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3章・動乱の大英帝国

エンゲルス、労働者を団結させる競技を考える

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 労働者を一致団結させるには、ポジション別の不平等が著しいサッカーは不向きだ。
 それがマルクスの出した結論であった。
 個人的なワガママとも思えるが、まあ、下手な奴が後ろに回されてしまうのはありがちだ。令和の時代の激しいサッカーはともかくとして、牧歌的な時代だと「右サイドバックは石でもいい」なんていう話もあるらしいし。
「それなら、もう少し平等なスポーツにするか……」
「うむ。そうあるべきだ」
 マルクスがふんぞり返って答えている。
 何でそんなに偉そうに言われないといけないんだよ。
 文句を言いたくなるが、ここは我慢が大切だ。
 カール・マルクスをうまいことスポーツで丸め込めれば、世界の流れがかなり変わる。
「俺がオススメするのは、もう少し経てばアメリカで大人気になるベースボールだ」
「何!? アメリカで大人気?」
 マルクスの奴、アメリカ好きということもあって食いついてきた。
 フフフ、単純な奴だ。
「この競技には、全員がかなり平等に得点をあげるチャンスがある」
 何と言っても、必ず一番から九番まで打順が回るわけだからな。もちろん、上位打線の方が得点のチャンスは遥かに大きいが、下位打線だって捨てたものではない。相手ピッチャーが油断することだってあるからな。
 ただ、問題は、ここはアメリカではないということだ。
 現状、英国では野球をする人間はいないことだ。実践させてみせるのが難しい。
 エリスに頼めばオックスフォード大学でやってくれるかもしれないけれど、サッカーを楽しんでいる面々がいきなり野球をやらされても楽しくないだろうし。
「道具も必要だし、フットボールはボール一個で何人もの人間が楽しめるから、やはりそちらの方がいいのではないかなぁ」
「いいや! 吾輩はそのベースボールというものに興味がある! フットボールでは吾輩は活躍できん!」
 頑として譲らない。もう諦めろよ。
「でも、やってくれそうな奴がいないよ」
「エンゲルスの会社に労働者がいる。彼らに教えればいいのだ」
 マジかよ。
 それはまあ、労働者は経営者から「やれ」と言われればやるだろうけれど、それって今で言うならパワハラだぞ。
 階級闘争はダメなんじゃなかったのか?

 フットボールが終わるのを確認するまでもなく、マルクスは悠然とグラウンドを後にする。当然、俺にも「ついてこい」となる。
「おや、もうお帰りですか?」
 エリスが不思議そうな顔をしている。
「せっかく教えてくれたのに申し訳ない」
「構いませんよ。中々、我の強い人のようで……」
 マルクスに視線を向け、エリスは苦笑している。
 本当だよ、全く。
 何でこんなワガママな奴に付き合わなければならないんだろう、と思うよ。

 エンゲルス家は英国に移り住んだドイツ人の中ではまあまあ上流に位置しており、マンチェスターで繊維工業の会社を経営していた。この時代、綿製品の売れ行きが良かったようで会社は順調らしい。
 もっとも、家とは裏腹にフリードリヒはマルクスと一緒に革命運動に熱を上げ、色々な国でお尋ね者となった。実家とも断絶状態だったわけだが、革命運動がしりすぼみに終わってくるとマルクス共々路頭に迷うことになり、家族に泣きを入れて復帰したらしい。
 革命運動は失敗したものの、経営者としてはまあまあ有能らしく、家族との関係は改善しているということだ。
「フリードリヒよ!」
 マルクスに連れられて、俺もエンゲルスのロンドン宅を訪問した。
 エンゲルスの工場はマンチェスターにあるから、最近ではマンチェスターにいる時間も長いらしいが、この日は家にいた。
「おお、カール。どうしたんだ? うん、その小さいのは誰だ?」
「こいつは東洋から来た同志で、リンスケ・ミヤーチという」
 同志じゃねえよ。
 勝手に革命仲間にしないでくれ。
 抗議しようとする俺を無視して、マルクスはエンゲルスに話し始める。
「この者が吾輩に労働者を団結させるためのレクリエーションを教えてくれたのだが、アメリカでは盛んだが、英国では誰も知らないという。そこで、君の工場の労働者に試してもらおうと思うのだ」
「おぉ、それは興味深い考えだね」
 マルクスに促されて、俺はエンゲルスにも野球のルールを説明した。
 当然ながら、一度で理解するのは難しい。少し首を傾げている。
「少し複雑だね。最近、シェフィールドでフットボールがプレーされているのだけれど、そちらの方が簡単ではないだろうか?」
 そうだよな、そうなるよな。
 マルクスは駄々っ子のように否定する。
「ダメだ! あれは労働者のやるものではない! 階級闘争の最たるものだ!」
「ただ、この子が話すような小型のボールやバットというものは簡単には用意できない。うーむ……」
 エンゲルスは腕組みをして考えている。
 しばらく考えて、不意に両手を叩いた。
「それならば、ボールをフットボールのものにして、バットで打つ代わりに蹴ってみてはどうだろうか?」
「何、どういうことだ?」
 マルクスは意図が飲めないようであるが、俺はピンと来た。
 エンゲルスが思いついたのは、恐らくあれだ。
 昔懐かしのキックベースのことだろう。


 作者注:エンゲルスはこの時期には生活拠点をマンチェスターに移していたようですが、話の都合上、ロンドンにも滞在している期間があることにしました。
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