これは報われない恋だ。

朝陽天満

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718、父親の気持ち

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 リビングでは父さんとヴィデロさんが酒を酌み交わしている。

 俺はというと、母さんと共にキッチンでつまみづくり。ついでにレシピを伝授してもらっている。新しい青梗菜のレシピを、バーのマスターをしている友人から仕入れたんだそうだ。



「それで、住むところはこのままなの? 気が早かったけれど、うちの二階を改装して二世帯住宅にするのもアリよねってお父さんと話もしてたのよ」

「うーん、ありがたいけど、俺今全員分のご飯作りしてるんだよね」

「全員?」

「ヴィルさんと、会社の先輩の人と、ヴィデロさんの分」

「あらあら。仕事で食事の用意をするんじゃなかったの?」

「それもあるし、それ以外にも朝とか作ってるよ」

「仕事と日常の境目が曖昧じゃない」

「でも食材は全て揃えられてるし、光熱費も持ってもらってるし、その分給料上乗せしてもらってるし、何よりご飯を作って食べてもらうのは嫌いじゃないから」

「そうなの。休める時はしっかり休まないとだめよ」

「それそのまんま母さんに返すよ」



 あく抜きされていたタケノコを煮る鍋を掻き混ぜながら、俺がそう返すと、母さんは声を出して笑った。

 だって俺が小さい時から結構ずっと朝から晩まで働いてるし。一人で夕食も少なくなかったから。



「ありがと。仕事が楽しくてついね。一人で寂しい思いさせてた?」

「寂しくないよ。雄太たちと遊んでたし、ずっとゲームしてても怒られなかったし」



 強がっちゃって、と笑いながら、母さんが俺の頭をひと撫でする。もう俺成人したから頭撫でられても嬉しくないよ。

 俺よりもさらに下にある頭に視線を向けてそういうと、母さんは「大きくなるってこういうことなのね」としみじみと呟いた。



「健吾にヴィデロ君のことを訊いてからね、母さん、健吾がもう帰って来れないくらい遠くに行くことばっかり考えてたのよ。今までは放置していたけれど、やっぱり息子が出ていくとなると寂しくなるのよ。父さんと二人でこの家に住むようになって、当たり前にいた健吾がいなくなって、寂しいわねって父さんと言い合ってて、どうしてもっと沢山子供を産んでなかったのかなって結構考えちゃったわ」

「母さん」

「でも、健吾が行くんじゃなくて、うちに連れて来るなんて連絡くれたじゃない。嬉しかったわ。だから、気が早いけどって父さんと改装の話までしちゃったのよ」

「うん。ほんとは、ほんとはね。俺、ヴィデロさんの世界に行く気満々だったんだ。でも、ヴィデロさんが無理をしてこっちに来てくれて、さ」

「無理をしないと来れないような場所に行く気だったの?」



 どんな秘境よそこ、と呆れた様な声を出す母さんに、味の染みたタケノコを差し出して、味見してもらう。

 美味しいと太鼓判を押されたので、器に盛ると、母さんも一つ一つ飾り切りして作った見た目可愛いクラッカーのつまみの乗った皿をトレイに載せた。

 そうなんだ。無理をしないと来れないどころか、奇跡が起きないと来れない場所にあるんだ。

 心の中で俺はそう呟いた。



 二人でリビングに戻ると、父さんは目を潤ませながら「そうなのかあ、世の中には俺の知らない病気もまだまだあるんだなあ」とグラスをちびちび舐めていた。



「でもな、ちょっとだけヴィデロ君のお父さんの気持ちもわかるよ。残された君には辛いかもしれないけれど、俺だって健吾の手を煩わせるくらいなら延命するなって絶対言う。……とはいえ、実際そうなったら俺、泣き言言って「死にたくない」とか母さんに泣きつくんだろうな。実際にそういうときに君を解放してくれるお父さんは強かったんだなあ。同じ父として尊敬するよ」

「俺は、最後位は息子として、父に何かをしてあげたかったと、今でも思います。でも、父はそれすらさせてくれなくて」

「ヴィデロ君はいい子だな。お父さん、きっとそんなヴィデロ君だからこそ、負担になりたくなかったんだよ。君が今元気、それだけできっとお父さんは満足だと思うよ」

「そうでしょうか」

「そういうもんだよ。俺も健吾が元気いっぱいで楽しそうならそれが一番嬉しいから……って健吾! 今の、聞いてた……?」



 リビングのドアのところに俺が立ってるのに気付いた父さんが、ドキッとしたように手に持った酒をちょっと零す。

 父さんがそんなことを思ってるなんて知らなかった。照れたようにあわあわと「聞かなかったことにしてくれ」なんてテーブルを拭く父さんを見て、俺は少し感動していた。

 でも、もしかして父さん、ヴィデロさんのお父さんの話を聞いてたのかな。



「ヴィデロさんのお父さんの話してたの?」

「ああ。お義父さんのケンゴを見る目に父が重なって。色々なことが思い出されて。話しているうちに、どうも父に話している気分になってしまって。色々と話を聞いてもらっていたんだ」



 ニコッと笑うヴィデロさんは、すでに上着を脱いで、シャツの首を寛げてリラックスした様子だった。

 父さんもいつになく饒舌で、俺に対する時とはまた違う、なんていうか頼もしい様な父親らしい表情をしていた。父さん、俺にはなんだか小さい子を見るような目で見てる気がするんだもん。

 母さんと二人トレイの上のつまみをテーブルに置くと、ヴィデロさんの隣に座る。

 母さんも自分のグラスに酒を注いでるから、飲む気満々だ。なんかこういう酒盛り、いいなって思う。

 ヴィデロさんもなんだかすごく安心しきったような顔をしていて、工房に一緒にいる時みたいな雰囲気になっていた。両親とは今日が初顔合わせなのに、珍しいなって思う。もしかして、俺含めた皆ヴィデロさんよりかなり小さいから、戦闘力皆無だと安心されたのかな。







 またいつでも来なさい、という父さんの見送りの元、俺たちは深夜に帰宅した。

 泊まって行けという父さんの言葉に甘えることも出来たけど、でも父さんのパジャマですらヴィデロさんの腕と足には短すぎて着れる物がなかったから。流石にぱっつんぱっつんは申し訳ないし。

 タクシーの中、ヴィデロさんはずっと穏やかだった。

 帰り着くと、ヴィルさんの部屋では佐久間さんとヴィルさんが何やら打ち合わせをしていたので、邪魔しないように挨拶だけしてヴィデロさんと二人俺の部屋に向かった。

 二人分のお茶を淹れてソファーに落ち着くと、そっとヴィデロさんの腕が俺の腰に回される。

 引き寄せられて、頭にキスされた。



「ケンゴ、今日はありがとう」

「え、俺何もしてないよ。っていうかいつの間にか父さんとすごく仲良くなってたね」

「ああ。なんだかケンゴといるみたいな気分になって、すごく和んだんだ。でも、父親としての目線もしっかりとあって、そして、ケンゴと同じように困った人に自然に手を伸ばせる人だと思ったんだ。お義父さんに俺が元気ならそれだけで父も喜ぶ、と言ってもらえて、胸にあったわだかまりがスッと消えた気がして。その感覚が、ケンゴが俺にもたらしてくれた色んな気持ちと本当に同じで」



 頬を寄せられて、抱き込まれる。

 耳元で「嬉しかったんだ」と囁いた。



「ヴィデロさんにそんなことまで言わせる父さんに嫉妬しそう」



 笑いながらそう言うと、ヴィデロさんもくすくすと笑った。



「ケンゴそっくり……いや、ケンゴがお義父さんに似てるから仕方ない。本当にそっくりだから」

「顔とか身長もそっくりだったらよかったのに」

「そっちはお義母さんにそっくりだった。ケンゴは、ご両親のいいところが全部詰まってるんだな」



 可愛い、と頬にキスされて、えーと不満の声を上げる。

 可愛いのはヴィデロさん。カッコいいのも素敵なのも、全部ヴィデロさんだよ。だってどんな恰好をしていても似合うんだもん。

 そう言おうとした口は、ヴィデロさんの口に塞がれた。





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