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神月家編【多頭飼いの日常】後

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 AランクのSubであるマコならばそう簡単にDomに負けることはないが、念には念を入れ自分のグレアで包み込むと傑は後を任せて店を出た。
 今度はもう一人のSubである辰樹の元へ向かう途中で昼食になりそうな物を手に入れる。
 オフィス街の中にある大きなビルの一つについた傑は慣れた様子で、顔見知りの受付に挨拶をすると中に入る。
 丁度来たエレベーターに乗り込むと、丁度会社に戻ってきたところらしい若い社員が走ってくるのが見えた。

「すみません」
「いや」

 エレベーターの開くボタンを押し、待っていると彼女は慌てたように乗り込み息を吐いた。下を向き大きく深呼吸するその首元に可愛いハートのタグとネックレスタイプのCollarが見えた。

「ありがとうございます」
「いや、何階に行きたいんだ?」
「五階をお願いします」
「わかった」

 この会社にいるSubは大体知っているが、彼女の事は初めて見る。最近入ったばかりなのかも知れない。そう思っていると、彼女がこちらをチラチラと見ていることに気づいた。

「なにか?」
「い、いえ・・・・・・」

 おそらく傑が高ランクのDomだと気づいたのだろう、緊張するように返事をすると目をそらした。例えパートナーがいるとしても、Sランクの傑が何者かは気になるのだろう。
 警戒の意味もあるのだろうが少し距離を置き、緊張した様子で固まっていた彼女は指定した階につくと傑にお礼をしてエレベーターを降りた。

(やはり緊張させてしまうな)

 自然な姿のSubを好む傑からすれば、なるべく気にせずに接して欲しいがどんなに抑えようとしてもSubには気づかれてしまう為になかなか難しい。
 Aランクの時からあった絶対的なDomのオーラはSランクになり更に強くなり、Subに限らずダイナミクスを持たないUsualさえも、威圧してしまう。

(気にするなと言っても無理だろうな)

 そんな簡単に傑の圧に慣れる奴などいないだろうと、思っていると一人のSubが思い浮かんだ。初めて会ったのに、少し話しただけで傑の圧にすぐに慣れ、他のSubについて注意までしてきた力也の事を思い出し笑う。

(あれは図太すぎる)

 最初は緊張していた様子もあったのに、気づけば完全になくなり、友人のSubまで紹介した。Aランクの中でも力がある方だとしても馴染むのが早すぎた。
 
(王のSubか)

 王のSub、それは多くのSubをDomとは違う位置から纏める事ができるSubの事で、多頭飼いをするDomにはその存在は魅力的な物だ。傑も若い頃ならばその存在を手に入れたいと思っただろう。
 しかし、今は欲しいとは思えない。確かに結衣もマコも力也に懐いているし、力也ならば他の三人とも仲良くできるだろう。
 それでも、傑はいまの状況で満足していた。大事なSubである五人は今のままでも十分まとまっている。彼らのペースでゆっくりと成長していくそんな姿を見ていたい。

 そんな事を考えている間にも何人かの社員がエレベーターに乗り込み、降りていった。
 目的の階についたときには傑はいつも通り一人だった。
 目的のドアをノックすれば、足音と共にドアがすぐに開かれた。

「傑さん、お待ちしてました」
「辰樹、久しぶりだな」

 会えてうれしいと語る瞳に、Domらしい笑みを返し案内され部屋の中に入った。部屋に入ると辰樹は部屋のドアの鍵をかけた。特定の社員以外訪れることはないし、ノックをせずに開けられることもないが、貴重な時間を邪魔されたくはない。

「傑さんこちらへ」
「ああ」

 普段自分が座っている椅子を回し、傑を座るように誘導すると辰樹はその前に立った。
 期待に満ちた瞳を向けながらネクタイをとり、ボタンを二つ外すとその首には傑の送ったCollarが見えた。

「辰樹Kneel」【お座り】

 圧倒的なグレアと共に、待ち望んでいたであろう、コマンドを放てば辰樹は崩れるようにその場に膝をついた。

「相変わらず座りごこちがいいな、ここは」
「お気にめしていただけてうれしいです」
「仕事は順調か?」
「おかげさまで」

 辰樹が座っている椅子に、足を組み座った傑は少し身をかがめると褒めるように微笑んだ。

「Come」【こい】
「はい」

 普段、人の上に立つ位置にいる反動か辰樹は強いグレアとコマンドを欲しがる。主人たる威厳を持ち、そう命じれば辰樹は四つ這いで這いながら傑の足下へ来た。

「Good」【いいこ】

 膝の上を軽く叩けば、辰樹はその膝に頬を寄せた。甘えるように膝にすり寄るその頭を傑は撫でる。

「辰樹は疲れをため込みやすい。もっとしっかり甘えなさい」
「はい」

 支配と愛情のグレアで辰樹を包み、日頃の疲れを癒やすように撫でる。力也が天然の王のSubならば、辰樹は教育によって人を導く事を覚えさせられたSubだ。
祖父から父はこの会社を受け継ぎ、一人息子である辰樹へと託した。幼い頃から将来は社長になるのだと言われ、辰樹は色々な事を覚えさせられた。
Usualでありながら、優秀な社長である父は辰樹ももちろんUsualだと思っていたのだが、それは間違いで辰樹はSubだった。
人の上に立つどころか、人に従う事を喜びと感じるのがSubだ。多くの社員を率いる立場の人間にはそれは似合わない。
その所為で、彼はなかなかパートナーを得られずにいた。社長など上の立場にたつSubの場合、多くが秘書などの形ですぐ近くにDomがつくのだが、辰樹の場合は適任のDomが見つからずにいた。
その理由は、当時経営状況があまり思わしくなく跡取り問題でごたついていたからだ。
身元が確かな者で、力が強く、辰樹の強みになる者と考えるとなかなか難しく、抑制剤も効くことから後回しにされてしまった。そして適齢期をすぎてから出会ったのが傑だ。
 当時から監督として名が上がっていた傑ならば、利用されることもなく、多頭飼いのため理解力も応用力もある。
 挙げ句に他のDomに手出しをさせない、Sランク。それは辰樹の家からすれば都合が良かった。

「ちゃんと睡眠はとっているか?」
「はい、言われた通り睡眠時間を確保しています」
「ならいい」

 優しく撫でながら、腕や顔や髪の質などを見て体調を確認していく。会えなくともオンラインなどでPlayを重ねてはいるが、実際に触れてみないとわからないものも多い。

「昼食はまだだろ? 買ってきた」
「ありがとうございます」

 用意していた昼食を取り出すと、食べやすい大きさにパンをちぎり自分の手のひらの上に置く。

「食べなさい」
「いただきます」

 まるでペットにおやつを与えるかのように、一口ずつ手に乗せゆっくりと時間をかけて食べさせていく。
辰樹はSubを隠している訳ではないが、いつも冷静な社長である辰樹がまさかこんな風にご主人様から食べさせて貰っているなどとは社員は思わないだろう。

「そう言えば、さっき初めてみるSubとエレベーターに乗り合わせたが、新入社員かな?」
「支社から引き抜いたんです。実は彼女ダイハラの被害に合っていたらしくて・・・・・・」

 ダイハラとはダイナミクスハラスメントの略だ。Sub又はDomであることを理由に蔑まれたり、不当な扱いをされたときに使う。元はSub差別やDom差別などと言われていたが、ハラスメントという言葉が広く使われるようになり、ダイハラとも言われるようになってきた。因みにこの場合、加害者は多くがダイナミクスを持たないUsualだ。

「お前というトップがいるのに愚かな」

 無論、辰樹がトップのこの会社ではSubが働きやすいように色々な対策がとられていて、Subの社員も多い。ブラックな会社にSubが多いと言うのはたまにあるが、この会社はそれとはかけ離れているのにSubが多い会社となっている。
 それと同時にDomも多めだが、そこは傑のアドバイスや王華学校の講習を受けさせることでなんとかなっている。

「申し訳ありません」
「辰樹の所為じゃない」

 Sub贔屓が強い傑の言葉に、自分の落ち度だと辰樹は申し訳なさそうに頭を垂れた。そんな辰樹の頭を優しく撫ではっきりと否定する。

「お前の事だ。ちゃんと彼女を助けて、やり返したんだろう?」
「はい」
「そういう奴らは残念なことに一定数いる。片をつけたならそれでいい。後は被害者達のケアをしろ」
「はい、わかりました」

 その言葉に力強く返事をした辰樹を抱きしめ、ご褒美のようにグレアを注ぐ。

「辰樹Good Boy」【上出来だ】

 うれしそうに顔をすり寄せるその頭を何度も撫で、Collar近くのうなじへキスを落とす。普段から沢山の努力をしているSubをケアするように優しく包みこんだ。
 そうして少しして体を離すと傑はサブスペースにはいってしまった辰樹に、再び昼食を食べさせた。

 辰樹との時間が終わると、傑は辰樹と共にマンションへ戻ってきた。ひとまず自分の部屋に行きドアを開ける。

「ただいま」
「ただいまです」
「お帰りなさい」

 すぐに走ってきた結衣は、傑と辰樹の二人を喜んで出迎えた。その足下にはツガイの子供である光輝がいた。

「こんにちわ光輝くん」
「こんにちわ」

 結衣やマコよりも馴染みが少ない所為か、少しもじもじとした様子で挨拶をした光輝に、辰樹は笑顔で返した。

「マコはまだか?」
「はい、さっき今から帰るって連絡がありました」
「まったくせっかくのグループL●NEがあるのに意味がないな」

 そう言いながらも、傑はスマホを操作しマコのスマホのGPSの画面を開いた。こちらに向かってくるのを確認し、画面を閉じる。

「確かに、もうすぐつきそうだ」

 そう言うと、玄関先においてあったスーツケースの一つを持ち、マンションのドアを開ける。

「じゃあ、俺は明美と浩のところにいく。朝には二人を連れてくるから朝食を頼む」
「かしこまりました」
「いってらっしゃい」
「いってらっちゃい」

 三人に見送られ、今度はツガイの二人が住むマンションへ向かった。

「いらっしゃいませ」
「ああ、邪魔をする」

 既に帰ってきていた明美に出迎えられ、中に入るとスーツケースをその場においた。

「前回のやつは?」
「あそこに」

 部屋の隅に、傑が今持ってきた物と同じスーツケースを指さし彼女はそう答えた。大きく開いたその首元には傑が選んだネックレス型のCollarが光っている。

「浩はまだだろう?」
「はい」
「なら夕食は三人で食べるとしよう」

 そう言うと、傑は明美とのPlayを開始した。今はまだ仕事から帰ってきていないが、この後はもう一人浩とのPlayもある睡眠時間や食事の時間を考えると時間はいくら合っても足りない。
 暖かな家庭を築いてくれている二人の為に、感謝を込め傑は今日の残りの時間を費やした。
 そうして二人とのPlayを終え、そのままこの部屋に泊まり朝になれば、朝食の前に二人を連れ自らのマンションへ帰る。
 七人で朝食をとり、それぞれがまたいつも通りの日々に戻っていく。
 それが多頭飼いをしている傑の、なんてことのない穏やかで幸せな日だ。

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