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#25 司祭
しおりを挟むしまった。見つかってしまった。
「ナキさん、俺の後ろに!」
俺は咄嗟にナキの前に出る。
しかし――、
「空間さん! あっちにも!」
見れば、背後にも司祭と同じ白い布で顔を隠した人物たちが横に並び、廊下を塞いでいた。
(――囲まれた……!!)
まさか、司祭が何人も居るとは思わなかった。
八方塞がり。どう見ても俺たちは侵入者で、言い訳して逃れられる様な状況ではない。
「――バットウ」
初めの一人の声を合図に、司祭たちは腰に差した刀を抜刀。
そして、じわりじわりとにじり寄って来る。
「ちっ、殺す気、かよ――!」
俺は腰に差したナイフに手を伸ばし、引き抜いて身体の前で構える。
しかし、相手は刀身の長い日本刀。それを司祭たち全員が帯刀している。
それに対して、こちらは魚を捌く程度の用途だった短いナイフが一本。あまりにも頼りない。
「すぅ――……」
意識を研ぎ澄ませる。
しかし、相手の方が先に動いた。
司祭が地を蹴り、こちらへと斬りかかって来る。
刃が迫る。
反射でナイフを使って一振りを受け、軌道を逸らす。
しかし――、
――カラン。
高い金属音と共に、ナイフが廊下の床に転がる。
「くっ――」
刀を受けた衝撃で、俺の手からナイフが取り落とされてしまった。
びりびりとナイフを持っていた右手に痺れる様な痛みが走る。
「空間さん!」
助けを求めるナキの声。
背後に構えていた司祭たちも、襲い掛かって来る。
(――ナキが、危ない!)
俺は身体を捻って、ナキの前に躍り出る。
せめて、彼女だけでも、守れれば――。
「駄目――っ!!」
ナキの悲鳴。
――瞬間。ナキの胸の内、懐から眩い光が放たれる。
暗い神殿の廊下が白で埋め尽くされ、司祭たちは突然の出来事に驚き、一瞬動きを止める。
その真っ白な空間の中で、ナキの足元から延びる影だけが、紺色に浮かび上がっていた。
ナキの懐から、小判型の何かが浮かび上がる。
それは、“編み藁”だった。
シグレから貰った中でとびきり出来の悪い、楕円形に編まれてしまった編み藁。――いや、違う。
本来であれば横糸が黒いはずの編み藁、そう思っていた。だから、俺はこの編み藁を“楕円形”だと、“形が悪い”と称した。しかし、違う。これで良かったんだ。
これは“縦糸が黒い小判型の編み藁”だ。
縦糸の編み藁は、ナキの足元の紺色の影へと吸い込まれて行く。
――そして、次の瞬間だった。
影が伸びる。
細長い尾の様な影がナキの足元から伸び、一薙ぎで司祭たちを切り裂いていく。
刀を持った腕、そして胴体までもが両断され、切断された四肢がごとりと乾いた音を立てて床に転がる。
どういう訳か、血の一滴も流れ出る事は無かった。
やがて、影はすうっと消える様にナキの影へと戻って行く。
そして、それと同時に――、
「ナキさんっ!!」
ナキはまるで糸が切れたみたいに、突然倒れる。
その身体を、俺は抱き留める。
辺りには再び静寂と薄暗い闇が訪れた。
司祭たちは影の尾によって一掃され、既に立ち塞がる相手は居ない。
援軍が来る気配も無く、危険は去った事が見て取れた。
ナキは俺の腕の中で、すうすうと寝息を立てている。
見たところ外傷も無い。ただ穏やかに眠っているだけだ。
しかし、問題が有った。
「これは――」
やがて、数分ほどでナキは目を覚ました。
「――ん、うぅん……?」
「ナキさん! 良かった、もう目を覚まさないかと――」
ナキは俺の腕に体重を預けたまま、首だけを動かしてこちらを向き、優しく微笑む。
「大丈夫です。ご心配おかけして、すみません」
「でも、ナキさん……。その、身体が……」
ナキは自分の身体に視線を落とす。
手を宙にかざして、ひらひらと揺らしたり握ったり開いたりして、確認する。
そして、その“透けた手のひら”越しに、俺とナキの視線がぶつかった。
――ナキの身体は、透けていた。液状化が大幅に進行していたのだ。
祭りの日とは比べ物にならないスピードで、症状が悪化している。このままでは一晩すら保たないかもしれない。
しかし、ナキは焦る訳でも悲しむ訳でもなく、少し寂しそうに笑って、自分の手をそのまま胸に抱いた。
その胸にもう縦糸の編み藁は無い。影の中へと消えてしまった。
「タテシマ様が、助けて下さったのですね」
神が力を使い、影の尾で司祭たちを薙ぎ払った。結果、ナキの液状化が進行してしまった。
ナキは今タテシマ様の力を借りて液状化の呪いを抑えながら地上へと出てきている。
緊急時とは言え、そのタテシマ様の限られた力をここで消費してしまった。
「もう、時間は残されていない様です」
「でも、呪いを解ければ、これも元に戻るかもしれない」
「はい、おそらくは」
「なら、急ぎましょう」
そう言って、俺はナキを抱き起す。
その際に、周囲に散らばる司祭たちの四肢が目に入った。
一滴の血も流さずに、まるで作り物みたいにそこらに転がっている。
俺は首その内の一つ、司祭の首の元まで寄って屈みこみ、
「ちょっと、空間さん! 何やってるんですか!?」
ナキの驚く声も他所に、その顔を覆っている白い布を取っ払った。
「――」
俺は息を呑んだ。
その布の奥に隠されていた素顔は、カラカラに干乾びて茶色く変色したミイラの姿だった。
瞳は眼球をくりぬかれた様に真っ黒で、その奥には大部屋で見たあの黒いヒルが巣食っていた。
慌てて布を投げ捨てる様に元に戻し、それから周りに転がる他の司祭の死体にも目をやる。
そのどれもがやはり血を流してはいない。そして、一部切断面から黒いヒルがもぞもぞと顔を覗かせているのが見えた。
この場に現れた全ての司祭がそうだったのだろう。
彼らはミイラ化した、既に命無き亡者だった。司祭なんてどこにも居なかったのだ。
「空間、さん……?」
「何でもない。動いたりはしないみたいです。行きましょう」
俺は努めて冷静にそう答えて、立ち上がり奥へと歩き出そうとするが、しかしナキは歩みを止めて、僅かな躊躇いを見せた。
「ナキさん、どうしました?」
「先ほどの方々は、刃物を手にして、それを向けてきました。それは、わたしたちの命を奪う事も厭わないという事です」
「ええ。でも、もう彼らは襲っては来ませんよ」
ナキは頭を振る。
「先ほどはタテシマ様が助けてくださいました。ですが、次は無いでしょう。そして、この先にどんな危険が待っているのか分かりません。
わたしは、あなたに危険が及ぶ事を望みはしません。あなたを傷つけてまで、自由を得たいとも思いません。戻るなら、まだ間に合うと思います」
ナキは俺の身を案じてくれている。
しかし、今更引き返すなんて出来ない。だって、
「言ったでしょう? 俺の願いは、ナキさんの呪いを解いて、共に広い世界の先を見る事です。あなたと共に居る事です。
俺は大丈夫です。だから、一緒にそれを叶えてくれませんか」
俺は手を差し伸べる。
ナキはどうしようもないわがままを言う子でも見るかのように、潤んだ瞳のまま、俺の手を取った。
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