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652、言ってもいいの? それとも
しおりを挟む「セイジさんもいなくなったことだし、俺は帰りますね」
エミリさんに声を掛けると、エミリさんは「ちょっと待って」と俺を引き留めた。
ソファを勧められたので素直に座り、目の前にお茶を出されてふと思い出した。
今日工房を出たの、ここにくるためだった。
あまりにも色んなことが起こって忘れてた。
エミリさん自身も俺の前に座ってカップに手を伸ばす。
一口飲んでふう、と息を吐くと、真顔でこっちを向いた。
「きっと、もうすぐサラを奪還しに行くわね、あの顔は」
「え? そうなんですか……?」
エミリさんの意外な呟きに目を丸くしていると、エミリさんはゆっくりと頷いた。
「クラッシュから、最後の一つのクリアオーブを持っていることは聞いていたの。でもそれでもセイジが動かなかったのは、多分たとえクリアオーブがあっても、魔王に勝てる算段がつかなかったのね。もちろん、私もついていくし、アルも行くと思うわ。アルの弟子たちももうアルを倒せそうなほどに腕を上げているらしいじゃない。マック、あなたも何かセイジから頼まれているんでしょ。もし時が来たら、頼むわね」
エミリさんは、じっと俺を見てそれからフッと笑った。
微かに、エミリさんの口から「ようやくよ」と声が聞こえた気がした。
下の受付でレインさんからの荷物を受け取り、ついでに納品されている謎素材を受け取って、俺は工房に帰って来た。
早速荷物を開いてみると、そこには壁向こうの魔物素材が大量に入っていた。中にはしっかりと謎素材も入っていて、ちょっと嬉しい。
「壁の向こうとは言っても、こっちの大陸の魔物素材は穢れてるわけじゃないんだなあ」
一つ一つ確認しながらしまっていると、玄関がガチャッと開いて、ヴィデロさんが顔を出した。
俺の姿を見て、ふわっと笑うその笑顔が最高。つられるように俺も顔を緩めて、席を立った。
キッチンテーブルを回り、ヴィデロさんに抱き着いて「おかえり」と言うと、ヴィデロさんも「ただいま」と俺の頭にキスを降らせた。
とりあえずテーブルの上の物をしまって、夜ご飯の用意をすることにした。すっかり時間を忘れて素材を確認していたから、ご飯をまだ作ってなかったんだ。
キッチンのインベントリから作り置きの鍋を取り出して温める。その間に丸いパンに切れ目を入れて、間に野菜を挟んでいく。ヴィデロさんは一旦奥に入って着替えてくると、テーブルの上を拭いてくれた。
一緒にご飯を食べながら、ヴィデロさんにフォンディアさん夫婦が店にやって来たことを話す。
「そうか……クラッシュは、もう向こうを拠点にする気なのか……?」
「どうかな。あっちの大陸に行くくらいの魔力はあるけど、ずっといるのはよくないってアリッサさんには言われてるから」
「マックは……クラッシュのあの魔素を飛ばしに行くのか?」
「そのつもりではいるよ。帰りは俺の魔力でギリギリ辺境までは帰って来れるし」
「そうか……気を付けて」
「うん」
心配そうに眉を寄せるヴィデロさんに、笑顔で頷く。
村に行くだけでこんな顔をされると、もうすぐセイジさんが魔王の所に行くかもしれないっていう話はしづらいな。
ちらりとヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんは「まだ何かあるんだろ」とまっすぐ俺を見た。
うん、と小さく返事して、でもなかなか言い出せずにいると、ごちそうさまをしたヴィデロさんが、一度俺の頭をくしゃっと撫でて片付けを始めた。
流してくれるのかな。でもこれで流されちゃっていいのかな。
ヴィデロさんが皿を洗っているので、俺も皿を下げると、それもサッと洗ってくれた。嬉しい。
片付けを終えたヴィデロさんは、隣にいた俺をいきなり抱き上げると、そのまま奥の部屋に向かった。
そっとベッドに降ろされて、ちゅ、とキスをされる。そして、ヴィデロさんが俺の足の間に膝立ちした。そのままぐいっと覗き込まれる。
「言いにくいことがあるのか? ちゃんと、心して聞くから、なんでも言ってくれ」
「……どんなことでも?」
「どんなことでも。……でも、もしマックが心変わりしたっていう話だったら、俺はきっとまともに聞いてやれないかもしれない」
「それはないよ。ヴィデロさん大好き」
目の前にあったヴィデロさんの身体に抱き着くと、ヴィデロさんも腕を俺の腰に回した。
「俺もマックを愛してる。だからこそ、色々聞きたいんだ。他に、何かあったんだろ。そんな顔をしている」
胸元に頬を寄せながらも、ヴィデロさんの瞳は俺の目をしっかりと見ていた。
言ってもいいのかな。それとも、ちゃんと行くことが決まったらの方がいいのかな。どうしよう。
もうすぐ魔王の所にセイジさんが行くかもしれないって。その時は俺もついて行って、蘇生薬を使わないといけない。そうしないとサラさんを生き返らせられない。誰かに頼むわけにはいかないんだよな、こればっかりは。だって、レガロさんがちりばめたクエストにしっかりとそのことが載ってるから。これを失敗したらセイジさん共々サラさんも生き返らないかもしれないし、この世界も破滅に向かって行くかもしれない。魔王の封印は解いちゃうわけだから。
そうなると、この国までじわじわと穢れていって、ヴィデロさんが生きていけない世界になるかもしれない。
それだけは阻止したいんだ。俺じゃ本当に蘇生薬をぶっかけるだけしかできないと思うけど。
でも、それをヴィデロさんに伝えたら、ただ単にヴィデロさんの苦悩を増やしちゃうだけなんじゃないかって。
「マック」
「……」
ヴィデロさんが聞きたいことは、なんでもこたえたいとは思う。でもそれはヴィデロさんを傷つけるような言葉ではなくて。
俺は何も言えなくて、俯いた。
そこにふと、ぽつりぽつりと忠告めいたことを言うレガロさんの言葉が脳裏をよぎった。いつもは全然気に掛けもしないような、レガロさんの言葉が、まるで深い深い意味のある言葉の様に。
『変わらずに、その気持ちを大切にしてください。何があろうとも』
何かがあるってことなんだろうか。それは、ヴィデロさんに関わること?
俺を見上げるヴィデロさんの瞳を覗き込むと、深緑色の綺麗な瞳が、まっすぐ俺を見上げていた。
俺が何かを言ったら変わる? それとも、ここで何も言わないと変わる? 全然わからないし、判断も難しすぎる。かといって、レガロさんのたまにポツリと漏らすともすれば聞き漏らすような一言を組み合わせても、全然何が何やらわからない。
何も言えずに吸い込まれそうなヴィデロさんの瞳を覗き込んでいると、ヴィデロさんのその瞳が近付いてきて、ちゅ、と唇に柔らかい物が触れた。
目が細められて、ふ、と吐息が触れる。
「何も教えてくれないなら、教えてくれるまで、身体に訊こうか……?」
「それ、俺がすぐ陥落しちゃうやつじゃん」
「陥落、されて……マックの全てを知りたいから」
柔らかい声でゆっくりとキスを仕掛けてくるヴィデロさんに、俺はその最初のキスで心に白旗を上げそうになった。
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