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昔話2 弘の話
犬神 6
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「解説してるだけだよ?」
そう言って僕が首を傾げると、鋭い青の眼光があからさまな不満を向けてくる。
「はやい、多い」
そんな二語だけで構成された文句に耳を傾けつつ、弘の方をちらりと見ると、完全に虚空を見てフリーズしていた。
ちょっとやり過ぎた事を自覚する。ロビンだけなら、母語の問題かなあ、とか思うけどさ。
「もっと簡単に言うと、犬神と同じ働きをするのは犬神だけじゃなくて、正体を狐とする管狐や、蛇であるとする陶瓶、それからそれらも含んだ総称の外道とかが存在する。中でも、陶瓶はその漢字表記から、犬神ではその作成方法の伝承の一つから大陸由来の蠱毒をはじめとした蠱物の影響も考えられる。ただ、管狐の伝承はそこから少し外れているね。これでどう?」
「な、なんとか」
「最初のよりマシ」
これは、ロビンには後で補習を要求されるやつだな。
そう思いながら続ける。
「その存在の成立における伝承では、蠱物系統の影響が見られる生きた犬を飢え死に寸前まで追いやって、首を落とすというものが有名かな。他にも、弘法大師が宿の礼に描いて封じた猪除けの札の犬が札の封を破ったことで抜け出たもの、源頼政が退治した鵺の猿の頭が猿神に、蛇の尾が吸葛に、そして犬の胴が犬神となったとも言われるね」
「……鵺の胴って、狸、ですよね」
後で訊くスタンスで聞いているロビンではなく、弘が恐る恐るといった体で手を上げて言った。
「一般にはそう言うね。同じ『平家物語』の系列だと、手足と入れ替わって虎とされる場合もあるし、もっと別のものなパターンもなかったかな。そもそもこの犬神起源の伝承自体、ある人が倒した謎の獣の頭と胴と尾ってバージョンがある。まあこれ、四国の方だし、四国って『平家物語』と紐付いた伝承に事欠かないから、謎の獣の方が古くて、後から『平家物語』の鵺と紐付いたんじゃないかな」
伝承というものは多く、その語られる折々で徐々に箔を付けられる傾向がある。
だから、こと伝承においてはシンプルなものほど古態と考えられるし、「名もなき誰か」や「不明瞭な何か」と「一定の名声があり、それをしてもおかしくない人物やモノ」との差し替えが発生する。
名称というものが実体を伴うと考えられる識別子である以上、概念である権威はそこに付随するのだ。
一般的な文脈で、会った事があることを自慢するなら、ローカルなご当地アイドルや地下アイドルよりも国民的アイドルの方が箔が付いた話になる、というのと同じことだ。
勿論、特定コミュニティの文脈に沿った場合、それが一般的なものと合致するとも限らないのだが。
「割と近現代の西洋魔術がごちゃごちゃしてるのも、その手の方面での有効そうなものならば使えって考えに近いかもねえ……まあ、これは置いとこう、流石に脱線がひどくなる」
ロビンだけでなく弘からも、自覚があったのかというような視線を向けられた気がした。
気がしただけなので、気にしない。
そう言って僕が首を傾げると、鋭い青の眼光があからさまな不満を向けてくる。
「はやい、多い」
そんな二語だけで構成された文句に耳を傾けつつ、弘の方をちらりと見ると、完全に虚空を見てフリーズしていた。
ちょっとやり過ぎた事を自覚する。ロビンだけなら、母語の問題かなあ、とか思うけどさ。
「もっと簡単に言うと、犬神と同じ働きをするのは犬神だけじゃなくて、正体を狐とする管狐や、蛇であるとする陶瓶、それからそれらも含んだ総称の外道とかが存在する。中でも、陶瓶はその漢字表記から、犬神ではその作成方法の伝承の一つから大陸由来の蠱毒をはじめとした蠱物の影響も考えられる。ただ、管狐の伝承はそこから少し外れているね。これでどう?」
「な、なんとか」
「最初のよりマシ」
これは、ロビンには後で補習を要求されるやつだな。
そう思いながら続ける。
「その存在の成立における伝承では、蠱物系統の影響が見られる生きた犬を飢え死に寸前まで追いやって、首を落とすというものが有名かな。他にも、弘法大師が宿の礼に描いて封じた猪除けの札の犬が札の封を破ったことで抜け出たもの、源頼政が退治した鵺の猿の頭が猿神に、蛇の尾が吸葛に、そして犬の胴が犬神となったとも言われるね」
「……鵺の胴って、狸、ですよね」
後で訊くスタンスで聞いているロビンではなく、弘が恐る恐るといった体で手を上げて言った。
「一般にはそう言うね。同じ『平家物語』の系列だと、手足と入れ替わって虎とされる場合もあるし、もっと別のものなパターンもなかったかな。そもそもこの犬神起源の伝承自体、ある人が倒した謎の獣の頭と胴と尾ってバージョンがある。まあこれ、四国の方だし、四国って『平家物語』と紐付いた伝承に事欠かないから、謎の獣の方が古くて、後から『平家物語』の鵺と紐付いたんじゃないかな」
伝承というものは多く、その語られる折々で徐々に箔を付けられる傾向がある。
だから、こと伝承においてはシンプルなものほど古態と考えられるし、「名もなき誰か」や「不明瞭な何か」と「一定の名声があり、それをしてもおかしくない人物やモノ」との差し替えが発生する。
名称というものが実体を伴うと考えられる識別子である以上、概念である権威はそこに付随するのだ。
一般的な文脈で、会った事があることを自慢するなら、ローカルなご当地アイドルや地下アイドルよりも国民的アイドルの方が箔が付いた話になる、というのと同じことだ。
勿論、特定コミュニティの文脈に沿った場合、それが一般的なものと合致するとも限らないのだが。
「割と近現代の西洋魔術がごちゃごちゃしてるのも、その手の方面での有効そうなものならば使えって考えに近いかもねえ……まあ、これは置いとこう、流石に脱線がひどくなる」
ロビンだけでなく弘からも、自覚があったのかというような視線を向けられた気がした。
気がしただけなので、気にしない。
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