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434、ヒイロさんはなんだか最強だと思った
しおりを挟む部屋の中では、モントさんの自慢の植物たちが、テーブルに所狭しと並んでいた。
それをヒイロさんがひとつひとつじっくり見てはあーだこーだ言っている。
「この葉っぱの元気よさ、俺んところのとは全然違う」
「ヒイロは放置してるんだろ。俺のはしっかりと手入れしてるからな」
「だって勝手に生えて勝手に育つから。なんか楽な手入れ方法ねえかなあ」
「楽すりゃそれだけ植物に返るんだよ。愛情込めりゃその分こいつらもこんなに色艶良くなる。手を抜いてたら手を抜いた分にしかならねえよ」
「そっかあ……俺の本職は薬師だからなあ」
「定期的にで良けりゃ手入れしに行ってやるよ。って、ああ、ヒイロは幻だもんな、家遠いか……」
「遠いっていうか、この世界の狭間の村だから、普通に歩いては行けねえな。アレだ、マックに頼もう」
「あの転移ってやつでか? そういやマックって何もないところにひょこっと現れるもんな」
「そうそうそれそれ。俺の弟子だからフリーパスだし、適任」
「師匠、自分のずぼらのために何弟子をこき使おうとしてるんですか」
二人とも俺の言葉にぶっと吹き出した。俺が帰ってきたのに気付いていて、あんなことを言ってたんだ。
ふふふと笑いながら、ヒイロさんが「冗談冗談、ごめんごめん」と肩を竦める。
モントさんも豪快に笑っていた。なにこの和気あいあい。
さっきまでの雰囲気との違いに、俺は自然肩の力を抜いた。
「どうしたマック。なんかもやもやしてるぞ」
ヒイロさんにはちょっとした落ち込みがわかっちゃったらしく、少しだけ困ったような顔をして、俺の顔を覗き込んできた。
「トレアムんところでなんかあったか。あれか、異邦人とのなんかか」
モントさんはトレアムさんの事情を知ってるのか、こっちも少しだけ困ったような顔をした。
俺が頷くと、モントさんははぁ、と溜め息を吐いた。
「異邦人との恋愛ってのは難しいからな。マックはよくまあ幸運とあそこまで相思相愛になったもんだな。あそこまで憂いのない関係ってのはなかなか難しいぜ」
「俺の場合は色んな事がわかってラッキーだったんです。状況も。でもそれは他の人には適用されないラッキーで、でもだからこそ俺はヴィデロさんと将来を誓うことが出来たんです。でも、あんな風に悩むのも、すごくわかるんです。好きだから余計にってのも」
「前、悩んでたもんなあ。お前さんも、幸運も」
「なんだマック、ヴィデロと番うのを悩んだのか? ばっかだなあ。番ってのは、一度出会っちまうと、その後どんな状況になったってお互いを忘れられないんだよ。悩むだけ損だ。ちゃんと自分に正直に生きないと、その後の人生は下に下にしか行かねえもんなんだよ。だってちゃんと番わねえとずっと心の一部が満たされねえだろ。その満たされねえ心は他のことには使えねえんだ。だからこそ、ちゃんと番って相手のことでその心を埋めねえと、人生がずっと欠けたままになっちまうんだ。俺ら獣人はそうだけども、人族は違うのか? 異邦人だって偽物の身体でも中身は一緒だろ?」
わからねえなあ、とヒイロさんが零した言葉に、俺はなんだか目からうろこが落ちた気分だった。
そうか。番に会ったらちゃんと愛し合わないと心が一部欠けた状態になるのか。確かに、俺からヴィデロさんを取り上げたら心の一部どころか半分以上持ってかれる気がする。
「お互いが思いやって、好きだってちゃんと向き合って、こいつとは離れたくないと思ったら、そりゃもう番だ。俺らの場合はな。ええと、人族ってのはアレだっけ? 番以外とも平気でまぐわうんだっけ? その場合は本当の番ってもんに出会ってねえってことじゃねえのか?」
首を傾げながらそんなことを言うヒイロさんに、俺は思わず握手した。そして手をぶんぶんと振る。
それを二人に言って欲しい。特に輪廻に。
「そんないいことを言ってくれた師匠に、お土産です。さっきユイルにあげたふわふわドーナツ、トレアムさんの所で作らせてもらってきました」
ドン、とインベントリから山のようになったふわふわドーナツを取り出してテーブルに置く。ふわっと花の香りが漂うのがすごくいい。
ヒイロさんも鼻をヒクヒクさせて、おおお、と目を見開いた。
「ユイルたちにあげたやつより美味そうだ!」
「トレアムさん作のジャムも各種買ってきたので、つけて食べるとまた違った味わいがあります」
早速ふわふわドーナツに手を伸ばすヒイロさんの前に、ジャム各種を並べて行く。すると、モントさんも立ち上がって、ジャムなら俺も取り扱ってるぜ、とリモーネのジャムを取り出してきた。あ、美味しそう。
「俺も食っていいのか?」
「ぜひぜひ食べてください。トレアムさんのバターを使ってるので、絶品です」
「あそこの油は質がいいからなあ、どれ、いただきます」
ヒイロさんは何もつけずに一つ目を二口で食べ終え、舌で口の周りをペロッと舐めると、二つ目にまずリモーネのジャムを付けた。
「うま! この酸味がうま!」
やっぱり二口で食べ終えたヒイロさんはさらにすべてのジャムを付けて食べるという暴挙に出ていた。待って、何個食べたんだ。これ、元がバターだから結構腹に溜まると思うんだけど。
特にお気に入りのジャムはアランネのジャムだったらしく、瓶の半分くらいジャムがなくなっていて、多分アランネのジャムだけで三個くらいは食べたはず。山のようだったふわふわドーナツの大半はヒイロさんのお腹に入っていた。
っていうか狐さんって意外に口が大きかった。大口開けて食べるヒイロさん可愛い。
「なあモント。俺、ちょっと用事が出来た」
すっかり皿が空っぽになると、ヒイロさんはそう言って徐に立ち上がった。
「この鉢植え、もらってくな。代金はいくらだ? 肥料もたんまり欲しい」
「そうだな、マックの連れってことで、マックと同じ料金にしといてやるよ。次からは正規の値段で売るけどな。肥料もたんまりあるからちょいと裏の小屋に来い」
「ありがてえ。ってことでマック。ここでの買い物が終わったら、そのジャム買いに行くぞ」
「うえ?! 用事が出来たって、そのことだったんですか?! ジャムなら俺でも作れますけど」
「マックのジャムもきっと美味いと思うけど、俺はその味が欲しい。その味、俺のドンピシャ好みなんだ」
「そうですか……」
ウキウキとモントさんの後を付いていくヒイロさんの後をくっついて歩きながら、俺はヒイロさんの天真爛漫なその性格に思わず苦笑していた。
でも、今はまさにジャムを売っているところは二人の修羅場の真っただ中じゃなかろうか。
ヒイロさんは、モントさんに出してもらった山ほどの肥料を見て、満面の笑みを浮かべている。
「こんなにどうやって持って帰るんだ。マックの不思議カバンに入れてもらうのか?」
「いや、俺もちゃんと持ってきたよ。空間拡張カバン。だからこれくらい普通に入る」
そう言うと、ヒイロさんは次々カバンの中に肥料を詰め込んでいった。そういえばさっきもたくさんの鉢植えをカバンに詰め込んでたよな。俺たちプレイヤーは見慣れてるからスルーしてたよ。
時間も止まるやつ、ヒイロさんの所にあったしなあ。そういえば覚えてないや、空間拡張の魔法陣魔法。覚えてヴィデロさんのカバンに施そう。
「便利なもんだな」
「マック達のみたいに綺麗に並んでるわけじゃねえから取り出すのはめんどくさいんだけどな。重さを感じないから楽チンなんだ。これにはつけてねえけど、家に置いてある箱には時間を止めとくのもあるから、劣化もしねえし」
「そんなんまであるのか。とりあえず聞かなかったことにするから、それは外で言うんじゃねえぞ、ヒイロ」
「なんで? 俺らとマック達には普通だよ」
「そうだけどな、俺ら現地の奴らはそんなもん持ってねえし、異邦人たちが使ってるカバン自体はなんの変哲もねえ普通のカバンだったんだ。俺らが普段使ってるのとおんなじ物だったんだよ。前に異邦人にカバンを貰い受けたやつが性能自体は変わりねえってことにがっくり来ててな。だから自分たちでそういうのを作れると知ったら、ちょっと目がくらむ輩も出てくるから」
「カバンって、そりゃマック達は目の中に物を入れてるから、カバンに入ってるわけねえじゃん」
いやいや、目の中とも違うんだけど。そこらへんがどうなってるのかは俺には説明出来ないからなあ。
長光さんなんて懐がインベントリに繋がってるから、確かにカバン自体がインベントリってわけではないんだよな。
ヒイロさんはちゃんとこの国の通貨をモントさんに払うと、モントさんの手を取ってぶんぶん振った。さっき俺がヒイロさんにやったのとまったく同じやり方だった。
「これで俺の薬の幅も広がるよ。モント、お前と知り合えてよかった。マックに感謝だ。後でお礼を送るから、素直に受け取ってくれな。デカい箱か倉庫一つ用意しておくといいと思う」
「お? お礼にしちゃ規模がでかいぞヒイロ。倉庫一つってなんだそりゃ。いらねえよ。これが俺の商売だ」
「いいからいいから。後で俺と似たようなやつを派遣するからさ。時間もとらねえし、いいだろ」
「しかしな……」
ぶんぶん手を振りながら絶対に受け取れよ、と念を押して、ヒイロさんは強引にモントさんに頷かせた。
満足したらしいヒイロさんはそれじゃ行くぞ、と俺の手を取った。
「でも今ジャムを売ってるところはきっと修羅場ってる気がするんですけど」
「ああ、もしかしてさっきの番の話か? ああ……交尾してたら邪魔すんのは忍びねえなあ……」
「いやいやいや、それは……」
どうなんだろう。あの二人、もうそういう関係なの、かな。仲直りエッチとかしてるのかな。
延々あの言い合いをしてるのかな。わからない。二人の関係がどんな感じなのかわからないからなあ。夫婦みたい、だとしか。
「でもジャムを手に入れるのを延期するのも辛いしなあ……なあマック。こういうのはどうだ。行ってみて交尾してたらあとでマックがジャムをたんまり買って俺の所に持ってきてくれるってのは。交尾してなかったら、そのままジャムを買っていくとか」
「……まあ、いいんじゃないですか」
どうあってもジャムが欲しいヒイロさんに溜め息を吐いて、俺はモントさんに手を振ってから魔法陣を描いた。
一瞬後には、トレアムさんの畑が目に入る。ヒイロさんはその果樹園を目にして、感嘆の声を上げた。
「おおお、美味そう! やっぱ手入れされてるのは違うな! 俺らの所は自生してるやつばっかだから、実がやせ細ってていまいち味の入りが悪いんだ」
「やっぱりそういうの関係あるんですね。薬草とか、生えてる奴より絶対に農園で買ったやつの方がいい物なんですよ」
「愛情が違うからだろ。さっきモントが言ってた」
「なるほど」
二人でそんな話をしながらトレアムさんの家に近付いていく。
ヒイロさんがドア前に立つと、ためらわずにノックした。
「中から発情の匂いはしねえよ? 交尾してねえ」
「師匠……」
ヒイロさんの言い方に苦笑した俺は、ちらりとフレンドリストを開いてみた。
輪廻はまだログインしている。ってことは、中にいるってことだよな。
リストを閉じた瞬間に、目の前のドアが開いた。
中からトレアムさんが顔を出して、俺とヒイロさんを見て驚いたような顔をした。
「マック、と、こっちは」
「俺の師匠です。今大丈夫ですか?」
「ああ。営業時間内だ」
トレアムさんに促されて、ヒイロさんと共に中に入ると、中では輪廻がキッチンに立っていた。
振り向いて、驚いたような顔をする。
「あれ、マック?! と……プレイヤー、じゃねえ。え、何で? 獣人……?」
混乱してるようだ。
プレイヤーの獣人は結構見かけるけど、NPC表記の獣人なんて今までいなかったからね。しかも輪廻は今、ここに絶賛引きこもり中っぽいし。
「俺の調薬の師匠だよ、輪廻。師匠、こっちが俺のフレンドの草花薬師、輪廻。ジャムを作ったのは、ここの農園主さん」
二人を紹介すると、ヒイロさんも人のいい笑顔を作って「俺はマックの師匠のヒイロだ」と自己紹介した。
早速トレアムさんにジャムの大量買取を依頼しているヒイロさんを見ながら、輪廻がこっちにやって来る。
そして、横に立って「さっきは見苦しい所見せてごめん」と呟いた。
「それにしてもマックの師匠って、狐だったんだ」
「俺なんか足元にも及ばない腕なんだよ。すっごく美味いポーション作るし」
「すげえなあ、美味いポーションって。俺のも最近大分味は良くなったと思うけど。それもマックの講習を受けてからだもんな」
「あの薬草は、師匠が面白がって作った物なんだ」
「面白がって……」
輪廻の口元が吹き出しそうに歪む。ヒイロさんは今、ジャムを作った当本人にあのジャムのすばらしさを説いている。
「落ち着いた?」
「ああ、うん。……こっちの婚姻って、成人の儀を受けた神殿に報告に行くんだってな。今度、行く約束した。現地妻みたいな形でいいならって」
「え、あ、そっか……いきなりの展開で俺が付いてけないよ」
「だってトレアムさん頑固で、絶対に引かねえんだもん……そんなのさ、俺が折れるしかねえじゃん。これでも数日ログインしないで向こうで考えてたんだよ」
「……頑張って」
「ああ」
色々まだ悩むと思うけど、と色んな意味を込めて応援すると、輪廻はトレアムさんを真っすぐ見ながら頷いた。
「ヒイロさんが言ってたよ。番は一度出会うと、その後ちゃんとお互いを愛し合わないと心の一部が欠けたままになるって。ちゃんと愛し合わないと心が満たされることはないんだって。獣人の番の話かもしれないけど、俺はそれ、すっごくわかるからさ」
「うん。でも番ってなんだよ。俺ら人間だろ」
「でも納得するだろ」
「する」
するりと躊躇いなく答えた輪廻は、やっぱりトレアムさんが欠けていた数日は心が欠けていたんだということが、俺にもわかった。
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