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オスカーとのんびり

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 そして、オスカー邸。

 二人きりになったオスカーと暖人はるとは、ちらりと互いを見た。
 お互いに、今からベッドに向かうかどうかと窺う。先に動いたのはオスカーだ。


「蒸気機関車の件だが」

 暖人を抱き上げ、向かい合わせで膝に乗せる。
 今はまだその気ではないとオスカーは察した。その通り、暖人ももう少し話がしたいと思っていた。前回滞在した時は、体を重ねてばかりで終わってしまったからだ。

「国家事業として提案しようとしたが、一旦断念した。すまない」

 暖人に仕組みを聞いてから、理論的にはこの世界の物でも作れる事が分かった。だが、作れるかどうかだけが問題ではない。

「鉄道を敷き長距離を短時間で移動出来れば、旅人相手に商売をしている途中の街や村が煽りを受ける。その問題の解決法は、お前の世界にはあるのか?」
「……いえ。過疎化したまま人が戻らない町も多いです」
「そうか。やはり簡単な問題じゃないな」

 オスカーは難しい顔をした。

「その問題を考慮して、もう一度練り直す事にした。この世界にはまだ早い技術だったんだろうな」

 暖人の世界のようになるには、まだ早すぎた。


「出来れば生きているうちに、お前の世界に近い光景を見せてやりたいが……」
「っ、オスカーさん……」

 まさかそんな事を考えてくれているとは思わず、暖人は感動する。たまらずにぎゅうっと抱きついた。

「俺、この世界が、この国が好きですよ。でも……元の世界のものを見れたら、とても嬉しいです」
「そうか。それなら頑張り甲斐があるな」

 背を撫でると、暖人はぐりぐりと肩に額を擦り付ける。その感謝の仕方があまりに可愛く、オスカーはそっと目元を綻ばせた。

「代わりに車輪を応用して、馬車の揺れを軽減する事に成功した」
「えっ、すごいですっ」
「長距離用の座席には、ソファベッドを導入した」
「すっ、すごい快適にっ」
「これでいつでも二人で旅行に行けるぞ」
「えっ……まさか、そのために……」
「ああ。お前の為だ、ハルト」
「っ……、名前入れてくるのはずるいです……」

 本気でこられては心臓が止まるかと。
 密着した胸から速い鼓動が伝わり、オスカーはますます機嫌を良くした。


「カメラも早いうちに完成させたいんだがな」

 暖人を撫でながら、そっと息を吐く。

「カメラがあれば、お前の寝顔をいつでも見られるだろ」
「なんで寝顔限定なんですか……」
「可愛い」
「かわっ、……本当に、突然デレるのやめてください」
「恥ずかしがる顔も紙に残せたのに、残念だ」

 暖人としては、残せなくて良かった。オスカーにカメラを持たせたら、会う度に暖人の写真で軽く百枚は越えそうだ。

「セックスの最中の顔もいつでも」
「絶対やめてくださいっ」
「冗談だ」

 ガバッと体を起こした暖人に小さく笑い、頬を揉む。
 最中の顔など見ては、仕事中でも抱きたくてたまらなくなる。生殺しも良いところだ。

「そちらの世界とは、光の構造が違うのかもしれない。そもそも世界が違うからな」
「構造……それは、どうにも」
「ああ。今のところお手上げ状態だ」

 オスカーはまた溜め息をついた。暖人の頬を軽く揉みながら。


「お前の写真があれば、どんな戦場でも必ず生きて帰れる。その為にも早く作りたいが……」
「オスカーさん。戦争になる前に、俺が止めます。そのために俺の力はあるんですから」

 つらい事を言われているはずが、頬を揉みながらではいまいち緊張感がない。頬に触れるオスカーの手を取り、指を絡めた。

「俺がオスカーさんを守ります。必ず守ってみせます」

 今まで守ってくれたように、守れる存在になりたい。頼られる存在に。
 オスカーは目を見開き、すぐに目元を綻ばせる。暖人の決意を愛しげに受け止め、髪を撫でた。

「その顔も残しておきたかった。……カメラがあれば、お前の全てを閉じ込めておけるというのに……」

 穏やかな顔。だが、瞳の奥にぞくりとするものが見えた気がした。

(待って、オスカーさんもヤンデレルート入っちゃった……?)

 ルートの数歩目で踏み留まっている涼佑りょうすけとウィリアム。通常溺愛ルートだと思っていたオスカーも、まさかこちらに?


「……ウィルのところには帰るな。と言っても、お前は帰るだろ」

 グッと腰を抱き寄せられる。
 拘束だ、と慌てて何も言えないでいると、肯定と取ったのか、オスカーの眉が寄せられた。
 ……だが。

「……正直、ウィルが羨ましい」
「っ……」

 次の行動は拘束ではなく、弱々しく呟かれた言葉だった。
 ヤンデレルートではなかった。そんな弱々しい顔をされたら……。

「約束なので十日で戻らないとですけど……今はこのお屋敷が俺の帰る場所です。俺は、オスカーさんの恋人なんですから」

 もう駄目、と暖人はオスカーを抱き締めた。背を撫で、少し固めの髪にキスをする。
 弱々しい姿を見せられると弱い。全身拘束されるよりも離れられなくなる。

「オスカーさんのしたいこと何でもします。俺に出来ることなら、何でも。だからそんな顔しないでください」

 普段強気なオスカーだから、弱々しく悲しい顔をされると、何をしてでも宥めてあげたくなるのだ。

「何でも……?」
「はい。厨房を使わせていただけるなら、オスカーさんの食べたいもの何でも作りますし、お風呂で背中流したり、マッサージも頑張ります」

 リラックス方法、と考えて提案したのだが。

「お前のを舐めるのは」
「っ……、い……ぅ……うう……。……代わりに俺が舐めるので、それだけは」
「何でも」
「それだけは……」
「そんなにか」
「そんなにです」

 苦しげに呻く暖人に、オスカーはくすりと笑う。受け入れようと頑張ってくれた事だけでもう嬉しかった。

「それなら、そうだな。屋敷の者たちに、お前を婚約者として紹介させてくれ」
「あ、はい、それなら」
「……あまりに快諾で驚いた」
「……そうですね。俺も今驚きました」

 真顔で言われ、舐める事がそんなに嫌か、と苦笑した。


「あの、すごく今更なんですけど……重くないですか? 俺、最近太りましたし……」

 最近は全力で力を使う機会もなく、ウィリアムの屋敷で走り込みはしていたが、それ以上に食べていた気がする。

「太った? どこがだ?」
「ぎゃっ、お尻で確認しないでくださいっ」

 ガシッと掴まれ、膝から下りようとするがますます揉まれる。

「聞いた事のない声だな」
「お尻を揉まれるシチュエーションがなかったですからねっ」

 今度はもみもみと揉まれる。立派なセクハラだ。

「男の尻かと疑う揉み心地だ」
「太ったんですってばっ」
「柔らかいな」
「お腹はやめてっ」

 この歳でメタボは嫌だ。脇腹を揉まれて、くすぐったさも忘れてオスカーの腕を叩く。

「まあ、もっと肉があってもいいくらいだがな」
「今柔らかいって言ったくせに」
「ふ……悪かった。可愛くてつい、な」
「可愛いって言えば許されるわけじゃないですからね」
「拗ねるな。可愛くて困る」

 どうあっても可愛いんじゃないか、と拗ねたまま、仕返しとばかりにオスカーの腕を揉んだ。

「冷たかった頃のオスカーさんが懐かしいです」
「…………冷たくした方がいいか?」
「そんな苦渋みたいな声出さないでください。嫌味言ったつもりなんですから」

 嫌味。
 今のは嫌味だったのか。

「……俺は昔のオスカーさんも、今の過保護なオスカーさんも好きですよ」

 暖人も嫌味を言うのかと驚いているうちに、勘違いして罪悪感にじわじわと俯く黒の瞳。

「俺は昔から、人を傷付けきれないお前が好きだ」
「そ、ですか……」

 あまりに柔らかな声で、胸がぎゅっとしてしまった。


「お前は、初めて会った頃から俺を怖がらなかったな」

 怖がるどころか、しっかりと目を見て話してきた。怖いなど微塵も思わない瞳で、笑顔すら見せて。

「最近はそんなお前に慣れていたから……先日街の子供に泣かれて、少しショックだった」

 吹き出しかけて、暖人は必死で堪える。可愛い、けれど、オスカーは本気でしょんぼりしているのだ。

「撫でてあげればすぐ泣き止むと思いますよ。オスカーさん、撫でるのとても上手ですから」
「その前に死ぬほど泣かれて、飛んできた親に土下座された場合は」
「あー……」

 まさかそこまで怖がられているとは。

「あ、子供から見たら背がすごく高いから」
「屈んだら腰を抜かされた」
「……ですか。……オスカーさん、苦労してるんですね……」
「今までは気にならなかったが、そうだったらしい」

 暖人に懐かれてそれが普通になっていたから、ショックでもあり傷付いた。

「そうだ、一緒に出掛けましょう。子供に見えるらしい俺と一緒に食べ歩きとかしてたら、きっと優しい人だと分かって貰えますよ」

 にこにこと笑う。
 ラスの隠し子と噂されている青い髪色……ではなく、涼佑と出掛けた時の茶色だが、同じ人物だと気付く者がいれば今度はどんな噂になるのか。ジッと見つめる。
 だが、暖人からの誘いを断るという選択肢はない。


「今から行くか」
「はい」

 髪は茶色で、服もシンプルなものだ。街に出るには丁度良い。

「ああ、ついでに本屋にも寄っていいか?」
「はい、俺も欲しい本があるので」
「そうか。どんな本だ? 店によって置いているものが違うが」

 この世界には、大型書店はない。個人店が集まる通りがあるだけだ。
 暖人はスッと視線を逸らす。

「………………恋愛小説、なんですけど」
「恋愛小説」
「前にテオ様の護衛騎士さんからお薦めして貰った本が面白くて、その作者さんの別の本を……」
「そいつらとも仲がいいのか」
「みなさん俺のこと気遣ってくださるんです」
「気遣うというより、普通に仲がいいんじゃないのか?」
「だと嬉しいですけど」

 相変わらず謙虚だ。暖人を膝から下ろし、オスカーも立ち上がる。

「今回は前回のようにヤるだけで終わらないようにしたい」
「俺も気をつけます」

 何度も乗り上げてすみません、とキリッと表情を引き締めた。

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