後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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オスカーと子供

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「オスカーさん、想像以上でした」
「そうだろ」

 オスカーの前に飛び出してきた子供はハッとして動けなくなり、じわじわと涙を溜めた。泣き出す頃には親が気付いて子供の横で土下座をする。
 暖人はるとが慌てて子供は何もしていないと説明して事なきを得たが、オスカーに対する恐怖の表情はしばらく忘れられない。

 歩く度にモーゼのように道が空き、親は子供が泣き出す前に背後に隠す。
 お気に入りのクレープを買おうとすると並んでいた客がそそくさと離れて行き、営業妨害してしまった。
 顔見知りの店員だったため謝罪すると、大丈夫だと笑い「青の騎士団長様ともお知り合いなんですね!」と明るく言いながらも手が震えていた。そこではオスカーが店の陰に姿を隠す事で無事クレープは焼けた。


「この状況すら目を逸らされるんですが」
「そうだろ」

 オスカーもクレープを食べている。それすら見てはいけないもののように目を逸らされる。
 男前イケメンがグレープフルーツのような果物と生クリームのクレープを食べている、そのギャップが可愛いと思うのは、どうやらこの場では暖人だけのようだ。

 中には格好良いと尊敬の眼差しを向けたり、頬を染めて見つめる者もいるが、ほんの僅かだ。
 憎まれたり嫌われている感じはしない。ただ、恐れられている。

「……オスカーさんはこの国を護ってるのに、みんな酷いです」

 暖人は視線を落とす。
 体中の傷痕を知っている。今までまともに休暇も取らず働いていた事も。国を誰よりも愛している事も。それなのに。

「お前が怒るのは珍しいな」
「だって、オスカーさんはみんなのために頑張ってるのに」
「お前が俺の為に怒ってくれただけで充分だ」

 そっと頭を撫でると、良くないです、と低い声が返った。

「赤は街を良くする為の聞き込みが多いが、青は事件の容疑者を探し、捕まえる事が多い。後ろ暗い事がなくても、自分や家族が捕まるかもしれないと疑心暗鬼になってるんだろ」

 捕まった者は二度と帰って来ないという噂もある。
 それもそのはず。青の騎士団が動く時は、極刑や終身刑を免れない重罪である事が殆どだ。


「ただ、そんな事情も分からない子供の方に酷く怯えられて泣かれる」

 そう言ったそばから、子供が二人の前を横切り、石畳に躓いて転んだ。

「わっ! 大丈夫っ?」

 暖人は慌てて立ち上がり、その子を抱き起こす。

「ふえぇっ」
「痛かったね、よしよし。今から痛くなくなる魔法を掛けるから、少し目を閉じててね?」
「ふえ……?」
「痛いの痛いの飛んでいけー」

 魔法とは、定番のあれだ。それに加えて、擦りむいた膝を両手で覆い、外に漏れないようにして小さな光を当てる。

「んっ、いたいの、とんでった!」
「もう痛くない?」
「うん!」

 元気な返事に、暖人も笑顔になる。


「ハルト。子供を宥めててくれ」
「え? あっ、はい」

 オスカーがポケットから小さな箱を出し、子供の前に屈む。

「ふえっ」
「大丈夫だよ。お兄さんが、血がいっぱい出ちゃわないようにしてくれるからね」
「ち……」
「ばい菌さんも入らないようにしてくれるよ」
「ばいきんさん?」
「ばい菌さんが入ったら、痛い痛いってなっちゃうんだ。痛くならないように蓋をしてるんだよ」

 手のひらより小さな箱には、応急処置用のガーゼと止血剤が入っていた。暖人も今まで知らなかったが、騎士たちは万が一の為にこの箱を常時携帯している。
 傷に張り付かない特殊で清潔なガーゼと止血剤があれば、包帯は服を破って作れる。子供の脚にはハンカチで充分。オスカーは傷口にガーゼを乗せ、ハンカチを巻く。
 止血剤は子供には強すぎると判断し、柔らかい皮膚を傷つけないよう調節しながらハンカチだけで慎重に止血をした。


「うぇ……」

 子供はオスカーを見上げてまた泣きそうになる。暖人は子供の顔を自分の方へ向け、暖かな笑顔を浮かべた。

「君は、このお兄さんのことが怖いの?」
「うん……」
「どこが怖いのかな?」
「顔……」
「う、うーん、顔かあ」

 顔と言われてはどうして良いものか。

「あとね、おおきくて、こわい……」
「そっかあ。君から見たら熊みたいだよね」
「おい」
「ふえっ!」
「大丈夫、怒ってないよ。大人だから声が低いだけだよ」
「おとな……」
「大人だからね」

 よしよし、と小さな頭を撫でる。

「ううっ、ぶるぶるするの……」
「威圧感かなあ……」

 これもどうして良いものか。

「あ、ほら、お兄さんがキレイキレイしてくれたよ」
「! キレイキレイ!」

 キレイキレイ? とオスカーは内心で首を傾げる。その言葉を口にする暖人が可愛いから問うのはやめた。


「止血……と、消毒はした。石畳で切ってはいるが、子供なら帰る頃には血は止まってるだろ。傷口の汚れを落として新しいガーゼに交換すればそれでいい。と、親が来たら伝えてくれ」
「はい」
「何故笑う」
「言い方がぶっきらぼうなだけで、面倒見がいいんだよなあと思いまして。こんなオスカーさんを知らないなんて、みんなもったいないです」
「……そうか。それなら、お前だけが知っていてくれればいい」

 勿体ないと、暖人が思ってくれるなら。その勿体ないものを他の者に知らせなくても構わない。オスカーは、ふ、と笑った。


 顔を青くして走ってきた父親が土下座をする前に、暖人はオスカーが応急処置をしてくれた事を柔らかい言葉で伝える。その間、子供は父親の隣でオスカーを見上げていた。

「ふぇっ……、んんっ」

 泣き出しそうになり、グッと耐える。ぷるぷるしながら耐えて、オスカーを真っ直ぐに見上げた。

「お前は強いな」
「!」

 褒められた子供は、パッと笑顔になる。

「おにーちゃんっ、ばいきんさんキレイキレイ、ありがとー!」

 元気な声でそう伝えると、オスカーの目が丸くなった。
 今まで子供に礼を言われた事などない。こんなに真っ直ぐに見つめられた事も。
 オスカーは無意識に屈み、子供の頭を撫でる。


(あ……、やっぱりだ)

 一度撫でただけで、子供は気持ち良さそうな顔をする。撫でる事さえ出来ればみんなオスカーに懐くはずだ。
 親だけは、子供の心配とオスカーの行動に、今にも気絶しそうな顔をしていたが。

「オスカーさんは優しい人なんです。毎日みなさんのために一生懸命頑張ってくださってます。この国が大好きなんですよ」
「は……はい」

 ふわりと暖かな笑顔に、父親は頬を染めコクコクと頷く。だが。

「あっ、もう、駄目ですよ」

 オスカーが暖人の腰を抱き寄せ、苛立った様子を見せると、父親はまた怯えてしまった。

「すみません、お見苦しいところを……。お子さんの怪我、お大事になさってください」

 また暖かな笑みを見せると、父親は深く頭を下げ、子供を抱き上げる。

「キレイキレイのおにーちゃん! ばいばい!」
「ばいばい」

 暖人は手を振り、オスカーの手も取ってフリフリと振る。おとなしくされるがままのオスカーに、遠巻きに見ていた人々は驚きに固まっていた。


「やっぱりオスカーさんに撫でられると懐きますね」
「そこまでの工程が必要だがな」
「そうですね……何か考えてみます」
「いや、俺たちの子供に泣かれなければそれでいい」
「泣かないですよ。俺とオスカーさんの子ですよ? 絶対強い子です」
「ふ……そうだな」

 笑顔で子供の話をする暖人に、顔が綻ぶ。そうなる関係を、自然に受け入れてくれている。それだけでもう充分だった。



 その後は書店を巡り、本についてあれこれと話している間に陽が暮れてしまった。やはり趣味が合うなと互いに思いながら馬車に乗り込む。

「それは最近の作家が書いた物だったな。どういう内容だ?」
「え、っと……。……庶民が、貴族や王族と恋に落ちる話です」

 全てその内容で、十五冊ある。
 それも、半分は男性同士が主人公のものだ。

(初めて男同士の恋愛本を手にしてしまった……)

 この世界では一般的な恋愛小説として並べられ、男性も手に取っていた。
 目当ての作家の本を確保した後、躊躇いながら少し試し読みして、気になるものを買ってきたのだ。
 オスカーは不思議そうに暖人を見る。

「お前自身がそうだが?」
「そうでしたねっ。でも小説には実体験とは違う良さがあるんです」
「それもそうだな」

 本を読むオスカーにはすぐ納得できた。

「他は?」
「…………内容としては、全て同じです」
「内容が同じものを、そんなに買ったのか?」
「同じ食材でも煮たり焼いたり潰して混ぜたりで違う料理になります。それと同じです」
「なるほど」

 例えられるとすぐ納得した。ジャンルが違うとはいえ、趣味自体が同じだと理解も早い。


「オスカーさんはどんなの買ったんですか?」
「これだ」
「……表紙からして難しそうですね」
「中身はそうでもない。最近の経営事情や金の流れの傾向が書かれた、ただの雑誌だからな」
「雑誌。ハードカバーですけど」
「経営者向けの雑誌は大体こんなものだ」

 見るか、と渡された本を開くと、思ったより読みやすい。文字が大きく挿し絵もある。それが理解出来るかはまた別だが。

「オスカーさん、お店経営してましたっけ?」
「店というより工場を少しな。たまに顔を出す程度だが、カメラ作りはそこで機材を借りている」
「騎士団長様でオーナー様だった……」

 暖人の脳内に新たな情報が追加された。

「そうか、お前の世界に貴族はいないんだったな。この世界の大体の貴族は、投資か経営をしてる。ウィルは投資が多いが、店舗と工場も幾つか持ってたはずだ」

(知ってたけど、セレブだ……)

 お金持ちの規模が違った、と頭を抱える。


「騎士のお仕事もあるのに、俺と十日も一緒にいて大丈夫なんですか?」
「ああ。仕事は先に片付けてきたからな」
「十日分ですか?」
「追加があれば書類で屋敷に届く。来てもお前が寝てる間に片付けられる量だ」
「もしかして、今までも……」
「ああ。寝顔を見ながらだと捗って助かる」
「……お役に立てたなら良かったですけど、無理はしないでくださいね?」
「心配するな。お前と過ごす為なら、無理な事は何もない」
「っ、……好きです」

 うっ、と顔を覆った。本当に、出逢った頃のオスカーからは考えられない甘さだ。

(小説より本物の方がすごい……)

 流れるようにキスをされながら、小説で満足出来なかったらどうしよう、と心配になる。
 だが、考え事にすら嫉妬するように深いキスをされ、逆にじれったいピュアな小説の方が満足出来そうだと……酸欠でぼんやりする意識の中で思ったのだった。

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