説明しようか?」
そう首を傾げて見せれば、ロビンがただでさえ悪い目つきを凶悪にする。
つまり、全部説明しろという目だ。
「えーと、まず、犬神憑きというのは犬神に憑かれた血筋の者と、それ以外の何かしらが原因で犬神に憑かれて狂気に走ったり不運に見舞われる者、そのどちらもを指す言葉、犬神筋はその前者のみを指す言葉。これはオーケー?」
二人にそう問えば、どちらからも肯定の意味の頷きが返ってきた。
「犬神筋は他に、犬神持ちや犬神統と呼ばれたりするし、犬神と類似した存在である管狐や陶瓶を操るとされる血筋とまとめて、外道や外道持ちと呼んだりもする。ただ、さっきも言った通り、村社会におけるその実態は不幸の理由の受け皿だ」
乾いた唇を一瞬だけ舐めつつ、二人の様子を確認する。
ロビンが口を開いた。想定内ではある。
「クダギツネとかトウビョウって?」
「一口に言えば、犬神と類似した存在。管狐は小さな狐とされ、犬神よりは全国的に分布してるかな。イヅナやオサキと呼ばれたりすることもある。陶瓶の正体は蛇とされるが、特に大陸から渡ってきた蠱物と見なされる傾向が強い。実際、トウビョウという音に陶の瓶という漢字が当てられるのも、あらゆる虫を一つの瓶や壷に閉じ込めて残った最後の一匹を用いる蠱毒の影響が大きいとも考えられるしね。蛇は虫偏が付く通り、虫と考えられてたから。犬神自体も蠱物の流れを汲んだ手順で作成されたものという伝承もある」
「……情報が多すぎる」
一旦言葉を止めると、ロビンが苦虫を噛み潰したよう、と表現するのも生温いような、ひどい渋面を見せて呟いた。
「ああ、なるほどね。確かに犬神の話が多い辺りだね。お母さんもこっちの系統の人だったのかな?」
納得してすぐ質問したからか、弘はまだ少しきょとんとしながらも口を開く。
「普通の人よりは感じる人ではあったみたいです……すみません、母はわたしが物心つく前に亡くなったもので」
「ああ、そうか、ごめん。お祖母さんの方は、わかる?」
「祖母の方が見えてたんじゃないか、とは、前に父が言ってました」
矢継ぎ早に質問を繰り出したからか、きょときょととしたまま、首を傾げつつも、弘は自分の知ってることを返してくれる。
「……ふむ、犬神よりは御子神の系統かもね。何かしら引き継いでいた、非正規の霊能者の家系だったかもしれない」
「ヒセイキ……非正規?」
「梓巫女や歩き巫女のような、ということですか?」
パッと音が語に変わらなかったらしいロビンに対して、弘は目を丸くしながら具体例を上げる。
「梓巫女は専ら東の方だね。ただ、歩き巫女も合わせて、各地を流浪するよりは、定住しているタイプの市子やいざなぎ流でいう太夫のような、寺社仏閣に属さない、民間の霊能の行使者の流れを汲んでる可能性があるんじゃないかなって」
そう考えてみた方がうまく諸々のピースがはまるのだ。
「そもそも、キミを診た人間は何を以て犬神と断じたのか。一つには、キミが犬の鳴き声を聞いたというのがあるだろうけど、血筋的な事を考えれば、キミの父親である唐国の家自体は旧家かつ基本の流れがはっきりしている。ならば、問題になるのは既に亡くなったキミの母親とそっちの方の血筋ではないか、と考えるだろう。そうすれば女系で伝わる犬神を始めとした外道に自然と繋がるさ。死人に口なしとは、この界隈に身を置いといて言いたくはない言葉だけどね」
そう言って苦笑すると、弘は呆気に取られたようにしぱしぱと瞬きを続け、ロビンは眉間を押さえて苦悩するように目を閉じて、口を開いた。
「センセイ、追いつかない」
「……どこが?」
「全部!」
苛立ちの含まれた声でロビンは何の遠慮もなく、言い放った。
余所だからと被った猫を全力でかなぐり捨てていたので、相当理解が及ばなかったんだろうなあ、とだけ思う。
すっと弘が気まずそうな顔のまま手を上げる。
「ロビンさんじゃないですけど、わたしもちょっとぐるぐるしてます」
「うーん、じゃあどっから説明しようか?」
そう首を傾げて見せれば、ロビンがただでさえ悪い目つきを凶悪にする。
つまり、全部説明しろという目だ。
「えーと、まず、犬神憑きというのは犬神に憑かれた血筋の者と、それ以外の何かしらが原因で犬神に憑かれて狂気に走ったり不運に見舞われる者、そのどちらもを指す言葉、犬神筋はその前者のみを指す言葉。これはオーケー?」
二人にそう問えば、どちらからも肯定の意味の頷きが返ってきた。
「犬神筋は他に、犬神持ちや犬神統と呼ばれたりするし、犬神と類似した存在である管狐や陶瓶を操るとされる血筋とまとめて、外道や外道持ちと呼んだりもする。ただ、さっきも言った通り、村社会におけるその実態は不幸の理由の受け皿だ」
乾いた唇を一瞬だけ舐めつつ、二人の様子を確認する。
ロビンが口を開いた。想定内ではある。
「クダギツネとかトウビョウって?」
「一口に言えば、犬神と類似した存在。管狐は小さな狐とされ、犬神よりは全国的に分布してるかな。イヅナやオサキと呼ばれたりすることもある。陶瓶の正体は蛇とされるが、特に大陸から渡ってきた蠱物と見なされる傾向が強い。実際、トウビョウという音に陶の瓶という漢字が当てられるのも、あらゆる虫を一つの瓶や壷に閉じ込めて残った最後の一匹を用いる蠱毒の影響が大きいとも考えられるしね。蛇は虫偏が付く通り、虫と考えられてたから。犬神自体も蠱物の流れを汲んだ手順で作成されたものという伝承もある」
「……情報が多すぎる」
一旦言葉を止めると、ロビンが苦虫を噛み潰したよう、と表現するのも生温いような、ひどい渋面を見せて呟いた。
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