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◆ 一章九話 葛の命 * 元治元年 十月
『今』の距離
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とっさに返す言葉が見つからなかった。
表情などは、やはり早々上手く繕えるものではない。が、己がもし沖田のように表情豊かであったなら、くしゃくしゃにまなじりをたわめて、羞恥と歓喜の合間にあるような崩れた表情を見せていたことだろう。
斎藤はわずかに眩しさを堪えるように目を細めると、姿勢を改め、再三深く頭を下げた。
「……これまでの不忠義と無礼を、お許しください」
「無論。その分、今後も励んでもらいたい」
「殿にお許しをいただけるのであれば、今しばらく、私を新選組に置いていただきとうございます」
とつとつと告げた斎藤に、容保はまたも「望むところだ」と首肯した。
「今であればこそ、当初以上に新選組のことは頼みにしている。とは申せ、近藤も土方も、癖の強い男達であると思うが故……やはりそなたの力なくしては、まだ会津と新選組の関係は綱渡りとなるだろう。それでは困る。心苦しさを上乗せさせるようではあるが」
「いいえ。なればこそ、今一度、殿への忠節をお見せできるものと励みます」
「斎藤」
促されて顔を上げれば、容保は眉尻を下げ、親が子を見るような温かい目で斎藤を見据えていた。
「最後に、葛のことだが」
斎藤は返事をし損ね、半端に唇を開いたまま動きを止め、容保を見返した。
「愁介が葛を『殺した』理由は、余の口から語れることではない。よって、この後しばしここで待つが良い。愁介を呼ぼう」
「いえ……それには及びません」
「思うところはあろうが、この場に限っては無用だ。『見定めよ』とした余の命をまっとうした褒美と思えば良い」
「そうでは、ございません」
斎藤は小さな深呼吸を挟むと、首を横に振って答えた。
「葛様が生きておられたと知れただけで、充分にございます。今後、私が仕えるは殿であり会津であるのですから、かつての主人と改めて対面を果たしたところで、どうにも――」
「けじめをつけぬ、と申すのか?」
容保が、渋い物を食んだように眉根をきゅっと寄せた。
「殿、それは……」
「これまでは、こちらにも非があったが故に、そなたの行動にも目を瞑ってきた。その一徹な忠義心ゆえ、葛との約束を果たせなかった己を悔いていたと言うそなたを、私が責められようはずもない」
容保はわずかに身を乗り出し、普段のやわらかい声音に硬さを交え、いつになく厳しい様子で言い募った。
「しかし、今の状況では話は変わろう。斎藤、もっともらしく申してはいるが、それは逃げだ。それでは、以前と変わらぬのではないのか。であるならば、容赦はできぬ」
痛いところを突かれ、斎藤はぐっと口元をへの字に曲げた。
「……よもや、愁介が自ら名乗りでなかったことを、恨みに思っているのか?」
「いえ、滅相もございません」
慌ててかぶりを振れば、ほっとしたように容保の眉が下がる。
「……ならば、尚のことだ。愁介がそなたに正体を隠していたのは、他でもない。そなたの心情を悟り、そなたが己の力で前を向けるようにという、そなたを想えばこその行動だ」
「重々……承知、しております」
「それから、もうひとつ」
首をすくめるように軽くあごを引いた斎藤に、容保は真剣な面持ちを崩さず、しかし声音だけはそれまでよりもやわらげて、
「これは身内の欲目でもあるが……余は、愁介にもそなたのことを知らせていなかった。池田屋の折、愁介が独断で新選組の元へ行かなければ、愁介自身、そなたはもう会津に関わっていないものと思っていただろう。それでも」
容保は、膝を半歩進めてまで強く、訴えるように言った。
「愁介とて、本心ではまだそなたを待っていることは間違いないはずだ。そなたとの約束を、『愁介』となった後も、折々口にしていたのを余はこの耳で聞いていたのだから」
ぐっと、喉元に熱を持ったような痛みを感じた。
言葉が強く突き刺さる。彼の人も忘れていなかったのだと思えば、胸が打ち震えるように嬉しくも思う。が、だからこそ――……
「……今の私は、愁介殿を傷付け、踏みにじった立場にもあります。葛様であると存じ得なかったにせよ、その約束があったからこそ、愁介殿ではなく、常に『葛様』だけを見つめ続けていました」
斎藤は声を絞り出すように答えた。
「しかし愁介殿は、その上で、『今の私』と接してくださいました。『葛様と私』ではない関係性を、築いてくださいました。なればこそ……私は今、一から始まったとも言えるこの関係を積み重ねて参りたいと思うのです。それが、葛様の幼馴染ではなく、会津に仕える者としての自分の役目ではなかろうかと、思うのです」
これが逃げだと言われれば、否定はしきれない。葛の『待ち人』が、その実もはや斎藤ではなく、土方となっていたのではなかろうかと思う気持ちも、この思考を後押ししているかもしれない。
が、どちらにせよ、改めて出会い、互いに訝って、互いに各々の想いで動き、積み重ね、そうして形作られていった今の距離と関係性は、今のそれぞれにとってある種、貴重なものなのではなかろうかと思うのも、本音だった。
「……斎藤、そなたはやはり一徹だな」
容保は前傾気味になっていた上体を下げ、脇息に片身を預けて苦笑を浮かべた。
「そなたの想いは、理解した。察しもしよう。逃げではないのなら、許容の余地もある」
「痛み入ります」
両手をついて平伏すると、そんな斎藤に「これからも、頼みにしているぞ」と揺るぎない言葉がかけられる。
深く息を吸い、斎藤は己にでき得る限りの誠実な声音で、それに答えた。
「一層、励んでお仕え致します。今度こそ、誠の身命をもって」
表情などは、やはり早々上手く繕えるものではない。が、己がもし沖田のように表情豊かであったなら、くしゃくしゃにまなじりをたわめて、羞恥と歓喜の合間にあるような崩れた表情を見せていたことだろう。
斎藤はわずかに眩しさを堪えるように目を細めると、姿勢を改め、再三深く頭を下げた。
「……これまでの不忠義と無礼を、お許しください」
「無論。その分、今後も励んでもらいたい」
「殿にお許しをいただけるのであれば、今しばらく、私を新選組に置いていただきとうございます」
とつとつと告げた斎藤に、容保はまたも「望むところだ」と首肯した。
「今であればこそ、当初以上に新選組のことは頼みにしている。とは申せ、近藤も土方も、癖の強い男達であると思うが故……やはりそなたの力なくしては、まだ会津と新選組の関係は綱渡りとなるだろう。それでは困る。心苦しさを上乗せさせるようではあるが」
「いいえ。なればこそ、今一度、殿への忠節をお見せできるものと励みます」
「斎藤」
促されて顔を上げれば、容保は眉尻を下げ、親が子を見るような温かい目で斎藤を見据えていた。
「最後に、葛のことだが」
斎藤は返事をし損ね、半端に唇を開いたまま動きを止め、容保を見返した。
「愁介が葛を『殺した』理由は、余の口から語れることではない。よって、この後しばしここで待つが良い。愁介を呼ぼう」
「いえ……それには及びません」
「思うところはあろうが、この場に限っては無用だ。『見定めよ』とした余の命をまっとうした褒美と思えば良い」
「そうでは、ございません」
斎藤は小さな深呼吸を挟むと、首を横に振って答えた。
「葛様が生きておられたと知れただけで、充分にございます。今後、私が仕えるは殿であり会津であるのですから、かつての主人と改めて対面を果たしたところで、どうにも――」
「けじめをつけぬ、と申すのか?」
容保が、渋い物を食んだように眉根をきゅっと寄せた。
「殿、それは……」
「これまでは、こちらにも非があったが故に、そなたの行動にも目を瞑ってきた。その一徹な忠義心ゆえ、葛との約束を果たせなかった己を悔いていたと言うそなたを、私が責められようはずもない」
容保はわずかに身を乗り出し、普段のやわらかい声音に硬さを交え、いつになく厳しい様子で言い募った。
「しかし、今の状況では話は変わろう。斎藤、もっともらしく申してはいるが、それは逃げだ。それでは、以前と変わらぬのではないのか。であるならば、容赦はできぬ」
痛いところを突かれ、斎藤はぐっと口元をへの字に曲げた。
「……よもや、愁介が自ら名乗りでなかったことを、恨みに思っているのか?」
「いえ、滅相もございません」
慌ててかぶりを振れば、ほっとしたように容保の眉が下がる。
「……ならば、尚のことだ。愁介がそなたに正体を隠していたのは、他でもない。そなたの心情を悟り、そなたが己の力で前を向けるようにという、そなたを想えばこその行動だ」
「重々……承知、しております」
「それから、もうひとつ」
首をすくめるように軽くあごを引いた斎藤に、容保は真剣な面持ちを崩さず、しかし声音だけはそれまでよりもやわらげて、
「これは身内の欲目でもあるが……余は、愁介にもそなたのことを知らせていなかった。池田屋の折、愁介が独断で新選組の元へ行かなければ、愁介自身、そなたはもう会津に関わっていないものと思っていただろう。それでも」
容保は、膝を半歩進めてまで強く、訴えるように言った。
「愁介とて、本心ではまだそなたを待っていることは間違いないはずだ。そなたとの約束を、『愁介』となった後も、折々口にしていたのを余はこの耳で聞いていたのだから」
ぐっと、喉元に熱を持ったような痛みを感じた。
言葉が強く突き刺さる。彼の人も忘れていなかったのだと思えば、胸が打ち震えるように嬉しくも思う。が、だからこそ――……
「……今の私は、愁介殿を傷付け、踏みにじった立場にもあります。葛様であると存じ得なかったにせよ、その約束があったからこそ、愁介殿ではなく、常に『葛様』だけを見つめ続けていました」
斎藤は声を絞り出すように答えた。
「しかし愁介殿は、その上で、『今の私』と接してくださいました。『葛様と私』ではない関係性を、築いてくださいました。なればこそ……私は今、一から始まったとも言えるこの関係を積み重ねて参りたいと思うのです。それが、葛様の幼馴染ではなく、会津に仕える者としての自分の役目ではなかろうかと、思うのです」
これが逃げだと言われれば、否定はしきれない。葛の『待ち人』が、その実もはや斎藤ではなく、土方となっていたのではなかろうかと思う気持ちも、この思考を後押ししているかもしれない。
が、どちらにせよ、改めて出会い、互いに訝って、互いに各々の想いで動き、積み重ね、そうして形作られていった今の距離と関係性は、今のそれぞれにとってある種、貴重なものなのではなかろうかと思うのも、本音だった。
「……斎藤、そなたはやはり一徹だな」
容保は前傾気味になっていた上体を下げ、脇息に片身を預けて苦笑を浮かべた。
「そなたの想いは、理解した。察しもしよう。逃げではないのなら、許容の余地もある」
「痛み入ります」
両手をついて平伏すると、そんな斎藤に「これからも、頼みにしているぞ」と揺るぎない言葉がかけられる。
深く息を吸い、斎藤は己にでき得る限りの誠実な声音で、それに答えた。
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