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番外編1 〜ライナスAfter story〜

7. 心から願う 挿絵付き

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「裏付け捜査、ジュリーにお願いしていいかしら?」

「ああ。セイラのお願いなら何でもするよ」

「ありがとう、ジュリー」



目の前で見つめ合ってイチャつきだした夫婦を制して俺は真意を問いただす。



「ちょっと待ってくれ、話が見えない。手助けって?裁判するってことですか?弁護士が勝てそうだって言っていたんですか?」

「裁判なんかせずに終わらせるわよ」

「え?」



俺がますますわからないという顔をすると、女侯爵は満面の笑みになった。


「ここにある商会のオーナー達の中に、貴族派の金庫番を担当してる人物が混じってるみたいなの。恐らく他のオーナー達も何らかの繋がりがあるんじゃないかしら?貴方達の醜聞でセルジュ侯爵家が窮地に立たされていたのは社交界でも知れ渡っていたのに、あっさり商会が売れたのもきな臭いでしょう。従業員達の件に関しても、中立派のセルジュ侯爵家のスパイがいるかもしれないから排除する必要があったんだわ。情報が洩れたら困るもの」

「なるほど。落ち目のセルジュ侯爵家の商会が運よく売りに出てたから、不正した金を流すルート作りの為に買い取ったってわけか。表向きは潰れそうな商会を従業員ごと救ったという大義名分ができるし、中立派の貴族達にいい顔できるからな」



・・・不正?・・・大義名分?


何の話だ?



2人の話に全くついていけてない。



「全然話がわからない!わかるように説明してくれ!」

「ああ、すまない。このオーナーリストの中に、俺達の政敵がいるってこと。上手くいけば貴族派の資金源を潰せるかもしれないんだよ」



2人の話によると今貴族派は窮地に追いやられていて、それを何とかする為に悪足掻きをしているらしい。

何でも俺が王宮騎士団を去った後の調査で国防費などの横領が発覚し、議会で断罪劇が行われて各騎士団を統括する上層部の爺さん達が一掃されたのだとか。
 

同じ騎士団でも、元辺境伯のルードヴィヒ様率いる辺境騎士団はこの横領事件に一切の関わりはなく、むしろこれ以上辺境伯に権力を与えない為に上層部の爺さん達が予算を辺境伯に回さないよう画策していたらしい。

なぜ爺さん達がこんな暴挙に出たかと言うと、今度辺境に医療学校が設立される事が議会で決まり、王家含めた王族派の貴族達がこぞって辺境に出資したからだ。

今まで医療従事者不足で死亡率の高かった辺境騎士団が、医療学校設立により、10年後の近い将来はそれが覆る。


という事は、ただでさえ辺境騎士団は国内最強と呼ばれ、他の騎士団とは一線を画しているのにも関わらず、近い将来更なる飛躍が約束されたも同然なのだ。

そしてその活躍を支援した王族派の貴族達が力をつけるのは明白で、貴族派優位のパワーバランスが確実に衰退するのが目に見えていた。


そういう背景があり、欲を掻いた爺さん達は不正に走り、辺境への嫌がらせと貴族派を増やす為に金をばら撒き、中立派貴族の取り込みを始めていたのだとか。



「ウチも中立派だけど、取り込まれてませんけど・・・」


「貴方は侯爵家当主のクセに騎士なんかやってて政治とは関係ない位置にいたし、そのおかげか貴族派のトップ達と関わりなかったでしょ。それにアシュリーの実家の伯爵家は王族派だったし、アシュリーと私は繋がりが深かったから除外されたのだと思うわ。離縁したとはいえ、誰とどこまで縁が切れているかは傍目にはわからないもの」


つまり・・・、俺の知らない所で派閥争いが起きていて、それがアシュリーのいる辺境にも影響しているってことか。

アシュリーの住む辺境に害が及ぶということは、アシュリーの幸せが脅かされるということだ。



ダメだ・・・。


それだけは絶対ダメだ。



アシュリーには幸せになって欲しい。





「一度甘い汁を吸ってしまったら元に戻るのが耐えられないのでしょうね。辺境が力をつけるという事は王族派の貴族達の権力も増すという事だから、貴族派にとって辺境騎士団は目障りなのよ。バカよね。彼らが命張って国境守ってるから自分達はぬくぬくと王都で優雅に暮らせているというのに。それを軽視して温和なルードヴィヒ様を怒らせたのが運の尽きね。騎士団の上層部と同じように潰されるのが目に見えるわ」

「もういい加減、老害達には退場してもらおう」


「つまり、ウチが手放した商会の金の流れを調べて不正に得た金のやり取りがわかる帳簿なりを見つけ、摘発するってことか?」

「そうだ。貴族派の上層部が黒いのは既にわかっているから、後は確固たる証拠を手に入れるだけだったんだよ。そしたら証拠がありそうな現場がのこのこウチにやってきた」


「今回の件といい、王宮騎士団の事といい、ホント貴方にはある意味感謝だわ。何でこうも周りに腹黒い人物を引き寄せるのかしら。一種の才能だとお父様が褒めてたわよ」




そんな事で褒められても全然嬉しくないし、むしろバカにされている気がする。


「貴方、ほんと顔に出やすいわね。仮にも侯爵家当主が腹芸できないなんて致命的よ。領民を守ると決めたなら社交で戦うスキルも身につけなさい。社交界ではより多くの情報を手に入れた者が生き残れるの。夜会やお茶会はお遊びじゃない。情報戦よ。それは騎士が戦略を立てるのと何ら変わらない。敵を知らずして必勝法なんて編み出せないでしょ?」

「確かに・・・」

「社交界なんてね、昨日の味方が今日の敵になるなんて事が普通に起きるのよ。同じ派閥でも女ってだけで嘲笑してくる人間もいるしね」



確かに女が当主になるのは珍しい。

一応数人、女当主がいるにはいるがほとんどが腰掛けで、実権握ってるのはその夫か父親の場合が多い。


こうして政治に直接絡んでる女当主、しかも公爵という王族の次に地位が高い貴族の女当主は彼女が初めてじゃないだろうか。

高位貴族の上層部は男尊女卑や差別意識の高い連中ばかりだからな。それなりの苦労があるんだろう。



まあ最も、そんな輩は隣の男が片っ端から半殺しにしてそうだけどな・・・。既に老害呼ばわりして排除しようとしているし。


思わず半目でジュリアンを見ると、薄く笑ったので寒気がした。








この後、バーンズ公爵夫妻と前公爵、そして元辺境伯のルードヴィヒ様によって貴族派の資金源が潰され、生き残った貴族派上層部も一掃される事になり、ジュリアンの思惑通り老害達が排除された。


没収した財産から被害にあった元従業員達に慰謝料が支払われた他、なんと手放したはずの商会がセルジュ侯爵家に戻ってくる事になり、その対応に俺は多忙を極める。

辺境へも国防費の予算が正常に回る様になり、医療学校への出資者も更に増え、建設工事は順調に進んでいるらしい。


俺は今、当主として初めて充実した日々を送っているかもしれない。

父や補佐の使用人達、古株の従業員達の力を借り、今では商会の経営と領地運営を両立出来るまでになった。


領民達との交流も深まり、農地改革の効果も芽を出し始めていた。収穫量が増えたら新しい特産品を作り、各商会で売り出す予定だ。




そして離縁から5年経った今、落ち目だったセルジュ侯爵家は当時を上回る程の財力を持てるまでに持ち直した。  



死ぬ程働いた。

俺も何度か過労で倒れた事がある。



それでも当主の仕事が生きがいとなった今、以前の様な喪失感や乾きは感じられない。


時々ふと、騎士なんかやらずに今のように当主として働いていれば、アシュリーと共に領民の為に尽くす事が出来たのだろうかと、たまに夢に見る事がある。

アシュリーなら間違いなく、領民に慕われる領主夫人になっていただろう。


でもそんな姿を見る事は一生ない。
それはもう充分過ぎるほどに理解してる。


それでも想う気持ちは消えてくれないから、せめてアシュリーが大切にしているものを守る為に、俺もささやかながら力になりたい。







「お久しぶりね、ライナス様。お忙しそうで何よりだわ」



今日俺は、あの時以来久しぶりに公爵家に訪れた。

同じようにバーンズ公爵夫妻が出迎え、応接室に案内してくれる。




「それで?今日はどのようなご用事でいらしたの?」


「はい。実はお願いがあって来ました」

「お願い?」




「我がセルジュ侯爵家も、辺境の医療発展の為に出資したい」








アシュリー。


沢山泣かせて、ごめん。


ずっと一緒にいたのに、大切にできなくてごめん。





どうか、幸せに。

俺にそんな事言う資格ないけど、ただそう願う。





君の幸せを、心から願っている。
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