438 / 830
435、オランさんの状態
しおりを挟むヒイロさんはありったけのジャムを買って、大満足の顔で村に戻ってきた。
その間、俺は輪廻と神殿に行くとどうなるのか、後で詳しく教えてくれるように約束していた。
ヒイロさんと共に村に着いた俺は、途中でユイルと他の獣人の子供たちを発見して、一緒に村の中を歩いた。
歩いたというか、子供たちが俺によじ登ってきたので、喜んで抱っこして肩に乗せて歩いた俺。可愛い。
皆ふわふわドーナツを気に入ってくれたみたいで、また作ってきてね、と約束させられた。そして、その約束の契約報酬として、ドングリのような木の実をたくさんもらってしまった。大事にするね。
「あ、おとうしゃんだ」
ユイルが指さした方向で、ケインさんがヴィデロさんの友達の獣人さんと何か話をしていた。
ユイルの声が聞こえたのか、耳をピクッと動かして、こっちに視線を向ける。
「ユイルー。皆でマックに遊んでもらってたのかー。どれ、父ちゃんが抱っこしてやろう」
「僕おにいちゃんに抱っこしてもらうのしゅき」
無邪気にそう答えたユイルに、ケインさんが「父ちゃんの方が好きだよね? ね?」と必死で訊いていて、相変わらずの溺愛振りに苦笑が洩れる。
「おおケイン。いいところにいたな」
「ヒイロもいたのか。出歩いてるなんて珍しいな」
「ちょっとマックと人族の所に行ってたんだ。それでな、ケインに頼みたいことがあるんだ」
「いやだ」
ヒイロさんが何かを言い出す前に、ケインさんはすっぱりと断った。
でもな、いやだ、たのむ、いやだを繰り返す二人に呆れていると、ユイルが「おとうしゃんヒイロおじちゃんのこと嫌いなの……?」とちょっと悲しそうな顔になった。
「いやいやいや、ユイル? 父ちゃんはヒイロのことは嫌いじゃねえよ。でもな。ヒイロはいつでも面倒事を父ちゃんに押し付けてくるからな、油断ならねえっていうか……」
「おじちゃん、お願いがあるんだって。なんできいてあげないの? おじちゃんかわいそうだよ」
しゅんとしたユイルに、ケインさんが「だからそうじゃなくてね」としどろもどろで説明している。けれど、ユイルにはちょっと難しかったらしい。ヒイロさんが口元に手を当ててほくそえんでるのにも気づかずに、ケインさんがユイルに必死でヒイロさんを嫌いじゃないけど、と繰り返していた。
「いいんだ、ユイル……お前の父ちゃんは迷惑ばっかり掛ける俺を嫌ってて当然なんだ……」
ヒイロさんもわざとらしくしゅんとすると、ユイルは俺の腕からヒイロさんの肩に飛び乗って、頭を小さな手でなでなでした。
「おとうしゃん……」
二人並んでウルウルした目をケインさんに向けると、ケインさんはううう、と唸った後、「わかったよ! 話を聞けばいいんだろ!?」と喚いていた。ご愁傷様です。
あああ、こっそりとヒイロさんが悪い笑顔を浮かべてるよ。
「で、何をすればいいんだ」
「ちょっと人族の農園に行って、用意された倉庫か箱に拡張と時間停止と保存の魔法陣を描いてきてくれればいいんだ」
「あ、なんだそんだけか」
ヒイロさんの言葉にケインさんはすごくホッとした顔をした。嫌がるほどの内容じゃなかった、なんて言ってるけど、2人ともものすっごいこと言ってるから。それで倉庫かデカい箱を用意しろって言ってたわけか……獣人さんたちの考えることって、いちいち規模が違うよ。
「その魔法陣魔法、簡単なんですか? 重さ軽減と空間拡張の魔法陣を教えて欲しいんですけど」
「あれ? マック知らねえの? 別にいいけど。ヴィデロのカバンに描く気か?」
「もちろんです!」
真顔で頷くと、ケインさんはこともなげに俺がたすき掛けにぶら下げてるカバンに魔法陣魔法を飛ばした。
すると、カバンの裏側に小さく魔法陣が描かれる。
そして、すごいことが起こった。
インベントリが拡張されている。そしてカバン自体に入れてたはずの瓶の重さがなくなった。
「え、ほんとに? いまので?」
カバンを開いて中を見てみると、インベントリに入れてないポーション類がちゃんと中に納まっている。でも重さが全くなくなっていた。
魔法陣魔法を見てみると、重力無視、空間拡張、ついでに頑丈という文字が入っていた。空間拡張って、インベントリだけじゃなくて、このカバン自体も広くなったってことかな。
俺はワクワクしながら、持っているハイパーポーションをたんまり取り出してみた。そして、カバンの方にしまっていく。
入れてるのに、入れてる感じがしない。そしてカバンを覗き込むと、ちゃんと瓶がごそっと入ってるはずなのに、外見は全く変化していない。挙句の果てに、結構重いはずの重量が全くない。何だこりゃ。
なんだかんだで、インベントリ2枠分、数にして198個のハイパーポーションを普通にカバンにしまい込むことに成功した。もちろん、インベントリから取り出したハイパーポーションはインベントリ内にはない。すげえ!
インベントリが使えなくても、これでたんまり持ち歩けるってことか! すげえ!
「ケインさん! すごいです! さすがケインさん! 魔法陣魔法の腕、世界一なんじゃないですか!?」
「誉めても何も出ねえよ」
俺が感動を興奮したままケインさんに伝えると、ケインさんはそんなことを言いながらもまんざらでもないような顔で照れていた。
「おとうしゃん世界一? しゅごいね! おとうしゃんしゅごい!」
「ユイルーありがとう。父ちゃんユイルにそう言ってもらえて嬉しいよ」
ユイルの一生懸命な拍手に、ケインさんはでれっと締まりない顔つきになった。
でも本当に世界一なんじゃないだろうか。なんかケインさんが出来ないことってなさそうな気がしてきた。
教えて貰ってばっかりじゃダメなので、俺はお礼にメイレのジャムの瓶をケインさんに渡した。この実、ユイルが好きだから。ケインさんはユイルが喜ぶことが一番嬉しいんじゃないかなって気がするし。
「おとうしゃん、それ、おいしそうね」
「おう、マック、ありがとな。これ、ユイルの大好きなやつだ」
「こっちこそありがとうございます」
「でもってヒイロ、対価は?」
「お前んとこのかみさん最近咳してるだろ。シックポーション3日分くらいやるよ」
「お、サンキュ」
ヒイロさんとケインさんの間でも取引が成立したらしい。
ヒイロさんはケインさんの奥さんのためにシックポーションを9本渡していた。
「いつ行けばいい? 場所を教えてくれ」
「セィ城下街ってところの農園だ。あと、セッテ街の農園にお祝いをやろうと思う。あそこの果実はアレだ、マックがずっとこっちに送ってくれた美味い奴だからな。農園主が結婚するらしい」
「お祝いなあ。お祝いに倉庫に時間停止を掛ければいいのか?」
「それそれ」
頼むな、とヒイロさんに肩をポンとされて、ケインさんが頷いた。ユイルにおとうしゃんかっこいいと褒められてご機嫌そうだ。
それにしてもヒイロさん。全部人任せで結局ヒイロさんは頼んだだけで終わってるよお礼。ちゃっかりしてるけど、憎めないのがヒイロさんなんだよなあ。
ついでにオランさんの手の状態を見に行くことにすると、ヒイロさんも「そろそろ薬の時間だ」と後をついて来た。
ヒイロさん特製スタミナポーションで回復させるらしい。
オランさんの家にお邪魔すると、そこには数人の獣人さんとベッドに寝かされたオランさんがいた。
「マックか。うちの者たちはどうだ。馴染んでいるか」
「ヴィデロさんと同じ職場に働きだしたので、馴染んでるなんてもんじゃないです。ずっと前からいたような顔をしてますよ」
「それは頼もしいな。待っていろ。今茶を……」
「それは俺が出すから、オラン様は寝てろって」
「腕治らなかったらどうするんだよ。安静だろ」
ベッドから起き上がろうとするオランさんを、周りの獣人さんたちが押しとどめてサッとキッチンに向かってしまう。
オランさんは困り果てたような顔をしながらも、諦めて背もたれに背を預けた。
すごい、これは絶対に安静出来るってことだ。もしかしてこの人たちは皆ずっとオランさんの世話をしてるのかな。
「そろそろ身体が鈍りそうなんだが……マック、すまないがこの手の鑑定をしてみてくれないか? こうやって俺は毎日ベッドに縛り付けられているんだ……。そろそろ治っているんじゃないか?」
まるで懇願するように頼んでくるオランさんに頷いて、鑑定眼を使ってみる。
『獣人の長の仮腕:失った腕を霊薬で補っている状態 本来の腕生成率83% スタミナ減少により生成スピードが落ちている 霊薬の摂取推奨』
鑑定眼でわかったことを伝えると、ヒイロさんがロウさんにもらった『細胞補正剤』の瓶を俺に見せてきた。その瓶は中身がすっかりなくなっていた。
「これがなくなっちゃったから生成スピードが落ちてるみたいですね。錬金釜は持ってきたから、作って帰りますね。長老様にレシピは貰ってるので」
素材もちゃんとあるから、今からでも作ることが出来るんだ。
そう言うと、ヒイロさんはおお! と目を輝かせた。
「頼むよマック。もちろん俺が助手をするからな! グルグルが辛い時は言ってくれ。そして魔力がなくなりそうな時も!」
ヒイロさんの楽しそうな声が聞こえた瞬間、ピロンとクエストの音が鳴り響いた。
754
お気に入りに追加
8,993
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる